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126:【真阿修羅】vs【魔機女】


阿部愁(28 or 130)

〝糸繰士〟 レベル71

菌能(公開):【戦刀】【円盾】【聖癒】【解毒】【大盾】【戦鎚】【跳躍】【退獣】【光刃】【自己再生】(【不滅】)

菌能(非公開):【火球】【雷球】【煙玉】【感知胞子】【白弾】【鉄拳】【阿修羅】→【真阿修羅】New

菌性:【蓄積】


 八十年ほど前。シン・トーキョーと定められたこの国に狩人ギルドが発足してからしばらく経った頃。


 初代総帥タテガミ・ピピンが提唱した〝菌職〟という概念について研究と検証を進めるため、ギルドは〝糸繰りの民〟の所有する能力とその習得傾向などのデータを各地から集めていた。各地域ごとにバラバラだった個々の能力の名称について公式な統一名称が与えられていくことになるのはそのあとだ。


 【戦刀】【火球】【治癒】――昨今ではごく普通に呼ばれるそういった菌能の名前は、当時のタテガミや都知事ネムロガワを始めとしたギルドの創設メンバーによってつけられたものだった。知識や教養、識字率などの面で前文明よりも後退を余儀なくされるだろう「シン・トーキョー生まれの新人類」への継承を考慮して、わかりやすく端的な名前になるようにと。


 背中から菌糸製の複腕を生じさせる能力――ネムロガワやセンジュのオヤマ・マスオなども使用するそれは、習得率としてはかなりレアな部類に入るもののようだった。


 【阿修羅】という名前はタテガミが発案したものだった。

 メトロ教とは別の、〝東京審判〟以前の宗教の守護神の名前。三つの顔と六本の腕を持つ戦いの神――。


「いやいや、腕が二本増えるだけやん? 【複腕】のほうがわかりやすいやで」


 ネムロガワは反対した。そもそもその名の由来さえ新世界では消えていく知識なのに、と。


「いやいや、三面四臂で表現されることもあるんやで。だから【阿修羅】でも問題ないやで」


 タテガミも反論した。そっちのほうがカッコよくね? エモくね? と。


 結局「タテガミの遊び心」がその場の支持を集め、その能力は【阿修羅】と呼称されることになった。「じゃあ、腕が六本のスキルが出てきたらどうすんねん」というオヤマの懸念が現実になるとも知らずに。


 それからほどなくして、オヤマら数名の【阿修羅】が四本の菌糸腕に進化した。命名に困ったタテガミは苦しまぎれに「真の」をつけ、【真阿修羅】と呼ぶことにした――。


 というのが、愁が図書館の文献で読んだ【阿修羅】と【真阿修羅】の命名の起源だ(一部愁の妄想を含む)。

 

 

    ***

 

 

 白くてひょろりと細長い菌糸の腕が愁の背中に生えそろう。キチキチとかすかな音をたててその指先が閉じたり開いたりする。


 ――【真阿修羅】。菌能進化により菌糸腕は二本から四本へと倍化した。


 【阿修羅】は〝闘士〟系統のレアスキルだが、さらに【真阿修羅】へと進化させられるのは上位菌職の〝獣戦士〟のみとされている。〝聖騎士〟の【光刃】のような、いわば菌職固有の奥義的な能力だ。


 ハクオウの七体の人形に加えて愁の異形化と続き、会場のどよめきはピークに達している。

 会場にいるほとんどの〝人民〟は、菌能に関する知識とは無縁に生きている。狩人にしても全員が全員、上位菌職の菌能の習得傾向などのコアな情報を詳細に把握しているわけではないだろう。


 だから――愁のこれが本来ありえないものであると気づいている者は、この会場でどれほどいるのだろうか。


「【真阿修羅】……あなた、〝聖騎士〟だったんじゃなくって?」


 当然ながら、ハクオウもその一人だ。


「【光刃】と【真阿修羅】……普通ならありえない組み合わせだわ。類似のユニークスキル……いや、だとしてもあれだけ多彩なスキルがありながら……」


 戸惑うのも無理はない。今の愁は魔法使いがメラゾーマに加えてギガデインまで使いだしたようなものだ。


 あるいは「今まで前例がなかっただけでしょ」と言い張れば、誰にもそれを否定することはできないだろう。もっとも「じゃあ改めて試し紙で菌職チェックしましょう」と言われたら、あの赤線ぐしゃぐしゃのカオスな試し紙を披露する羽目になるが。


