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154:○○しか勝たん


漫画版4話が公開されました。ぜひご覧くださいませ。


「――で」


 〝鮮血風鼬〟こと獣王スズキは、すりすりと身を寄せる豹のケァルの背中を愛おしげに撫でながら、愁とウツキを交互に見る。


「話題のルーキーと獣王の弟子が、私になんの用だ?」


 愁とウツキはお互いに顔を見合わせる。完全にビビって「お先にどうぞ」と表情で譲り合い。


「あ、その……都知事から書状を預かってまして……」

「ほう?」


 懐に温めておいた封筒をおずおずと差し出すと、スズキは鎌のような爪の先で器用につまみとる。


「お社様、僭越ながら――」


 ダイアナが開封を手伝おうと一歩前に出ると、


「いや、それには及ばん」


 スズキはそれを止め、書状をケァルに向ける。

 ケァルはそれをパクリと受けとり、

 ――そのままもしゃもしゃと咀嚼してごっくんと呑み下す。


「………………は?」

「ふん、腹黒ガキジジイめ。私をこき使う気なら自ら頭を下げに来いというものだ。全力で門前払いしてやるがな」

「いやちょっと待って! ごめん吐いて! お願い吐いてーっ!」


 愁はケァルの首にしがみついて哀願する。不機嫌そうに唸られても吐き出すまで離してやりたくない。毛並み超すべすべ。


「案ずるな、お前の主の魂胆は把握している。お前はただ『要請は拒否された』と報告すればいい」

「いやでも、つーか読んですらないし……」

「読まずともわかるさ。あの男がわざわざ文をよこすような用件など一つしかない。そしてあいにく私はそれに協力する気は毛頭ない」

「それってなんの……?」


 スズキは答えず、ふっと目を細めて顔をそむける。頭に噛みつくケァルの歯がわりと痛くなってきたので愁もいったん離れる。


「それにしても、ふん、やはり私がここにいることに気づいておったか。まあ、でなければ己の優秀な懐刀をこんな僻地に送り込んだりはせんだろうしな」

「お、お社様」とダイアナ。「私はなにも……閣下からはそのようなことは……」

「今さらお前を疑ってやいないさ、ワンダ。お前やスドウはなにも知らされていなかったんだろう? それがあの小賢しい男のやり口なんだよ」

「やり口、ですか」

「真意を隠し、あるいはそれをチラ見せして、その裏に二重にも三重にも意図が潜んでいるよう深読みさせる……あの性悪男はそうやって人の心を弄んで楽しんでいるのさ。そういうところはあのナリと同様ちっとも変わっとらん、真面目に付き合うだけ無駄というものだ」


 ずいぶんボロクソに言うものだ。口ぶりからして古馴染みのような関係なのだろうか。


「あの男はな、アベ・シュウよ。あいつは私を戦場に引きずり出そうとしているのさ」

「え、戦場?」

「ああ、いよいよ始めるつもりなのさ。あいつの悲願を遂げるための、国を挙げての大戦を」

「戦争……それって、どこかのトライブと戦うんですか? それともまさか……」


 第二次魔人戦争、勃発。想像して塩顔が凍りつく。


 獣王に助力を請う必要のある戦争とはなんなのだろう。どんどんとり返しのつかない方向へ巻き込まれつつある気がして嫌な予感しかしない。


「……なんにせよ、どちらにせよ、私には関係のないことだ。あいつの野望のために己の身を危険に晒すつもりなど毛頭ないし、私には他にやるべきことがある。この地にて愛しき毛玉たちを守り続けるという使命がな」

「いや、つーか、うーん……」


 返事がノーだとしても、愁にとっては問題ではない。あくまでクエストは「手紙を届けて返事をもらうこと」だから。


 とはいえ、イタチさんたら読まずに食べさせた。果たしてこれでクエスト達成としていいものか。正直に伝えたら生真面目脳筋剣士が大暴れしそうで恐い。


「スズキ様は……本来の使命をお捨てになったのですか?」


 ウツキがおそるおそるという風に口を挟む。ふん、とスズキが小さく鼻を鳴らす。


「あの老いぼれ魚類の弟子を名乗る女よ、師はお前になにをどこまで話して聞かせた?」

「……あなたとサトウが、かつて同じ〝糸繰士〟に師事した兄妹弟子だと」

「え、マジ?」と愁。

「遥か昔のカビの生えた話だ。四十年前のアキハバラ襲撃を境に袂を分かち、以来一度も顔を合わせてはおらん。やつは水のにおいを通じて私の動向を把握していたようだが、私にとってはやつの行く末などもはやどうでもいい」


