幕間:姉の思いと別ション
2/14:閉会式までの待ち時間、十五分→二十分に変更しました。
「かったりす! アベシューかったりすーーーっ! ぴぎゃーーーっ!!」
「ほんとに勝っちゃったよっ! すごいよシュウさんっ! きゃーーーっ!!」
タミコとノアは抱き合って泣きさけんでいる。二人とも終始ピンチばかりでずっと半べそ状態だったが、今は我を忘れて大喜びだ。
「アベおにいさま、カッコよかったです! 速すぎてぜんぜん見えなかったけど!」
ハグミは顔を真っ赤にして小さい手でぺちぺちと拍手を送り、それを見守る隣のノマグチ医師は疲労と安堵で少々くたっとしている。恩人の激闘にお嬢様がこれまでの試合以上に興奮気味だったので、主治医としても体調に影響が出ないかとハラハラしていたのだろう。
周りの観客もほとんどがスガモ勢なので、その盛り上がりも最高潮だ。「アベー!」「よくやったー!」「スガモの星ー!」「コマゴメざまぁー!」などと拍手喝采。席の上で飛び跳ねて奇声をあげたり、肩を組んでアベコールをしたり、こぞって麦酒の一気飲みを始めたり。ごく一部、首をひねって難しい顔をしている狩人らしき人もいるが。
そしてウツキはというと――口を結んだまま背もたれに身を預け、救護スタッフに運ばれていく妹を見守っている。シュウも同じように救護スタッフに抱えられている。その二人の背中をいっそうの拍手が祝福する。
(まさか……)
(マリアちゃんが負けるとはね)
シュウの強さやデタラメさはウツキもよく知っていた。それでもなお、妹の勝利を内心では疑っていなかった。あの妹が敗れる姿など想像もしていなかった(シュウに【魔機女】の情報を伝えたのもそれが一因だ)。
あまり知られていないようだが、マリアが公の闘技大会で敗れたのは初めてではない。若い頃には無謀とも呼べる挑戦を繰り返し、敗北や屈辱を糧に努力を重ね、絶対女王の地位を築くまでにのし上がってきたのだ。
とはいえウツキの知る限り、ここ十数年は負けなしだったはずだ(〝超越者〟との野試合の決闘などは除いて)。自力で退場できない彼女の姿を実際に目の当たりにして、ウツキは自分でも思った以上にショックを受けている。
マリアがタミコを傷つけたと聞いて、姉としてのお詫びや妹へのお灸を据える意味でも、今回はシュウの肩を持とうと思っていた。だがいざ試合が始まってしまえば、心は自然と妹を応援していた。タミコやノアの手前、おおっぴらに声援を送ったりはできなかったが。
「……ウツキ、だいじょぶりすか?」
「へ?」
ふと気づけば、タミコが覗き込んでいる。
「あー……すいません、ウツキさん」とノア。「相手は妹さんだったのに、ボクたち無神経にはしゃぎすぎちゃって……」
「いやいや、あなたたちの大事な人の大金星だよ。もっと喜んでいいと思うよ」
「ウツキのイモートもなかなかがんばったりす。それにめんじて、あたいへのローゼキはみずにながしてやるりす」
「ありがとう」
「ビッチをビッチよばわりしたこともテッカイしてやるりす」
「うん? うん」
「でも、ほんとにすごい試合でしたね。結果はこうなったけど、ハクオウさんが勝っても全然おかしくなかったですよ」
「まあ、ね……」
(もしかしたら)
(こんなにあの子を応援したの、初めてだったかも)
腹違いの姉妹の関係は複雑だ。と、少なくとも姉は思っている。
母同士は幼馴染だった。正妻はマリアの母のほうで、ソウの母は不倫の果てに先に子を産んだ。それでも正妻は夫と親友を咎めることなく、六年後にマリアが産まれ、一夫多妻制を敷かないコマゴメにおいて「夫一人妻一人、亜人の娘二人」の奇妙な家庭となった。
三十七年前のニッポリ市のテロで父と母二人をいっぺんに亡くしてからは、ウツキが母代わりとなってマリアを育ててきた。父の遺した蓄えはそう多くなく、生活費を稼ぐために十五歳になってすぐに狩人の免許をとった。
