141:ナカノの森
書籍版第2巻、絶賛?発売中りす。
宿をとってきたヨシツネがなぜか浮かない顔で、「すいません、二部屋しかとれませんでした」ということだった。
「一部屋は女性陣に使ってもらうとして、もう一部屋は……あの、僕は厩舎の荷台とかでもだいじょぶですから」
「だったら俺が荷台でいいよ」
「奇遇だね、僕もちょっとしたキャンプ気分を味わいたいところだったんだ」
ということでクレにはソロキャンを味わってもらうことにする。しかし「ごめんやっぱり藪蚊が多くて」と泣きが入ったのでしかたなく押入れで寝ることを許可する。「僕のことは空気だと思ってもらって結構ですから」となぜか緊張した面持ちのヨシツネ、解せぬ。
翌朝。朝早くに宿を出ていったヨシツネが朝食後に戻ってくる。
「目的地まで向かうにあたり、隊商に加わることになりました。といっても一日あれば着く予定ですが」
「キャラバンって、商人の馬車が隊列組んで移動するアレ?」
「はい。寄せ集めなのでそれほど規模は大きくないですし、『みんなで助け合って行きましょう』くらいの緩い感じですから」
道すがら、ちらほら耳にしている。
ネリマ、イケブクロ、スギナミなどに囲まれたこの一帯はナカノ(あるいはナカノの森)と呼ばれ、形式上は都庁の直轄地という扱いになっている。しかし実態は自由民を中心とした集落が点在し、行政組織などによる全体的な統治はされていない。例外は今回の目的地である最も大きな集落、通称〝ナカノの里〟のみだとか。
必然的にというか、都市周辺よりも野盗やメトロ獣の出現率の高い危険地域となっている。交易のある隣接トライブは安全の確保に四苦八苦しているらしい。
今回ヨシツネが話をつけてきた隊商は、各都市の小売商の寄せ集めらしい。他の隊商を見つけて合流したり同業者を募ったりするためにこの宿場に滞在していたのだとか。
「ナカノの里はそれほど経済的に発展した町ではないですが、薬や道具づくりの希少素材が手に入りやすいそうで。特に小売の行商人などにとっては憧れの仕入先みたいですね」
「ちなみにさ、どういうとこなの?」
「僕も行くのは初めてですけど……『巨木に寄り添って暮らす町』って感じですかね?」
「なるほど」
想像されるのは、森林キャンプ場みたいに森の中にロッジやコテージが点在した街並みの中心に馬鹿デカい木、といういかにもRPGっぽい光景だ。
隊商は馬車三台にダチョウ車が愁たち含めて二台。およそ二人か三人組で、その中の一人は狩人か菌職持ちらしい。ただしタミコ曰く「たいしたことないりす」と上から目線。
愁たち六人と一匹は全員プロの狩人、しかもヨシツネ(とアオモト)はわりとビッグネームだ。なので当然歓迎される。
「ていうかあの人……カーバンクルの子を連れてる……」
「印象の薄い顔……まさかスガモのゴールデンルーキー……」
「あの人が……アベ・リス……?」
「アベ・シュウっす」
というわけで一同、ぞろぞろ列をなして出発。
***
一番危険そうな先頭を任されるかと思いきや、隊列の真ん中に配置される。要は「どっから襲撃されても対応頼むわ」ということだろう。
スガモの西街道よりも舗装のひどい道を揺られていると、だんだん気持ち悪くなってくる、気がする。実際は【不滅】のおかげで乗り物酔いなどはほとんどしないが。
「昨日飲まなきゃよかった……うえー……」
隣のウツキはゲロリ寸前。ふと思い立ってタミコも横に置いておく。毛深いナマコのようにくんにゃりと横たわるゲロリス寸前。
「イケメンの隣なら治るんじゃないすか?」
今はアオモトが御者台に座っている。
「いやさあ……あの子、【魅了】全然効かないのよね」
「仲間を誑かすなや」
「元々年下には効きづらいんだけど、さりげなくボディータッチとかしても全然ドキッとしてくれないし」
「セクハラすんなや」
「もしかしてクレっちと同じかと思ったけど、そうでもなさげだし。たまにいるんだよね、求道者タイプっての? 自分の道を極めるのに夢中で色恋とかにうつつを抜かさない堅物系? ひょっとしたらまだツルッツルの新品だったりして……アベっちと同じかな?」
「下衆の勘繰りだわ。いやつーか俺は違……タミコこっち見上げんな」
道中は獣の声がそこかしこから聞こえてきて、ジャングルクルーズでもしているような気分になる。タミコのような耳がなくてもその気配が絶えず寄り添っているのは肌で感じられる。
明るいうちは襲撃に遭う確率は低い、という見込みは呆気なく砕かれる。次から次へとやってくるお腹をすかせたモンスターたち。緑ゴブリン、トロール(体毛がまばらで腹の出た巨大猿だ)、そして懐かしのオオカミ。深緑色の体毛でフォレストウルフという種らしい。ゴーストウルフと違って群れをなしている。
地上の獣の例に漏れず、それほど脅威ではない。正直隊商の人たちだけでも処理可能なレベルだが、むしろ彼らを押しのけるように前線に出たクレとヨシツネがあっという間に片づけてしまう。こういうときは戦闘狂どもに好きにやらせておくに限る。
