第5話「無情な通告」
「ジャン、あれを俺と同じようにやってみろ」
バルバが指さした先には、やはり一体のオーガの屍があった。
「ほんの標的代わりだ」
「標的?」
「さっさとしろ、認識したか? ならば、剣を握って構えろ」
ジャンは先程、バルバトスが構えたポーズを思い出した。
何とか記憶を手繰って真似をする。
「こ、こうか?」
「うむ、あのオーガをしっかり見よ。それで念じるんだ。『砕けろ!』 ……とな」
「く、砕けろっ」
気合が入り過ぎたジャンは、思わず声を出してしまった。
と、同時にジャンの全身を凄まじい倦怠感が襲う。
立っていられないくらいの脱力感を覚え、ジャンは思わず「がくっ」と膝を突いてしまった。
しかし、ジャンが「狙った」オーガだった物体は、「ぐぢゃっ」と見事に砕け散ったのである。
倒れそうになるジャンを尻目にして、バルバは、にこにこしている。
イチ押しした魔剣の使用結果が、自分の思い通りになったと見えて上機嫌なのだ。
「ふむ……初めて魔剣を使うにしては中々だ。これならテストを任せられる」
「え? テスト? 任せる?」
テスト?
ジャンには相変わらず、わけが分からない。
そんな事より、もうこんな迷宮の外へ出たい。
俺は死にかけていたんだ……
ジャンは切実な目で、バルバを見た。
しかしバルバの目は冷たく、口調は淡々としている。
「ふむ、もう忘れたのか? 最初に言っただろう。俺はこの迷宮でカラドボルグのテストをしていたのだと」
「そ、それが何? ま、任せるって、どういう事だよ?」
「うむ、ツェツィリアにも言われたのでな。俺がこの剣のテストをしても意味がないと……確かに俺は、この剣がなくてもオーガなど問題にしないからな」
バルバは平然と、事も無げに言い切った。
己の強さに対して、圧倒的な自信を持っているのが見てとれた。
気力が尽きかけていたジャンは、もう否定する気はなかった。
ただ、バルバの意図を聞きたいだけである。
「そ、それで?」
「ああ、代わりにお前がテストをやってくれれば、この剣の価値が上がる。常人でも使いこなせる剣としてな」
「あ、ああ……」
やっとジャンにも、魔剣を貸すという話が見えて来た。
バルバは、魔法使いではないジャンを使い、カラドボルグの性能を試すつもりなのだ。
バルバは一瞬考え込む。
そして、にやっと笑う。
「猶予はまあ10日だな……それまでに地上へ戻って来るのだ。そしてカラドボルグを持って、俺の店へ来るが良い。そうすれば……礼はする」
依頼を告げるバルバの言葉には、何か突き放すような響きがある。
ジャンは、とても嫌な予感がする。
「はぁ!? それって、まさか!」
「では、ジャン、また後でな。俺達は先に地上へ戻る。……これでも結構忙しいのだぞ」
やはり、ジャンの悪い予感は当たった。
バルバとツェツィリアは、このままジャンを見捨て、帰還するつもりらしい。
「って、それ、俺ひとりでここから地上へ戻れって事ぉ? 冗談だろ? 遭難しかけてんだぜぇ」
「うむ、せいぜい頑張って生きて帰れよ。お前がもし死んだら、魔剣は死体から回収しよう」
「う、嘘だろう!」
「これも言っておく。念動力は魔力を結構使う。魔力が空っぽになると人間は全く動けなくなる」
バルバの言っている事に、ジャンは覚えがあった。
先程魔剣を使った後の、凄まじい倦怠感の事を言っているのだろう。
「そ、それ、剣を使った時に感じたぞ。あ、あのだるさかよ! そ、それで動けなくなってどうなる?」
「ああ、最後には死ぬ。お前のような加減を知らない素人が、魔力を使い過ぎるとあっさりな」
「な、何だよ、そんなの、嫌だ!」
顔を歪め、拒否の意思を見せるジャンであったが……
バルバは、どこ吹く風だ。
「さあ、これも受け取れ」
どこから取り出したのか、バルバはいきなり小さな革袋を放り投げた。
ジャンがキャッチすると、「ふっ」と笑う
「水と食料諸々だ。俺にしては特別大サービスだぞ」
「はぁ!? 冗談だろ?」
「それとな、もうひとつサービスしてやろう。今、俺達を照らしている魔法灯はお前が迷宮を出るまで有効にしておく。もし食うモノが無くなったら、迷宮の魔物でも狩り、肉を喰らい血をすすってでも生き延びる事だ」
『用件』を伝え終わると、バルバは片手をスッと挙げた。
何か、魔法を発動する雰囲気だ。
ジャンには分かる。
間違いない、バルバは本気でこの場を去る気なのである。
ツェツィリアも「にこっ」と笑い手を振っていた。
完全に……面白がっている。
「じゃあ、お兄さん、またね~、せいぜい頑張ってぇ」
「お、おいっ! やめろっ、俺を見捨てるなぁっ! 行くなよ~っ!」
ジャンの切ない悲鳴が響き渡る中、バルバはピンと指を鳴らす。
その瞬間、転移魔法が発動され、バルバとツェツィリアの姿は消え失せていたのであった。
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