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11:いただく

 愁の頭上でバタバタと滞空していたガーゴイルが、カッと口を開ける。

 先ほどのように甲高いおたけびをあげるのかと思いきや――愁の耳の奥に直接針を突き刺されたような激痛が走る。


「うあっ!」


 ひどい耳鳴りに自分の悲鳴さえくぐもって聞こえる。思わず身悶えた一瞬の隙に、視界からガーゴイルが消えているのに気づく。

 それでも頭上から降ってくる巨大な立体を感知している。間一髪で横に飛び退き、踏みつぶしを回避。すぐさま地面を蹴り、「ふっ!」と菌糸刀を振り下ろす。

 ガーゴイルが足を振り上げる。爪が刀とぶつかり、ガッ! と鈍い音をたてる。


(この手応え――)


 強引に刀を払いのけ、ガーゴイルが再び飛び上がる。そして空中で足を振るい――三本の爪を放つ。愁の大盾に刺さるが、貫通するには至らない。


(爪じゃない、菌糸だ)


 その証拠に、やつの足には再び爪が生えそろう。最初に愁を襲った飛び道具の正体がこれのようだ。

 空中で距離をとったまま、ガーゴイルが口を開く。


「ぐっ!」


 再び愁の耳に激痛。身体がぐらりと傾く。なんだこれ――と思う間もなく追撃が来る。今度は身体ごとの突進だ。菌糸大盾で受けるも勢いで吹っ飛ばされ、背中から柱に激突する。思わず息が詰まる。


(もしかして――超音波とかいうやつ?)


 指向性を持たせた音響攻撃か。死に至るようなものではなくても、痛みと平衡感覚の狂いで反応が遅れるのはまずい。

 なにげにパワーもすごい。滑降の勢いありきとはいえ、こちらははじき返すつもりで踏ん張ったのに。


「いったんタイム!」


 指先から灰色の菌糸玉を放つ。煙幕玉。ボンッ! と煙が互いの視界を遮る。

 柱の陰に身を隠し、呼吸を整える。精神を落ち着かせ、次の策を――。

 背筋が凍る。大盾を放り出して横に転がる。間一髪、急降下してきた巨体が柱に激突し、鈍い音を響かせる。


(マジか、煙幕張ったのに)

(あ、つーか、コウモリか。音の反響で周りを認識するんだっけ)

(じゃあ意味ねえじゃん。むしろ悪手じゃん)


 愁も感知胞子があるとはいえ、無駄に視界を悪くしてしまった。しかたなくその場を離れ、さらに奥へと走る。


 ぱしゃぱしゃと水溜まりを蹴る。このあたりは床一面水浸しになっている。

 後ろからガーゴイルが追ってきている。直線上にその姿を捉えたのと同時に、またしても耳の奥を痛みが襲う。視界が揺らぐ。


「ぐうっ!」


 足を止めた愁めがけてもう一度急降下。やつの必勝のコンビネーション。

 ――爪が愁の脇腹をかすめる。それに合わせ、愁も身を翻して相手の脇腹を薙ぐ。


「ギィッ!」


 怯んだガーゴイルが飛び上がって距離をとる。すかさず愁は燃える玉を放つ。三つ同時のそれは狙いを外して柱に当たる。


(ちょっと戸惑ってるんかな? 必勝パターンにカウンター合わされたから)


 かすかににやりとする愁の耳には、治療玉がぎゅうぎゅうに押し込まれている。

 耳栓代わりの、たっぷり水気を含んだ菌糸玉。謎の超音波攻撃を完全に遮断してくれるまではいかないが、その後の突進に対応できる程度には効果ありだ。


(んで――どうするか)


 こちらの傷はすでにふさがっている。だが向こうのダメージも大したことはなさそうだ。斬った感触からして、皮膚はかなりかたい。見た目どおりほとんど石に近い。きっちり腰を入れて振らないと肉まで断てない。

 かと言って、反応も移動もすばやい相手に遠距離から燃える玉や電気玉を当てるのも難しい。相性的に距離を保った差し合いは分が悪い。


(となると――ゴリ押ししかないか)