だが――その数年後、マリアは父の友人だった狩人の弟子となり、めきめきと頭角を現していった。彼女がデビューする頃にはレベルも実力も姉を遥かに上回っていて、稼ぎもすぐに抜かれた。
コマゴメ史上最高と評されるほどの才能にあふれた妹と、〝耳長人〟の容姿以外は平凡な姉。
妹はそんな格差など意にも介さず、「お姉様はすごい」「お姉様は可愛い」と神のごとく慕ってくれた。それが余計にもどかしくて苛立たしくて、いつしか距離を置くようになった。男漁りに走ったのもそれが一因――ではない。亡き父のだらしない根性を一手に受け継いでいただけだ。
(あの子のほうは悪気なかったんだもんね)
(勝手にコンプレックスこじらせたのはあたしだもんね)
あの旅鮫の弟子になってから数年、ずっと音信不通だったが、妹のシスコン精神は未だに衰えていなかったようだ。それが彼女自身の「ちょっとクセの強い性癖」に多少根ざしているとはいえ、それでも変わらず思い続けてくれていたのは事実だ。
(……祭りが終わったら)
(久しぶりに二人で一杯飲もうかね)
「……ウツキさん?」
「いや……帰ったらアベっちのお祝いしよっか。ノアっちの料理が食べたいな……にんにく控えめでお願いします」
「そうですね、あとは閉会式だけですね」
ちょうど場内アナウンスが流れる。司会者による拡声キノコの声だ。『閉会式会場の準備のため、二十分ほどお待ちください』とのこと。
プログラムによると、閉会式は都知事閣下と深皇猊下が闘技場に下りてスピーチすることになっている。先ほどの激闘でリングの上はだいぶ荒れ果て、菌糸武器やら【魔機女】の傀儡やらが散らばっている。職人技と名高いスガモ園芸の腕の見せどころだ。
「二十分か……結構かかるね」
そう言いながら、ウツキはあたりに視線をめぐらせる。
開会式からここまで、無事に進行してきた。リクギメトロの一件の当事者であるウツキとしては、あそこで出会ったならず者たちの存在がずっと心の隅に引っかかったままだった。
閉会式は、スガモ生誕祭において唯一の、都知事と深皇が同時に同じ場所に立つ機会だ。
カワタローたちが本当に「なんらかの政治的目的を持ったテロリスト」であったなら、みすみすこの機会を逃すだろうか。
(なにも起こんなきゃいいんだけどね)
会場の警備は万全だし、シモヤナギたちが試合の裏で動いているのも知っている。ましてや相手はそこらへんの無力な政治家ではなく、国内最強戦力の二人だ。彼らがいくら得体が知れかろうと、簡単に事を起こせるとも思えない。
(祭りが全部終わるまでは気が抜けないかもだけど)
(とりあえず今日は帰ってゆっくりしたいわ)
と、ノアの(憎らしいほどの)胸に座っていたタミコが、股間を押さえてもじもじしだす。
「ふむむ……ノア、あたいおトイレいきたいりす……」
「タミコっち、アベっちの試合始まる前に行ったじゃん」
「あたいのボーコーのユルさをみくびんじゃねえりす!」
「なにギレなの?」
「うーん」とノア。「女子トイレ、さっきもすごい混んでたよね……閉会式までに戻ってこれるかなあ?」
「つーかさ、そこの排水口でしちゃえばいいじゃん。おっさんのビールの紙コップでもいいけど」
「キッサマーっ! レディーをブジョクするりすかー!? シャーッ!!」
股間を押さえながらシャーられても。
「アベっちの上では平気でするくせに、排水口はNGなの?」
「あれは……べつションりす」
「別ションって人生で初耳なんだけど」
「あの――」
ぴょこんっと手を挙げて割って入ってきたのはハグミだ。
「わたし、たぶん空いてるトイレ知ってます。わたしも行きたいです」
ノマグチ医師はいったん市長のところに戻るということで、女子四人と私設護衛の黒服二人をつれ、いざお花摘みへ。
次回も幕間でちょい短めの予定です。