「……あなた、何者?」


 愁の異常性を確信しながら、それでもハクオウはあくまで冷静だ。敵がどれだけ得体が知れなかろうと、それを前にしてとり乱したりはしない。


 もう少し距離が近ければ、愁の傷口付近にまとわりつく青黒いカビに気づけたかもしれない。

 あるいは会場の誰かはすでに気づいているかもしれない。特に貴賓席にいる二人などは――。


 愁はふうーっと長く息を吐く。顔中に貼りついた血糊を袖でぐいっと拭い、両手を前に突き出す。


「…………話すと長いんすけど、今はその時間じゃないっすよね」


 てのひらから糸が紡がれる。右手に【戦刀】を、左手に【大盾】を。

 背中の四本腕もそれに倣う。大きく広げたそれぞれの腕には【戦刀】が握られる。


「……それもそうね」


 七体の【魔機女】が銘々手にした得物を構え、主の前に凛々しく並び立つ。


「医務室にお見舞いに行ってあげる。そのときに口が利けたら、話を聞いてあげるわ」


 あくまでも勝利を疑わない、絶対的な強者としての笑みがそこに浮かんでいる。それはこれまで相対した誰よりも気高く美しく、そして恐ろしい。


 歓声が徐々にしぼんでいく。再衝突の瞬間を見逃すまいと固唾を呑んでいる。


 どこかで子どもがさけぶ。「がんばれ!」と。

 それはどちらに向けたものだったのか。


 いずれにせよ――それを合図に、愁と七体の人形が同時に砂を蹴る。

 

 

    ***

 

 

 左右、正面、頭上――七体の傀儡が放つ刺突と斬撃が愁を襲う。

 それは絶え間のない激しい雨のような攻撃だ。強風を伴って全方位から叩きつけてくるかのような。


 多人数で一人を囲む場合、「せーの」で飛びかかれる数はスペース的に四・五人が限度だ。ましてや得物を持っているともなれば余計に難しくなる。

 それは【魔機女】も同じだ、愁がその瞬間ごとに相対するのは三体か四体だ。

 だが――それが終わらない。切れ目というものがない。


 七体がめまぐるしく位置を入れ替え、休む暇を与えずに攻撃の雨を繰り出してくる。一つのチームというよりちょっとした軍勢を相手にしているかのようだ。


 常に死角をさぐり、互いの隙を庇い合い。

 小さく細かく着実に、精巧な時計を組み上げていくように。

 愁の身体を削り、体力を奪い、血を流させることのみに没頭するかのように。


(これを一人で操作してんのか)

(化け物かよ)


