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幕間:〝越境旅団〟

「――ヘイヤさんのご依頼の件で、ひとまずご報告をと」


 スガモ市役所、市長執務室。

 シモヤナギ・ヘイヤの向かいのソファーに深々と座る男は、アユカワ・ダン。スガモ市の第二代市長だ。


 こうして向かい合っていると、シモヤナギとしては自分だけが倍ほど年をとったような気がしてくる。アユカワは今年で四十を迎えたとは思えないほど肌に艶があり、髪は黒々としている。体型だけは幾分ふっくらとしてきたが、元が病的に細かったのでむしろ健康的に見える程度だ。


 輪郭が丸みを帯びたことで、童顔ぶりがやや増した気がする。それが敏腕商人の鋭さと風格を備えた先代とは対照的で、市民に対する愛嬌や親近感として働いている(同時に脆さや頼りなさという風にも捉えられたりしているが)。


 シモヤナギがこの街に籍を移したのが二十年前。その頃からの付き合いであるこの弟分は、放蕩な兄貴分の無茶振りに真面目に対応してくれたようだ。あとで酒の一杯でも奢ってやらなければ。


「この一週間、伝手を当たって情報を集めてみましたが……答えはノーでした。〝越境旅団〟について、都庁政府・メトロ教団ともに、その存在について関知していないようです」

「……そうか。まあ、想定どおりだな」


 シモヤナギは背中からずるっと引っ張り出したものをテーブルに置く。


「スガモ中の古本屋を回って、ようやく一冊見つけたよ。半分くらいインクが薄れて読めなくなってたけどな」


 百ページほどの薄い本だ。〝実録! シン・トーキョー100年の闇① ~歴史の狭間に消し去られた20の真実~〟。表紙はモノクロ、装丁も粗く、いかにも安っぽい本だが、書かれている内容はかなりショッキングなものが多い。


「〝越境旅団〟……シン・トーキョーを囲む壁を越えて外界への脱出を目論む思想集団。同時に『壁への干渉』を三大禁忌の一つと定めた都庁政府とメトロ教団を打倒し、全〝糸繰りの民〟の解放を掲げる武装組織。いわば国家転覆を狙うテロリスト……になるはずだった」


 ページをめくると、いかにも古本らしいツンとしたにおいが漂う。中ほどを開いてアユカワのほうに向ける。


「同じ思想の下に集まった百名余りの構成員は、国の上層部に嗅ぎつけられ、本格的な破壊活動を開始する寸前で強襲部隊による粛清に遭った。その思想は一度として日の目を見ることもなく、人知れずひっそりと抹消された」


 アユカワが上体を起こして本を手にとる。ぺらぺらとページをめくり、そのにおいに一瞬顔をしかめる。


「僕もたまたま発売当時に目を通しましたけど……〝越境旅団〟は置いておいても、あまりにも荒唐無稽なガセネタが多すぎる。当時はネタとしてそこそこ話題になったけど、出版元にクレームが殺到して第二弾はおじゃんになったとか」

「そうだな、俺もガセだと思ってたよ」


 シモヤナギ自身、数年前に初めて読んだときはほとんどが眉唾だと鼻で笑ったものだ。歪んだ妄想と願望をごっちゃにしたとしか言えない二十のエピソードのどれ一つとして、ついこの間まで思い出すこともなかった――あのカーバンクル族のおチビの口から、「いとわじゅ」などという不可解なフレーズを聞くまでは。


「――『糸は呪縛、壁は縛牢』」


 アユカワの目元がぴくっと動く。シモヤナギは続ける。


「〝越境旅団〟が掲げたっていうスローガンだ。まるっきり狩人ギルドのパクリだが、この糸繰りの国のアンチテーゼみてえに聞こえるよな。その本の著者が適当書いたもんだと思ってたが……まさか実際にそんな妄言を吐くやつらが現れるとは」

「よく憶えてましたね。記憶力って年齢と反比例するものなのに」

「うっせーわ。若づくりしてっけどお前ももうおっさんだからな」


 このトンデモ本によれば、〝越境旅団〟はシン・トーキョー東部の自由民の集落に潜伏していたという。あのロリ年増の証言とも重なる部分がある。メトロの奥で暗躍する、なんらかの目的を持った無法者集団……幻のテロリスト集団と不確かな符号で結びつくのは偶然なのか。


