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「ええーっ! しょーちゃん、りんりん学校でれないのーっ!?」

「本当に申し訳ありません、雫ちゃん……」


 終業式が終わった後の寮部屋で、私は雫ちゃんに平謝りをしました。


 明日から夏休み。冷房を効かせた部屋で私は背中に冷や汗を滲ませています。雫ちゃんは私と一緒にりんりん学校を楽しむつもりでしたのに、私の都合が急遽変更になったため、それがかなわなくなってしまったのです。


 りんりん学校というのは、八月はじめにおこなわれる林間学校&臨海学校の略称かつ愛称です。二泊三日の合宿でその間、山や海におもむいて親睦を深めたり、生徒会企画のイベントで大いに盛り上がるとか。私としても初参加なので楽しみだったのですが、こちらの予定が変更となれば残念ながらしかたのないことです。


 雫ちゃんが頬をぽんぽんふくらませながらせまってきます。


「だいたいさあ。メイドさんどうしの交流会なんてそんなにだいじなのぉー?」

「はい。長らくのしきたりですので……」


 それはもう、私が生まれる前の頃から。


 海谷市は昔ながらの名家が多く、メイドを置くところも少なくありません。それゆえ、地域の交流も家内の人間のみにとどまりません。メイド長である私のお母様も、他の家のメイドからさまざまな情報を入れているそうです。そして、他の家に一定期間住み込んで働くという交流会が年に一度おこなわれ、後豊子家では今年は私が選ばれるはこびになりました。


 私の年齢で交流会に出されるのは前例のないことのようですが、お母様とご主人様は「胸を張ってつとめ上げておいで」と優しく背中を押してくださいました。ちなみに、後豊子家では旦那様が海外出張中で、たったひとりのお嬢様も遠方の大学でひとり暮らしをしておられ、お嬢様が戻ってくるまで奥様が暫定的な当主としてお屋敷を守っておられます。


 私は初めてのよその家でのおつとめということで意気込みましたが、向こう側から予定変更を言い渡され、おつとめのスケジュールがりんりん学校の外泊時期と重なってしまったのです。どちらも初めてのことで私も葛藤しましたが、星花の生徒よりもメイドとしてのやりがいを選んでしまったことは、雫ちゃんにとって本当に失礼なことをしたような気がします……。


 その雫ちゃんが、まだ不機嫌そうな表情でぼやいておられます。


「べつに他のやしきで働かなくても、しょーちゃんがすばらしいメイドなのは、しずくがほしょうしてあげるのに……。しょーちゃんはしずくとりんりん学校に行くより『ごぎょーけ』なんかではたらくほうがずっとだいせつなわけ?」


 断りにくい表情で雫ちゃんが訴えかけてきました。非常に強敵で難敵です。上目遣いで涙を浮かべる雫ちゃんを私はなるべく見ないようにしました。それにしても、ごぎょーけ『なんか』とは。知らないとはいえ、私はひやりとするものを感じてしまいます。


 ごぎょーけ……五行ごぎょう家は海谷市ではありませんが、このあたりでは有数の名家であり、その姓は星花女子学園においても特別な意味を持っていました。五行姫奏ごぎょうひめか様。生徒会長に就任し、圧倒的なカリスマ性と辣腕で星花女子の生徒を導いた、まさに生きた伝説と呼ばれるお方……。


 もっとも、私や雫ちゃんが入学するのと入れ替わるように卒業されておりまして、中等部一年のなかでは彼女の名前を知らない子も少なくありません。私も実際に威光を目にしたわけではないのですが、かつての栄華も語られるだけの存在になり、いつしか忘れ去られてしまうと思うと、少し切ない気もいたしますね……。


 だんまりを決めていると、雫ちゃんがついにたまりかねたように叫びました。


「もういい! しょーちゃんなんかごぎょーけに行ったっきり帰ってこなきゃいいんだーっ! うわーん! しょーちゃんのあんぽんたんーっ!!」

「わわっ。雫ちゃん、どうか泣き止んで……」


 私は必死に雫ちゃんをなだめましたが、このときばかりは雫ちゃんに許してもらうことができませんでした。喧嘩がひとまずおさまっても、雫ちゃんはふくれっ面のまま話を聞いてくれず、夕食のときも好物を「あーん」しても、機嫌が直らないままそれを頬張るばかりでした。


 そして、消化不良の関係のまま、夏休みの初日に私と雫ちゃんは桜花寮を離れました。


 別にこれは仲違いになったからではなく、もともとそういう予定になっていたのです。荷造りをして私は後豊子家のお屋敷に戻り、雫ちゃんも姉の笑里様に連れられて家に帰ることになっています。


 私はお屋敷に帰ると、メイドとしての仕事を果たしながら五行家におもむく準備をしました。ご主人様から譲り受けた白のワンピースは、裾に控えめに花柄のラインがあしらわれてお洒落なのですが、私の場合はメイド服ありきの私でございますので、試着したとき、何だかワンピースに着られているような違和感がありました。


 とにかくそれを着て、当日、私は五行邸に訪れました。後豊子家に引けをとらない名家で、よそ者の私は緊張したものです。係のものが現れて、まずは寝泊まり用の部屋に案内され、そこでワンピースからメイド服に着替えます。五行家とは微妙にデザインが違います。そして着替え終わった後は、五行邸式のメイドの仕事に取りかかることになります。


