147:リッスファイト
◆11/13より本作コミカライズの連載がスタート!◆
詳細と続報はコミックファイアの公式ツイッターもしくは公式ページにて。
11/4:町なのに「ナカノの森」? などなどわかりづらいかなと思い、過去掲載分と合わせて表記の修正を行ないました。
・「ナカノの森」はナカノ地方全体を指す地名に変更
・カーバンクルの町の名前を「ナカノの森」→「ナカノの里」に変更
※再読は不要です。
異形の脚を展開した相棒の姿を見て、キナミは呆れまじりの苦笑をする。ああなればもう、ワンダは止まらない。
「まったく、人間ってどいつも野蛮よね、って――」
タミコが役場の壁を駆け登っている。
「ちょ、待って!」
慌てて追いかけるも、滑るように登っていくタミコのスピードは尋常ではない。あっという間に屋根上まで到達し、勢い余ってびょんっと高く跳躍する。
御神木の隙間からこぼれた月光が、宙でくるりと身をひねるタミコを浮かび上がらせる。そして彼女めがけて一斉に飛びかかる四匹のカーバンクルの姿も。
「お嬢ちゃんっ!」
「おとなしくしてろっ!」
組みついて押さえ込もうという、その一瞬の交錯。
そしてキナミの目に映ったのは、種族でも手練である警備所属の部下たちが、タミコの尾の一振りで吹っ飛ばされる姿だ。
(嘘っ――)
タミコが屋根板に着地する間際を狙い、今度はキナミが突進する。
「母親譲りの――」
背後から覆いかぶさる。首根っこを捕まえて組み伏せてやる。
「じゃじゃ馬ねっ!」
とった――と思った腕がすり抜けて屋根板を叩く。
「は――」
とっさに首を上向けると、頭上でくるりと躍ったタミコが降ってくる。背中を踏みつけられ、「ぐぅっ!」、逆に押さえ込まれる。
「副長っ!」
「姐さんっ!」
放たれた菌糸玉が屋根板に着弾したとたん、爆ぜて煙を撒き散らす。
タミコが気をとられた瞬間、キナミは尻尾で背中を押して押さえ込みを解く。煙の中心から逃げ出すのと同時に、カツジとヨネジが飛び込んでいき――
ぶわりと煙が吹き散らされる。払ったのはタミコの尻尾の一振りだ。
「なれっこりす」
訓練と実戦で磨き上げた双子の挟撃。それをタミコは身をよじってすり抜けるようにかわし、蹴りと殴打で同時に突き放す。
「御免っ!」
――そう、四匹そろっての連携だ。
ムトウが空中で前転、その勢いのままに菌糸をまとって硬化した【鉄尾】を振り下ろす。
レベル20超えの中型獣すら昏倒させる一撃――それがタミコの尾にふわりといなされる。
「嘘だr――」
「邪ッ!」
ムトウがぐるんと反転、絡みついた尻尾ごと振り回され、投げ飛ばされる。その先でオオハシと激しく交錯してもつれ合う、背後からの奇襲をつぶした形だ。
(ならこれは――)
キナミは胸をのけぞらせ、「シィッ!」と菌糸の塊を吐き出す。狩人が使う【粘糸】と同じスキルだ、ぶわりと網状に広がってタミコを包囲する。
(かわせないでしょ)
収縮して絡みついたその中心で、じたばたともがく――白っぽく色の抜けた、頭に宝石のないカーバンクル。狩人の【分身】と同じく菌糸の自己像をつくりだす【幻我】だ、とっさにそれを変わり身に使ったのか――
「――後ろっ!」
うなじの毛がぞわりと逆立ち、反射的に前に転がる。同時にブォンッと鋭く空を切る音、かわさなければ容赦なく後頭部を殴られていた、えげつない。
「姐さん!」
たまらずステップして距離をとり、復帰した四匹と並んで構え直す。追撃をと踏み出そうとしていたタミコがぴたりととどまる。
――ここまでたかだか十数秒の攻防。
それでもキナミの毛並みは冷たい汗でぐっしょりと濡れている。
「だいじょぶっすか姐さん?」
「ありがとう、でも姐さんはやめて」
キンコとつるんで悪さしていたのは二十年以上前だ。今の彼らは舎弟ではなく部下なのだ。
「にしても……」
こちらの攻撃はことごとくかわされ、逆にことごとく浴びせられた反撃は恐ろしいまでの威力だ。特に直撃を受けたカツジとヨネジは必死に痛みをこらえている。
明らかに戦い慣れた身のこなし――たかだか十歳の子どものそれとは信じがたい。
「お嬢ちゃん、なかなかやるじゃねえか」
「俺ら相手に一人でやろうってか? 無鉄砲と気の強さは母親譲りだな」
ムトウとオオハシの啖呵には強がりが透けて見え見えだが、息を整える時間稼ぎとしては悪くない。
