158:邂逅
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〝魔人戦争〟終結直後。
各トライブ各都市の連合軍が勝利の喜びと犠牲の悲しみに浸っているその最中、すでに次の事態は動きだしていた。
魔人の侵攻により滅亡し、廃墟となったシンジュクトライブ領。都庁が復興に向けた調査団を派遣すると、その地は見たこともないメトロ獣のひしめく魔窟と化していた。
無数の〝眷属〟を引き連れ、自在に変化する不死の肉体を持つ異形の魔獣。都知事ネムロガワにより〝万象地象〟ワタナベと名づけられたそれは、のちにシン・トーキョー最強の獣の称号〝五大獣王〟の一角として数えられることとなった。
「どれ、もう一体のお前は顔を見せんのか? それとも奇襲でも狙っているつもりか?」
〝鮮血風鼬〟スズキは優雅に腕組みをして、挑発的な笑みを浮かべている。
「……いや、すでにこの場を離れたな。今頃必死こいて巣に戻ってるところだろう? こことお前のところは水でつながっていない、いったん水続きの場所まで行かなければ連絡のとりようもないからな」
ぺた、ぺた、とワタナベが水面を歩いて近づいてくる。
グルルルとケァルが低く唸り、愁は【戦刀】と【大盾】を装備する。
「地上で、お前の、においの、する、人間、と会った。一晩中、さがした、甲斐が、あった」
ボソボソとした返答に――スズキの表情が瞬間的に沸騰する。
「わかった――もういい」
ぶわりと、風が彼女の白髪をたなびかせる。
次の瞬間、ワタナベの身体が多量の血を噴き出し、ぼとぼとと細切れになって水の中に落ちる。
「……は?」
(なんだ、今の?)
一瞬、風が光って見えた。
と思ったら、ワタナベがバラバラになっていた。
(今のが、スズキの能力?)
「ワンダ、キナミ!」
スズキがわんわんと反響するほどの大声でさけぶと、まもなく客室の出入り口から慌てた様子の二人が顔を出した。
「は、はいっ!」
「お呼びですか、お社様――」
「全員で地上に向かうぞ! 準備しろ!」
またもバタバタと慌ただしく戻っていく二人を尻目に、残された愁とケァルは呆然と顔を見合わせた。
「あ、あの……話についてけてないんすけど……」
「さっき言ったとおりだ。地上に向かう。やつが、ワタナベが里を襲う前にな」
「里を、襲う?」
愁の背筋が凍る。
「いやでも、ワタナベって、今さっきバラバラに……」
たった一撃? でサイコロステーキになってしまった。あそこまで分解されたら〝糸繰士〟でもひとたまりもないはずだ。
タミコがいないので正確な強さは計りようもなかったが、肌に感じたプレッシャーからして、決して弱い相手ではなかったはずだ。それが同じ獣王とはいえ、やけに呆気ない決着だった――不気味なほどに。
「お前、〝万象地象〟についてどこまで知っている?」
「どれだけって……なんかいっぱい〝眷属〟を抱えてて、いろんなメトロに送り込んだりしてるとか」
ゴコクジメトロで戦ったワームジョーは、ワタナベが〝眷属〟としてよく使役している獣だと聞いた。
「あとはなんか……不死身でめっちゃ強くて、〝眷属〟を操る分身? みたいなのがいて……ああ、じゃあこいつがそうだったんすかね……?」
念のため水辺から覗いてみる。まさか、水面下でサイコロステーキが元通りにくっついて――はいない。というか死体がドロドロに解けて水を濁らせている。
スズキが愁の襟をぐいっと引っ張り、首を振る。
「違うな。それらは事象を類推したものにすぎん、本質とはかけ離れている」
「はあ」
「まず第一に、やつは〝眷属〟などというまわりくどいものは持っておらん」
「はあ?」
