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149:【風尾】


お待たせしまりす。

コミック版がコミックファイアにて連載開始りす。


 カーバンクル族はメトロ獣や他の魔獣族と比較して多様な菌能を誇る種族だ。


 人間でいう菌職のような明確な区分はないが(というかほとんど研究されていない)、個人によって習得できる菌能にはある程度傾向があるとされる。たとえばキンコは撹乱幻惑系の菌糸玉が得意だったし、キナミ自身は三つのうち二つが柔菌糸だ。


(この娘は――)


 キナミの吐いた【粘糸】をバックステップでかわしたタミコが、着地と同時にふっと消える。


(消え、違――)


 目を凝らす。【暗視】の目が夜闇に融けるほど薄くなったタミコの姿を捉える――【迷彩】か。


 足音を出さないために一足飛びに迫るタミコ、その前歯が銀色に煌めく。鋭い噛みつきが間一髪で飛び退いたキナミの足元をひゅんっとえぐる。屋根板がバターのように――【銀牙】か。


(この娘)

(いくつ菌能あんのよっ!)


 【看破】【幻我】【迷彩】【銀牙】、それにオオツカメトロでは強化した聴覚――【聞耳】を頼りに生きていたと話していた。少なくとも五つか。


 カーバンクル族に菌職はない。だが、超希少な【看破】持ちは一際多彩な能力を得ると聞いたことがある。いわゆる狩人の上位菌職のような、種族でも傑出した天才の類だ。


(キンコ)


 追撃の猛攻を必死に捌きながら、キナミは亡き親友を思う。


(あんたの娘)

(まぎれもなく天才で)


「ほれほれ、あしがとまってるりすよ! コーネンキりすか!?」


(あんたに輪をかけてクソガキね!)


 ザザッと屋根板の上を滑りながら着地し、キナミはふううっと大きく息をする。


「――できれば見せたくなかったんだけどね」


 正面のタミコを見据えたまま、後ろに手を回して尻尾を掴み、引っこ抜く。


「ふぁっ!?」


 目を丸くするタミコ。さすがに驚いたようだ。


 これは人間につくってもらった偽の尻尾だ。ある程度の重さを持たせてバランスがとれるようになっている。


「……ダサいでしょ、ネズミみたいで」


 ふさっとした義尾が外れると、彼女本来の尻尾が現れる――毛の抜けた剥き出しの、たった一・二センチほどの尻尾。


 七年前、警備団に入って日々奮闘していたキナミだったが、野盗の襲撃を受けて尾を切断される重傷を負った。カーバンクルの俊敏な動作を支える尾を失ったことは警備団員としては致命的であり、通常であれば引退を余儀なくされるケースだった。


 ……それでもキナミが諦めなかったのは、約束を交わした親友への思いと、その数カ月後に着任したダイアナ・ワンダの存在があったからだ。


 ――私もおんなじさ。ほら、この腕。


 そう言って屈託なく笑う彼女の左腕は、十歳のときに獣にかじられてしまったという。一家には教団の再生治療を申し込むだけの余裕もなく、それでも彼女は諦めずに憧れの狩人をめざし、不断の努力と不屈の意思で業界のトップにまで登りつめた。


「だけどねタミコ……これのおかげで、今のあたしがあるの」


 習得できる菌能は、菌職(才能)により偶然的(ランダム)に決まる、あるいはあらかじめ定められている。


 そんな狩人の業界における定説を、少なくともワンダとキナミは信じていない。


 ワンダの、隻腕のハンデを乗り越えようとする意思、乗り越えたいとする願い。それを形にしたかのごとく発現した【蜘蛛脚】。


 そして彼女の相棒たるキナミも、リハビリと試行錯誤を繰り返してきた果てに、運命的にこのスキルを獲得したのだ。


「――【風尾(ふうび)】」


 尾の先から、しゅるしゅると幾本もの糸が生じる。

 夜空へ向けて伸びるそれらが、縄のように束なっていく。


 種族固有の愛らしいふわふわの尾ではない。無骨で不気味で、うねりくねる白蛇のような菌糸の尾。


 おいそれと他者に見せることに恥ずかしさを覚えながらも、キナミはこれを誇りだと、約束の証だと胸を張る。なによりこれが、狩人やメトロ獣にも引けをとらない、当代随一の戦闘力をキナミに与えたのだから。


 ぴんと立てた尾を、空をかき混ぜるように回転させる。フォンッ、フォンッ、と腹に響くような低音が徐々に大きくなっていく。


 タミコは警戒するように身を屈めて窺っている。キナミは小さくにやりとして、


「――くらいな、クソガキ」


 キナミとその部下たちをまとめて捌いたタミコの反応速度。

 菌糸弾のごとく放たれたキナミの突進がそれを上回り、タミコの身体をはじき飛ばす。


「ひぎっ!?」


(さすが)

(直撃は避けたか)


