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124:【魔機女】


1/21:【真機那】→【魔機女】に変更。


 行司からのルール説明が終わり、愁とハクオウが互いに距離をとる。


 土俵が撤廃されたことで、直径百メートル以上に渡る砂地全体がリングだ。こうして立っているとかなり広く感じられる。


 相変わらずハクオウ・マリアへの熱烈な声援は大きい。「マ・リ・アっ! マ・リ・アっ!」とコールをしている人たちまでいる。試合開始目前になって、勝利を確信するコマゴメ応援団の勢いは増すばかりだ。


「アベシューーーーーっ!」

「シュウさーーーーんっ!」


 と、それらの合間を縫うようにして、耳慣れた声が飛び込んでくる。そちらに目を向ければ、満席のスタンドの中でも容易に見つけられる――ノアと、その頭の上にいるタミコ。隣には難しい顔をしたウツキもいる(どちらを応援したものかと悩んでいるのかもしれない)。


「アベさーーーーーんっ!」

「だわなーーーーーーっ!」


 別の方角からも聞き憶えのある声。向き直ると、片腕で猫を抱いた巨漢のブタ男が腕をぶんぶん振っている。オブチとユイだ。彼らも来ていたのか。

 振っているその手にはチワワ、いやショロトル族――のぬいぐるみだ。オウジで買ってきたのか、いやむしろ商魂たくましい彼らこそがその仕掛け人だったのでは。あとで話を聞きたいものだ、猫の「そこ触んじゃねえスイッチ」に触れてしまったのかユイに喉元を食いつかれているので試合後にお互い無事だったら。


「やっちまえドーテーーーっ!」

「負けたら一生ドーテーだぞーーーっ!」


 柄の悪い女性の声×2、まったく同じ声音。シシカバ姉妹も来ていたのか。そちらには振り返らないでおく。


「アベさーーーん! がんばっぺごしゅーーー!」

「「「アベニキーーーーっ!」」」


 あのエセ方言はカヤ、アベニキコールは同期スガモ生のクラノ・アツシとリクギ村警備チームの若手たちか。


 どこにいるかはわからないが、コンノや大家も来ているはずだ(小遣いを相手方に賭けるような不義理はしていないと思いたい)。カイケやギルドのスタッフの人たちや、それに同僚の狩人たちも。


 開会式のときもそうだった。顔を合わせたことも口を利いたこともないはずの人たちが声援を送ってくれている。マリアコールに負けじと声を張り上げてくれている。

 名前を呼んでくれている。大半が「アベーーーっ!」と呼び捨てだったり双子に倣って「ドーテーっ!」とかさけんでいるチビっこがいたりするが、気持ちだけはちゃんと伝わってくる。


「あなたもなかなか人気者ね、薄ぼけた顔してるくせに」

「まあ……地元贔屓ってやつですけどね」


 スポーツ選手やアイドルがのたまう「ファンのみなさんの声援が力になりました」という定型文。傍目に見て、九割くらいは綺麗事やリップサービスではないかと冷ややかに思っていた。そんな経験などなかったし、この先もないと思っていた。


 だが――実際にこうして、数千人の声を一身に受けて。

 奮い立たないはずがない。力にならないはずがない。


 愁はぎゅっと拳を握りしめる。奥歯を噛みしめる。まっすぐにハクオウと対峙し、身構える。


 ――貴賓席から見物している二人の英雄のことは、いったん忘れる。

 あとのことは終わってからでいい、今は自分の持てるすべてで目の前の相手に向き合うときだ。


「……あなたのおチビを懲らしめたときと同じね、その顔。楽しませてもらえそうね」


 ハクオウは地面に突き立てていたものを片手ずつ持ち上げる――愁の【大盾】と同サイズほどの、縦長のアイロン型の分厚い大盾だ(ヒーターシールドというやつだろうか)。それが二枚、片手に一枚ずつ。

 照明の光を受けて白銀色の表面が厳かに煌めいている。〝聖銀〟――つまりミスリル製だ。


 愁はごくりと喉を鳴らす。これが、彼女の二つ名〝聖銀傀儡〟の由来となった〝傀儡盾(マリオネットシールド)〟か。それを構えただけで、彼女のまとう威圧感が数倍にも膨れ上がったように感じられるのは気のせいだろうか。