「都庁も教団も、そいつらの存在も粛清の事実も認めてないってことだな?」

「そうですね……あくまでもタチの悪い無責任な都市伝説の一つだという認識のようです」

「ダンくんにはちょっと言いづらいが――」

「両組織による情報操作、隠蔽があったかどうか、ですよね」


 シモヤナギは苦笑交じりにうなずく。


「うーん……仮に粛清が事実だったとしても、それを隠蔽する理由がないですよね。国家転覆を企てるようなテロリストなら、むしろその鎮圧を公表することで、抑止力と盤石さをアピールするほうがメリットが大きいような気が」

「確かにな。あるいはなにか、そうできない理由があるのかもしれねえ」

「たとえば?」

「……いや、なんでも。んで、隠蔽の可能性は?」

「メグロの知り合いにこっそりさぐってもらったんですが、都庁のほうは白じゃないかと。わりと上のほうの人に話を聞けたらしいので、ソースとして信憑性はありそうです」

「教団のほうは?」

「……なんとも。教団上層部はとことん秘密主義ですからね。裏でなにをしていても不思議じゃない……とは大きな声では言えませんけど」

「同感だな。この国で最もうさんくせえ集団の一つだ」

「スガモ教会の人の前では絶対言わないでくださいね」


 国土の東側は、アキハバラに総本山を構える教団の影響力が強い。加えて教団には諜報部隊〝シロモグラ〟と粛清部隊〝クロミミズ〟という強力な影の実行部隊が存在する。それらの手にかかれば、小規模な自由民の集落くらい証拠も残さず消してみせるだろう。


「……ここまでだな」


 結局のところ、〝越境旅団〟の実在を裏づける情報も、都庁や教団との因縁も、なにも掴むことができなかった。

 やはり都市伝説や妄想の類にすぎないのだろうか。しかし、だとしたら、アベ・シュウたちが遭遇した集団は――。


「なんでしょうね……生き残りとか関係者? でなければ……その本を読んでかぶれたコピーキャットとか?」

「はっ、ずいぶんマニアックなとこに目ぇつけたもんだな。俺の勘違いのほうがまだ現実的だ」


 このトンデモ本には、〝越境旅団〟なるものの思想や真意についてはざっくりとしか触れられていない。この本を読んだだけでかぶれるようなやつがいるだろうか。


「いやでも、ヘイヤさんの勘って結構当たりますよね。物騒な方向性だと特に」


 この場合、褒め言葉でなく厄介者的なニュアンスも含まれている。シモヤナギは不満げに鼻を鳴らす。


「俺が一番危惧してんのは、〝越境旅団〟が実在した組織で、なおかつその残党やら遺志を継ぐやつらなんかが逆恨みで都知事と教祖を狙ってんじゃねえかってことだ。二人が一箇所にそろうなんざ、トーキョー暦百年の記念式典以来って話だろ? あまりにもタイミングよすぎる」

「当日は都知事閣下も深皇猊下も、数十人規模の護衛を伴うと。ギルド本部の方々も来られるし、スガモ支部のみなさんにも街の警備をお願いしていますし。そんな中で襲撃なんてできるでしょうか?」


 〝深皇〟とは教団教祖ショーモンの持つ教団最高位の称号だ。市長のような公的な立場ならともかく、教義に疎い一般市民は深皇も猊下呼びもあまり使わない。


「そりゃまあ、普通は無理だわな。なんせ護衛対象本人がこの国最強の化け物コンビだ」


 普通なら手を出すどころか近づくことさえ困難だ。そう、普通なら――。


「リクギメトロでの情報は、行政からもすでに共有済みです。その無法者集団にしても、魔人と関連があるという疑いにしても。訪問のとり止めにならなかったというのは、検討の上で問題ないと判断してのことなのでしょう」

「魔人の話になりゃ、御上はビビるもんだと思ってたけどな」


 〝眷属化〟したバフォメット。アベたちは黒い胞子嚢から魔人の〝眷属〟である可能性を指摘していたが、ギルド本部に照会したところによると「黒に近い色を持つ〝眷属〟個体は他にも数例報告されている」とのことで、直ちに魔人の関与を裏づけるものではないという。


 また、アベたちが遭遇した集団についても、スガモや生誕祭にちょっかいを出すという根拠はどこにもない。それらを鑑みて、都知事も教祖も訪問を回避する理由はないということか。


