端書き1
それは、清歌さんに頼まれた雑務を片付け終え、報告のために彼女の部屋を訪ねようとした時だった。
「智良、姫奏に会ったってホントなの!?」
珍しいことだ、と私は素直に思った。普段は大人しい清歌さんがこんな怒声を張り上げるなんて。それにお姉ちゃんに会ったって? 私は好奇心を膨らませながら引き戸を開けて、部屋に入ったのだった。
私の名前は五行椿姫。姫奏お姉ちゃんの妹で、現在、高等部の一年生。中学時代は他の女子校に通っていたけど、お姉ちゃんのススメで星花女子学園の菊花寮に移ったんだ。
お姉ちゃんの恋人である御津清歌さんは元生徒会長さん。先月、引退したばかりだけど、新しく会長になった後輩のサポートもあってあまりゆっくりできないらしく、生徒会に所属していない私にも仕事を振ってくる。といっても、そんなに面倒な仕事は来ず、たぶん恋人の妹として、私と繋がりを持つ口実が欲しかったのだと思う。
部屋には清歌さんと智良さんしかいなかった。入浴後だから二人とも備えつけの浴衣であり(風呂上りにもかかわらず、智良さんは褐色の髪をツインテールにしていた)、私の姿に気づいて、清歌さんは表情を改めて私の報告を聞いてくれた。
「ごめんね。夜遅くまで仕事押し付けちゃって。疲れたでしょ? 部屋に戻っても大丈夫だから」
「ありがとうございます。ところで、お姉ちゃんが来たというのは……」
「ああ、そのことなんだけどね……」
清歌さんの視線が智良さんに向かい、私もそれに合わせることにした。
理純智良さんはお姉ちゃんと清歌さんのファンクラブのまとめ役を担っており、清歌さんの仕事も影ながらちょくちょく手伝っているとか。しがらみを嫌って生徒会に所属してない点が、私に親近感をおぼえさせた。
智良さんの話によれば、りんりん学校で臨時に参加者が一人増えてしまったことを報告しに来たらしく、その最中にお姉ちゃんの話題が出てきたとか。お姉ちゃんは確か、他家のメイドさんと一緒に別荘に向かうとは聞いてたけど、緊急に参入した生徒がまさかのそのメイドさんであるらしく、私は普通に面食らってしまった。
だけど、清歌さんはメイドさん関連の報告が遅れたことよりお姉ちゃんに会えなかったことに対しておかんむりみたい。私がいるのも忘れて、智良さんに声を荒くさせた。
「なんで、そんな大事なことをすぐ話してくれなかったの!? 言ってくれれば、こっそり会えたかもしれないのに……」
「遅くなったのは悪かったけどさ。あの時はメイドっ子を送るので頭いっぱいだったし、こっちだって周りの都合に合わせる必要があったっての。だいたい、りんりん学校が終われば、どーせ清歌は五行先輩とイチャイチャしまくるだろうし……」
「帰ったら受験に備えて姫奏とみっちりお勉強タイムなの! イチャイチャなんかしてられないよう! せっかく、姫奏としっとりムードに浸れるチャンスだったのに……ああ、もう、姫奏に会いたいよう……」
清歌さんは盛大にわめくと、そのまま布団にぺたりと膝をついていじけてしまった。先輩相手に「可愛い……」と思うのはどうかと思うけど、実際しょんぼりする姿はとてもいじらしく見えた。お姉ちゃんも、清歌さんのこんなところに惹かれたのかな。
まあ、とにかく、清歌さんを立ち直らせる必要はありそうだった。智良さんも同じことを思っていたようで、困った顔で頬をかいている。
「あー、なんていうか、その、悪かったって清歌。報告が遅れたのは事実なわけだし。ちょっとした償いならできると思うし」
「ほんと……じゃあ、そこに座って」
そこに座れ、と聞くと正座させてお説教を食らわせる構図しか、私には想像ができなかった。智良さんも同じことを考えていたようで、渋い顔で膝を折ろうとしたが、清歌さんは首を振った。
「足をこっちに向けて座ってほしいの。マッサージの実験台になってもらいたいから」
「ああ、なんだ。そんなことか」
露骨に嬉しそうな智良さん。もっと無理難題を要求されると思ったのだろうが、マッサージくらいなら快く受けてやろうと顔に書いてある。
小さく綺麗な足の裏を突き出し、清歌さんがそこに指を押す。
それこそが、地獄の始まりだった。
「…………ぎあ、ひ、ひぎィっ!?」
「何よ、まだちょっとしか押してないじゃないッ」
奇声を上げて、智良さんがのけぞった。おおよそマッサージに出るとは思えない声に、私もつい怯んでしまった。
このとき、私はどんな顔で清歌さんを見てたのだろう。視線に気づいて、ツボを刺激させながら清歌さんが私に振り返った。
