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「しょーちゃあああん……っ!」


 放課後、雫ちゃんが泣きながら私のもとへと駆け寄ってきます。ただごとでないことはすぐにわかりました。泣きじゃくる雫ちゃんをよしよしと抱きかかえながら私は尋ねます。


「雫ちゃん、一体どうしたというのですか」

「友だちにママのことをバカにされたーっ! うわああああん……!」


 雫ちゃんのお母様のことは出会ったときにうかがっております。というより、毎日のごとく、雫ちゃんが自慢するものだから、否が応でも覚えてしまいました。


 雫ちゃんのお母様……渡海星流わたみせいる様は俳優だけではなく、歌手やバラエティーのゲストとしても活動しておられるそうです。背が高く、容姿は物静かな大人の女性といった感じで、私も好感を抱いたものです。私のお母様もそのような印象の人ですので、惹かれるものがあったのでしょう。


 だから、雫ちゃんのお母様が侮辱されることは、私としても気分の悪いことでした。本当に友だちなのかしらと疑問に思いながらも、私は雫ちゃんに導かれるままにその子のいるという場所まで向かいました。驚いたのは、その場所が私のクラス……一年二組の教室だったということです。


 放課後の教室には、生徒が一人だけいらっしゃいました。お行儀悪く机の上に腰をかけて、雫ちゃんほど盛大ではないですが、こちらも静かに泣きじゃくっておられます。私たちの足音に気がついたのか、女の子が顔を上げてこちらを見つめてきました。赤く泣き腫らした瞳の少女に、私は心当たりがありました。私のクラスメイトの板隷いたれいつくし様です。


「なによう、雫ったら。一人で勝手にイっちゃうなんて。やめてよね、そういうこと……」


 つくし様は、黒髪の長いポニーテールが特徴の女の子で、机から伸びた脚はずいぶんと長く、肉が引きしまっているように見えました。ほっそりとした首には革のチョーカーをつけており、まさか模しているとも思えませんが、犬がつける首輪に見えなくもないのが正直なところです。


 私は彼女との密としたお付き合いはありませんでしたので、彼女が雫ちゃんのお友だちだということは知りませんでした。つくし様は教室では一人でいることが多く、それを望まれていないのは、現在浮かべている寂しげな表情からでも明らかでしょう。


 鼻をさすってから、つくし様が私に声をかけます。


「あら、あなたもしかして、あたしと同じクラスの、つくしま……しょう、だっけ? 雫の友だちだったんだ」


 微妙に名前を間違えていらっしゃいます。まあ無理もないでしょう。中等部の寮生であらば、メイド服の印象もあって私のことを知らない人はまず有り得ないのですが、つくし様は自宅生で、その彼女からすれば制服を着た私の印象など『お下げをしただけの地味な少女』に過ぎないでしょうから。


「築島晶です。桜花寮で雫ちゃんのルームメイトをつとめております」

「もう! 相変わらず、すっごくカチカチなんだからッ」

「失礼いたしました。それよりつくし様。雫ちゃんのお母様のことを不当に侮辱なさったとうかがいましたが……」


 すると、つくし様は健康的な歯をきしらせたのです。


「ナニ言ってるの!? 先にアンアンを馬鹿にしたのは雫のほうじゃない!」

「えっ……?」


 素直に面食らった私です。そのような事情、雫ちゃんは一言も仰いませんでした。視線を送ってみると、隠し事のできない雫ちゃんは、気まずそうに視線を逸らしました。こうなると、私の立場も変わってくることでしょう。それにしても……。


「失礼ながら……アンアン様と仰いますのは?」

「うわっ、晶ったらアンアンのことを知らないのッ? ほんとトロトロなんだから!」


 なるほど。雫ちゃんの立場はともかく、傷つけられたという気持ちが少しわかったような気がいたします。しかしながら芸能面に疎いのも事実ですので、私は表情を変えずにつくし様に説明を求めました。


「いい? 耳をくぱぁっと開いてよおおおく聞きなさいよ」


 そう前置きしてつくし様がトクトクと語ったところ、アンアン様というのはどうやらタレントの愛称のようで、芸名は生乃いくのアン様だとか。もともとはグラビアアイドルで活動されていたのを、歌やダンス、声優など活動範囲を広げ、テレビにもよく出演されているそうです。今年二十歳になったそうで、雫ちゃんのお母様にとっては後輩であり、年の離れたライバルといったところでしょうか。


 だいたいわかったところで、今度は雫ちゃんに事情を問いただします。


「それで、雫ちゃんはその生乃アン様を侮辱なさったのですか?」

「だって! あんな人がいいなんて、しずく全然わからないんだもん! すぐに男性に媚び売ろうとするしさっ! しょーちゃんだってぜったい気に入らないよお!」

「質問に答えてください。先に贔屓した方を侮辱したのはあなたなのですか?」


 私は声をきつくしました。雫ちゃんは返事をしません。唇を震わせ、大きな瞳には涙がたまりだしています。私が味方になってくれないとわかったからでしょう。私としても心苦しいですが、この状況で雫ちゃんの味方をするわけには参りません。


「ううぅぅううぅぅうう~!!」


 むずがっていた雫ちゃんが、ついに堪忍袋の緒を切らしました。先回りをして耳を塞ぐことも考えましたが、理由はどうあれ彼女を怒らせたのは私なのですから、その責任から逃げることに抵抗があったのです。


「しょーちゃんのバカあっ! うらぎりものおぉおおっ! うわあぁぁあんっ!」


 癇癪を起こしながら、雫ちゃんが教室を飛び出してしまいます。雫ちゃんは泣き出すとたいてい寮部屋のベッドにこもってしまいますので、心の手当ては、つくし様に謝罪してからにいたしましょう。