「あるいはまあ、見栄みてえなもんもあるんだろうが」

「存在が定かではない脅威に怯えるような姿を、国民や信徒に見せられないって?」

「それもあるけどよ、あの二人は戦友ってよりライバルみてえなもんなんだろ? つまり、チキンレースさ」


 それについてはアユカワはなにも言わず、曖昧に苦笑するだけだ。


「ともあれ、肝心なのは我々がどうするかです。市議会は当日の警備・警護の人員を増やすことを承諾してくれましたし、ギルドも可能な限り協力してくださるということで。なにも起こらないに越したことはないですが、なにかが起こっても万全の対応ができるよう、警備計画を煮詰めていきましょう」

「……そうだな。やるべきことをやるしかねえ……って柄じゃねえけどな」


 そいつらに限ったことではなく、これだけ大きな祭りともなれば、トラブルの種になるような有象無象は必ず寄ってくる。そういった手合をはじき、退けるのはこちら側の役目だ。


 御前試合に参戦するよりはマシだと引き受けた警備担当だが、祭りが終わるまではゆっくりできなそうだ。こうなったらめぼしい同僚を何人か買収か脅迫でもしてこき使うしかない。一緒に胃を悪くして痛い酒を飲もう。


「でも……ほんとにめんどくさかったら、こんな雲を掴むような話をがっつりさぐったりしないですよね?」


 皮肉めいた目で覗かれる。四十代にしてこういうイタズラっ子のような表情が様になる男はなかなかいない。


「ヘイヤさんは狩人よりこっち側が向いてますよ。この二十年、個人の利益や名声よりもこの街のためにやってきてくれた。そろそろメトロ通いも引退して、市の発展に手を貸してもらいたいですね」

「やだよ。俺はギルドの隅っこで安酒飲んでるときが一番幸せなんだ」

「じゃあ、今日はここで一杯付き合っていってくださいよ。難しい話はいったんここまでってことで」


 アユカワが席を立ち、壁際の書棚に向かう。本を数冊とり出すと、奥に琥珀色の液体の入った瓶とグラスがある。


「いいのかよ、市長が執務室で。バレたら市議会で吊し上げられんぞ」

「勤務時間外ですからね。うちはホワイトなんですよ、ススヤマさんも先に帰ってもらいましたし」


 実は先代市長も同じように酒を隠していて、シモヤナギも何度かご相伴に与った。アユカワもそれを知って真似したのだろうが、童顔で下戸のこの二代目には正直あまり似合わない。


「珍しいな、お前のほうから飲もうなんて」

「まあ……明るい話題もあるんでね」

「明るい話題?」

「はい、アベさんの件で」

「ああ、引き受けてくれたってな。あの黒ギャル性悪魔女との大一番」


 〝聖銀傀儡〟あるいは〝コマゴメの魔女〟、ハクオウ・マリア。隣町を代表するレジェンド狩人であり、シモヤナギも知らない仲ではない――どころか、人様にはちょっと言えない微妙な間柄だ。


 そして、十年ほど前に一度、「なんでもありルール」で決闘したこともある。彼女のほうが先に矛を収めたことで白黒はつかなかったが、内容で言えば完敗だった。あのまま続けていたら今頃ここでこうしていられたかどうか。思い出すだけでぶるっと震えが来る。


「こっちから頼んどいてなんだが、まさか受けてくれるとはな。大した根性だよ、俺には絶対真似できねえ」

「ただし、出場する条件として、勝ったら都知事閣下と深皇猊下に一対一で謁見したいと」

「おっ、それは初耳だな。なかなかぶっとんだ要求するじゃねえか、さすがはスガモが誇るゴールデンルーキーだ」


 建国の英雄にお目通り願うとは、薄い顔に似合わずなかなか野心家だ。

 ――いや、なにか別の思惑でもあるのだろうか。カイケが話を通したのであれば、悪だくみというわけでもないのだろうが。


「それで、都庁と教団にご相談していたんですが、先ほど正式な回答が来まして。ご両名とも承諾してくださいました。これで結びの一番も無事決定で、正直ほっとしました。閣下と猊下のお心遣いに感謝です」

「マジかよ……都知事はともかく、あの教祖もか」


 信徒や要人クラス以外との交流をほとんど見せない教祖が、いち狩人の面会をよく了承したものだ。都知事にしても、本人はともかく側近がよく許可したものだ。


「お二方とも、前途有望な人材に興味がおありなんでしょうね。二十八歳でレベル70到達ですから、ランキング上位入りも夢じゃないですしね」

「悪かったな、十九位止まりで」


 彼が面接にやってきたときはシモヤナギと同じレベル68だった。それがオウジから帰ってきた彼は二つもレベルアップしていた、この短期間であっさり越えられてしまったわけだ。