 ブレーキをかけながら向きを変え、空中でぐるんと身をひるがえすタミコへとまっすぐに飛び上がる。


「ほら」


 上をとったキナミに、タミコは目を見開く。


「今までのお返しよ」


 とっさに尾を前に出してガードするタミコ。その上から打ちつけた【風尾】が、暴風を伴ってタミコを真下へ叩き落とす。


「ぴぎゃっ!」


 さすがに効いてくれたようだ、すかさず起き上がりながらも腰が引けている。


 着地したキナミもすぐには追撃しない、再び菌糸の尾を回転させて風を集める。


 元々これは「尾に菌糸をまとわせる」系統のスキルの一種だ。硬質化する【鉄尾】や火を生み出す【炎尾】よりも火力の出づらい「空気を集める」という特性が、キナミの「尾がない」というイレギュラーにより完全なる菌糸の尾として成立し、過去の使い手より段違いの性能を発揮するに至ったのだ。


 集めた風を後ろへと放ち、推進力に変えて突進。カーバンクルの身軽さと敏捷性と掛け合わせることで、目にも止まらぬ速度を実現する。


「ぴぎゃっ!」


 今度は正面からぶつかり、またもタミコが吹っ飛ぶ。キナミ自身が受ける衝撃も大きいが、そんなものは歯を食いしばってねじ伏せる。


 さらには追撃で尾を振るう。ギリギリでかわすタミコを風の余波が襲い、バランスを崩したところにキナミの後ろ蹴りが直撃する。ゲホッ! と息を詰まらせながら屋根板を転がるタミコ。


 ――それでも怯まないのだから、並みの十歳ではない。


 しゅるしゅると生じた菌糸がタミコの身体を覆い、白い殻をつくる。【甲羅】だ、カーバンクルにおける数少ない硬菌糸の防御スキル。これで六つ目とは恐れ入る。


 確かに【甲羅】の耐久力は高いが、四肢の動きの邪魔になるため機動戦に向かない。キナミは即座に風を補充し、再度突進の溜めを――。


(!?)


 タミコの尻尾の先が、これまでの戦いでめくれ上がった屋根板に引っかかる。弓を引き絞るように力を溜め、そこを支点に自身の身体をブンッ! と振り回す。


 頭と四肢を【甲羅】の中に引っ込め、激しく横回転しながら突っ込んでくる。


(大した発想ね!)


 まともにぶつかればキナミのほうが無事では済まない。


「あぁああっ!」


 突進に使おうとした尾の軌道を無理やり変え、斜め下から振り上げて【甲羅】を打ち返す。


「どうだっ!」


 ガンッゴンッと【甲羅】が屋根板をバウンドし、「いててりす……」とタミコの頭が出てくる。それでもすぐに立ち上がり、その目で気持が折れていないことを伝えてくる。


「まだ、やれるわよね?」

「あったりめえりすわ!」


 キナミはふっと笑い、ぐっと低く身構える。

 タミコの【甲羅】がぱらぱらと砕けて落ちる。スキルを解除したのか、真っ向から打ち合うつもりか。


 そうして両者は同時に駆けだす。


 互いに激しくぶつかり合いながら、

 尾と尾を交錯させながら、


(すごいね……タミコ、キンコ)


 獣のごとく目を血走らせて、

 一歩も引かずに食らいつくタミコの姿に、

 キナミは目尻からかすかに水が散るのを自覚する。


 奥の手を出したキナミと、ここまで対等に渡り合える同族は今までいなかった。


(でもね)

(喧嘩はね、意地だけじゃないのよ)


 爆発的推進の起点として、攻防の要として。

 キナミはこの特異な【風尾】をものにするため、血のにじむ努力を重ねてきた。

 同僚たちと、相棒と、そして同じ風の使い手である()()()()と――たくさんの人々の手と助言を借りて築き上げてきたのだ。


 副団長としての誇りがある。支えてきてくれた仲間たちがいる。


(――タミコ、キンコ)


 たとえ相手がレベル40超えの天才児でも、菌能の数で劣ろうと。


(今だけは)

(せめて今回だけは)

(絶対に負けられない!)