 侮るわけではないが、こいつを正面から斬り伏せられないようであれば、この上にいるボスには到底届かない。

 愁はぐっと身を屈める。脚に力をこめる。跳躍力強化で跳び上がる。


「ふっ!」


 柱を蹴り、方向転換。ガーゴイルの側面をとる。袈裟斬りがわずかに相手の太ももをかすめる。

 そのまま向かいの柱を蹴る。今度はガーゴイルもきっちりと反応する。爪と刀が交錯する。菌糸同士、火花は散らない。

 次の柱に刀を突き刺して貼りつく。そこを狙って爪が放たれる。大盾を出してガードし、跳躍力強化、柱を砕かんばかりに踏みしめて跳ぶ。


「あああああっ!」


 かわそうとしたガーゴイルを大盾で殴りつける。ゴッ! と鈍い衝突音。一人と一匹が空中でもつれて落ちていく。


「んがっ!」


 愁は柱に刀を突き立てて制動、落下を免れる。ガーゴイルは床に転げ落ちて水を撒き散らす。


(――ここだ)


 左手でピッと空を切る。指先から放たれたのは三つの黄色い玉――第七の菌能、電気玉。

 無造作にばらまかれたそれが明後日の方向に落ちる。そして――バチッ! と床一面に迸る一瞬の閃光を生む。


 あのへんの床は水浸しだ。電気がその上を通り抜けた。感電したガーゴイルが声もなく身体をのけぞらせている。やはり石像の化け物ではないようだ、石なら電気は通らない。


 床に下りた愁は一気に距離を詰める。狙いすました振り下ろしの一撃、とっさに頭を庇ったその左の翼を斬り落とす。


「ギィイイッ!」


 よろめいたガーゴイルが飛んで逃げようとするが、片翼では身体を浮き上がらせることはできない。途切れた翼の先から血が飛び散るばかりだ。


 愁はすぐに呼吸を整え、刀を構え直す。あとでタミコに怒られる程度には無茶をした感があるが、どうにか飛ぶのを封じることができた。あとはいつもどおり、チクチクと削ってとどめを刺すだけだ。

 なのに――。


 苦痛に身をよじり、睨め上げるガーゴイルの表情に、それでも戦意は消えていない。相応の深手を負い、飛べるという優位性を失ってもなお。


「ギャアアアアアアアアッ!」


 耳栓ごしでもびりびりと鼓膜が震えるほどのおたけび、そして全身をぶつけるかのような突進。両脚の爪を伸ばし、がむしゃらに振り回す。


「うおっ!」


 その迫力に一瞬気圧された愁だが、左手に大盾を出して防御。空手家のように躍動的な蹴りを丁寧に捌き、隙をついて刀を叩き込む。腰から胸へと斜めに薙いだ一撃、硬質な皮膚が裂けて血が噴き出す。


「グゥウ……ギャアアアッ!」


 それでもガーゴイルは怯まない。牙を剥き出しにして組みかかってくる。怒り、恨み、執念。生身の感情をぶつけるように前へ突き進む。オーガを上回る凶暴性と圧力、命を振り絞るかのような絶え間ない猛攻。


「くあっ!」


 冷や汗をかきながら、皮膚や髪の毛を無数にちぎられながら、愁も正面からそれに応じる。

 受け止め、かいくぐる。反撃に転じ、また防御に回る。


 互いに足を止めての削り合い。鈍い音が断続的に響く。足元の水溜まりが血の色に染まっていく。

 右の翼、左脚の順にちぎれて飛んでいく。

 終わりだと愁が思ったのと同時に、かじりつくような体当たりを受ける。


(こいつ)


 血まみれで荒い息をつきながら、それでも喉の奥で凶暴なうなりを鳴らしている。


(まだ折れねえのかよ)


 ガーゴイルがカッと口を開ける。至近距離からの超音波攻撃。

 だがそれを読んだ愁は側面に回り込んでいる。余波を受けた痛みもめまいも、バリッと唇を噛んで耐える。

 盾のかち上げで相手のバランスを崩し、脇腹から胸へと斜めに突き刺す。

 キュウ……とガーゴイルの口から渇いた息が漏れる。よろめき、倒れそうになるが、足を踏ん張って懸命に堪える。


「――悪いけど」


 背中、肩、腕へと全身の力を伝わらせ、渾身の振り下ろし。

 首から脇腹にかけて刃が通り抜ける。両断されたガーゴイルの身体が水溜まりに倒れ落ちる。

 