 行司が二人を交互に窺う。「準備はいいか!? いいんだな!?」と。


「見合って、見合って……」


 そのまま軍配を大きく振りかぶる。愁はそれを【感知胞子】で捉える。視覚は、意識は、まっすぐ前へと注がれている。


「はっきよーい……」


 愁は半身を切って腰を落とす。ハクオウは盾を前にして、ただ傲然と佇むだけだ。


「――残ったぁっ!!!」


 ついに試合開始のゴングが打ち鳴らされる。

 その残響が消えるより先に――愁の拳はハクオウの眼前に届こうとしている。

 

 

    ***

 

 

 彼女の代名詞であるユニークスキル【魔機女】は有名だ、コマゴメ市民なら子どもでも知っている。

 そのタネはほとんど割れている。それと敵対するものにとっては、完成するまでが最大のチャンスだということも。


(先手必勝!)

(不意打ち上等!)


 【戦刀】を抜く間すら惜しい。【跳躍】で水平に近く跳びながら、振りかぶった拳に【鉄拳】をまとう。


「らぁああっ!」


 気合のおたけびとともに、銀色の拳を一直線にハクオウへと叩き込む。

 けたたましい金属同士の衝突音。全力と全体重を乗せて打ち抜いた拳の手応えに――愁は目を見開く。


「――ふふっ、せっかちねえ」


 盾の向こう側でハクオウが笑っている。

 愁は動けない。


 硬化した拳で殴りつけたミスリルの盾の、想定以上のかたさに驚いたから、ではない。

 元より一撃でそれを破壊できるとは思っていなかった。【魔機女】を出させる隙を与えないため、あるいは盾をぶち破るまでラッシュしてやるつもりだったのだ。


 なのに、二撃目を振るえないのは――愁の腕が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「くs――っ!」


 左手を硬化させてミスリルの腕を打ち払おうとした瞬間、ボグンッ! と横合いからの衝撃が愁の顔面を打ち抜く。身体ごと高々とぶっとばされ、地面に落ちてゴロゴロと転がる。


「ぐぅっ!」


 身体を跳ね上げて起き上がり、片膝で砂をえぐるようにして制止する。


「……美しすぎるのも考えものねえ、身支度が整う前に殿方ががっついてきちゃうんだもの。つれなく突き放しちゃってごめんなさいね?」


 リアルでそんなセリフ吐いたことないくせに、などという軽口は叩かない。リアルでそんなセリフ言われたことないくせに、などと返されて不毛合戦に逆戻りしそうだから。


 それよりも、愁は彼女の盾から目を離さない。愁を捕まえた左の盾だけではなく、右の盾からも腕が生えている。それで顔面をぶん殴られたのだ。


(奇襲失敗か)


 だがこれも想定内だ。愁が前情報から奇襲を選んだのと同じように、彼女もまたそういう奇襲へのカウンターを用意していたということだ。そのリスクも覚悟の上での特攻だったのだ。


「『あんたに鼻血噴かせて、頭から砂に突っ込んでやる』……だったかしら? 吐いた唾が自分のところに戻ってきた感想はどう?」


 愁は応えず、鼻から伝った血を袖で乱暴に拭う。【不滅】のおかげですでに出血は止まっている。


「とはいえ、さっきの一撃、なかなかよかったわ。私も久々に本気を出せそう……だから、焦らないでちょっと見ていなさいな」


 腕が生えたままの盾を、ハクオウは左右に広げる。


 ――と、その表面に無数の線が走り、ジェンガのように凹凸が生じる。

 カチャカチャとこすれ合う音をたてながら盾が分解されていき、まったく別の形へと再構築されていく。

 腕が、胴が、足が、頭が。白銀色の鎧をまとった肉体が具現化されていく。SF映画のロボットのような目まぐるしいほどの速度で。


「……お待たせ。これが【魔機女】よ」


 そうして完成されたのは――ハクオウに寄り添うように佇む二体のミスリル人形だ。

 

 

    ***

 

 

 〝絡繰士〟ハクオウ・マリアの〝傀儡盾〟はミスリル合金のパズル片を組み合わせた〝板〟だ。


 そして【魔機女】とは、彼女の「菌糸製の糸繰り人形」を生み出す菌能の名称であり、同時に分解した〝傀儡盾〟を再構築して身にまとった鎧人形の呼び名でもある。


 指先からつながった糸で操る、彼女と同じ背丈の菌糸のマネキン。タミコのリス分身や〝細工士〟系統の【分身】と同じカテゴリーのものだが(鎧を脱げば彼女とそっくり同じ体格かもしれない)、彼女の操るそれはパワーもスピードも動きの精度も持久力も……すべてが一線を画するものだという。


