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6ページ目

 五分ほど歩き、私は初めてりんりん学校の宿泊施設を訪ねました。案内役を果たした智良先輩と入り口で別れ、気まずい思いをしながら建物の中へ入っていきます。


 大半の生徒はまだ肝試しを堪能中ですが、建物内に残っている生徒も少なからずいました。その一人がクラスメイトの板隷いたれいつくし様でした。


「うへぇっ!? 晶、なんでメイド服なんか来ちゃってるの?」


 つくし様は自宅生だから私が寮でメイド服で過ごしていることを知らなかった模様です。他の自宅生の方々もメイド服の私を見て驚いておられます。


 興味津々のていで、つくし様が私のメイド服をじろじろと眺め回しました。


「で? で? どうしてメイド服なの? 晶の性癖?  雫の趣味? そんな格好で夜な夜な一体ナニをクリ広げてるわけさ?」

「あ、あの、つくし様ッ、私は先生とお話しなくてはなりませんので……」


 半ば強引につくし様の質問責めをやり過ごすと、雫ちゃんを連れたまま私は担任の先生のもとへご報告に参りました。雫ちゃんを抑制できる人が来てくれたということで、先生は半泣き状態で感謝し、今晩ここに泊まることを喜んで許可してくださいました。今は見る影もありませんが、雫ちゃん、一体どんなワガママ三昧に及んだのでしょう……。


 ホッとしたのは先生だけではありませんでした。雫ちゃんのお姉様である笑里えり様が私の来訪を聞いてやってきたのです。


「いやー、なんで晶がここにいるかわかんないけど、助かったわ。雫を何とかしてくれーって、こっちにまでお鉢が回って来たもんだから」

「どうもお手数をおかけいたしまして……」

「晶が謝ることじゃないって。にしても、雫、どうしたよ? さんざん『しょーちゃんにあいたいよー!』と泣き喚いていたくせに」

「べつに……なんでもないもん」

「なんでもないって顔かい。……ははーん、さては晶にも派手に叱られたのね? でも、あんたもいい加減ワガママ自重しないと、晶にまで本気で見捨てられちゃうかもよ?」

「だから、なんでもないって言ってるもん!!」


 雫ちゃんがついに怒りを爆殺させてしまいました。私も笑里様も呆気に取られ、泣きながら廊下を駆けだす彼女の背中を呆然と見送ることしかできないようです。


 やがて気まずい沈黙が降りると、私は改めて笑里様に頭を下げました。「くどい」と言われそうですが、この時ばかりは引き下がれませんでした。


「……笑里様、本当に申し訳ありませんでした」

「いや、まあ……とにかく雫のことは頼むわ」


 笑里様と別れると、私は雫ちゃんを探しました。目撃者の話をもとに、私は中等部の大部屋へ足を運びます。クラスごとに分けられているわけではなく、生徒たちが自由に寝る場所を決めているようです。雫ちゃんはちょうど着替えを持って大部屋の一つから出ようとしたところでした。おそらく大浴場に向かうつもりでしょう。


 さて、ここで私は困ってしまいました。私は夕食を済ませましたが入浴はまだでしたので、今晩はここで身体を清めるしかないのですが、私の着替え等はすべて五行家の別邸に置いてきてしまったのです。今から姫奏様に取りに来てもらうのは気が引けますし、自分から森の夜道を進むのは……どうしても身体が震えてしまいます。


 担任の先生に相談したところ、備え付けの浴衣は自由に使ってもいいそうで、ショーツもタオルも備蓄してあったのを貸し出してくださいました。ただ、ブラジャーだけは私のサイズに合うものを用意できないそうでした。


「ま、まあ、浴衣を着るときってブラ着けないことが多いからって聞くし」


 苦し紛れのフォローですが、精一杯の便宜を図ってくれたことはわかりましたので、素直に礼を述べて、一式を借りて脱衣所へ向かいました。

 メイド服も下着もすべて脱ぎ捨て、先に大浴場に入ったと思われる雫ちゃんの姿を目で追って……あ、いた。


 雫ちゃんは風呂椅子に座りながら身体を洗っていました。泡立てたボディタオルで丁寧に身体をこすりつけるのを見ると「なんだ、一人でもできるじゃない」と思ってしまいます。桜花寮では頻繁に「あわあわ」を希望されてましたから。


 私はそっと雫ちゃんに近寄って、隣の風呂椅子に腰を下ろしました。雫ちゃんはすぐに私に気づいたようですが、意図的に無視するかたちで量の多い黒髪を洗い始めます。こちらも丁寧にシャンプーを泡立てていて、私が忠告を挟む隙が見当たりません。


 私は雫ちゃんの横顔を眺めて、しばらく呼吸を忘れてました。今まで可愛いとしか思ってこなかった雫ちゃんが初めて美しいと感じたのです。真顔を浮かべた雫ちゃんの横顔には、女優であるお母様の面影が確かにうかがえました。


 私はぼーっと風呂椅子に座り込んでいて、いつの間にか雫ちゃんの姿が消えていました。いなくなるのが気づかないくらい、私は彼女に見惚れていたのでしょうか? それとも、あの雫ちゃんは私が見たただの夢……? いけない、だいぶのぼせてきたようです。


 一人取り残された私は機械的な動きで身を清めて湯浴みを済ませると、大浴場を出て浴衣に着替えました。着こなしは未経験ではないため問題ありませんでしたが、ブラジャーを着けないというのは、こ、ここまで落ち着かないものなのですね。


 その羞恥心を払う意味もこめて、私は雫ちゃんが一人で身体を洗えたことを記録しようと考えました。会うつもりはなかったから雫ちゃんとの約束ノートは寮部屋に置いてきてしまったので、知り合いからルーズリーフを何枚かいただき、休憩所に設置されたテーブルで内容をしたためました。


『8月✖︎日

メイド同士の交流期間のあいだで、まさかの雫ちゃんと再会。わだかまりは残っている状態ですが、どうやら雫ちゃんは一人でもやることはやれるようです。今までずっと私が雫ちゃんに気を遣っていたと思いましたが、もしかしたら雫ちゃんも私に気をかけてくださったのかもしれません。いずれにせよ、雫ちゃんには夢に向かうための力が最初から備わっていたのです。まるで、そう……』


 私の支えなど最初から必要なかったくらいに。


「…………っ」


 とたん、私の目頭がショートしてしまいました。こみ上がる熱いものを抑えようとしましたが、無意味な抵抗でした。


「……ぅ、ぐすっ、いやだ……いやですっ……しずくちゃん、そんなの、やぁ……っ」


 涙がぽろぽろとこぼれ、書いた文字を滲ませていきます。ルーズリーフの上に突っ伏して、声を押し殺して泣き続けました。


 気が済むまで泣いて、ようやく私は顔を上げました。目が赤く腫れようが、ルーズリーフの跡が顔についてようが気になりません。ルーズリーフの乾いた部分を破り取り、私は願いをこめるかたちで、短く、こう綴りました。


『私は、雫ちゃんに甘えたい……』


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