152:タミコの決意
あけましておめでとうございりす。
本年もよろしくお願いいたしりす。
お社様、二人いる説。
「……どういうことっすか?」
頭の中で質問が渋滞した愁の内心を悟ったように、身代わりのお社様を名乗るコユキは少し申し訳なさげに目を伏せる。
「皆様もご存知のとおり……カーバンクルの歴史は度重なる悲運とともに紡がれてまいりました。〝糸繰りの民〟に加勢を請われ、結果多くの犠牲を出した〝魔人戦争〟、五百を超える同胞の命を奪った疫病の流行……」
「あのときは都庁政府にもお世話になりましてのう。獣医師をほんの数名派遣していただいて」
「当時は各地で反政府テロが頻発しておりましたからのう。そちらで手いっぱいで、我らごとき毛玉などそれでじゅうぶんとお思いだったのでしょう」
ヒューリとアルフが皮肉めいたことをつぶやく。ふいにウツキの顔が別人のように険しくなるが、目が合うとすぐに元のへらっとした表情に戻る。
「よその方には知られておりませんが、疫病が終息したその数年後、里は別の危機に瀕することとなり……その際に救いの手を差し伸べてくださったのが……」
「本物の、お社様」
「この社は……里にお留まりくださったその御方への敬意をこめて用意されたものでした。いつしか里の者はその御方を〝お社様〟とお呼びするようになり……今もお社様は、陰ながらこの里を見守ってくださっているのです」
「二通目の……族長さんへの手紙にあった『真なる里の守護者たるお社様』という記述はそういうことだったんですね。そりゃあ村長さん方も慌てて通せんぼするわけだ」
ヨシツネが意地悪げな目を向けると、老人コンビが恨めしげに顔をしかめる。
「ちなみに、コユキさんが表向きのお社様を名乗っていた理由は?」
「……お社様は、世を忍ばねばならない事情がございまして……当初は里の内でかたく留め置く秘密としていたのですが、人の口にもカーバンクルの口にも戸は立てられず、いつしかその存在が外の方にも漏れてしまい……」
「なるほど。無用な詮索をしたがるやつらの前に『実在するお社様』という身代わりをでっち上げて、本命のほうにたどり着かせないようにしたと」
「そのとおりです。毎年の樹慰祭という催しについても、当初は『仮初のお社様』をあえて宣伝する意図があったそうです。今では単に里の者の娯楽としての意味合いのほうが強くなっておりますが」
「それでも秘密に近づきすぎた人には【忘却】とやらを振る舞うと……ずいぶんな念の入れようですね」
確かに、恩人とはいえたった一人を匿うために里ぐるみとは。
「お社様をお守りすることが、我ら種族の使命である……私も子どもの頃からそう教わってまいりました。私は幼少時にたまたま【忘却】が発現したため、病床の身であった先代よりこのお役目を賜りました」
「天才カーバンクルっ娘だったんだなあ」
「サイキョーはあたいりすけどね」
ふんっと鼻を鳴らすタミコ。
「あの、肝心なところ聞いてないんですけど」
クレがひょいっと挙手する。
「その『本物のお社様』ってのは何者? 反政府連続テロって三十年以上前の話だし、その頃に町一つ救って今も健在って、ちょっと普通の人じゃなさそうな感じだけど」
前のめり気味に尋ねる横顔はネコ科動物のようにギラギラしている。この男の一番の興味は「そいつが強いかどうか」なのだろう。
コユキがヒューリとアルフのほうを振り返る。老人コンビは悩ましげに顔をしかめ、そして重々しく一つだけうなずく。
「……実際にお会いいただければ、おわかりになるかと存じます」
愁も考えていることはクレと同じだ。その人物が只者ではないと確信している。でなければ都知事もこんな回りくどい流れで書状を送ったりはしないはずだ。
(つーか)
(都知事はその人が誰か知ってんだろうな)
どうして、どうやってという疑問はともかく。
三十年以上も世間から身を隠していた大物――そんな風に聞くと、まだ記憶に新しいあの偽者男が脳裏をよぎるのも無理はないだろう。
(まさか)
(今度こそ本物の、生き残りの〝糸繰士〟?)