 無線化して操縦数も増えた分、その緻密さは聖銀傀儡二体のときよりも明らかに劣っているように感じられる。


 パワーもスピードも衰えはない。それでも愁の攻防に対する反応はコンマ一秒遅れ、放たれる斬撃の精度は数センチ分鈍り、二手三手先を読むような狡猾さはなりを潜めている。


 だが、それを補って余りある攻撃の密度。息継ぎの隙もなく押し寄せてくる圧力。

 機械的な冷徹さを保ちながら、相手を完膚なきまでに屈服させようという意思さえ感じられる、剥き出しの暴力の雨。

 これでもかとぶつけてくるのは、〝絡繰士〟の頂点に立つ者の矜持だろうか。


「ぐっ、ああっ!」


 オオツカメトロを出た頃の愁なら、一分ともたずに押しきられていただろう。

 オウジメトロでの死線をくぐり抜けてきた頃なら、五分くらいは耐えられただろうか。

 カナメチョウに向かう前だったらどうだろう、やはり結果は同じだったかもしれない。


 だが――今の愁は。


「らぁああっ!」


 ぐるんと横に一回転し、菌糸腕の四振りで周囲ごと薙ぎ払う。

 それでもくらいついてくる傀儡を左手の【大盾】で防ぎ、右手の【戦刀】で突き放す。

 同時に四本の菌糸腕が背後や頭上の傀儡と斬り結ぶ。


 身をよじって追撃をかいくぐり、不安定な体勢のまま菌糸腕で突きを放つ。

 上の腕が刀を交差させて【斧槍】の兜割りを受け止め、同時に下の腕がその傀儡の胴体を両断する。


「一体目ぇっ!」


 捌ききれている。凶悪なまでに完成された連携攻撃を。

 打ち合えている。息をつかせないほどの波状攻撃と。

 肉の腕と菌糸の腕。それらが傀儡の連携に負けじと互いに力をかけ合わせ、正面から押し返している。


「はっ! 見かけ倒しじゃなさそうねっ!」


 そうさけぶハクオウの表情は嬉しそうだ。愁にはそれに応じる余裕はないが。


(まあ、要領は同じだったからな)


 【阿修羅】に菌能進化が起こったのはカナメチョウ合宿の初日、その日最後のベヒーモスを討伐したあとだった(兆候は「背中激アツ」)。


 最初はもちろん戸惑った。菌糸腕の倍化で単純に処理すべき情報量も倍になり、元々あった二本を動かすことすら怪しくなってしまった。脳みそのどこをどう使えばそれを制御できるのか――気分としては「記憶をなくしてまた一から自動車教習所に通い直す」ような感じだった。


 しかも、アオモトが言っていたように「進化とは不可逆」であり、「二本だけ出す」ということもできなくなっていた。なので「この際今回は完全に封印してしまおうか」と思ったほどだ(そもそも人前で使うのは気が乗らなかったし)。


 それでも、念のため、今後のためとギランたちのしごきの合間にせっせと努力をしてしまうあたり、旧日本人社畜の真面目さというか小心さというか。


 慣れてくると案外早く勘を掴めたので、そのまま実戦で鍛えることにした。

 さらには就寝前に上官の身体を借りて、こしょりトレーニングで繊細な動作性を養ったりもした。


 一日目「いてっ! つよくもむんじゃねえりすこのドーテーヤロー!」。


 三日目「くっ……なかなかうまくなってきたりすねえ……ひゃうっ!」。


 五日日「ああっ……もうゴーカクりすからぁ……ゆるしてぇっ……!」。


 そんなこんなで完全にとまではいかないが、進化前とそう変わらない感覚で操れる程度には熟達できた。やっててよかったタミコ式。


 こうして七体一心同体のようなチートボスとやり合っているとはっきり体感できる、【阿修羅】とくらべて明らかに強くなっていると。


 腕の可動域に干渉し合う部分が生じるので、必然的に操作には細心の注意と脳が擦り切れそうなほどの集中力が必要になる。体力の消耗も倍以上だ。


 だが、それを乗り越えた先に得られた恩恵は大きい。コンビネーションを考えれば手数が倍以上に感じられるほどだ。


「ぐうっ!」


 それでも、それでも――。

 状況は、お世辞にも互角とは言えない。


 こちらの腕が増えたとしても、向こうの手数はそれ以上なのだ。攻撃のすべてを防ぎきることはできない。


 肉はえぐられ血は飛び散り、肺はちぎれそうに苦しく頭の奥がズキズキと疼いている。

 ダメージは着実に積み重なってきている。痛みと疲労が思考を侵食していく。

 翻って傀儡を操る彼女自身にはまだ一撃さえ届いていない、それが現実だ。


「がぁああっ」


 それでも愁は、歯を食いしばって刀を振るい、渾身の振り下ろしで二体目を切り捨てる。

 攻撃の密度が明らかに薄れる。このまま一体ずつ仕留めていくか、それとも彼女まで一気に距離を詰めるか――そう思考したのも束の間。


 ハクオウのいるほうから駆けつけた新手二体が加わり、再び七対一へ。本体が健在ならいくらでも補充されるわけだ、そんなラスボスみたいな設定を現実でやられると恐ろしすぎる。