「申し訳ありませんでした、つくし様。雫ちゃんに代わってお詫びを申し上げます」


 誠意をこめて謝罪したつもりですが、つくし様もご機嫌斜めになられてしまったごようす。


「アンアンのことを知らなかった晶に謝られたって、ぜんっぜん気持ちよくならないわよ」


 確かに、生乃アン様を知らない私が謝罪したところで、つくし様から見ればその場しのぎと思われても無理もないかもしれません。


「失礼いたしました。アンアン様の件につきましてはこちらも勉強いたします」

「そうよ、そうしなさい。晶も見れば、ナカの奥まで熱いモノが突き上げられるような興奮に震えるに違いないんだから」

「そうかもしれません」


 つくし様に笑顔が戻り、私も微笑みをたたえながら一礼いたしました。それにしても、彼女の語彙はどこか独特のような気がいたしますね……。


 私が教室から引き上げようとしたとき、つくし様から声がかかりました。


「晶、待って」

「つくし様、どうかなさいましたか」


 私が尋ねると、つくし様は思いつめた表情になって言いました。


「し、雫のこと、早く慰めてあげなさいよねッ。そして、あたしのもとに謝りに来るように言ってやって。……あたし一人でココロとカラダを慰めるなんて、そんな鬼畜なこと、させないでよお……」


 言葉の後半の意味は、正直わからなかったのですが、雫ちゃんと喧嘩して寂しい思いをしているのは確かなのでしょう。だとすれば、あとは雫ちゃんの機嫌の問題になってきます。


     ◆


 つくし様と別れた後、私は桜花寮の自室に戻りました。思ったとおり、雫ちゃんはベッドでふて寝しておられます。その彼女をひとまず無視して、私はメイド服を抱えて洗面所に入りました。


 侍女の着替えなど、人様にお見せするものではございません。お母様より学んだメイドとしてのたしなみでもありますが、それ以上に私自身が着替えを見せるのに抵抗があったのです。


 私は中学一年としては、身体の、というより胸の発育が良すぎました。メイド服はもともと胸に余裕を持たせて作られてあったのですが、私服に関してはほぼ全滅で、ぶかぶかなものと、最近買ってもらったものがわずかにあるだけです。


 メイド服に着替え終えると、部屋に戻った私はベッドの前にやって来ました。盛り上がった毛布の中では、制服をしわくちゃにしながら雫ちゃんがうずくまっていることでしょう。


「雫ちゃん、お話があります。出てきてください」


 大きいふくらみがもぞもぞと揺れだします。しかし、毛布から雫ちゃんが飛び出てくることはありませんでした。やれやれ、もう少し攻めてみますか。


「出てくるつもりがないというのなら、力ずくで引っぺがしましょうか」


 雫ちゃんの反応は……どうやら、珍しく受けて立つようです。よほど先ほどの私の態度がこたえたのでしょう。裏切ったつもりはないのですが、いずれにせよ、このままにはしておけません。


「ううぅぅううぅぅううっ!」


 ものすごいうなり声を上げながら雫ちゃんが抵抗してきます。引っぺがしというより、これでは毛布の取り合いのようになってしまっています。もはや雫ちゃんの姿は見えてますので、私は適当なところで毛布を離してやりました。その毛布を抱きしめながら、雫ちゃんが据わった目つきで私を見つめてきます。


「私は決して雫ちゃんのことを裏切ったり、ましてや嫌ったりなどしませんよ。ですが、つくし様との一件は、明らかに雫ちゃんに非があると思います」

「むぅ~……しょーちゃん、つくしちゃんの味方ばっかりしてたくせに~っ」

「私は誰かを贔屓するつもりはありません。それとも、つくし様は私に嘘を吐いていたというのですか?」

「ううっ……そういうわけじゃないけど~。でもでも、しょーちゃんだってアンアンを見たらぜったい嫌がるはずなんだからっ」

「私はその方のことを存じ上げませんが、つくし様はその方のことを本当に好きでいらっしゃいました。その気持ちにケチをつける権利は誰にもございませんでしょう? そのようなことをしてしまったから、つくし様もムキになって雫ちゃんを傷つけるようなことを言ってしまったのだと思います」


 それから私はつくし様が喧嘩したことで寂しい思いをしていたことを話しました。雫ちゃんの表情に揺らぎがあるのをみると、本気で仲違いをしたわけではなさそうです。


「仮にその人に対して嫌なことがあっても、すぐに口に出さず、ひとまず胸におさめたほうがよろしいかと。そうすれば、つくし様も、星流様のことを馬鹿にするようなことは仰いませんでしょう。そうすれば、以前のように仲良くお話することができるはずです」

「ほ、ほんとかなあー……」


 ベッドの上で正座になり、目を潤ませながら私に尋ねます。子犬を見ているようで、とてもかわいらしいのです。おっと……これはいけませんね。


「ええ。つくし様は決して悪い子ではないと思います。だから、雫ちゃんがほんの少し気をつければ、お友だちに対して嫌な思いをせずに済みますよ」

「うん……わかった!」


 ぱあっと顔を明るくさせた雫ちゃんですが、ふいに自分の胸元に手をやります。


「あっ、でも、胸におさめるって言われても、しずく、しょーちゃんに比べてぜんぜんおっぱいないからなあ……」

「そういう意味ではなかったのですが……」


 言葉にこだわらず素直に「我慢しなさい」と言うべきだったのでしょうか。まあ、この雫ちゃんのようすであれば、仲直りまでそう時間はかからないかもしれませんね。

ゲストキャラの板隷いたれいつくしちゃんは【星花女子プロジェクト】第五弾、壊れ始めたラジオ様(https://mypage.syosetu.com/536581/)の考案キャラクターです。正直、せりふ考えるのメッチャ楽しかった!!

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