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危険がないとわかっていても、夜の森を進むのはかなりの緊張を有しました。
懐中電灯をあちこちに向けながら、メイド服に包まれた身体をぷるぷる震わせている情けない少女は私こと、築島晶。その私に対して、お仕えする相手である五行姫奏様は優しく、それでいて、からかうような笑みを向けていました。
「うふふ。これだけ怯えてくれると仕掛けた側も頑張った甲斐があったというものね」
「そ、そうですね……」
姫奏様は暗い森も何のそのといった様子で悠然と私の隣を歩いております。普段から美しい姫奏様ですが、私がこのようなへっぴり腰の有様なので、なおさら頼もしく思えてきます。
だが、しばらく歩いて姫奏様はふと真顔になられました。
「でも、問題は肝試しでない子たちと出会ってしまうことね。『悲鳴と嬌声の夜』はまだまだ現役のはずだから。もし見てしまったら、お互い気まずい状態になっちゃうからね」
「た、確かにそうですね……」
声が上ずっていたことでしょう。おかしな声と後で笑われるかもしれませんが、このとき私は姫奏様と話をしなくては心の安定をとても保っていられなかったのです。本当は姫奏様の顔をずっと見ていたかったのですが、メイドとして仕えている相手に失礼はできないと思いまして断念いたしました。
(ああ、せめて建物の明かりが見えてくだされば……)
神に祈りながら、私は獣道に懐中電灯の光を当てました。
誰が呼んだか『りんりん学校』、生徒たちの宿舎(と言ってもホテルに近いつくりですが)は森の中にあると姫奏様からうかがいました。そう言えば、雫ちゃんも今夜はその場所に泊っておられるはず。私のいない中で、他のクラスの子たちとうまくやれているのでしょうか……?
不安の一しずくが胸中に落ちたとき、私はふいに足を止めてしまいました。ライトが明らかに自然のものでない何かをとらえたのです。
「ひ、っ…………!」
私は懐中電灯を取り落としました。無意識に両手で姫奏様の腕を掴んでいると、その姫奏様は「あら」と実に楽しそうなお声で拾い上げた懐中電灯で『それ』を照らし出しました。
それは、茂みからはみ出した少女の下半身だったのです!
雫ちゃんが好みそうな黒のニーハイソックスに包まれたおみ足に、赤と黒のタータンチェックのプリーツミニスカート。まあ、そこまではいいのですが、お尻が持ち上げられたせいで、純白のお、おぱ、が露わになっておりまして……。
(ああ、なんておいたわしい。このような格好で天に召されては死んでも死にきれないでしょうに……)
せめて、スカートだけでも直して差し上げなければ。でも、直した瞬間に私も茂みの中に引きずり込まれてしまったらと思うと、手が姫奏様の腕から離れようとしてくれません。まったく、情けない……。
私に腕をつかまれながら、姫奏様はむしろ楽しげに、そのお尻に声をかけています。
「こんなところで寝ていたらおぱんつの亡霊に攫われちゃうわよ。智良」
「ごーーーーーーーーーっ!?」
凄まじい絶叫とともに白いおぱん、の方が茂みから上半身を出しました。あまりの音に私、悲鳴を上げてしまったかもしれません。
「ご、ごご五行先輩!? どど、どうしてここに……」
現れた御方は小柄で、淡い褐色のツインテールをしておりました。気が強そうではありますが可愛らしい方で、雫ちゃんと共にアイドルになればいいコンビになれるかもしれません。ともあれ、亡霊でなかったようでよかった。私は姫奏様の腕から離れました。
その姫奏様が茂みから現れた彼女のことを紹介してくださいます。
「そこのおぱんつ丸出し少女は理純智良というの。こう見えても高等部二年の服飾科で、貴重な私の友人の一人でもあるのよ」
高等部!