 補充は躊躇なく迅速に行なわれた。彼女も理解しているのだろう、戦力が欠ければ戦局が覆されるおそれがあると。それがこの場の力量なのだと。


(つーか)

(警戒しはじめたか)


 メインで突進してくるのは白傀儡。聖銀傀儡はそれより一歩引き、中距離からの牽制に専念している。それは本体を守るポジショニングだと愁は察している。愁が距離を詰めて彼女自身を攻撃することを警戒している。


 それは同時に、彼女自身の近接戦闘力ではもはや対抗するのは難しいと認めているのと同じことだ。


 彼女の顔からは余裕が消えている。それまでにない険しく鋭い表情で歯を食いしばっている。

 逆に愁は口の端をほころばせる。その表情を引き出せたことに、ある意味ちょっとした達成感のようなものを覚えずにはいられない。

 

 

 

 五体の白傀儡による猛攻と二体の聖銀傀儡による援護。


 陣形的に持久戦狙いの戦術に切り替わっている。押しきって一気に仕留めるより、確実に愁の体力と生命力を削りきることに専念するかのように。


 プライドの高い彼女が力押しをやめたことは多少意外ではあるが、そこはさすがの百戦錬磨。正解だ、愁にとってはいっそう苦しい展開になる。


 【真阿修羅】は複腕が二本増えただけというわけではない。その維持や操作にも倍以上の体力消耗を強いられる。それだけでなく――。


「ぐっ!」


 どろっと粘っこい鼻血がこぼれるが、拭う余裕もない。

 脳みそが灼けそうに熱い。視界がチカチカしてくる。

 慣れが足りないだけか、それとも人間の脳にはそもそもオーバースペックなのか。制御が利かなくなってくる。


 左上の菌糸腕の刀がはじかれ、ガードが緩んだ隙に傀儡がなだれ込んでくる。【大盾】で防ぎきれずにあちこち削られ、後退を余儀なくされる。


「あははっ、もう限界っ!? 動きが鈍ってきたんじゃなくってっ!?」


 鬼気迫るといった表情のハクオウ。その手振りに合わせて傀儡たちが追撃してくる。


「それは――」


 気の遠くなるような五秒を被弾覚悟でしのぐ愁。一体が下半身を狙ってタックルを仕掛けてくる。足をとられる寸前、愁はその頭を踏みつけて跳躍、さらに他の傀儡を飛び石のように踏んで高く跳び上がり――


「お互い様だっ!」


 気の遠くなる五秒を耐えた。

 眼下の傀儡めがけて左上の菌糸腕が放つ――チャージ【火球】。

 地面に着弾した瞬間に爆発。膨張した熱風が傀儡を吹き飛ばし、直撃に近い二体を火柱が呑み込む。さすがは菌糸百パーセント、よく燃える。効果はばつぐんだ。


「だっ、【大火球】っ!?」


 着地した愁が目を見開くハクオウへと迫る。それでも――やはり効かなかったか、聖銀傀儡が壁になり、他の傀儡の合流までの時間を稼ぐ。その隙にハクオウが再び距離をとる。


 黒焦げになった傀儡の代わりを補充しようと糸を出す、その彼女が肩で息をしているのを愁は見逃さない。


 【魔機女】について、愁は弱点とも呼べる三つの性質を見い出している。


 疲れも痛みも感じずに襲いくる白傀儡。その殺傷能力は脅威すぎるが、柔菌糸製のボディーの耐久力はそう高くない。燃費の都合で【光刃】を使えない状況だが、それでも素の【戦刀】で斬り倒せるレベルだ。


 内臓も脳みそもない傀儡の急所はどこか――おそらく胴体の中心付近だ。頭を刎ねても胸を貫いても構わず向かってくるが、胴薙ぎや袈裟斬りで両断すればどちらも動かなくなる。そこに核のようなものがあるのか、それとも一定以上の損傷で停止するのかは判断がつかない。


 そして――新たな傀儡を追加するために、ハクオウも相応の体力を消耗している。無尽蔵でもノーリスクでもあるはずがないのだ。


 その証拠に、新たな傀儡がしおしおに朽ちた同胞の残骸から菌糸武器を拾っている。女王な彼女には似つかわしくないケチくさい行動だが、それを生み出す体力も惜しいほどに、彼女もまた追いつめられているということだ。


(我慢くらべか)


 愁が力尽きるのが先か、彼女の残機が尽きるのが先か。


(――いや、付き合う気ねえし!)


