148:私が私であるために
明日(11/13)よりコミックファイアにてコミック版の連載が始まりす。
よろしくお願いしまりす。
「てめえフカシこいてんじゃねえぞコラァ!」
「つべこべ言わずにジャンプしてみろつってんだよぉ!」
「ひ、ひぃっ!(ぴょんぴょん)」
「ほれ見ろ、頬袋ゆっさゆっさしてんじゃねえかぁ!」
「やっぱドングリ隠してんじゃねえか! さっさと出せやオラァ!」
「やめな、あんたら」
「んだぁ――そ、総長!」
「ガキとカタギには手ぇ出すんじゃねえって何度も言ってんだろ」
当時、里の若いカーバンクルの間では「不良っぽい振る舞い」が流行していて、意図せず発端となった彼女――キンコ自身が彼らをとりまとめていた。
グループの名前は〝鈍愚裏戦線〟。命名したのはキンコの親友であり右腕であるキナミだった。
キンコの腕っぷしは同世代のカーバンクルの中では抜きん出ていて、大人たちに混じって里のメトロの三階以降の採集作業にも参加を許可されていた。キナミより先に菌能も習得し、素行の問題はともかく種族の次世代を担う人材として一目置かれていた。
ただ――当時のキンコは、それをひけらかすようなことはなかった。むしろそれを疎ましく思っているような節さえあった。
「……なんかさ、面白いことないかなあ」
木の葉で覆われた空を見上げながら、キンコは事あるごとにそんなことをつぶやいていた。
〝鈍愚裏戦線〟の下っ端が好き勝手にイタズラや悪さをして、里の大人たちの締めつけもいっそう強まっていた頃。
キンコは集会も流しもほとんどサボりがちで、代わりに警備団の詰め所によく出入りしていた。
なにをしているのかとキナミが問い質すと、
「外の狩人の話が面白くて」
と屈託のない笑顔でキンコは答えた。
警備団には里の外から派遣されてきた狩人もいた。この里でよそ者はいつも肩身が狭そうだったが、里に馴染めば古くからの仲間のように親しまれることもあった。キンコもまたいつの間にか彼らと親しくなり、彼らに外界の話をせがんでいたという。
「なんかさ、別世界のお伽話みたいだよね」
ほとんどのカーバンクルはナカノの森の外に出ることはない。キナミたちの親世代――疫病で一時的に人口が激減した以後はなおさらだった。
大人たちは外界の危険性を説き、〝糸繰りの民〟との確執を言い聞かせた。それは種族を里に縛りつけるための鎖となり、外界とを隔てる壁となった。
「でね、イチガヤってとこには御神木よりデカいキノコが立ってんだって。どんだけって感じだよね、あはは――」
そんな風に受け売りの知識を嬉々として語り聞かせるキンコに、キナミは内心のもやもやとしたものを隠し続けていた。
やがてあの日、舎弟の何人かが子どもたちの学び舎の窓ガラスを壊して回るという暴挙に及び、大人たちの堪忍袋を破裂させた。総長は反抗するどころか自ら犯人たちを大人たちに差し出し、自らも頭を下げてみせた。舎弟たちからは少なからず失望や怒りを買ったが、表立って彼女に楯突くものは現れなかった。
そうして〝鈍愚裏戦線〟は解散となった。「卒業ってやつだね」と笑うキンコはほんの少しだけ寂しそうだった。
あの頃のキンコは退屈していたのだとキナミは思う。
平穏だが代わり映えのしない毎日に。閉鎖的な里の空気やしきたりに。このままここで暮らし、一生を終える自身の未来に。
少しは成長したかなと周りの大人は安心し、陰ながらずっと彼女を見守ってきたタロチも更生を喜んで毎日のようにプロポーズしては返り討ちに遭い。しかしそんなキンコが狭い空を眺める時間が増えていることにキナミは気づいていたし、腹を踏みにじられて恍惚とするタロチにも別種の不安を覚えたりした。
それでも日々はとろとろとハチミツのように間断なく流れ――キナミたちが十八歳を迎えた年。
あの男が里にやってきたのだ。
ウスイ・カツオ。のちにキンコを外の世界へと連れ出すことになる、〝糸繰りの民〟の狩人が。
***
「久しぶりね、キナミ」
十年ぶりに里帰りしてきたキンコは、あの頃とは別人のように大人びていた。
半ば喧嘩別れというか、実際にハードな殴り合いまでしたというのに、まるで「それもいい思い出だよね」とでも言わんばかりに、彼女はサバサバと再会を喜んでいた。
この十年ずっと、ウスイとともに外の世界をめぐり歩いてきたという。各地の都市を回り、たくさんの人に会い、メトロに潜り――矢継ぎ早に浴びせられる土産話よりも、それを口にするキラキラとした表情のほうがキナミにとっては印象的だった。
「また……外に行くの?」
「どうかな……しばらくはゆっくりすると思うけど、そのままここで落ち着いてもいいかもね、私もいい年だし」
それが彼女の本心かどうかはキナミにはわからなかった。
タロチは彼女の帰りを健気に待ち続けていた。他の女性には目もくれず、仕事に打ち込み、たくさん蓄えていた(腹回りもだいぶ蓄えられていた)。そんな一途な思いが届いたのか――「結婚することにしたわ、あのデブと」と報告に来たキンコに、キナミは思わず頬袋の中身を全部噴いてしまった。
今思えば、あの頃が最も穏やかな時間だったかもしれない。キナミにとっても。
「あんたは結婚しないのー?」と冗談めかしてマウントをとってくるキンコと殴り合いをしたり、文字どおり物理的に尻に敷かれながら幸せを噛みしめているタロチから愛の形の自由さを学んだりしたりと、子どもの頃のように幼馴染たちと平穏な毎日をすごしていた。
