138:三つの手紙②
都知事の手紙をすべて読み終えたあと、もう一度ざっと最初から目を通す。『なお、この手紙は読み終わったあと、自動で消滅します。嘘です』という結びの一文のとおり勝手に燃えたりしない。
「……いかがですか、アベさん?」
「あー……うーん……」
つまりこれは、クエストの依頼書だ。ざっくりまとめるとこういうことになる。
二通の書状を持つヨシツネを、カーバンクル族の住むナカノの里まで送り届けてほしい。
これはとある計画の一環であり、その成否に関わる重要な任務の一つである。
それを託すにあたり、あなたたち以上の適任者はいない。実力はもとより、カーバンクルの娘が相棒であるという点。昨今わけあって閉鎖的になりがちな彼らだが、きっとあなたたちを受け入れてくれるだろう。
もちろん報酬は用意している。金銭だけでなく、あなたたちが心待ちにしている件の便宜についても。
「えっと……訊いてもいい?」
「なんなりと。僕に答えられることがあればですけど」
「その二通の書状については、ヨシツネくんは内容知ってるの?」
「いえ、なにも。僕への指示は、アベさんに『壱の書状』をお渡しして助力を仰げということと、アベさんたちとともに『弐の書状』を渡す相手の元へと向かえということだけです」
「弐は誰に?」
「里にいるカーバンクル族々長ですね」
「じゃあ、参は?」
「わかりません。長に弐を渡せば、参の相手のところに案内してくれるということです」
「なるほど」
愁からしたら若干首をひねりたくなるところだが、ヨシツネは特に不審がったりしているそぶりはない。都知事への信頼ゆえ、ということだろうか。
「そもそもさ、ヨシツネくんってメグロ本部の狩人だよね。都庁の職員とかじゃなくて」
「はい」
「なんでヨシツネくんが使節なの? 普通そういうのって外交官的な? 少なくとも行政の人がやるもんじゃないの?」
ふふ、とヨシツネが笑う。愁は眉根をひそめる。
「ああ、すいません。なんていうか、他の狩人ならそんな細かいとこまで気にしないのにって。都知事直々の命とあれば一も二もなく『仰せのとおりに』ってなると思うんで。そういうところとか、なんか閣下と話してるときみたいだなって」
「細かいことが気になってしまう、僕の悪い癖でして」
「閣下と同じ〝糸繰士〟ですもんね。先日の〝聖銀傀儡〟との試合もすさまじかったし……どこまで強いのか、この身で味わってみたいなあ……」
「やめて、そういう目で見ないで。隙あらばみたいなのは変態一人でじゅうぶんだから」
「話を戻しますと、僕はあくまで『手紙の配達人』です。使節ってのも名ばかりですから、単に暇そうなやつなら誰でもよかったんじゃないですかね」
「まあ、そこは仕事ぶりとか腕前とか、都知事の信頼もあるってことかもね」
別にお世辞で言ったわけではないが、ヨシツネはあからさまに嬉しそうだ。
「それで……アベさん、引き受けていただけますか?」
「ああ、うーん……まあ、条件は悪くないっていうかむしろ渡りに船だし、ナカノには一度行ってみたかったし。よろしくお願いします……って言いたいとこだけど、その前に仲間と相談してもいい?」
「それは構いませんが……できれば明日にはスガモを発ちたいので。今日中にみなさんで話し合って結論を出していただけると助かるのですが」
「おけっす。まあたぶん、お断りすることはないと思うけど……」
書いてある内容に不満はない。仕事内容も報酬も申し分ないものだ。
ただし――一点だけ気になることがある。
「あのさ……ここなんだけど、この部分。どういう意味かわかる?」
「んー…………さあ、僕にもなんのことか」
その思わせぶりな一文に、二人して首をひめる。
この任務は都庁の企むなんらかの計画につながっているという。
前後の文脈からして、その計画の目的を表していると思われるのだが――詩的というか抽象的すぎてわからない。
『 どうか、アベさんのお力をお貸しください。失われた円環をこの地にとり戻すために。 ――――…………』
「『失われた円環』って、なに?」
***
その日の晩、夕食のあとにチーム(プラス1)で会議を開く。議題は昼間の件だ。
「ナカノ、ですか……」とノア。「いよいよ来たかって感じですね。ていうか、断る理由ないですよね?」
「メトロの奥底で巨大ミミズと戦えって話でもないし、報酬もおいしそうだし」
金銭報酬に関しては、具体的な金額は書いていない。この業界では仕事のタフさや拘束日数などからおおよその相場はあるものだが、文面とヨシツネの話から見るに「相場の何倍かは確実」ということなので鼻血我慢。
だが、今回に関してはそれはオマケと言っていい。
「なんたって、これでヒヒイロカネの件が二歩も三歩も前進するみたいだし」
オウジ深層で手に入れた、シン・トーキョー最強の武具素材、ヒヒイロカネ。
それを扱える名工はこの国でただ一人しかおらず、ギルド総帥トウゴウの話では「何カ月先までスケジュールいっぱいで手が空かない」ということで、お預けをくらっているのが現状だ。
都知事によると、その名工が現在着手している仕事こそ「都庁の計画」の一環ということで、つまりそれがつつがなく終わらない限り、愁の望みは叶わないのだ。
そこで報酬として、今回のお遣いが完了した暁には名工の予定を一部調整し、割り込みでやってもらうよう都知事直々に交渉してもらえるという。そうなれば「ねんがんのヒヒイロカネソードをてにいれたぞ」も同然だ。