 

 

 完全に息絶えているのを確認して、愁は身体の奥に溜まっていた重い空気を吐き出す。ふらふらと柱にもたれかかり、目測を誤ってゴチッと頭を打つ。誰かに見られていたら恥ずかしいやつだ。


「アベシュー!」


 タミコがてこてこと駆け寄ってくる。その間に愁は耳に詰まった菌糸玉をほじくり出す。


「おつかれりす! すごいりす、がんばったりす!」

「おお、素直に褒めてくれんのね」

「でもさっきあたまぶつけてたりすね」

「見てやがった」


 二人して座り込み、死体に目を向ける。だらりと舌を投げ出したガーゴイルの表情からは、さっきまでの燃え上がるような凶暴性はすっかり失せている。石像に憑いていた怨念が抜け出たかのように。


「……こいつ、タミコ的にレベルいくつくらいだった?」

「55くらいだったりす」


 レベル的にはわずかに格上だったようだ。


「強かったよ、マジで」

「そらとぶし、みみがキーンってなるやつもだすし、やっかいなやつだったりすね」

「うん、それもそうなんだけど……なんつーか、執念みたいなのを感じたわ」


 確かに相性的にも能力的にも厄介な相手だった。受けた傷は浅いが、それは作戦が逐一うまくハマったからだ。それらが一歩ずつズレていたら、同じ結果になったかどうか。


 そしてそれ以上に、片翼を切り落とされてもなお膨れ上がる凶暴性。どれだけ削られても折れることのない戦意。生き抜くために一心不乱に叩きつける殺意。

 追いつめていたはずが、逆に怯まされていた。


「たった一匹でこんなとこにとり残されて、周りは敵だらけで、それでも絶対死にたくないって……だから、こんな地獄で、今日まで生き延びてきたんだろうな」


 その揺るがない闘志はどこから来たものだったのだろう。

 単なる生存本能だとは思えなかった。他の獣にはない、強固な意思のようなものを感じられた。

 正直恐れも抱いたが、終わってみると若干敬意のようなものさえ覚えている。


(俺がこいつの立場だったら……あそこまで必死に戦い抜けたかな?)

(こんな地獄みたいな場所に何年もたった一人で、それでも生き抜こうと思えたかな?)


「……アベシュー……?」


 タミコが不思議そうに見上げている。


(独りだったら、こいつがいなかったら、今頃俺は……)


 などということを口に出すつもりはない。ちょっぴり癪だから。

 愁はなんでもないという風に首を振り、彼女の頭をむきゅっと撫でる。


「じゃあ、もらおうか」

「りす?」

「こいつの胞子嚢。きちんといただいて、明日の糧にしないとな」

「アベシューはまえむきりす」

「だろ?」

「だけどすぐにチョーシこくりす。さっきみたいなムチャしてたらまたイタイメみるりす」

「やっぱ見てやがった」


 ガーゴイルの前で手を合わせ、その死体を切り開く。苦くて粘っこい勝利の味を噛みしめる。明日のために。


「……余計なお世話的な感じだろうけどさ、こいつからしたら」

「りす?」

「いただきますってさ。こいつの命を、俺たちはいただくんだよな。今さらだけど」


 愁はぎゅっと拳を握りしめる。

 身勝手な思いだと自覚している。それでも――もらったものは確かにある。それをぶつける相手は今、この上にいる。


 

    ***


 

 ガーゴイル戦の三日後。

 いよいよボスへの挑戦の日を迎える。

 袈裟にかけたカバンには、水筒やキノコや野草などが詰まっている。


「タミコ、準備はいい?」

「りっす……」


 タミコはやはり不安げだ。昨日は丸一日を休みにしたが、そわそわとして何度もこしょりをねだってきた。指がつりそうなほどこしょってやっても、その曇った表情は最後まで晴れなかった。


「だいじょぶだって。さぐる感じで戦ってみるだけだから」

「アベシュー、ムチャはしないってやくそくりすよ?」

「わかってるよ。じゃあ、行こうか」

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