「邪ッ!」


 風の補充という溜めが必要になることを、この娘は見抜いたのか。

 その一瞬の隙に、【風尾】を噛みちぎってやろうと、彼女の煌めく前歯が迫る。


「くぁっ!」


 キナミを尾を引かず、力任せに振るう。その風をそのままタミコの顔面に叩きつける。「ぴぎゃっ!」とたまらず吹っ飛んでいくタミコ。


「無謀ねっ!」


 さすがに少し心が痛むが、それを気にかけるくらいなら、


「――終わらせよう」


 決着をつけよう。


 呼吸を整え、【風尾】を回転させる。

 限界まで空気を集める。この一撃で完全に叩きのめすために。


「しゃあっ!」


 この日の最高速を確信した、

 キナミの凝縮された視界の中で、

 タミコが自身の尻尾からずぼっとなにかを引き出す。


 そして一瞬、ほんの一瞬目を差したのは、

 鞘から抜かれた白銀色の刀身だ。


「シャーーーーッ!」

「あぁああああっ!」


 跳ね上がったタミコとキナミが交錯し、

 強風でぶわりと両者の毛並みが逆立つ中、

 途切れた【風尾】が宙を舞い、落ちる。


「そんな――」


 驚愕したキナミの前に、拳を握りしめたタミコが迫る。


「――おかえしりす」


 左のフックがキナミの頬を捉える。


「がはっ!」


 ぐるんっと宙に一回転し、背中から叩きつけられる。


 目の眩みをこらえながら立ち上がろうとしたその鼻先に、切っ先が向けられる。


「……尻尾の中に得物を仕込んでるとはね」

「へっ。ほおぶくろしかつかえねえヤツはシロートりすわ」


 特殊な形状のナイフだ。刃先の尖った菱形。人間の玩具のような大きさだが、彼女専用に誂えたものなのだろう。


 だが、風をまとった【風尾】を両断するなど、生半可な武器では無理な芸当だ。


「ミスリルのクナイりす。どーぐはつかわないつもりだったりすけど……あたいはスガモの〝クノイチ〟りすから」

「ミスリル……くないって、ああ……思い出したわ」


 思わず笑みがこぼれそうになる。


 子どもの頃に耳にしたお伽話。そこに出てきた〝忍者〟の武器だ。キンコはあの話が好きで、忍者に憧れて、女性忍者を表す〝くノ一〟を自称していたものだった。


(……ああ)

(あたしの、負けか)


「あたいも、おもいだしたりす」

「……え?」

「あたいがちっちゃかったとき、カーチャンがはなしてたりす。シンユーのはなし、イチバンなかよしで、なんどもケンカしてたって。もういちどあいたいって、たのしそうにいってたりす」

「……ふふっ、そう……」

「オバハンのことだったりすね」

「そうね、オバハンはやめてね」

「――待てーっ! そこまで、そこまでーっ!」


 裏返ったキーキー声を響かせ、どすどすと駆け寄ってきたのはタロチだ。


「お前ら、なんでケンカ……! そんなボロボロになるまで……下じゃあ人間も……なんで……!?」


 息も絶え絶え呂律も回らないまま、その巨体でキナミとタミコの間に割って入る。


 タミコはくないを鞘に収め、バツが悪そうにそっぽを向く。


「タロちゃんこそ、まだ仲直りしてないのね」

「いや、それは、その……」


 キナミはくすりと微笑み、彼の手を借りて立ち上がる。


「……立派な狩人よ、タミコちゃんは。あたしも、キンコも及ばないくらい、本物のね」


 みるみるとタロチの顔が曇る。


「いや、でも……この子はまだ十歳で……」

「そうね、だからお父さんも心配してるのよ」


 今度はタミコのほうに水を向ける。おてんば娘は不服げに口を尖らせてもにょもにょ言っている。


 自分はなにをしているのだろう、とキナミは内心苦笑する。そもそもどうしてこんなガチンコに発展してしまったのだろう。


 さっきまで、あの日のケンカの続きをしていた。と思ったら、今度は父娘のケンカを仲裁しようとしている。まるであの頃の三人が戻ったみたいに。


(負けちゃったけど)

(でも……)


 負けたのに、悔しいのに。

 こんなにすっきりした気分になれるなんて。


 懐かしいものがたくさんこみあげてきて、キナミは瞳の端に浮かぶ涙を拭う。


「もう一回、ちゃんと話し合いましょう。親子なんだから、ね」


 二人は一瞬目を合わせて、またぷいっと顔をそむける。


「まあ、キナミがそう言うなら……」

「オバハンがそういうりすなら……」


 ともあれ、二つ並んだそっくりのむくれ顔に、ぷっとキナミは噴き出す。


 自分はキンコの代わりにはなれない。

 それでも、この親子のために、亡き親友のために、やれることはある。


 よろしくね、とちょっと申し訳なさそうに笑うキンコがまぶたの裏に浮かび、それに応える代わりと言ってはなんだが、まずはこの娘に教えなければいけないことがある。


「オバハンじゃねえつってんだろ。独身は永遠のお姉さんなんだよ」


補足①:ほんとは【雷尾】の予定だったけど、「黄色いげっ歯類が電気出すってアウトだな」と没に。


補足②:一カ月以上リスしか書いてない。


本作のコミック版がスタートしました。高瀬若弥先生による作画が超すごいのでぜひご一読を。


連載開始が11/13(金)ということで、高瀬先生が「13日の金曜日仕様のタミコ」を描いてくださいまして。

これがめちゃめちゃ可愛くてスマホの壁紙にさせていただきました。ぜひ皆様も高瀬先生のツイッターにてご覧ください。


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― 新着の感想 ―
[一言] まさかアクロバティックガメラを見られるとは思いもしませんでした。 レギオン戦の横滑り火炎弾連射とかちょーカッコよかった…
[良い点] 面白かったです! [一言] >激しく横回転しながら突っ込んでくる。 ちょっと意表をついて私的にはリヴァイ兵長vs.女型の巨人?!
[気になる点] >激しく横回転しながら突っ込んでくる。 縦回転+銀牙なら絶・抜刀……銀牙だけに。
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