「でもさ――」とクレ。「確かにキナくさいよね。ヨシツネくんに護衛なんて必要ないだろうし、ただ手紙を運ぶだけの仕事をシュウくんみたいな腕利きに手伝わせるとか。まあ、ナカノの噂を聞くに、一番必要なのはタミコちゃんなんだろうけど」
一同の目がちゃぶ台に向けられる。
当の本人は、先ほどからそわそわとしている。腕をぺろぺろ舐めたり、頭の宝石をきゅっきゅっと磨いたり。ワクテカすぎて反復横跳びが止まらなくなるくらいのリアクションを予想していたのに。
「タミコ、どう?」
「……なんか、よくわかんないりす……」
「はは、実感湧かないって感じか」
行きたいという願い自体はずっと持っていたし、折を見て必ずと思ってやってきた。それはタミコだけでなく愁もノアも同じだ。
だが、急にこんな話が降ってきて、気持ちが追いついてこないのだろう。
「ほんとに……ナカノにいけるりすか?」
うなずいてみせると、タミコはそわそわと手を握り、尻尾をぎゅっと抱きしめる。
「……いってみたいりす」
「だよな、お前の故郷だもんな」
実際の意味ではオオツカメトロがそうかもしれないが、同族が住み両親が生まれ育ったナカノこそ本当の故郷と言っていいはずだ。
「トーチャンに会えるかもしれないし、カーバンクル族の話もいろいろ聞けるだろうし」
「トーチャン、あいたいりす!」
「よし、じゃあ決まりだな。行こう、ナカノに」
「りっす! ナカノいくりす! ぴぎー!」
「あ、出た反復横跳び」
ノアが立ち上がり、旅支度を始める。クレもいそいそと私物をまとめているが、どうにかまた留守番させられないだろうか(こないだと同じ手は食わないだろうし)。
「ナカノは遠いですから、着替えとかもちゃんと持ってったほうがいいかもですね」
「あ、ウツキさんどうしよう」
妹に拉致されたまま戻っていない。たぶんまだコマゴメにいるはずだ。
「伝書コウモリで一報しとけばいいんじゃないですか?」
「だね。じゃあ俺、ヨシツネくんとこ行ってくるわ」
居間を出る前、ほこほこしたタミコの横顔を見て、ヨシツネのいる宿に向かう愁の足どりもはずむ。
***
実は前々から耳にしていたことだが、ナカノの里は現在、誰でも気軽に足を踏み入れられる土地ではないらしい。
国や提携都市の行政、あるいは各種ギルドが発行する滞在許可証が必要になり、これを持たずにうろつくと不法侵入者――とまではいかないが、少なくとも集落内への立ち入りや滞在はほぼ不可能だという。わりと最近強化されたルールということで、ノアも知らなかったそうだ。
なので、出発する前にギルドに寄ることにする。今回に限れば「都知事の書状がそれと同等の効果を持つはず」とヨシツネが言っていたが、きちんと手続きをしておいて損はないだろう。
「ナカノに行きたいんすけど、許可証もらえますか?」
「あ、はい……少々お待ちください」
受付のお姉さんにそうお願いすると、なにやら後ろで上司とひそひそ話し合いはじめる。戻ってきたときには元通りにこやかだ。カイケにお願いしたかったのだが、今日非番のようだ。
「ちなみになんすけど、他支部のやつの分とかは発行できなかったりします?」
「いえ、認識票をお持ちいただければ他支部の方でもだいじょぶですよ」
「ちっ」
愁、ノア、タミコ、しかたなくクレの分も。それに――
「あ、あたしはコマゴメでやってきたからだいじょぶ」
先ほど合流したばかりのウツキだ。
てっきり「そっかー、行ってらっしゃい」を想定していたのに、わざわざついてくるとは。リスに興味があるとは思えないし、師匠の任務とも関係なさそうなのに。
「では――許可証を用意いたします。少々お時間をいただきますので、後ろで一杯お飲みください。お代はギルドが持ちますので」
ワンドリンク奢ってくれるというのは初めてのサービスだ。そんなに時間がかかるのか。
せっかくだから麦酒をと思ったのにお子様二人に止められたのでコーヒーを注文。ウツキが若い男を物色し、クレがハマダという若手の狩人(確かリクギ村で会った少年だ)と楽しげに話しているうちに――
「待たせたな」
後ろからずいっと許可証――ストラップつきの樹脂カードの束が突き出される。
それを握っているのは、アオモトだ。
「……ありがとうございます……」
「よし、では行こうか」
「……どこへですか……?」
「ナカノに決まっているだろう。ああ、これは私の許可証だな。君たちのはこっちだ」
背中には巨大なリュックを背負い、よく見れば顔中汗だくで息が切れている。
「……アオモトさんも、ナカノに用事があるんで?」
「いや……そういうわけでは……君たちがナカノに行くと小耳に挟んでな、いつかこういう日が来るだろうと網を……違う、スガモ市もナカノの里とは提携を結んでいるし、支部代表として現地の人々に失礼がないように監督をだな……」
もにょもにょ言い訳する彼女を無視して振り返ると、先ほどの受付嬢がさっと目を逸らす。アオモトに告げ口したのは彼女か、「アベたちがナカノに行こうとしたら私に一声かけてくれ」とか前々から言われていたのだろう。職員も大変だ。
「さあ、夢の国が我々を待って……じゃない、魔獣族との交友は狩人としての大事な責務……ああ、秘蔵のドングリはちゃんとカバンに……ふふ、毛玉の楽園……」
「鼻血出てますよ」
かつてない大所帯になってしまったが、いざ行かん、ナカノ。
書籍版第2巻のカバーイラスト公開中。綺麗なアオモトさんも描かれてます。