「では――」とヨシツネ。「さっそくお会いしたいのですが、その方は今どちらに?」
コユキがてのひらで、今愁たちが座っている畳を指し示す。
「……ここより遥か地の奥に」
「え?」
「里の者たちが使うメトロとは別の、隠しメトロ。お社様はその奥深くにおられます」
***
本物のお社様への謁見にあたり、コユキら里側の提示した条件は二つ。
一つ目は人数を絞ること。できれば二名まで。
「今ここでその封書を開けてくれるなら、話は別なんだけどね」
ダイアナの提案に、ヨシツネは即座に首を横に振る。
「これは宛てた御本人に最初に読んでいただきます。中身はなんらかの要請書のようなものだと聞いていますが、僕から言えるのはそれだけです」
「であればなおさらだ。お前ら全員ぞろぞろと連れていくわけにはいかん」
今回のクエストがお社様に危害を加えようというものでないのは明白だが、昨日が昨日だっただけにしかたない。
そしてもう一つの条件は――アベ・シュウは強制参加。
「え? なんで俺?」
「それは……」
コユキがもじもじと言いよどむ。
「実は以前、お社様にアベ様の載っていた新聞をお見せしたところ、大変興味をお持ちの様子だったので……僭越ながら、アベ様にお会いになりたがるのではと……」
「なるほど……」
メディアというのはどこでどう影響力を発揮するかわからないものだ。
「あたしもコユキっちにしっかりアピっといたからね」とウツキ。「他の狩人とは一味違うとか全カーバンクルの味方とか人畜無害な塩顔の童貞とか……おかげでコユキっちが話聞いてくれる気になったんだから、感謝してにゃんっ!」
小首をかしげて招き猫ポーズ。愁が目配せするとタミコが彼女の首に巻きつく。
ともあれ愁は確定、ということで残りは二人。
使者であるヨシツネも当然同行する、と思いきや――
「はい、これが三枚目の手紙です」
彼があっさりとその封筒を差し出してくる。
「え? もしかして、行かない的な?」
「いやあ、やっぱり都知事閣下はすごい御方ですね」
「は?」
ヨシツネは参りましたという風に首をすくめている。
「あの人は……こうなることを予期していたんです。アベさんとタミコさんなら、かたく閉ざされたカーバンクル族の秘密を開くことができる。アベさんならきっと『本物のお社様』にたどり着くだろうと」
「ほんとかなあ」
見た目ショタでも百二十歳近い百戦錬磨の大物政治家。とはいえそんなところまで「まるっとお見通し!」といくものだろうか。
「アベさんなら襷を託すことに不安はありません。それもまた閣下の御意志ということですよ」
「どゆこと?」
ヨシツネは小さく唇を噛み、少し困ったように笑う。
「ちょっと事情がありまして……実は僕、メトロに入れないんです――」
ヨシツネの不参加が決まり、改めて二人を選ぶことに。
「はいはいはーい! あたしは当然行きますからね! なんたってこれはあたしの手柄なんだから!」
手を挙げたノアとクレを遮るように、ウツキが目いっぱいバンザイポーズしてぴょんぴょん跳ねる。
「つーかウツキさん、今回なんでそんな積極的なんすか?」
ちょいちょいと手招きするロリ。愁は【魅了】でも飛んできやしないかと若干警戒しつつ顔を近づける。
「そもそもさあ、なんであたしがわざわざこんなド田舎までついてきたと思ってんの? ナンパ目的の観光とか本気で信じてた? まあ半分正解なんだけど」
「じゃあ……」
「こっちも大変なのよ、パワハラ上等な師匠を持っちゃうとね……って言や、察しがつくでしょ?」
そういうことか。
最初から里の秘密に当たりがついていたのも、単身でずかずかとそれに踏み込んでいったのも、ウツキの師匠こと獣王サトウの入れ知恵があったからこそか。
あの旅鮫は、この国に潜むなんらかの答えをさがしている。彼はこの里の秘密についてもなにか知っている。
「まあ、あたしも全部聞いてるわけじゃないし、師匠も全部知ってるわけじゃないけどね」
「……あっ、なんだっけ? あの人が俺たちを助けてくれたとき――」
「おい、そろそろいいか?」
話を遮ったのはダイアナだ。いつの間にかリュックを背負っている。
「ああ、私とキナミも同行する。コユキをお前らに任せるわけにはいかんし、万が一お社様に狼藉を働こうものなら……わかるな?」