 またも剣呑なワードが出てきたが拾いきれないので保留。


「では……〝幽宮(かくりのみや)〟についても……」

「真実をめぐる旅など不毛なだけだ。結局はただの自己満足に終わるなら、私は残りの生を愛しき者たちのために使うと決めたのだ。万年ぼっちの深海魚には理解できん境地だろうがな」


 残念そう、というか不満げに唇を噛むウツキ。


「小娘よ。お前は新世界の民でありながら、旧世界の答え合わせを望むのか」

「いやまあ、なりゆきっていうかもうヤケクソっていうか……」

「あのー、話が脱線してるっていうか今なんの話なんすかね……?」


 そう口を挟んだ愁だけでなく、ダイアナたちもやや困り顔。「世界の謎を追ってる系意識高いキャラの思わせぶりトーク」についていけないのは彼女らも同じようだ。


「ふふ、すまんなアベ・シュウ。私も久々に懐かしい気持ちになってしまったのさ。古馴染みの名前を耳にして、そして我らの師と似たにおいを持つお前と出会ってな」

「俺が……ですか?」

「顔立ちも気性もまるで異なるが、どこかあの人の面影と重なるところがある。我らに言葉や感情を与えてくれた……タテガミ・ピピンと」


 タテガミ・ピピン――歴史書で何度か目にした名前だ。


 始まり〝糸繰士〟の一人。シブヤトライブ初代族長にして、狩人ギルド初代総帥。そんな人間社会の大物が、二人の獣王と関わりを持っていたとは――。


(そんな人と)

(俺が似てる?)


「ああ、そういえば一つ思い出したぞ。あの人はこんなことを言っていたな……アベ・シュウよ、お前は石炭紀という言葉を知っているか?」

 

 

    ***

 

 

 時は五日ほど遡る。


「……セキタンキ……?」


 初めて耳にした言葉を、ギランはそのまま訊き返した。


「ひひ、しゃーねえか。この国じゃ昔の地学や世界史なんざほとんど廃れた学問だしな」


 自称ツルハシ・ミナトを名乗る〝越境旅団〟団長は、その非対称に爛れた顔をにやりと歪ませた。


「今から三億五千万年くらい前……人類がまだ影も形もなかった大昔だ。大地は原始の森林に覆われ、大気は今よりも遥かに濃密な酸素を湛え、海洋から進出してきた両生類や節足動物が地上を支配者していた……って、この国のやつに言っても大してプレミア感ねえわな、ひゃひゃひゃ」

「いったいなんの話だ?」

「石炭くらいは知ってるよな? この国でもごくまれに採掘される資源、燃える石ってやつだ。メトロ産がどんな由来かは知らねえが、通常は地中に埋もれた樹木が気の遠くなるような年月を経て石炭に変わる。石炭紀って呼び名は、この時代の地層からじゃぶじゃぶ掘れたことからつけられたって話さ」


 団長はしゃべりながらてのひらを握ったり開いたりしている。ギランの知るツルハシ・ミナトもよく同じ仕草をしていた。あえて真似しているのなら芸が細かいと言わざるを得ない。


「俺らの常識じゃあ、木ってのは枯れりゃあ腐って土に還るだろ? だが石炭紀の頃は腐らずにどんどん地中に埋もれていった。なぜか? 枯れ木を構成するセルロースやリグニンの分解者である菌類がいなかったからだ。石炭紀の終わりは菌類の進化や発達によってもたらされたってことさ。まあこれ、全部昔のツレの受け売りだけどな」


 この男が適当なホラ話を吹いているのでなければ、今語っているのはツルハシ・ミナトから継承した知識ということか。まるで自身がそのツレという人物から聞いたような口ぶりだが。


「菌類が石炭紀を終わらせたように、現代文明は〝超菌類〟によって塵になった。なんでそんなもんが急に現れた? そもそも〝超菌類〟はどこから来た? そいつはこんな風に言ってたな、『それがこの星にとって必要だと、誰かが思ったのかもな』って。んなエコロジストの妄言みてえな話はどうでもいいんだけどよ」

