134:秘密①
お待たせしまりす。
深層にたどり着こうとすれば数十キロにも及ぶ行軍を強いられるメトロ探索において、ノアの【活塵】は思った以上に便利だ。吸い込むだけで体力を回復してくれるJK由来の粉。口に出したらアウトなので黙ってキメておく。
吸い込んだ胞子は一定時間、体内で特殊な栄養成分を発生させるという。あくまでエナジードリンクのような一時的な効能であり、無補給でいくらでも活動できるというような魔法ではないが、おかげで休憩の回数を減らせるし行軍速度も速められる。
こういう能力を持つ仲間がいることは非常にありがたいものだ。おかげでゴコクジメトロの最深層二十七階まで一日とちょっとでたどり着くことができる。
有楽町線ユーザーだった愁には馴染みの深いこのゴコクジは、ミョウガタニと並んでシン・トーキョー中心部の狩人における「初級者向けの狩場」として賑わっている。
ここは「砂のメトロ」として有名だ。
一階から二十七階まで、ほとんどの地形が砂地と岩地で構成されており、どこからか流れる風によって至るところに砂塵が吹き荒れている。サボテンに似た菌糸植物が点在し、水源はどのフロアでも数少ないオアシスという名の粗末な池くらいしかない。
――それだけ聞くと過酷な環境にも思えるが、実際は気温自体決して高くなく(むしろ今なら地上のほうがよっぽど暑い)、メトロ内の地図や砂漠行脚の準備さえ整っていればそう厳しいものではない。
出没するメトロ獣も(ときおり発生する成長個体などを除けば)最深部でもレベル30程度と、初級者でも徒党を組めば安全に挑戦できる点も人気の理由の一つだ。素材採集などの営利目的には向かないものの、初級者のレベル上げにはもってこいの修行場なのだ。
だが――そんな場所にときおり、招かれざる客がまぎれこむことがある。
「いやいやいやいや……」
「りすりすりすりす……」
サソリやミイラと並んで「RPGで砂漠地帯に出てきがちなモンスターランキング」トップ3に食い込むこと間違いなし、いわゆる巨大ミミズ系モンスター。
そいつが地鳴りとともに地中遊泳している。愁たちはそれを、離れた岩場の上からこっそり覗いている。
「デカくても二・三十メートルって言ってたやん。あれもっと全然デカいよね? 五十メートルとかそんくらいあるよね?」
「しかもレベル60くらいあるりす。こりゃサギりすな」
やつの名は、ワームジョー。
何年かに一度、この最深層に湧く外来獣。高速で砂中を泳ぐことを可能にする特殊な表皮を持ち、菌糸武器さえ易々と噛み砕く凶悪な顎を備える強敵だ。
先週、それの出没が確認されたとかで、近隣の若手狩人に被害が出る前に討伐してほしいというクエストをスガモ支部で受注した阿部愁御一行。
「他の支部でも募集してるから協力して討伐してもらってもいいですし」「先方が討伐しても報酬はお支払いしますし」「レベル40くらいのチームでじゅうぶん対処可能なレベルだし、達人なら楽勝ですよ」――……。
といった職員のプレゼンを信じて引き受けたのに、いざ来てみたらその一回りも二回りも厄介そうな化け物が砂を巻き上げて悠々泳いでいたわけだ。
「あっ」
ワームジョーが頭をずぼっと潜らせたかと思うと、大量の砂を撒き散らしながら昇り龍のごとく垂直に伸び上がる。
その頭上に躍るのはサンドリザードだ(レベル30くらい)。空高くかち上げられた体長五メートル超の大トカゲが、四足をバタバタさせながら落下し、ワームジョーのギザギザした歯の並ぶ口の中へと吸い込まれていく。
バクッ、もぐもぐ、ごっくん。蠕動とともに腹の中に収まってしまう。
「……今の、この階層のエース級だろ? 一口やん……」
「あたいのほおぶくろといいしょうぶりすな」
「お前なら食われてもワンチャンうんこと一緒に出てこれるかもな」
「オトメにむかってうんことはなんりすかうんことは! シャーッ!」
「悪かったけどさ、下ネタ聞くと楽しくなって反復横跳びしちゃうのは仕様なの?」
「俺らもさっきここに着いたばっかなんだけど――」
