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137:三つの手紙①


今月発売予定の書籍版第2巻のカバーイラストを活動報告にて公開いたしました。


 今日は八月二十七日、火曜日。

 ギランに面会できないまま、それでもスガモに戻ってきたのには二つ理由がある。


「ただいまー」

「ただいりすー」


 夕飯のお遣いから帰ってきた女子二人。食材がぱんぱんに詰まったカバンとは別に、大きな紙袋を抱えている。そのままいそいそと寝室のほうに引きこもり、男二人はお腹ペコペコのまま居間で待たされる。


「お待たせしましたー」

「おまたせしまりすー」


 バンッと勢いよく引き戸が開き、新たな姿を見せる女子二人。愁とクレは「おー」と拍手で出迎える。


「まさかボクみたいな平凡な狩人が……ミスリル製の装備をつけられる日が来るとは……」


 感慨深げなノアが着ているのは、キラキラと白銀色に光る肩紐つきの肌着(昔で言うキャミソール)だ。ミスリル合金の繊維が編み込まれており、通常の肌着より多少重いものの、耐刃性は通常の鎖帷子より遥かに上だという。担当してくれた職人さん曰く「そんじょそこらの獣の牙なんぞたやすくはじき返すだろう」との触れ込みだ。


 素材のミスリルは、オウジ深層でショロトル族から報酬としてもらい受けたものだ。スガモに帰ったときにコンノの伝手でミスリルを扱える鍛冶職人を紹介してもらい、ノアとタミコの分の防具を発注していたのだ。およそ二カ月近くかかって完成した品の受けとりが、スガモ帰還の理由の一つ目だ。


「ちなみに着心地は?」

「全然悪くないですよ。さらっとしてて通気性もいい感じだし、まだ暑いけどこれなら着れそうです。これ以上胸がおっきくなっちゃうとアレかもですけど」

「うん? うん……」


 ちなみにこれ一着で百万円とかしたので、大事に着てもらいたい。洗濯とかも優しく手洗いしてあげてほしい。


「あれ? タミコ、それ……」


 タミコ用に発注したのは、同じくミスリル合金を使った鉢金つきの頭巾だ。コンセプトはくノ一なので、鉢金は非光沢、布地は黒。耳は索敵のために露出する形になっているが、カトブレパスマントとコーディネートしてすっかり草の者ルックになっている。


 菌糸甲羅があるので胴体の防具は注文しなかったのだが、その腰に下げているものも注文した憶えがない。


「これであたいもリッパなクノイチりす! ニンニン!」


 そう言って、しゅぱっと革の鞘からそれを抜き放つ。


「短刀……じゃなくて、くない?」

「にっす!」

「混ざってるぞ」


 刀身は菱形、鉢金と同じように反射防止のマットな質感。白銀色ということは、これもミスリル製か。刃渡りは二・三センチほど、フィギュアのパーツかというサイズだが、指でつまんでみるとものすごくしっかりしているのがわかる。この無骨な金属感もエモくていい。


 それにしても、タミコが武器に興味を持っていたとは意外だ。レディーを自称するだけあってオシャレやおめかしには憧れがあったようだが、まさかこんなものをこっそり注文していたとは。


「でもお前、それ使えんの? 前歯で攻撃したほうが早くね?」

「これもシュギョーりす。クノイチのみちはイチニチにしてならず! シャーッ!」


 そうさけんで投げ放ったくないが、ちゃぶ台の上の食べかけのカステラにぷすっと突き刺さる。


「ミスリルが余ってたんで、シュウさんに内緒でつくってもらったんですよ。驚かそうと思って、いわゆるサプライズってやつです」

「まあ確かにびっくりだけど」

「ちなみに追加費用五十万円です」

「そういうサプライズは心臓に悪いんだけど」


 家賃何カ月分を安易にカステラに投げつけたりしないでほしい。


「二人ともいいなあ……シュウくん、僕にはなにかないのかい?」

「お前もショロトル族から報酬いろいろもらってたやん」

「将来のクレ道場設立のために貯金してるんだよね。あと嫁入り道具もそろえとかなきゃだし」

「そうか、いい人が拾ってくれるといいな。段ボールが必要なら言えよ」

「式はやっぱり白無垢がいいかなあ? スガモでは純白ドレスが一般的らしいけど、シュウくんはどういうのがいい? 今度暇なら下見にでも」


 居候を庭に立てたテントに案内し、夕食の準備にかかる。今日はトマトとキノコと鶏肉のシチューだ。うほほい。


「あとはシュウさんのヒヒイロカネですね」

「だけど……いつになるかねえ……」

「振り込みって今月末ですよね? お金が用意できたら、あとは気楽に待つだけですね」

「それな」

「アベシュー、ハナヂでてるりす」

 

 

 

 そうなのだ。

 スガモ市長の令嬢・ハグミの治療のために譲り渡したユニおの角。その報酬が今月末、正確には三十日の金曜日に振り込まれることになっている。スガモ帰還の理由の二つ目がそれだ。