 彼女にのみ与えられた、融合菌能のユニークスキル。〝絡繰士〟の柔菌糸系統では最高峰とされる能力だ。


 ただし、柔菌糸のボディーのため、耐久力という点では硬菌糸にどうしても劣ってしまう。それを補うのが全身を覆うミスリルの鎧だ。


(つーか……ずるくね?)


 試合に持ち込める武具は二つまで、というレギュレーションどおりかもしれないが、なんというか抜け道感があるのも事実だ。これをよしとした審判団に物言いをつけてやりたい。


(つーか……どんだけミスリル使ってんのよ?)


 合金とは聞いているが、オウジのミスリル枯渇問題はこの女の独占が原因ではないかと疑いたくなるほどの質量だ。こいつのせいで深層まで行く羽目になったのではと逆恨みの念がふつふつと。


 まあおかげでこちとらヒヒイロカネゲットしたしねーミスリルもゲットしてスガモの職人さんにタミコとノア用の防具注文したしねーなどと湧いてくる負け惜しみを振り払いつつ、愁は【戦刀】と【大盾】を生み出し、【光刃】をまとわせる。


「菌糸武器に【光刃】……」とハクオウ。「聞いていたとおり、汎用型の〝聖騎士〟の理想的なスタイルね。だけれど……わかっているわよね?」

「……そういうやつとはさんざん戦ってきた、でしょ?」

「ご名答。だから、私に勝ちたいなら、私の想像を上回ってみなさい」


 菌糸の糸のつながった指先をすっと軽く掲げると、【魔機女】の手からしゅるしゅると菌糸が生じ、武器を形づくっていく。人形が菌能を使えるのもタミコのリス分身などとは異なる点だ。愁の【阿修羅】のような「自分の手足の延長」的な感覚なのかもしれない。

 右側の【魔機女】は先端に刃のついた槍、【斧槍】。左側は細いレイピアのような剣を両手に一本ずつ、確か【尖剣】だ。

 傀儡が使う武器はミスリル製でなく自前の菌能なわけだ。そういう意味では微妙にレギュレーションを守りに行っている感がある。


 ともあれ――戦闘準備は万全のようだ。彼女の菌能は【魔機女】を含めてこの三つ、ウツキやギランが知らない隠し玉でもない限り、これで彼女の戦力はすべて出揃ったはずだ。


「さあ……始めましょうか。今宵の主役にふさわしい戦いをね」


 キリキリとミスリル片をこすれさせながら、二体の【魔機女】が武器を前に構える。

 対する愁は、【大盾】で半身を隠すようにして迎え撃つ構えだ。


「あら、今度は私のほうから仕掛けなさいって?」


 ふうう、と愁は大きく息を吐き出す。


「こっちもいろいろ準備してきたんで……まずはその成果をお披露目しようかと」


 伊達にイケブクロでギランとクレに揉まれてきていない(クレには本当の意味で揉まれる危機だった)。このときのための一対二の特訓だったのだ。


「……いいわ、乗ってあげる。ただし――」


 にたりと笑うハクオウが、糸のつながった指先をきゅっと引きつらせる。


「つまらないものだったらさっさと終わらせてしまうからね?」


 次の瞬間、二体の【魔機女】がはじかれたように駆け出す。

 瞬く間に愁との距離を詰め、その武器を目いっぱい振り上げて襲いかかる。


ハクオウ・マリア(42)

〝絡繰士〟 レベル78

菌能:【魔機女】【斧槍】【尖剣】

菌性:【高速形成】…硬菌糸や柔菌糸など「菌能でつくる菌糸の造形物」の形成速度を向上させる。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おーシシカバ姉妹だー再登場うれしいです 腕はどうなったのかな? [一言] アベシュータミコさんの仇を必ずとるのよー
[一言] アベシューが勝ったら、会場を揺るがす大ドーテーコールやろな……
[良い点] やれアベシュー!阿修羅バスターだ!
2020/01/19 01:25 退会済み
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