146:女王蜘蛛①
お待たせしまりす。
前回までのおさらい
・トーチャン快楽堕ち。
・ナカノのトップはお社様。
・ロリババアと変態失踪。
「朝メシの時間にも帰ってこないとはなあ」
「なにかあったんですかね」
「シンパイりすね」
食事も喉を通らない、などということはない。全員もりもり食べておかわりする。宿の朝食うまたにえん。
「確かに――」とヨシツネ。「ちょっと心配ですね、クレさん」
「へ? ウツキさんじゃなくて?」
「もしかしてですけど……ウツキさんって【魅了】持ちじゃないですか?」
「ご明答」
「やっぱり……隣にいるとなんか変な気分になりそうになったりして……」
女性に興味なし疑惑も浮上していたが、どうやらちゃんと効いていたらしい。ウツキには伝えないほうがいいかもしれない。
「僕の好みとはちょっと違っていたのに、おかしいと思ったんですよ。怖いですね、【魅了】……というか無言でそれを使うウツキさん……」
「それな。ちなみにヨシツネくんの好みって?」
「え、いや、その……」
イケメンが照れる様があざとく見えて若干イラっときたのは内緒だ。
「年上の、大人の女性が好みかなって……」
「おお、マジか」
必然的にその場の視線がアオモトに向かう。窓の外の吊り橋をとことこ渡るカーバンクルの子どもたちに夢中で話を聞いていなかった彼女が「ん?」と振り返る。
「ああいえ、その……失礼ですが、アオモトさんはじゅうぶんお若いですし……」
「へ? 年上って」
「できればその、最低でも僕の倍以上は生きててほしいなって……」
ヨシツネは確か二十一歳だったか。
「って……たとえば、ここの女将さんとか……?」
見立てでは四十代後半。旦那を亡くしてヨシツネと同じくらいの息子と二人で切り盛りしているとか。人懐っこくて恰幅がよくてエネルギッシュなザ・女将さんだ。
「はい、ですね……素敵だと思います……」
そう言って頬を赤らめるヨシツネを見て、愁は冷や汗とともにごくりと喉を鳴らす。こいつは危険な案件だ、絶対に敵に回してはいけない。とりわけ彼のホームである本部に訪れたときには要注意だ、下手をすれば万の軍勢を相手にしかねない。
「ロリババアもババアりすよ?」
「タミコ、五十前の女性にババアとか言うもんじゃありません」
自分も一度くらい言ったかもしれないと棚に上げつつ。
「そうですね、年齢的にはそうですが……でも、別にエルフを差別するわけじゃないですけど……どうしても年上には見えなくて……」
これもウツキには黙っておいたほうがいいかもしれない。あの女ならキャラ変してまで毒牙にかけようと奮起しかねない。
「んで、話戻すけど、なんでウツキさんはだいじょぶなの?」
「ウツキさんは、なんというか、気の多い女性ですよね? 宿場でもそうでしたけど、村の男性と意気投合して朝まで騒いでたというオチじゃないかって」
「まあ確かに、その可能性が一番高そうだけど」
「まったく、ふしだらな真似は外交上謹んでもらいたいものだがな」
ドングリ女体盛りしていた人がどの口で言うのか。
「それに、ウツキさんって危機管理能力高そうですし。自分から危ないことには首を突っ込まないんじゃないかって」
「かもね」
「それに引き換え、クレさんです。あの人も大方、強そうな男の尻でも追っているんじゃないかと」
「字面は同じだけど意味は真逆だね」
「だとしても、あの人が朝になってもアベさんのところに帰ってこない、というのはありえないと思うんです。返り討ちにでも遭わない限り」
「それかたまたま地割れにでも落ちたとか」
救命阿的な。
「正直なところ、それも想像できないんですよ。アベさんもあの人の奥義、見ましたよね?」
「ああ……デンブだっけ?」
ここへ来る道中、クレの当身技をくらったフォレストウルフが口からズタズタの内臓をぶちまける様を目の当たりにした。その凄惨さは一瞬で肩がびしょ濡れになるほどだった。組技にこだわっていたクレが打撃を解禁したのも驚きだったが、あの威力でもまだまだ改良中というのだから恐ろしい。
「今のクレさんは……はっきり言って本気の僕でも勝てるかどうか。まあ、こないだの試合も僕の負けだったんですけど。ともあれ、あの人がそこらへんの狩人相手に遅れをとるとは到底思えませんし、ましてやナカノにはそうそう腕利きはいません。ただ……」
「……ダイアナさんか」
「はい……そして、クレさんなら、嬉々として喧嘩売りそうかなって」