 ギルドや市に収める税などを差し引いても、およそ二千四百万円也。


 今日は八月二十八日、水曜日。

 つまり、あと二日。

 明後日にはスガモ銀行の通帳に八桁もの数字が並ぶことになるのだ。


 リーマン時代では考えられない快挙。どれだけ残業したら手が届くのかと想像もしえなかった偉業。

 それが目前に迫る今このときだけは、それだけを楽しみで生きていることを許してほしい。

 考えるだけで頬の筋肉が緩む。よだれと鼻血が交互に出る。


 こうして往来の賑やかな通りを散歩していると、道行く人たち一人ひとりに「やあ、僕は今幸せです」と声をかけたくなる。

 今ならいきなり後ろから頭を殴られても許せるかもしれない(許すとは言っていない)。


「――あ、見つけた。アベさん」


 殴られはしなかったが、呼びかけられる。


 木刀を腰に帯びた狩人ジャージの青年だ。後ろで結った長髪は白いメッシュの混じった緑色で、国章マークのついた青い法被を羽織っている。


「おお、えっと、ヨシツネくん? さん?」

「ヨシツネでいいですよ。アベさんのほうが年上だし、レベルも上だし」


 そう言って笑うその顔は、もはや嫉妬など湧きようもないほど完璧なイケメン。

 御前試合でクレを圧倒した天才剣士。国内最強狩人の弟、カン・ヨシツネだ。


「ちょっとお時間よろしいですか? 内密にご相談したいことがありまして」

「へ?」

「都知事閣下の仰せでして」

 

 

    ***

 

 

 道すがら、背中、というか尻のあたりをちらちら見られている気がする。


「……これが、あの人の言ってた『この世で最も美しい尻』か……」

「うん、え?」

「いえ、なんでも」


 中央区の小さな公園に入り、並んでベンチに腰を下ろす。万が一この男がクレの同類だったらと考えて一人分の間隔を空けておく。


「すいません、いきなりお呼び立てしちゃって」

「いえいえ。つーかむしろ、こっちのほうがお礼言いそびれてて。あのときタミコたちを助けてくれてほんとにありがとう」


 御前試合のあと、ヨシツネは都知事らとすぐに都庁のほうに帰ってしまった。胞子嚢を抉りとられるという結構な重傷だったが、スガモで入院せずに都庁のほうで治療をするということだった。そういうわけで彼とも、あるいは都知事ともきちんと話をする機会は得られなかった。


「それを言うなら、僕だってアベさんに救われましたからね。僕もまだまだ修行が足りません」

「怪我はもういいの?」

「はい、このとおり。いわゆる片タマってやつになっちゃいましたけど、日常も戦闘も特に支障ないですし。なんならこの場でアベさんと立ち合ってもいいくらいですよ」

「いやいや、はっはっは」

「あははは」


 彼の目が一瞬ギラリと光ったのを愁は見逃さない。別の意味でクレと同じ人種というわけだ。


「もっとアベさんとおしゃべりしていたいところですが……先に任務を済ませないといけません」

「任務?」

「はい」


 ヨシツネの手が懐に潜る。そんなさりげない動作さえ隙がなく洗練されているように見えるのは気のせいだろうか。


「僕の任務は――」


 とり出したのは、三封の封筒だ。


「この三枚の書状を、それぞれの渡すべき相手に渡すことです。そして、このうちの一通はアベさん、あなた宛てのものです」

「えっと……」


 話が呑み込めないうちに、その一つが愁の手に渡る。


 まったく無地の、真っ白な封筒だ。と思ったら、裏側の隅に○で囲った「壱」の字が。それと封蝋でしっかり留められている。スタンプされているのは国章――十二枚の翼と木のマークだ。


「これは、誰から?」

「閣下からです」


 都知事からの手紙。この薄っぺらい封筒が急に重たく感じられる。


「すいません、この場で読んでいただけますか?」

「あ、うん……わかった」


 おそるおそる封蝋を剥がす。封筒も中身の便箋も至って普通だ、勝手にホログラムが浮かび上がったり文字がわしゃわしゃ踊りだしたりはしない。


「えーー……あ、音読とかしなくてもおけ?」

「おけ? ああ、はい。アベさんが読んだことを確認できればおけなので」


 異様に達筆すぎて読みづらい、なんていうことはない。これまた至って普通の文字だ、高校生が課題のレポートを書くくらいの。


『 拝啓 残暑の候、アベ様におかれましてはますますご健勝のことと存じます。


 とかいう挨拶は今の世では廃れてしまった風習なのであえてやってみました。めんどくさいけどたまにはいいものですね。


 さて、先日は光の刃にて交わる素敵な時間をありがとうございました。約束を果たせずにスガモを離れたこと、大変申し訳なく思っております。僕自身、アベさんとはじっくりお話をしたかったのですが……近いうちに折を見て必ずスガモへ伺うことをお約束いたします。またお会いできる日を楽しみにしております。


 アベさんのご期待にお応えできなかった手前、大変恐縮ではございますが……実はこのたび、アベさんにどうしてもお頼みしたい仕事がございまして。


 シン・トーキョー都知事である僕の書状二通を、それぞれ渡すべき相手のところまで送り届けていただきたいのです。つまり、書状と使節であるカン・ヨシツネの輸送と護衛が主な任務となります。


 目的地は、シン・トーキョー西部地方ナカノ、いわゆる〝ナカノの森〟。その中心にある最も大きな集落であり、我々〝糸繰りの民〟と友好協定を結ぶカーバンクル族の住まう〝ナカノの里〟です。 ――――…………』


続きは明日か明後日に更新予定。


前書きでも触れましたが、2巻のカバーイラストを公開いたしました。

あのケモノ狂いさんの美貌も拝めます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 8話の >「それに……ちじょうにはイケてるオスがたくさんいるらしいりす」 この流れでナカノならナンパされるのは確実かと思ってました。(但し、チャラオス全員格下だから……ヒモ志望?) そして…
[良い点] リスの森行きたい [一言] 2巻お待ちしまりすー
[一言] 遂にナカノかあ。 チャラい雄リスとか居そう。
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