「カンケーねえりす。あそこにいたら、アベシューのじゃまになるだけりす」
「大事な相棒でしょ?」とキナミ。「ほっといてよかったの? 言っとくけど、あの姿になったワンダには絶対に勝てないわよ」
「へっ、うちのドーテーをみくびるんじゃねえりす」
「ど、え? うん、そう」
「それに――」
タミコの目が、横に並んだキナミたち五匹を順に見据える。
「レベル15、18、22、16、そんでオバハンは30りす」
「てめえ今オバハンつったか?」
「姐さん今はそこじゃないっす」
タミコが指摘したのはキナミたちのレベルだ。ほぼ合っている、キナミは今31だ。ちなみに年は四十。
「あなたまさか……【看破】を……?」
特殊な菌能を使うカーバンクル族の中でもさらに特殊とされる、目視だけで相手のレベルを見抜く超希少能力。現役世代でそれを使えるのはお社様だけだ。
「あたいは44? 45? じゃあ50でいいりす」
「嘘つけ」
「じゃあってなんだ」
最初に言ったのが正解だとして、44。
(そんなレベル)
(〝魔人戦争〟時代の昔話でしか聞いたことない)
戦闘に向かず、外のメトロに出かける機会もほとんどないカーバンクル族では、その域に到達する者はほとんどいない。現役では誰も――。
(……ハッタリ)
だが、キナミにはわかる。
「つまりキサマらなんぞ、あたいひとりでじゅうぶんりす。シャシャシャ!」
(……じゃない)
悪魔的に笑うその小娘から発せられる威圧感は、さながら歴戦のメトロ獣だ。
「キサマらとはくぐってきたシュバ、シュババ、シュバラ……」
「修羅場?」
「それがちがうりす。わかったらすみっこでドングリでもかじってろりす、そんでドングリもってこいりす」
「十歳のくせに大人をパシリかよ」
「さすがキンコの姐さんの娘だ」
メトロの奥部で生まれ育ったというイレギュラー。そこから生還した力。
(――本物だ)
(この娘は、いずれあたしたちの上に立つ)
(種族を背負って立つ、そんな器かもしれない)
キナミは内心ふっと笑い、一歩前に出る。
「――お前たち、下で人間たちのサポートに回ってな」
「えっ?」
「でも姐さん――」
「十歳児に寄ってたかってって、それこそキンコに笑われちまうだろ?」
口調がたびたび若い頃に戻っている。自分でもテンションの高ぶりを自覚している。
この手の震えは、それでも湧き起こる喜びは、キンコとの喧嘩に明け暮れていた頃以来だ。
「それに、あんたらが一緒じゃアレを使えないからね」
「……使うつもりですか?」
子どもに、ましてや親友の娘に使うものではない。
だが、この娘に勝つには使わざるを得ない。
「この小生意気なクソガキを、母親に代わって再教育してやるのがあたしの役目さ。だろ?」
部下たちは口をつぐみ、黙ってうなずく。そして屋根から飛び降りていく。
涼しい風の吹き抜ける屋根の上で、残ったのはキナミとタミコだけだ。
別に、この娘と喧嘩をしたかったわけではない。確かに最初にふっかけたのは自分たちだが、よそ者の狩人たちを拘束するまでおとなしくしてもらえればそれでよかったのだ。
だが――吐いた唾を呑むつもりはない。
たかだか十歳のガキになめられるわけにはいかない。
ナカノの里警備団副長の名にかけて、かつてこの町の悪ガキを束ねた最強グループ〝鈍愚裏戦線〟副総長の名にかけて。
かつての総長と瓜二つのこの小娘に、カーバンクルのなんたるかを叩き込んでやる。
「……さあ、勝敗を決めるのはレベルだけじゃない。年季の差ってやつを教えてやるよ、クソガキ」
「ジョーダンはめじりのコジワだけにしろりす」
「お前マジでシメるからな」
補足1:タミコがかつてない強キャラ感を出してますが、相手が自分と同じくらいの大きさで自分よりレベル格下だからです。
補足2:〝鈍愚裏戦線〟はタロチんちのおじいさんに当て字してもらったけどメンバー誰も書けません。
補足3:カッコよくバトルしてますが全員リスです。
前書きでも触れましたが、いよいよコミカライズが始まります。
描いていただくのは高瀬若弥先生。ものごっつ上手。
こないだネームを拝見したんですが、もうほんと面白かったです。タミコ超かわいい。アベシュー超裸。
原作を楽しんでいただいている方もそうでない方も、絶対楽しんでいただける作品になっております。乞うご期待!