――そんな時間を壊したのは、やはりあの男、ウスイだった。
「――タロチはどうすんの? あんたの旦那でしょ?」
「これが最後の仕事だからね、長く待たせるつもりはないから。三行半突きつけられたら、私のほうから泣いてすがってやるわ」
「……じゃあ、あたしはどうすんだよ……」
「え?」
「……キンコ、喧嘩しよう。本気でね」
子どもの頃から事あるごとにやり合ってきた。単にポカポカ叩いたり引っ掻いたりではなく、どちらかが動けなくなるまで徹底的に戦うのだ。手加減をしないことが二人の間の暗黙の了解であり、互いへの敬意の表明だった。自分たちは対等な親友なのだと。
その日が記念すべき百戦目になった。
十五歳くらいまではわりと五分五分だった。けれど――才能の差というのは残酷だった。
キンコのほうが先に菌能を習得し、レベルでもいつしか差をつけられ、十年前の最後の喧嘩のときにはその動きについていくのがやっとだった。
そして、里の中とは比較にならない過酷な世界に生きてきたキンコは、やはりキナミには想像もつかないほど強くなっていた。
「……レベル35超えてさ、種族の中じゃ無双状態かもしんないけど。でも外じゃレベル20そこそこの獣相手でも勝てるかどうかって感じなのよ。マジで理不尽だよね、この世って」
百戦目にして一番無様に敗れ去ったキナミは、仰向けになったままてのひらで目を覆うことしかできなかった。
いつからだろう――思えばずっと、彼女に嫉妬していた気がする。
カーバンクルとしての才能に勝る彼女への劣等感を隠し、それでも肩を並べていれば自分を肯定できるような気がして。
外の世界への憧れを強める彼女に苛立ちと焦りを覚え、同じ夢を抱く自信も度胸もない自分に嫌気が差して。
「でもさ……あんたもまだ20そこそこでしょ? 私は火力系のスキルとか覚えられなかったけど、あんたはまだ全然ワンチャンあるかもね。採集係より警備団とかのがいいんじゃん?」
「……うっせえよ、くそ……」
キンコが隣に腰を下ろした。こんな風に二人並んで寝そべるなんて、いつ以来だろう。
「私さ、退屈してたの。この狭っ苦しい里で外の世界を疎んで、この先ずっと穴底の毛玉としてもぞもぞ生きていくんかなあって」
(上から目線かよ)
「外の世界はさ、やっぱり楽しかった。何度も死にそうな目に遭ったりとか、人間の汚い部分とかいろいろあったけど。自由で、風が気持ちよくて、生きてるって気がした。キナミ、世界ってすごいんだよ」
(また自慢かよ)
「だけど――」
ぷに、と頬袋をつままれ、キナミは顔を横に向けた。
「一番居心地がいい場所は、あんたやタロチの隣だった」
キンコはそう言って笑った。
「帰ってきて思い知ったよ……ここが私の故郷で、故郷があるから私は好き勝手できてたんだって。私はこの里が好き、あんたやタロチがいるこの里が好き。だから……絶対に帰ってくるから、それまで待っててくれる?」
「……好き勝手言いやがって……」
軋む身体を起こして、キナミは空を見上げた。子どもの頃から飽きるほど見てきた、ナカノの里の狭い空を。
「……じゃあ、あんたが帰ってくるまで、あたしがこの里を守ってやる」
「はは、頼もしいじゃん」
「ガンガン鍛えてレベル上げて、次やったらあたしが勝つから。次で百とんで一戦目だから、次勝ったほうが勝ち越しね」
「なにそのルール」
再会と再戦の約束が果たされなくなったことを知った日の夜、キナミは涙が涸れるまでずっと、狭い夜空を見上げ続けた。
***
あれから十年後か。
来たるべき再戦に向けて、警備団の門戸を叩いた。里周辺の獣や野盗を相手に鎬を削り、中途半端だった己を徹底的に鍛え直してきた。
いつしかレベルは30を超え、副団長にまで登りつめた。自分が自分であることを蔑まずにいられるようになっていった。再会が待ち遠しかった。
そして今、目の前で拳を交わすのは――世界で一番好きだった親友、憧れてやまなかったライバルではない。
彼女が命がけで守り抜いたその娘だ。
(それはともかく――)
(理不尽よね、ほんと)
彼女の生き写しのようなこの娘は、
「邪ッ!」
母親と同じく加減というものを知らず、
「ッチェリアアッ!」
明らかに母親より強く、
「ほれほれ、あしがとまってるりすよ! コーネンキりすか!?」
母親の何十倍も性悪で。
自分よりも遥かに年下の娘に必死に食らいつきながら、
積み上げてきた矜持が崩れていく音を聞きながら、
それでもキナミは、こみあげてくる喜びに震えている。
きっとこの娘はなにも知らないのだろう。
けれど、今まさに、
十年越しの約束が果たされようとしているのだ。
(――だからね)
(なおさら)
(負けるわけにはいかないのよ!)
ザザッと屋根の上を滑って後退し、キナミはにやりと笑う。
「――くらいな、クソガキ」
これこそが、再戦への執念が生み出した奥の手だ。
補足:全員リスです。
いよいよコミック版が始まります。チョー楽しみ!
コミックファイアの公式ツイッターがgifのタミコおみくじをつくってくださいまして。タップすると止まるアレです。
めっちゃ可愛いんでやってみてください。リンクを活動報告のほうに掲載しておきます。
「逆に考えるんだ、PS5外れたけどその分書きものに集中できると考えるんだ」




