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 あれだけ賑やかだった大部屋の中も夜がふけると、大勢の人がいるとは信じられないくらい静まり返っています。

 かすかな寝息と寝相で毛布が擦れる音だけが場を浸す中、私だけは起きていました。眠かったのですが、眠るわけにはいかなかったのです。


 皆が完全に寝静まった頃合いを狙って、私は、雫ちゃんの布団に夜這いをすると決めたのですから。


 私の布団は雫ちゃんの近くに配置されました。それが生徒たちの希望であり、私の希望でもあったからです。不服そうだったのは雫ちゃんくらいのものでしょう。


 誰にもさとられずに雫ちゃんの毛布に潜り込むことはたやすいように思えました。ですが、自分でもビックリするくらいの大胆な所行をおこなうということは、どうしても勇気のいることでした。ゴクリと唾を飲んだまましばらく固まり、ようやく自分の布団から出たときには、すでに多くの時間を無駄にしてしまっていました。

 

 大型のエアコンがちょうど良い温度でそよ吹いていたため、八月だというのに汗ばんだ肌に冷え込みをおぼえました。ですが雫ちゃんの布団の侵入に成功したときには、その汗が残らず沸騰しそうなくらい身体がほてってしまいました。


(し、雫ちゃんの寝顔が、すぐ目の前に……)


 雫ちゃんの寝顔は今までのイザコザを忘れてしまったかのような清らかなものでした。私は思わず見入ってしまいましたが、慌てて我に帰ると、すっかり困り果ててしまいました。


 布団に潜り込んだのはいいですが、その後どうするべきか、私はまったく考えていなかったのです。


 無理に起こしてしまったら雫ちゃんに申し訳ありませんし、だからといってこのままでは、事態は何も進展しません。仲がこじれたまま、姫奏様のもとに戻るなんて考えられません。


 そのときです。目の前の雫ちゃんがもぞもぞと動き出したのは。寝ぼけたように身じろぎをし、私にくっつきます。私の存在は認知されていないようです。


 寝ぼけたまま、雫ちゃんは手を伸ばしました。私はしゃっくりをするような反応をしました。雫ちゃんの手は浴衣のえりの中へ滑り込み、私の胸に触れたからです。


「あの、雫ちゃ……っ」


 私は焦りました。なにぶんブラを着けていないため、雫ちゃんの手の感触がダイレクトにつながるのです。幸い今は手を乗せているだけに過ぎませんが、いつ変化が訪れるかわかりません。


 やがて、雫ちゃんの唇がもごもごと動き出しました。


「んんぅ〜……『むにえる』……むにゃむにゃ」


 私は思わず面食らいました。どうしてここで食べ物の名前が出てくるのか不思議でしょうがなかったのですが、もしかしたら私のお胸の質感のことを指しているのでしょうか。どうやら「くしくし」や「きせきせ」に続く新たな用語が誕生したようです。


 とはいえ、さすがにこれ以上雫ちゃんの好きにさせるわけにはいきません。肩を揺さぶって起こします。


「雫ちゃん、起きてください。起きて……」


「ん……」という愛らしい息遣いと共に長いまつげが揺れ、雫ちゃんの瞳が半円状態で開かれます。そして目の前に私がいることに気がつくと、半円の瞳がまん丸に見開かれました。


「しょーちゃん! どーして……むぐッ」

「声を抑えてください。周りが起きてしまいます」


 手のひらに雫ちゃんの熱い息が当たってくすぐったいです。雫ちゃんが大人しくなると、私は手を離して小さく呼びかけました。


「驚かせてごめんなさい。雫ちゃんとどうしても一緒に寝たくて……あの、その手を離していただけますか」

「ん? ……ああ、いつの間に! なんかいい気分だなあと思ってたらそういうことかあ〜」


 いい気分と言われても私は反応に困ってしまいますが、とりあえず雫ちゃんは『むにえる』状態の手を離してくださいました。


「……それで、どうしてしょーちゃんはしずくと一緒に寝たいの? だって、しずくたち……」

「私の態度を気にしておられるなら、今すぐここで謝らせてください。私の身勝手な言葉で雫ちゃんを傷つけて、ほんとうに、ごめん、なさ……っ」

「しょーちゃん……」


 想いを語るうちに、私はこらえることができなくなってしまいました。頭がぐらぐらと熱くなり、雫ちゃんのビックリした顔が滲んで見えなくなりました。私は雫ちゃんのパジャマにしがみつき、許しを乞いました。


「私……雫ちゃんのことを誤解してました。一人じゃ何もできなくて、笑里様に呆れられ続けるだけの女の子だと、ずっと思ってたんです。星流様のような一人前の方にするために、私がしっかり雫ちゃんを管理しなければいけないと、それしか頭になかったのです」

「しょーちゃん……」

「でも、今夜の雫ちゃんの活動を見てわかりました。雫ちゃんは本当は一人でもちゃんとできる子だと。そのうえで私に甘えてきてくれているのだと。もしかしたら、私がいないほうがかえって成長できるのかもしれませんが、それでも、私は……」

「そんなのやだよう!!」


 可能な限り声をひそめて雫ちゃんが叫びます。その声に涙を帯びていることが私にはわかりました。


「しょーちゃんと一緒にいられないなら、しずくは成長なんかしなくていい! しずくはしょーちゃんが好きなの!! いっぱいいっぱい甘えたいの……っ」


 雫ちゃんも限界でした。しゃくり声を上げる彼女を私は思い切り抱きしめました。雫ちゃんの身体を引き寄せて、頭から『むにえる』させるかたちとなりました。

 私は雫ちゃんの髪を優しくさすりました。


「これからも雫ちゃんの傍にいさせてください。そして、メイドではなくて友だちとしてあなたに甘えさせてください……」

「うん……ぐずっ……しょーちゃん、すき……だいすきッ……」


   ◇


 翌朝、私は雫ちゃんと同時に、同じ布団から起き上がりました。同室の子たちはビックリしていましたが、すぐにひゅーひゅーとからかいまじりの祝福が飛び交いました。

 私は洗濯に出してもらった下着に穿きかえ、メイド服を着込んで雫ちゃんと約束しました。


「寮に戻ったらおいしいご馳走を一緒に食べましょうね」


 雫ちゃんは快諾し、先生からの特別許可のもと、私を森の外までついていくことになりました。昨日はあれだけおぞましかった森も、今はこの上ない清々しさを感じます。


 ようやく道路に出て、雫ちゃんと別れると、数分後に姫奏様の車がやって来ました。そそくさと乗り込むと、姫奏様が嬉しそうに問いかけてきます。


「顔を見る限り、成果は上々のようね」

「姫奏様のアドバイスのおかげです」


 雫ちゃんは翌朝私が目を覚ますまで『むにえる』を手放さなかったのです。


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