口を挟んできたのは、カグラザカ支部から派遣されてきたという三十代半ばくらいの狩人だ。男男女の中堅トリオで、彼らも同じ討伐クエストを受注したらしい。
「こっちも例年どおりって聞いてたのに、蓋開けたらあれだもんなあ……」
「まあ、討伐対象の強さが事前情報と違ってたなんてのはザラなんだけどなあ。ものさしで測れるようなもんでもねえし」
いや、とはいえせめて大きさくらいは正確な情報がほしかった。あれほどの化け物だとわかっていたらもう少しふっかけたのに。
今回は民間でなくギルドの要請なので報酬額はそれほど高くないのだ。その代わり昇級昇段の評価にはつながるらしいが、公式がケチなのはいつの世も同じか。
「イケブクロの連中も来てたけど、どっか行っちまったな」
「とてもじゃねえが、あれ見ちゃったら無理じゃねってなるよな」
「あなたたちと合流できてよかったけど……ぶっちゃけ並みの狩人が束になっても焼け石に水よね」
レベルだけで勝負が決まるなら愁も迷いはしないが、体格差とかいう表現すらおこがましいほどの生き物としてのスペック差。正面からぶつかったところで、果たして「人間の技」がどこまで通用するものか。
「――でも、シュウさんならいけますよね」
口を開いたのは、それまで押し黙っていたノアだ。一同の目が彼女に向けられる。
「いやまあ……レベル的にはアレだけど、あんだけデカいとなあ……」
「でも、ハクオウ・マリアよりは全然マシじゃないですか?」
「いやまあ……あの人は別格つーか別枠つーか……」
カグラザカトリオの目が、今度は愁のほうに向けられる。じろじろと値踏みするような目だ。
「……あんたら、スガモから来たって言ったよな?」
「カーバンクル連れの狩人……まさか、あの〝スガモのゴールデンルーキー〟……」
「レベル70超えの、しかもあの〝コマゴメの魔女〟に勝ったっていう……本物かよ……?」
「確か名前は……アベ・リス……?」
「アベ・シュウっす」
御前試合から一週間ちょっとしか経っていないというのに。どの時代でも噂が広まるのは早いものだ。
「スガモ最強の狩人がなんでこんなところに……」
「スガモサイキョーのドーテーりす」
「タミコ黙ってろ」
「確かに普通のワームジョーじゃないっぽいですけど……」とノア。「シュウさんの火力があれば、それでも倒しきれると思います。というか、シュウさんが無理なら誰も倒せません」
「つってもなあ……弱点は聞いてるけど、あんだけデカいとなると……」
ワームジョーの特筆すべき特性は、その異常なまでの防御力と再生能力だ。生半可な攻撃ではその表皮に傷をつけることすらかなわず、どれだけその肉を削ぎ身体を分断してもたちどころに修復してしまうという。
なので、定石というか唯一の殺害方法は「頭を落とした上で」「その頭をすみやかに再生不能なまでに破壊する」というものだ。そこまでしなければ滅ぼせないというのだから、さすがは獣王の一角の〝眷属〟とされるだけのことはある。
「胴回りだけで少なくとも五・六メートル以上ありそうやん、いやもっとかも。さすがに一撃で頭を落とすとか無理じゃね?」
通常のワームジョーならいざ知らず、あれだけの太さとなるとチャージ【戦刀】の刃渡りでも半分も届かないだろう。
せめて何秒かでも動きを止められればいいが、あの巨体にあのスピードではそれこそ無茶というものだ。
かと言ってこのまま無策で突っ込んでは、果たして〝糸繰士〟と獣王の〝眷属〟ではどちらが真の不死身かという凄惨な泥仕合に発展しかねない。できればもう少しスマートにというか、人間らしい戦いがしたい。
ノアが顎に手を当てて黙り込む。なにか考えているようだ。数秒後に顔を上げたとき、ぱっと晴れた表情の上にピコンと豆電球が瞬いたように見える。
「いいこと思いつきました。いけそうな気がします」
「マジ?」
「人を集めましょう。そのイケブクロの人たちとか、上の階にいる若手の人たちも」
大変ご無沙汰して申し訳ございませんでした。
ちょっと短めで恐縮ですが、たぶん明日も更新します。
どうかブクマとかしてお待ちくださいませ。




