止まれない子
彼女と生まれた場所は同じだった。少しの間話していたら、一歩進んだ。勝手に。訳がわからなくて、15離れたときに僕はこっそり泣いた。知らないことが怖かった。そういえば自分のことを何も知らない。
「だいじょうぶ?」
突然声がした。声の持ち主は見当たらなかった。耳がおかしくなったのかなと思った。そう思ってから、また泣いていた。
「泣き止んで」
と、また声がした。鼻をすするタイミングだったから、顔を上げていた。だから少しだけ、姿が見えた、気がした。一瞬だったから見間違いかもしれない。次に来るときに見逃さないように、泣き止んで、よく見ることにした。
「やっとね」
と声が、姿とともに一瞬聞こえた。でもすぐに見えなくなった。次も、その次もこんな調子だった。次にきたとき、僕は
「なんですぐ消えてしまうんだい?」
と早口で言ってみた。一瞬だけ姿の見える彼女に聞こえるように。一歩進んだ。次に来たときに一瞬の彼女はこう答えた。
「止まれないの」
僕と同じだと思った。僕も、ゆっくりではあるけど止まれなかった。理由を知っているのかなと思って
「なぜ、止まれないの?」
と聞いた。一歩進んだ。
「そうなっているからよ」
と一瞬の彼女は言った。ぽつぽつと会話を繰り返していると、始めに出会った彼女にまた出会った。
「また会ったね」
と声をかけた。始めの彼女は突然話しかけられてびっくりした様子だったけど、すぐにうれしそうに
「また会ったわね、うれしいわ」
と言って微笑んだ。始めの彼女に
「君は止まれるのかい?」
と問うた。彼女は少しでも考えてから
「今まで考えたことなかったわ。私はずっと、走り続けていたし、そうしたかったから。でも、そうね…止まれないわ。」
と言った。僕は驚いた。「止まらないでいたい」という始めの彼女の考え方は、僕には無かった。そういう考え方もあるのかと、僕は何かを飲み込んだ感じがした。一歩進んだ。
僕はなぜ止まりたいと思ったのだろう。皆目、見当がつかなかった。そういえば、と思って
「君は止まりたいの?」
と、一瞬の彼女に聞いた。一歩進んだ。一瞬の彼女は次に来たときに
「止まりたくない」一歩進んで「走っているのは」一歩進んで「好きだから」
と言った。ますます分からなくなった。止まりたいと、なぜ思っていたのか。でも、一人でよく考えて気がついた。理由なんて要らないって。思うのに理由なんて要らないんじゃないかなと思い始めた。だって、分からなかったから。思った僕自身に分からないなら、理由なんて無いんだ。理由がないのに思えるなら、理由は必要ない。そう思ってスッキリした。一歩進んだ。