「……だから、なんの話だ?」

「百年以上この国をウロウロしてきた甲斐もあって、答えまであと一歩のところまで来てる。俺の目的は――その元凶をぶっつぶすことだ。どうだ、これで納得してくれたかい、パピー?」


 この顔で、この声でパピーと呼ばれるたび、ギランは腹の底が煮えたぎるような感覚を覚えていた。あの人を騙るこの男に、そしてかすかな懐かしさを感じてしまう自分に。


「もう一度言うぜ。俺のところに来い、タイチ。お前の力が必要だ」

「……その顔でそう言えば、私が首を縦に振るとでも思ったか?」

「振るのは首じゃなくて尻尾だろ? ひひっ」


 ギランはてのひらを開き、すぐさま菌糸を出せるよう身構えた。


「お前のご主人様を殺さねえでやった恩を忘れたかい? にしてもあのマルガメんとこの倅、愚鈍と生煮えが全身からにじみ出すぎだろ。ぶっちゃけブクロの未来が心配になったぜ、お前が身体張って仕えるような主とは到底思えねえな」

「我が主は立派な御方だ――歴代族長の誰よりな。そして、民を挙げてあの御方をお支えするのが、今のイケブクロだ」


 団長の顔から笑みが消えた。ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らし、首の裏をボリボリと掻いた。


「んじゃまあ……誰がほんとの主人かわからせてやるかね」


 互いの殺気で空気がぐにゃりと歪むのを感じた。


(この男が誰であれ)

(なにであれ)


 ギランは両手に【騎士剣】を抜き、【炎刃】をまとわせた。かつての恩師の首を刎ねたあのときのように。


「貴様は私が殺す。イケブクロのために、ミナト様のために」

「ひひっ。言うこと聞かねえワンコは、首輪つけて家まで引きずってやらあな」

 

 

    ***

 

 

「んー……全然連絡来ないねえ」


 カワタローは手頃な切り株に腰を下ろし、ぼんやりと頬杖をついていた。


「ダルいっすねえ、副団長。暑くて嫌になりますよ。あ、ピョン」

「無理に語尾つけなくていいと思うよ、〝スプーキー〟」


 手でぱたぱたと顔を仰ぐウサギ耳の青年、〝スプーキー〟。本名は捨てたというのでみんなその通称で呼んでいる。


 彼はトロコたちと同じヒキフネ村の出身だという。しかしトロコたちは彼を知らず、本人曰く「幼少時に両親ともども村を出た身なので知らなくて当然」とのことだ。正直うさんくさく思わなくもないが、同じ釜の飯を食う仲間として信用するほかない。


「にしてもさあ」

「ピョン?」

「このまま俺が副団長でいいのかねえ」


 〝越境旅団〟はカワタローとトロコたちヒキフネ村の生き残りで始めた復讐のための集団だった。それが今は、自称ツルハシ・ミナトを筆頭に「この国を壁から解放する」本物の思想テロリスト組織へと様変わりしている。


 御前試合の一件後、団長の下に参じた元腹心やら野盗やら金で雇われた傭兵やら。カワタローより腕の立つ輩がうじゃうじゃいて、なめられるくらいならむしろマシだが、本気で頼りにされるとなると逆に肩身が狭い思いだ。


「いいんじゃないピョン。ぶっちゃけどいつもこいつも脳筋暴れん坊ばっかだピョンし、もっと言えば団長は常識の通用しない化け物ピョン。むしろ副団長くらい平凡な人のほうが絡みやすいピョン」

「褒められてんのかどうかわからんねえ」


 団長とギラン・タイチの密会場所から数百メートル離れたところに、十人ほどの部隊が三つ配置されている。カワタローと〝スプーキー〟たちは西側、トロコらヒキフネ村勢やムジラミは北側だ。


 団長からは事前にいくつかのプランが提示されていた。


 ギランがサシでの決闘を仕掛けてくるなら、団長はそれに応じる。負ける要素はない。


 援軍が近くに潜んでいるようなら、そこから別のプランに分岐する。イケブクロの兵士や狩人が相手となれば、カワタローら伏兵がそれに対処する。あるいは手薄になったイケブクロに乗り込んで金品強奪などの悪戯を仕掛けるプランなども提案されているが、正直乗り気になれない。