私は自分の認識の甘さを思い知りました。雫ちゃんとちょっと似てたから、てっきり同学年かちょっと上だと勝手に思っていたのですが、ああ、心の中だけとはいえ、先輩になんて失礼なことを……。
その智良様は髪についた木の葉を払い落としながら、姫奏様にぼやいておられます。
「貴重な友人って言うなら、『こう見えても』とかは余計じゃんか……」
「あら、だって『おぱんつ見せつけて女子を恥じらわせるのが生きがい』なんて子、そうそう見かけないわよ。じゅうぶん貴重といえるじゃない」
「貴重ってそういう意味!?」
驚くべきことに、元生徒会長様に対してタメ口です。それほど親しい間柄ということなのでしょうか。ただ、姫奏様ファンに聞かれてしまったら色々問題のような。
「彼女なら問題ないわ。智良は、私と清歌を見守る会の名誉会長を勤めてくれているのだから」
「好きでしてるんじゃない! マノンに押し付けられたんだッ」
マノン様と言えば、こちらの五行姫奏様の親友で、彼女の懐刀として名の知れた副会長の河瀬マノン様以外あり得ないはず。屈指の切れ者と謳われたマノン様に、智良様はファンクラブを託されたのでしょうか。もしかしたら智良様は、見た目よりもずっとすごい方なのかも……。
「智良はマノンの恋人なの。私と清歌が恋人どうしであるようにね。もともと私と清歌のファンクラブは別々にあったのだけど、私たちが結ばれたことをきっかけにマノンが二つを統合。卒業後に運用ノウハウを智良に叩き込んだというわけ」
「おかげで時間が全然なくなった! このりんりん学校だって清歌から色々頼まれてるし。ったく、私は生徒会でも何でもないってのに……」
それでも、ぼやきつつ彼女の手伝いをするところに、智良様の人の良さがあるように感じられました。姫奏様は清歌様から定期的に星花女子学園の情報を受けており、智良様は生徒会に属していないものの影ながら清歌様をサポートし、いつしか『会長の隠しナイフ』と評価されているとかいないとか。
絶賛された智良は、褒められ慣れていないのか頬を赤らめ、半ば強引に話題を変えてきました。
「……っていうか、そんな話をしてる場合じゃない! 今ここは星花の肝試しの最中だ。部外者はお断りだっての!」
「あら、清歌とこっそり会わせてはくれないのかしら?」
「涼しい顔で無茶な注文しやがって……。さすがに今は無理だろ。運営の中心として色々やり取りしてるみたいだし」
「あら、忙しい清歌を差し置いて、あなたはおぱんつ丸出しで悦に浸っていたというの?」
「ぐっ……だ、だって、最近はあたしのラッキースケベに耐性のできた生徒が増えまくって欲求不満と言うか、この暗がりの中ならムードもあるし、いい反応をしてくれるかもしれないし……」
「あらムラムラしてたの? ダメよ定期的に発散しなくちゃ。私だって、このりんりん学校が終われば清歌の全身がひくつく勢いで交わりを……」
「わーっ! わーっ! そんな恥ずかしい話、メイドがいるところでするなって……」
騒いでから、智良様は初めて私の存在を認知されたご様子です。姫奏様は五行家のご令嬢ですから付き人がいるのは珍しくないかもしれませんが、私のような幼いメイドであれば、気になさるのも無理はないでしょう。智良様が同情した様子で話しかけてくださりました。
「あんたは新人か? この元会長さんのもとに付くと色々大変だぞ。清歌とのあんなことやこんなことの話など聞かされて、恥じらう様子を楽しむような先輩なんだから」
「おぱんつ見せたがる痴女に言われてもね……。ついでに言うと、晶は別の家から期間限定で私にお仕えしているだけだから」
ここで私は、自己紹介の必要性を感じて一礼します。
「申し遅れました。私は築島晶と申します。星花女子学園の中等部一年で、桜花寮に属しています。校内で再びお会いするときはどうかよしなにお願いいたします。智良様」
「ちらさまぁ?」
彼女は面食らったご様子。雫ちゃんのお姉様の、奥歯にものが引っかかったような笑みを私は思い起こしました。姫奏様が苦笑しながら場をとりなしてくださいました。
「智良先輩くらいで丁度いいんじゃないかしら? 普段先輩として崇められてないから、丁重に言うだけで彼女は何でも言うことを聞いてくれるかもしれないわ」
「だーかーらー、余計なことはいちいち言わなくていいっての!」
智良さ……先輩は声を尖らせましたが、本気で怒っているわけでないことは明白で、今いる場所も忘れて私はお二人の先輩のやり取りにほっこりとしたものです。
次の瞬間までは。
「うわああぁぁああぁぁんッ!」
悲鳴か嬌声かと言えば、間違いなく悲鳴の叫びでした。条件反射で私は身を固くし、姫奏様も智良先輩もその声量に呆気にとられています。
「……あらあら、こんな声を出したらお楽しみ中の子もびっくりして熱が冷めちゃうんじゃないかしら。お気の毒にね」
「お化け冥利に尽きると言いたいところだが……あんな泣き叫ぶような仕掛けなんか用意したっけかな」
そのようなことを話しているうちに、駆け足の音がこちらに近づいてくるのがわかります。私は胸が騒ぎました。一体何がやってくるのだろう、そう恐怖したのではありませんでした、この時は。この悲鳴の主に心当たりがあり、その方と会えることに対して緊張が抑えられなかったのです。
そして、その人物が姿を現した瞬間、私の疑惑は確信に変わりました。
「……雫ちゃん!?」