獣の死骸はその場で解体される。これも里への手土産になるようだ。
ヨシツネが自分で仕留めた獣の胞子嚢を一人ですべて平らげていく。低レベルの胞子嚢をありったけ口に詰め込んで「もう昼ごはんいらないや……」とつぶやく貪欲さは見習うべきかもしれない。
朝九時前に出発し、小休止も含めて六時間ほど車は走り、
「――あそこ、里の関所です」
荷車から覗いてみると、道の先に、時代劇のセットのような木組みの門や丸太小屋が見えてくる。
隊列が門の前でゆっくり止まると、丸太小屋から男が三人出てくる。その出で立ちは――
「むかしのアベシューりす」
「だな」
夏仕様なのか半袖短パンではあるが、見事なまでに毛皮ルックだ。色からして先ほどのフォレストウルフの毛皮だと思われるが、愁にとってはそのコンセプトが懐かしいことこの上ない。
「ナカノの住人は――」とアオモト。「我々よりもメトロや樹海と密接した暮らしをしているという。野人や田舎者などと揶揄する者もいるが、別にどちらが優れているというものでもない。重要なのは毛だm――住人の幸せがそこにあるかどうかだ」
「本音が」
そういえばスガモの中古服屋の店主にそんなことを言われた憶えがある。
前の馬車から順に搭乗員の身分証や滞在許可証の確認と、積み荷の検めが行なわれる。愁たちの乗るダチョウ車は前から三番目だが、よっぽど念入りなチェックなのか、なかなか一台目が終わらない。耳を澄ませば軽く言い争っているような声も聞こえてくる。
「揉めてるんすかね?」
「よそ者には厳しい土地柄だからな。ここで門前払いを受ける商人もザラだと聞いている」
日は徐々に陰り、風が幾分涼しくなってくる。思わずうたた寝しそうになる停滞感が続くが、ようやく愁たちの番になる。
――と。
「……君は……?」
荷台を降りた愁の肩に、ナカノ男たちの目が釘づけになる。愁はタミコの認識票を提示する。
「タミコ、十歳……君は里出身者ではないようだね?」
先ほどまでの横柄な態度とは打って変わって丁重だ。ナカノの人間にとってカーバンクル族が隣人以上の存在であるという話は本当のようだ。
「あたいはオオツカメトロでうまれたりす。いまはスガモサイキョーのタミコりす」
「え、メトロ? 最強?」
「ちょっといろいろあって――」と愁。「両親がそっち生まれなんで、今回は仕事がてらちょっと里帰りみたいな?」
「そういえば、スガモでカーバンクルを連れた狩人がいるって……」
「ああ、なんかちょっと話題になってたな……」
「名前は確か……」
「アベ・シュウっす」
日暮れまでに着きたいとヨシツネが申し出ると、ナカノ男たちはきびきびと審査してくれるようになる。この毛深い印籠が効いたようだ。出発する際も愁たちに向けてぺこりと頭を下げてみせる。ふんぞり返るタミコ。
そこからは一本道だ。ほったて小屋や田畑がちらほらと見かけられるようになり、質素な身なりの人たちとすれ違ったりする。
そして、やがて――突然、森が開ける。
「……………………」
「……………………」
「……『ほえー』も『りすー』も出ないみたいですね……」
荷台から降りて呆然とする愁とタミコ。軽口を叩くノアの目もまんまるだ。
事前の想像は見事に打ち砕かれた。人間、驚きすぎると声も出なくなる。この世界に目覚めて何度か体験済みだが、今回のはまた格別だ。
まず目の前にあるのは、すり鉢状に陥没した窪地、いや巨大なクレーターだ。それも直径何キロとかいうレベルの。
その中心に、これまた巨大すぎる木が立っている。深さ数百メートル以上はありそうなところから、愁たちの目線とほぼ同じ高さまで伸びている。
そしてその根の周りを囲うように、色とりどりの屋根のついた家屋がひしめいている。確かに「巨木に寄り添った町」だ。
これまで目にしてきたシン・トーキョーの景色の中でもダントツのスケール感だ。スマホがあれば狂ったように写真を撮ったことだろう。
「あれがナカノの里です」とヨシツネ。「そもそもここはメトロだったらしくて、巨大樹が地下深くから突き出たことでこの窪地が生まれたとか。あの巨大樹は〝龍の茸巣〟に次いで三番目に大きい生物と言われています」
いろいろと「マジかよ」だが、二番目がなんなのかも気になる。
「あの木に守られるようにして、この町には千人ほどの〝糸繰りの民〟と数千のカーバンクルが暮らしているそうです」
森からの影が伸び、クレーターが薄闇に覆われていく。
すると、まるでホタルの目覚めのように、ぽつぽつと明かりが灯っていく。
「あそこに……トーチャンが……」
タミコのつぶやきは他の仲間には届かなかったようだ。愁は彼女の頭をそっと撫で、荷台に乗り込む。
次回、ついに。
書籍版第2巻、なにとぞよろしくお願いいたしりす。
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