 五行家のメイドは教え方は丁寧でしたが、同じメイドとして、お客様扱いされることはありませんでした。手を緩めるのは教える側としても失礼と言うことでしょう。ただ、私も後豊子のメイドとしての母様や周りに頼られる身であるゆえ「この若さで大したものねえ」と褒められることが多かったです。勉強になることが多く、心は新鮮な喜びに満ちあふれ、身体は心地よい疲労感に包まれました。


 そして仕事にも慣れ、精神にゆとりができると、私はルームメイトの雫ちゃんのことを考えるようになりました。そろそろ、りんりん学校の日取りも近づいてきますが、私が来れない今、彼女はどのような態度でその行事に臨むのでしょう。笑里様にムリヤリ引っぱられる姿が容易に想像できそうですが、喧嘩してしまった負い目もあって胸が締めつけられそうな気分になりました。


 そして、りんりん学校の初日に当たる日、五行家のお屋敷でも動きがありました。


「姫奏お嬢様がそろそろこの屋敷に戻られます」


 それは夕方に差しかかるときのことでした。先輩メイドの皆様とともに休憩に入っていたのですが、その情報を聞いた途端、皆様は歓声を上げて玄関へとおもむき始めました。よほどお嬢様に心酔されていらっしゃるのかもしれません。姫奏様より若いのは私だけのはずですが、カリスマ性に年齢は関係ないといったところでしょうか。


 私も一歩遅れて、先輩がたに続きました。さすがに外に出ると、はしゃいでいたメイドさん方も厳粛な態度で控えておられます。


 やがて、滑るようにして一台の白い車が敷地内に入ってきました。


 私は正直、車の種類についてはさっぱりなのですが、その流麗なフォルムは五行家の屋敷に似つかわしい高級さを誇っているように思われました。そして運転席のドアから現れた人物に、私は思わず声を上げそうになりました。


 下りてきたのは、雫ちゃんに見せてもらったタレント名鑑の方々よりずっとまばゆい印象の女性でした。すらりとしていながら出るとこ出ているスタイルは非の打ち所がなく、後方でまとめ上げた黒髪も非常に艶やかです。ノースリーブの白のブラウスに、脚の長さと細さを引き立たせる黒のパンツ。日差しが強いからでしょうか、サングラスをかけておられ、それを外すと、強い意志を感じさせる切れ長の瞳が現れました。私は直接会ったことはありませんでしたが、彼女が何者かは瞬時にわかりました。


 五行家のお嬢様は、ご自身で車を運転してお屋敷まで戻ってこられたのです。


 その姫奏様は、メイド長と思しき女性と軽いやり取りを済ますと、私のほうに顔を近づけてきました。


「私の家に研修に来たというのは、あなたね」

「は、はい……後豊子家から参りました築島晶と申します」


 緊張で、思わず声がうわずりそうになりました。姫奏様の肌はきめ細かく、正直手入れの方法をご教授願いたいほどでした。大人びた顔つきは、五ヶ月前まで星花女子学園の制服を着ていた方とは思えません。


 一礼すると、かつての生徒会長であった方は愛嬌のある笑みを浮かべました。


「ふふ、知ってるわ。須和すわさんの娘さんでしょう。大きくなったわねえ」

「お母様のことをご存知なのですか?」

「一度両親とともに後豊子さんのとこに訪れたことがあるの。ご当主夫妻もそうだけど、須和さんもすごくいい方だったわ」

「ありがとうございます。お母様もお喜びになると思います」

「そうかしこまらなくていいわ。星花の子が来てくれて私も嬉しいから。……ところで、今から出かける準備はできる? これから寄るところも必要なものは揃ってるけど、とりあえず二日三日分の着替えがあるといいわ」


 私は目を丸くしました。おそらく姫奏様は、私を連れて泊まりがけでいずこかへ向かうつもりなのでしょうが、そのような予定は一切聞かされていませんでした。私は戸惑いがちに五行家のメイド長様のほうを見ましたが、その方は話はついていると言わんばかりに頷くだけです。ならば、私も心を決めねばなりません。


「準備が整ったら、正門のところに来て。私も車の向きを変える必要があるから」


 そう言い残すと、姫奏様は再び車に乗り込み、エンジンを鳴らして走り出しました。


 私は困惑気味ながら手早く荷物をまとめ、正門に戻りました。ワンピースに着替え直したから時間がかかりましたが、姫奏様の方でも何やらメイド長とお取り込み中のようでした。メイド長から窓越しでトランクを受け取るのを見ながら、おずおずとお二人に近づきます。


「あら、ちょうど終わったところよ。晶は助手席でいい?」

「はい」


 姫奏様にうながされて私は助手席に乗り込みました。シートベルトを締めると同時に車が発進します。


 聞くところによると、姫奏様は大学(星大ではないようです)に入ると同時に自動車の教習所に通い始め、つい先月、運転免許を取られたそうです。今の車は五行家で所有している車を一台譲ってもらったものだとか。免許を取りたてなのに危うさをまったく感じさせないドライビングテクニックに私は舌を巻いたものです。


 前を見て運転しながら、姫奏様が私に言います。


「メイド服から着替えちゃったのね。あまり一般人が来ないところだからそのままでも大丈夫だったのに」


 私は不安になって、姫奏様に尋ねました。


「あの……これからどちらに向かわれるのでしょうか?」

「決まってるでしょ。りんりん学校の会場よ」


 想定外の答えに、私は完全に言葉を失ってしまいました。

 

五行姫奏さまは五月雨葉月様(ID:700661)考案のキャラクターです。

第二期作品【あなたと夢見しこの百合の花(https://ncode.syosetu.com/n4278dw/)】では高等部三年生でしたが、現在は星花女子学園を卒業して大学一年生のポジションになっています。

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