「第二に、今相対したのはやつ本人に違いない。ただ、やつは無限にいるというだけだ」
「へえ?」
混乱する愁をよそに、スズキはソファーに掛けてあった上着に袖を通す。ダイアナがキナミとコユキを連れて戻ってくる。「なに? なに?」とウツキも眠たそうに目をこすりながら客室から出てくる。
そろった一同を見渡し、スズキは小さくうなずく。
「さあ、急ぐぞ。里が危ない」
***
「あっるっこー、あっるっこー、あたーいはーりっすー」
「いい歌だね、姐さん」
「我が娘よ。その天使のさえずりのごとき美声に私も酔いしれたいところだが、我々はリスではない」
その前日、ナカノの里にて。
ノアの頭の上でタミコがご機嫌にうたっている。肩にはタロチがでっぷりと腰を下ろしている。
「ちょっと涼しくなってきましたね。もう九月だし」
シュウたちが「真のお社様」に会いに出発したのち、ノアたちは警備団の詰め所でしばらく待機していたものの、特にやることもなくて昼食後にはいったん解散となった。今は昼下がりの街をぶらぶらと散歩しているところだ。
見るからによそ者なノアだけなら、昨日のようにすれ違う人たちもよそよそしいところだろう。しかし今は頭と肩に里のシンボルを乗せているので、むしろ微笑ましく見守られている。タミコの歌ではないが、足どりもはずむというものだ。
「ふん、小娘」とタロチ。「このまま無為に時間をつぶすつもりか? それなら私たち親子水入らずの――」
「ノアはあたいのイモートブンりす。ブレーなゲンドーはゆるさんりす」
ノアの耳にぶら下がって足を伸ばしてげしげしとタロチを踏むタミコ。「やめなさいタミコ、頭頂部をグリグリするな……あっ、そういうのはキンコだけ……」。
「タロチさん、じゃあどっか案内してくださいよ。北側の工房とか牧場とかはほとんど見てなくて」
「しかたがない。愛娘に故郷の素晴らしさを啓蒙するのも――」
後ろからドタドタと足音が近づいてきて、そのまま慌ただしく走り抜けていった。格好からしておそらく警備団員だ。
「あの、どうかしたんですか?」
二人目が通りすぎようとしたところで声をかけると、中年の団員が足を止めて少しほっとしたような表情を見せた。
「ああ、確か副団長が助っ人って言ってた……」
「まあ、そうですね」
「よかった、一緒に来てもらえませんか?」
「なにかあったんですか?」
「それが……」
男は言いよどんで首を捻った。自分もいまいちよくわかっていないという風に。
「なんでも昼前くらいに、よそ者が里にやってきたそうで……許可証を持っていなかったんですが、有名な狩人だっていうんで門番が入れちゃったみたいで……」
「有名な狩人?」
「今は宿で寛いでるそうですけど、許可証のない人は原則誰も入れちゃいけないのに……それになにか問題が起こったら、団長にこっぴどくシメられちゃうんで……ああ、想像するだけで……」
ひどく怯える彼のあとについていくと、そこはノアたちの泊まっている宿だった。ロビーに入るとアオモト、クレ、ヨシツネも先に到着していて、顔を見合わせてなにやら相談していた。
「ああ、イカリ氏たちも来たか」
ノアの肩に手を置くと見せかけてタロチの腹を掴んでにぎにぎするアオモト。タロチは以下略。
「それで、よそ者のお客さんっていうのは?」
「ああ、今は風呂に入ってるそうだ。こちらから声をかけたほうがいいものか――」
「ふうー、さっぱりしたー」
女湯の暖簾をくぐって現れたのは、褐色の肌を浴衣で包んだ黒耳長人の美女。
「「「あっ」」」
〝コマゴメの魔女〟、ハクオウ・マリアだ。
「ん? ああ、あんたたちか。なんでこんなとこにいんのよ? いや待って……ということは、やっぱり気のせいじゃなかったのね」