「がぁああっ!」


 蛮勇をひねり出し、全身の痛みを気付け薬に変え、愁は突進する。


 目に見える彼女の疲労がブラフでないとしても、愁自身も限界がすぐそこまで迫っている。

 傀儡の小隊が立ちはだかる道を、力ずくで斬り結び、切り開く。


 足を止めない。思考を止めない。懸命に酸素を貪り、細胞を燃やして動き続ける。

 目と鼻の先を刃が通りすぎていく。跳ね上げた斬撃で砂埃が舞い、飛び散る血しぶきと菌糸のかけらが混ざり合う。


「ぐうっ――!」


 そのうめきは愁のものではない、ハクオウだ。

 明らかに傀儡の動きが鈍っている。思考回路が灼き切れるような苦痛を、彼女もまた抱えているのか。


「あぁああああっ!」


 渾身の踏み込み、からの薙ぎ払い。前方の白傀儡が吹き飛び、血路が開かれる。およそ十メートル先にハクオウが――。


 【跳躍】の一瞬の溜め――は違和感で途切れる。


(腕が)


 生身の腕も菌糸腕も、ギリリッと軋んで動かない。

 ハクオウが両手を前に突き出している。その指先から細い糸が伸び、六体の傀儡とつながっている。

 その糸が愁の腕に絡まっている。周囲を囲んで糸を引っ張り、愁を拘束している。


 そして――残りの一体が突進してくる。【斧槍】を上段に構えて。


「おぉおおおああああっ!」


 おたけびとともに全身の力を振りしぼる。あらゆる血管がぶち切れそうなほどに。

 腕に食い込む糸ごと傀儡を引っ張り返し、身体ごとねじるようにして釣り上げる。

 遊園地の回転ブランコのように傀儡が宙を舞い、互いにぐしゃっと激突。

 そこへ愁が距離を詰め、傀儡の塊に【戦刀】を叩き込み、同時に糸を断ち切る。


「くそっ、馬鹿力ね――」


 寸前で自身から糸を切り離していたハクオウがバックステップする。それに合わせて愁も【跳躍】している。

 ふっ、と短い息とともに【戦刀】を振り下ろす。彼女は髪をかすめながらかわすが、すかさず放った【大盾】の振り回しが彼女の顔面を捉える。


(やっと――)

(一発目!)