(そろそろ、つーかようやく)

(スガモ最強の看板を、他のやつに譲れるってもんか)


 柄ではないと思っていたし、もっと気楽にやりたかったというのが本音だ。年も年だし、ようやく肩の荷を下ろせそうだ。


 とはいえ、シモヤナギにもレジェンドの端くれとしてのちっぽけなプライドがある。タダでくれてやろうというのは先輩としてはあまりに無責任だろう。できれば彼自身の手で引導を渡してもらいたいものだ。


「ちなみに……ヘイヤさんの見立てで、勝ち目はあると思いますか?」

「そうだな……レベルも経験も技術も能力も、圧倒的にあのクソ魔女が上だ。贔屓目なしで、十回やって一回、引き分けに持っていけるかどうかってとこだな」


 アベはオーソドックスな菌能構成の〝聖騎士〟だ。どんな状況でも安定して力を発揮できる分、意外性は少ない。そして百戦錬磨の〝聖銀傀儡〟は、そういった手合を嫌というほど蹴散らしてきた。

 はっきり言って勝ち目はないだろう――もっとも、アベに隠し玉がなければの話だが。


「そうですか……厳しい戦いになりそうですね」

「コマゴメ市長のドヤ顔が目に浮かぶな」


 人口でも経済規模でも、今やスガモはコマゴメの上を行っている。一方で数少ない長所である所属狩人の屈強さを、あの豚オヤジことコマゴメ市長は必要以上にひけらかしてくる。スガモ支部最強を与る身としては面目ないが、実力差は如何ともしがたいのだ。


 アベ・シュウにそういった期待まで背負わせるのはお門違いというものではあるが、シモヤナギ個人としてもあの傲慢ちきな黒ギャル魔女の鼻がへし折られる奇跡を願わずにはいられない。


「いえいえ、それでも引き受けてくれただけで感謝です。つくづくアベさんがスガモに来てくれてよかったですよ。市長としても、娘の命を救ってもらった一人の親としても」

「ハグミちゃんの命の恩人だもんな」

「ええ、本当に……」


 アユカワの娘・ハグミは幼少期から治療困難な難病〝菌糸硬化症〟を患っていた。その治療にはユニコーンの角が必要になり、シモヤナギもそれを求めて各地のメトロに潜ってきたが、今や幻の珍獣と呼ばれるだけあって一度もその姿を拝むことすらできなかった。


 なのに――突然現れたあのルーキーが、偶然それを持っていたというのだ。まだ公表はされていないが、そうしてスガモ市民の悲願はあっさりと叶えられてしまった。

 つくづく規格外の男だ。まるで大昔の冒険小説の主人公のようだ。


「申し訳ないことに、まだ直接お礼を言えていないんです。ノマグチ先生が言うには、前夜祭までにはほぼ完治まで行けるだろう、外出もできるようになるということで……そのときに娘を連れて改めてお礼に伺おうと思っています。娘も命の恩人の応援ができれば嬉しいでしょうしね」

「だな。あの童貞くんも可愛い女の子の声援で元気百倍ってもんだろうさ」

「そうですね……え、童……え?」


 シモヤナギはウイスキーをグラスに数センチ注ぎ、軽く打ち合わせてから口に運ぶ。


「俺らおっさんも負けてらんねえな」

「そうですね。祭りまであと十日と少し……我々にできることをやりましょう」


 舐めるようにほんの少し呷ると、濃厚な香りが鼻を抜け、痺れるような熱が喉を灼く。アユカワのほうは「ぐうっ!」と悶絶している。さすがに下戸の口にストレートはきつかったようだ。


全編に渡っておっさん同士の会話に終始するサービス回。

しかたなかったんや……必要だったんや……。


次回は愁たちのお話に戻ります。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、これがおっさん尽くしか!(錯乱) アベシューの相手ヤバそうですねぇ。
[一言] ?「リス成分が足らないりす!罰としてドングリをプリティーキュートなたみこちゃんに上納するりす!」
[一言] アンチテーゼやコピーキャットって普段は絶対使わないような言葉が今の世界に残ってることに驚きです
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