「……ありうるな……」
アオモト曰く、ダイアナは元トップランカーだ。いくらクレでも相手が悪すぎる。
というか、ただの喧嘩で済めばまだマシだが――嫌な予感がする、と口に出してしまうとフラグが立ちそうなのでやめておく。
「イヤなヨカンがするりすね」
「お前が言うんかい」
***
「センジュの狩人? 来てないぞ」
警備団の詰め所前で応じたダイアナがさらっと答えてくれる。
「この町のしきたりについては伝えたはずだが。あまり無闇にウロチョロしてほしくないんだがね」
「サーセン」
「りすせん」
「タミコちゃん、タロチと喧嘩したんだって? ふふっ、血は争えないってやつね。キンコもよくタロチをシメてたから」
クマガイの頭の上でキナミが笑っている。つーんと鼻先を尖らせるタミコ。
「大方、先に帰りでもしたんじゃないか? この町には大した娯楽もないからな」
「団長――」とクマガイ。「今朝の引き継ぎでは、昨日から町を出た客はいなかったそうですが」
「そうだったか? ならどこかで油でも売ってるだけかもしれんな。私のほうでもさがしておこう、そういうのもこちらの仕事だからな」
嘘をついている感じはしない。ひとまず戦闘狂による外交問題という懸念は解消されたようだ。
「ありがとうございます。ああ、すいません、実はもう一人行方不明で……コマゴメの人なんですけど、あのチンチクリンの……」
「ああ、確かエルフの……まったく、君たちはギルドの任務で来たんだろう?」
「面目ないっs――」
愁の言葉尻が切れたのは、その一瞬、ダイアナが鬼か獣かという気迫を発したからだ。もう刹那その出力が続いていれば、反射的に飛び退いていたことだろう。
「……あ、あの、ダイアナさん?」
「……ん? ああ、いや……なんでもない。私のほうでもさがしておこう」
なにか心当たりでも、と尋ねるより先に彼女は踵を返して立ち去ってしまう。「タミコちゃん、またね」とキナミも慌てて彼女を追っていく。
ふうと、愁は額に浮かんだ汗を拭う。
「……タミコ、お前も気づいたよな?」
「ビビったりす。もらすかとおもったりす」
「だよな。肩があったかいもんな」
その後、手分けをして住民に聞き込みをして回ることになる。ウツキ(とクレ)の行方と、お社様についての情報収集だ。
「僕は北側を回ってみます」とヨシツネ。
「じゃあ私はもう一度里長たちに面会してくるとしよう」とアオモト。
愁たちが住宅地側を任された理由は一つ、タミコの存在だ。よそ者にはそっけないという住民も、肩にリスを乗せているだけでたちまちフレンドリーに接してくれる。
「金髪の女の子? エルフ? うーん、見てないわねえ」
「赤髪の変態マッチョ……新種のメトロ獣か?」
住民の返事はおおよそ決まったものだ。「知らない」「見ていない」。「昨日見かけた」という目撃証言もあるが、「ぶらぶら歩いていた」「一人でどっか行った」だそうで、現在の居所につながるような情報はない。「よそから来た人にあんまり出歩かれたくないんだけどねえ」と本人たちに代わって小言を言われたりもする。
狭い町だというのに、ここまでその足どりが掴めないというのはどういうことか。
「……ノア、今の人」
「はい、たぶんですけど」
「へっ、オマエらもきづいたりすか」
「お前……まあいっか」
愁たちに背中を向けて歩き去っていく男。ウツキについて尋ねたとき、一瞬動揺が顔に浮かんで見えた。「いいや、知らないね」と答えた声もかたく感じられた。
タミコにこっそりあとを追わせる。リスを隠すにはリスの中。五分ほどで戻ってきて「ヤクバにはいっていったりす」。
愁たちも役場の前まで来て、さて出てくるのを待とうか、正面から堂々と入ろうかと迷っていると、
「――ウロチョロしないでほしいと言ったはずだが?」
ダイアナだ。声も表情も明らかに怒気を含んでいる。高身長なだけあって威圧感が半端ない、思わずキョドりそうになる。日に二度漏らされるのは勘弁願いたい。
「忠告を聞かず、いろいろ嗅ぎ回っているようだな。私でよければ相談に乗るぞ?」
「いや、その……」
「――ん、どうした? 君たちも来てたのか?」
そこへアオモトがちょうど出てきて、「うちら代表を迎えに来たんですよー」とすごすご立ち去る。状況を読めないアオモトも鼻先にタミコをぶら下げるとダッシュでついてきてくれる。
すいません、文字数の関係でいったん区切ります。
続きは明日か明後日。