 横倒しになって地面を転がるハクオウ。追撃をと構えた愁を遮るように聖銀傀儡がカバーに入り、彼女もすぐに起き上がる。


「……公約」

「……は?」

「一つ目、クリアっすね」


 それで彼女は気づく。鼻から垂れる自身の血に。


 止まっていた時間が戻ってきたかのように、会場が割れんばかりの歓声に包まれる。それは先ほどまでの息もつかせぬ激闘に向けてか、ようやく一矢報いた愁に向けてか。


 口の中も切ったのか、ハクオウはぺっと血の混じった唾を吐く。


「……もっと早く気づくべきだったわね」

「へ?」

「あなたの真骨頂は……【光刃】でも、ましてやその【真阿修羅】でもない。普通なら何回も死にそうな負傷をものともしない、そのゾンビみたいな耐久力ね」


 確かに、【不滅】がなければとっくに戦闘不能になっていただろう。そのおかげでガス欠が近いのも事実だが。


「血糊の下の傷は、もうだいぶふさがってるんでしょう? 【自己再生】じゃありえない修復速度、その青っぽいかさぶた……まさかとは思うけれど――」

「だけど、さすがにそろそろ限界っすよ」


 それ以上の言葉をあえて遮る。今話すべきことではないと。

 ハクオウはふっと笑みをこぼし、「そうね」とつぶやく。


「私もそうよ……ここまで追いつめられたのは、一位との決闘以来ね」


 一位――〝超越者〟カン・ジュウベエ。その人と立ち合ったことがあるのか。


「そのご褒美に……見せてあげる。あいつしか知らない、私のとっておきを」


 先ほどの愁の攻撃で壊れかけていた白傀儡。

 よろよろと起き上がりかけていたそれらが、ふっと地面に崩れ落ちる。操り糸が切れたかのように。

 残されたのは二体の聖銀傀儡。ハクオウの両側から寄り添い、腕を回して抱きしめる。


「私の【魔機女】はね……同じ形、同じ大きさの人形しか出せないの。大抵の柔菌糸はサイズ調整が利くのに……誰に似たのかしら、その頑固なところ」


 語る間に、傀儡の身体からしゅるしゅると糸がほどけていき、彼女の身体に絡まり合っていく。


「だけど……これだけはなぜかできたの、いつの間にかね。練習したわけでもないのに」


 カチャカチャとミスリルの帷子が分解され、彼女の身体を覆っていく。


「ほんと、菌能って不思議よね。気まぐれで思いどおりにいかなくって……だけど、偶然って面白いわ」


 会場が静まり返る。


 そこに現れたのは、【魔機女】と融合したハクオウ・マリア。

 全身に白銀色の帷子をまとった六本腕の魔女。その肩と脇の下から伸びる腕は聖銀傀儡のものだ。

 さながら愁の異形を真似たかのような姿だ。確かに偶然にしてはできすぎている。


「……お人形遊びはこれでおしまい。決着をつけましょう、あなたと、私で」


 その威圧感は、まとう殺気は、苦しまぎれとは思えない。

 言葉どおり、これが彼女の本当の奥の手なのだろう。そしてきっと――これが最後の力なのだ。


「……俺も、最後のやつ、出していいっすか?」

「あら、まだお楽しみが残ってるのね? 見せてちょうだいな」


 愁は【大盾】を放り捨てる。【戦刀】を諸手で握り、意識を集中する。

 てのひらから菌糸が流れ込んでいく。エネルギーが絞りとられていく。

 その柄が太くなり、刀身が鋭く伸びて広がっていく。


「……そういうこと。【大火球】じゃなくて、【蓄積】の菌性だったのね」


 チャージ【戦刀】。それを生身の腕に一振りと、左右の菌糸腕に一振りずつ、三刀流。

 ふうっ、ふうっ、と荒く息をつく。大太刀がいつも以上にずしっと重く感じられる。質量のせいだけではない。


「俺も……これで打ち止めです」


 他の菌能を使う余力も、重い怪我を治す余裕も、もう残っていないだろう。

 だから、この三振りにすべてをかける。あのミスリルの鎧を打ち抜くにはこれしかない。


「……残念ね。あなた、あと二十歳若ければ、私のものにしてあげたのに」


 ハクオウはそう言って微笑む。地面に落ちた【尖剣】と【斧槍】を拾い、構える。


「それって、()()あと二十歳若ければってことっすよね」


 八歳当時のハナタレ小僧だった自分を想像しながら、大太刀を肩に担ぐ。菌糸腕の二振りを、蝶の羽のように左右に広げる。


 合図はいらない。


 まるでぴったり息を合わせたかのように地面を蹴り、両者は正面から激突する。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりのこしょリス成分補給ktkr [一言] 赤坂ダンジョンの方も読ませていただきました! 何か物足りなさを感じたんですがそれはタミコ成分でした
[良い点] 主人公が活躍してたのに、タミコしか記憶にない。ドーテーだから仕方ないりすね [気になる点] 初めのエセ関西弁はそういうネタなのかな(語尾にやでをつけてる?)
[良い点] コショコショタミコさんは忘れた頃にやってくる [一言] 熱い、熱すぎる! どっちに転ぶのかドキわくで待ちガイル!
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