「私たちには決して面には出さないだろうけど、姫奏だって大学生活で疲れ切ってるはずだからね。だから、私にできることをしようと思ってマッサージを学ぶことをしたの」
「そ、それをお姉ちゃんに試すんですか?」
私の声は裏返ってしまった。お姉ちゃんを殺す気ですか、とはさすがに口にできなかったが、鏡が近くにないから表情に出てしまっているかは定かではない。
清歌さんは安心させるように私に笑いかけてくれた。正直、安心できたかどうかは微妙だ。
「大丈夫だって。ちゃんと本で勉強したもん。智良の反応がちょっと大袈裟すぎるだけ」
「い、いや、五行先輩にやったら確実に昇天……んひぃぃっ!?」
智良さんの声も本来のものから大きくかけ離れつつあった。ここまでくると清歌さんが憎しみのあまりにわざとやっているとしか思えなかったが、喉が渇いて声も出ず、清歌さんが小休止を入れるまでなりゆきを見守るしかなかった。ごめんなさい、智良さん……。
ようやく人心地着いた時には、智良さんは汗だくになって大の字。ぜえぜえと息を吐いているところに、清歌さんの呆れた声が降りかかった。
「んもう、へばるの早すぎ。次は腰のマッサージの練習台になってもらうから。ほら、浴衣脱いでうつぶせになって」
「ふぁっ!? なんで脱ぐ必要があるのさ!?」
大の字になったまま宙に浮くかと思われた、智良さんの驚きようである。私もドキッとなったが、清歌さんは気にした様子もない。
「だって浴衣の上からじゃツボの位置分かりづらいし……別に智良はいつもおぱんつを見せびらかしてるんだから今さら恥ずかしくないでしょ?」
「さ、さすがに恥ずかしいわ! せめて服の上からにしろっての!」
盛大な墓穴を掘ったことに智良さんはすぐに気づいた。思わず手で自分の口を塞いだが、もう遅い。あーあ……。
もちろん清歌さんは、智良さんの失言を見逃さなかった。
「ふうん、浴衣の上からならいいんだ? わかったよ。不本意だけど、それで妥協してあげる」
「は、謀ったなあ清歌!」
「謀ったというか、智良が勝手に自滅しただけでしょ。ほら自分の言葉に責任持ってよ」
智良さんの態度は、もはや自己責任とは無縁のものだった。大の字からごろりと転がって床に這うと、ほふく前進で清歌さんから逃れようとしつつ、私に手を差し伸べてきた。
「つ、椿姫、助けてくれぇ!」
「わ、私ですかぁ!?」
無理言わないでください! 代わりに私が清歌さんのマッサージの実験台にされたりしたら、お姉ちゃんに言いつけて智良さんのことを貞操ごとひどい目に遭わせますからねッ。
そのようなことを0.2秒で思案した時だった。清歌さんが小さく跳び、智良さんの腰にまたがったのは。手には浴衣の帯が握られていて、返答いかんではいつでも引っ張ることができるという状態だ。
「早くして」
私も智良さんも凍りついた。清歌さんのこの一声にはそれだけの力があった。声だけでない。ちらりと覗かせた気迫も段違いだ。恐ろしかったけど、同時に引き込まれるような魅力があった。お姉ちゃんも清歌さんのこの表情を見て惚れ込んだのもあるかな……?
「今逃げたら、後で私と姫奏でサンドイッチの具材にするからね。覚悟して」
正直、この時の清歌さんの脅し文句の意味が私にはサッパリ分からなかったけど、智良さんの顔が赤と青の紫色になっているのを見ると、相当怖い罰なのだろう。
智良さんの抵抗がやんだ。
「わ、わかった。協力する……。だから、どうか、お手柔らかに……」
「最初からそうしてるじゃない。智良って、意外と身体の中がボロボロなんじゃないの? 見た目に反して」
ぼやきつつ、清歌さんは智良さんを布団に乗せ、第二ラウンドを始めた。予想通りの展開だった。智良さんは半泣きの声で「ぎぶ! ぎぶ!」と繰り返し、清歌さんはそれに構わず、肩から腰、脚の裏側まで、マッサージという名の、何か違うものを実行し続けていた。はたから見ると、プロレスをやっているようにしか見えない。
私はこっそりと二人の修羅場から辞したが、後日、清歌さんから聞いた話では、あの部屋で行われた『悲鳴と嬌声の夜』は、智良さんの浴衣がはだけ、失神同然の勢いで寝落ちするまで続いていたみたいだった。
【一週間後】
「清歌が私のためにマッサージしてくれたのよ! すっごく気持ち良くて、思わず血も滾っちゃった。椿姫も試しにやってもらったらどうかしら?」
「こ、心から遠慮したいな……」
ゲストの五行椿姫さんは星花女子プロジェクト第9弾の五月雨葉月様(ID700661)考案キャラです。五行姫奏元会長の妹にあたります。
登場作品『好きになるってどういうこと?(https://ncode.syosetu.com/n8127gf/)』