 いずれにせよ、どのプランで行くかは団長が判断し、カワタローたちの鼓膜に張りついた【(ささやき)】を通じて直接指示することになっている。のだが――まだ連絡が来ないのだ。


(まあ、あの団長)

(事前に予定とか組むくせにノリで動くからなあ)


 ならばおとなしく指示待ちしておけばいい。勝手に動いて責任をこうむるのはごめんだ。


「――?」


 〝スプーキー〟が顔を上げ、長い耳をぴくぴくと動かす。


「どうした?」

「いや、今――」


 ふと、カワタローの目に留まるものがあった。


 球体だ。満月のように綺麗な球状で、表面は陽光を受けて金色に煌めいている。


 それがカワタローの目の高さに合わせてぴたりと静止していた。まるでそこに釘付けにされたみたいに。


「なんだ――」


 気づけば眼前に迫っていた。


 危機感や恐怖を自覚するより先に頭をよじった。サングラスがバリッと砕け、かすめた頬がジジッと焦げた。そのまま切り株から転げ落ちてもんどり打った。


「おいっ! 今の――」


 慌てて立ち上がるのと同時に周りの部下たちがその場に崩れ落ちた。倒れたままうめき声一つあげず、ぴくりとも動かない。


「おいっ、だいじょぶかっ!?」

「ふむ、かわしたのは二人だけか。時代かのう、テロリストの質も落ちたものよ」


 声のした方向に振り返りながら、カワタローは親指をはじいた。放たれた【白弾】は狙いと寸分違わず飛んでいき――ギィンッ! と甲高い音とともにはじかれた。


「眉間、人中、霞、延髄……死にはせんよう加減はしてやったが、三日は起きんだろう。ああ、南側にいたやつらも終わっとるぞ」


 そこに立っていたのは、奇妙な風体の老人らしき男だった。黒いターバンで顔を隠し、裸に直接マントを羽織っている。腰に下げているのは金色の瓢箪だ。


「……副団長、こいつはヤバいピョン。つーかありえねえピョン」


 この場で立っているのはカワタローと〝スプーキー〟だけだ。狩人業界屈指の戦闘能力を誇ると言われるこの男が、しかし今は顔中に汗を浮かべて苦笑していた。


「狩人、だよねえ?」

「去年の全国八位……いや、十年前まで()()()()()()()だった化け物ピョン」

「……は?」

「さて、裏切り者の小兎と見知らぬ凡骨よ。幸運にも儂の初撃を免れた貴様らに、金言を授けてやろう」


 じりり、とその老人が一歩前に出て、それに合わせてカワタローたちは一歩後退した。ほとんど本能的な動作だ、身体が全力でこの枯れ木のような老人との戦いを拒んでいる。


「如何に鋭き牙と爪を携えし獣でも、その手技を磨き上げた歴戦の猛者であろうとも。あるいは不死身を誇る〝糸繰士〟でさえ、元をたどれば一匹のオタマジャクシにすぎん。行く先が女子(おなご)の腹かちり紙かの違いよ」


 老人がかざしたてのひらの上に、まるで夜の明かりに吸い寄せられた虫のように、無数の金色の玉がじゃらじゃらと舞い踊っている。


「わかるか小童ども。何人も生命の摂理からは逃れられん。我こそが遍く生命の根源たる化身――すなわちこの世は、金玉しか勝たんのだ」


○○は伏せ字にして記号というダブルミーニング。


コミックファイアにて漫画版4話が公開されました。足を組んで唾を吐くヒロインが拝めます。ぜひご一読くださいませ。

ニコニコ漫画でも漫画版3話まで公開中。タミコの尻が拝めます。お気に入り登録していただけると幸いです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 漫画版4話面白かったですよ! なんかさらに絵のクオリティーが上がっているような!!! [気になる点] 話は変わりますがマタタビの匂い付きの猫じゃらしにうちの子ニャン子びっくり!!! ニ…
[良い点] 金(玉)言 りす。(無理矢理平仮名追加) [気になる点] ふと、不安になったのですがこの○○、スモーの試合だとやはりマッパにマワシでマントなのでしょうか? 本来の相撲よりマント1枚多いのに…
[良い点] 金玉さん強キャラ感しかないのに人生金玉に全振りしとる
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