ギラリとした目で笑う彼女の表情は、むしろその瞬間を望んでいるようにすら見える。
「お社様のいる階層まで危険な獣はほとんど出てこない。片道半日程度はかかるからそのつもりで。それと、ここに残るやつらは警備団の指示に従うように。面倒事を起こされては敵わんからな」
「なんならうちの仕事を手伝ってもらっても構わないぞ? はっはっはっ!」
いちいち声が大きいスドウ。でもバリトンのいい声。
「――あ、つーかメンツ……タミコはノーカンにしてもらっても――」
「あたいはいかないりす」
「あ、行かないみたいです――って、え?」
タミコはいつの間にかノアの頭の上に移動している。
「一緒に行かないの?」
「……あたいは、ここでやることがあるりす」
「やること?」
ひょいっとノアの上から下り、みんなから離れたところにぺとっと座り込む。愁もその向かいに腰を下ろす。
「きのう……ちょっとトーチャンとはなしたりす」
「ああ、解散前に話してたな」
「トーチャンは、ほんとはアベシューがキライなんじゃなくて……ウスイカツオがカーチャンをつれてったから、いまもニンゲンのかりゅーどをうらんでるりす」
「うん」
それは薄々見当がついていたし、その気持ちもよくわかる。
「だけど、それよりも……あたいにアブないことしてほしくないって、あたいがシンパイだって、だからかりゅーどをやめてほしいって……」
「うん」
「あたいサイキョーりすのに……いまやマジンもワンパンりすのに……」
「うん? うん」
ともかく、娘に危ない目に遭ってほしくないという親心は当然だ。ましてや最愛の妻が遺した一粒種ともなれば。
狩人を辞めて、この里で、親娘で――。
それがタミコにとって一番の幸せなのかもしれないということも、愁はわかっている。
けれど――。
「……タミコは、どうしたい?」
「あたいは……」
タミコはお腹の毛をぎゅっと握り、顔を上げる。
「あたいは……スガモのかりゅーどりす。アベシューのあいぼうりす」
その力強い表情を目にして。
「だから、いまはここにのこって、サトのためにはたらいて、トーチャンにショーメーしてみせるりす!」
彼女の決意を、望みを耳にして。
愁は目の奥が熱くなるのをこらえる。
一つ洟をすすり、ごまかすように笑みをつくる。
「……うん。じゃあ、それが今回のお前の仕事だな」
「りっす!」
互いに拳を差し出す。
こつんと重ね合わせる、いつかのときのように。
「お互いがんばろうな、相棒」
「へっ! アベシューがもどってくるまでに、サトのやつらにダイトーリョーってよばせてやるりすわ!」
***
「……行っちゃったね、姐さん」
「……りすね……」
隠しメトロに通じるという奥の間へと発った愁たち。その背中を見送ったタミコとノアは、開いたままの戸をしばらく見つめている。
「――さて」
スドウがその場に残った者たちをぐるりと見回す。
「ワンダ様たちが戻るのは……早くても明日だな。ひとまず君たちにはうちの詰め所までお越しいただこうか。粗茶でよければもてなすよ」
「仕事手伝えって言ってましたけど」とヨシツネ。「なにか僕らでやれることはあるんですか?」
「丸一日ボケっとしてるのもねえ」とクレ。「団員さんの訓練とか付き合いますよ」
「ははっ、ありがたいね。君たちほどの腕利きなら野盗狩りに連れ回したいくらいだ、お客さんに頼む仕事でもないけどな」
「別にいいですけどね、それくらい」
「野盗か、サンドバッグにちょうどよさそうだなあ」
「ははっ、やっぱアレよね君たち」
社の外は御神木の影でやや暗めだが、木陰の向こうには雲一つない晴天が広がっている。今日は暑くなりそうだ。
「ぜーんぶあたいにオマカセりすわ! このサトはあたいがまもるりす!」
ノアの頭の上でむんっと胸を張るタミコ。
「ふふっ、さすがタミコ氏だな」とアオモト。「故郷を大切に思う気持ちもわかるが、あまり張り切りすぎないようにな」
「シャシャシャ! いまのあたいをワクワクさせたらたいしたもんりすわ!」
この数時間後。
里にやってきたある男との出会いにより、タミコはリス生史上最高速の反復横跳びを決めることになる。
本日コミック版の3話がコミックファイアにて公開されました。
ぜひご一読くださいませ。
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