「え?」
呆気にとられる一同をよそに、ハクオウは顔を上げてすんすんと鼻を鳴らした。
「この宿、道理でお姉様のにおいがすると思ったわ。どこにいるの? あんたたちと一緒なんでしょ隠しても無駄よ今すぐここに」
彼女をなだめてとりあえずソファーに座らせた。キノコーヒー入りの牛乳を渡すと喉を鳴らして一気に飲み干し、色っぽく口元を拭った。
「ハクオウ氏、どうしてここに? 滞在許可証を持っていないと聞いたが」
「ん? ああ、持ってないわよそんなもん。ここ何日かずっと歩きづめだったからね、ちょっと汗を流したかっただけだもの。じゃなかったらこんな獣くさい田舎町に立ち寄るわけないでしょうが」
この里の人たちにとっては地雷な言動だが、本人は意に介すそぶりもない。
「ハクオウさん」とヨシツネ。「こないだの御前試合のとき以来ですね」
「はっ、いちいち思い出させないでよ。そこのピンクの毛玉もいるってことは、あの塩顔の童貞男もここに来てるんでしょ?」
「いやまあ……ちょっといろいろありまして。僕らは仕事で来てまして、アベさんとウツキさんは別行動というか……」
「なによそれ。じゃあ案内なさい、愛しきお姉様のところへ」
「いやちょっと……そういうわけには……」
なんの事情も知らない部外者をのこのこと社に連れていくわけにはいかないだろう。それこそ新旧女王対決が始まって里が火の海になりかねない。
「いやそれより、ハクオウ氏のことを聞かせてくれ」
アオモトが横から口を挟んだ。こういうとき彼女の生真面目さは強い。
「ずっと歩きづめだったと言っていたが、どうしてナカノへ? あなた一人か?」
「いやちょっと……うーん、まあツレっちゃツレがいるんだけど――」
「――騒がしいのう、せっかくの湯浴み後におちおち涼んでもおられん」
一同の目が声のほうへ向き、そして、全員が唖然とした。
声からして男、それも高齢だ。一瞥してはっきりしないのは、頭と顔に手ぬぐいを巻いているからだ。
浴衣はハクオウと同じこの宿のもの、けれど彼は帯で留めていない。そして、肌着も下着も身に着けていない。
つまり、浴衣の下の裸体が露出している。顔を隠し、本来隠さなくてはいけないものが裾の間からぶらぶらと垣間見えているのだ。
「おお、なんだ? そんなに見られちゃ恥ずかしいじゃないか。どれ、儂の名を言ってみろ」
そう言って男は浴衣の前襟を掴み、広げてみせた。はだけた貧相な裸体の下腹部には、決して恥じているようには見えない彼自身が堂々と表現されていた。
――と、タミコがぴょんと飛び降り、ノアとタロチの制止を振り切って疾駆した。
「キンタマ! しわしわキンタマりす! ぴぎー!」
その男の雄を見上げ、タミコは大興奮でぴょいぴょい飛び跳ねた。
「ふむ、儂のそれより毛深き毛玉よ。貴様、なかなかの慧眼よのう」
男はその目元をにやりとさせ、大きく股を開いて腕を広げた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! ――ナニを隠そう、我こそがアカバネきっての大英雄、その名も〝凛として菌玉〟である!」
タミコ史上最速の反復横跳びが炸裂した瞬間だった。
コミック発売直前の更新がこの話というのはきっと神様の思し召し。キンタマの神様かなんかの。
というわけで、漫画版の第1巻が明日6/1に発売になりす。
とあるグッズのプレゼント企画も始まるとかなんとか。※追記:タミコのクッションらしいですよ(実物未確認)
ウェブストアでは予約も始まっておりす。ご購入の際に星ポチやレビューをいただけると幸いりす。
おうち時間や通勤のおともに、どうぞ「迷宮メトロ」をお願いいたしりす。




