第4話「魔剣」
「ジャン、お前にこれを貸してやろう」
自分が提げていた、鞘に入ったままの剣を、バルバは突き出した。
面白そうに、にやりと笑う。
片や、ジャンは呆気に取られたままだ。
バルバの意図が、全く読めないのだ。
「か、貸す? 剣を? な、何故?」
「うむ、お前は今、難儀しているのだろう? この迷宮で」
「あ、ああ……そうです。いきなり罠のせいでここまで飛ばされ、オーガに襲われ、心も身体もボロボロです」
「成る程」
「……あ、貴方の話を聞きながらも……どんどん気が遠くなって今にも死にそうな状況……です」
「ふむ! ならば……この剣は役立つ筈だ。何せ俺のコレクションの中でもとびきりの剣、カラドボルグだからな」
「カ、カラドボルグ? ……ど、どんな剣ですか、それ……」
ジャンの反応を見たバルバは、今迄のジャンのようにぽかんと、呆気に取られた。
そして、厳しい非難の眼差しを向けると、いきなりジャンの肩を掴んだのである。
バルバの力の籠った手が「ぐっ」と、容赦なくジャンの肩の肉へ食い込む。
オーガに受けた傷だけではなく、肩への激痛で、ジャンはもう意識が朦朧となっている。
しかしバルバは容赦しない。
ジャンを、思いっきりゆさぶりながら、詰問する。
「おいっ! お前は一応冒険者だろうが! この素晴らしき魔剣を知らんのか? カラドボルグとはな……」
古の英雄が愛用したとか、古代の言葉で『稲妻の剣』と呼ばれたとか。
なんたらかんたら…………
結局、バルバの一方的なウンチクは10分以上にも及んだ。
「使い方はこうだ、ん?」
「…………」
熱く語ったバルバが、ふと気が付けば、ジャンは白目をむいていた。
バルバの話を聞いているうち、出血が酷くなり気を失ってしまったらしい。
ツェツィリアは苦笑して、バルバのわき腹を突く。
「バルバ、貴方の話はいっつも長すぎるのよ。……ところで、この子、そろそろヤバくない?」
「おお、カラドボルグの素晴らしさを語ったら、こいつの怪我の事をすっかり忘れていた。ふむ、出血が酷かったのだな?」
バルバは「にやり」と笑い、無造作にピンと指を鳴らした。
周囲に強烈な魔力が満ちた。
瞬間、不思議な感覚が、ジャンを包んだ。
するとジャンの顔色に赤みがさす。
萎えようとしていた気力が漲り、全身を襲っていた痛みと倦怠感、そして身体の腫れがあっという間に引いて行く。
バルバが無詠唱で発動した、恐るべき治癒魔法であった。
復調したジャンの目が僅かに動き、閉じていた唇が少しだけ開かれた。
「あ……う?」
「ははは、ジャン、気が付いたか? 起きろ」
むくりと起き上がったジャンは、何が起こっているのか分からないらしい。
きょろきょろ、周囲を見ていた。
「しっかりしろ。もう体調は万全だろう? ならば、俺を見よ」
「あ、は、はい……」
「ほら、剣の使い方はこうだ」
バルバは剣を抜き、少し離れた場所にあるオーガの屍を見た。
多分、バルバが倒したのだろう。
迷宮のあちこちに、黒い塊が斃れていた。
バルバはおもむろに、片手で持った屍へ剣を向ける。
治癒魔法により意識がしっかりしたジャンは、「何をする気なのか?」と訝し気に見守っている。
「ふっ」
剣を屍へ向け、狙いをつけたような格好でバルバが軽く息を吐く。
すると!
一個の肉塊として横たわっていた、オーガの屍は瞬時に粉々となり吹っ飛んだ。
「え?」
何だ?
何が起こったのか?
ジャンには全くわけが分からなかった。
そもそも先程からジャンは、驚きっ放しである。
迷宮の闇を照らした魔法の灯りを見ても、ふたりのどちらかが魔法使いという事は分かった。
しかし剣を向けただけで、離れた標的がいきなり吹っ飛ぶなど……
いくら戦士のジャンでも、そんな奇跡は今迄見た事も聞いた事もない。
混乱するジャンの前で、バルバはゆっくり剣を鞘へ収めた。
「えええっ? あ、あんた、い、今? な、何をした? 何が起こった?」
ジャンから問われたバルバは、平然と答える。
「どうという事はない。魔剣の力を使っただけだ」
「ま、魔剣?」
「そうだ! このカラドボルグは並みの魔剣ではないぞ」
「並みの魔剣じゃないって……あれ、オーガに何か仕込んだ手品か、なんかかい?」
「何を言っている、手品などではない。カラドボルグの秘めたる力だ。この剣はな、普通に戦っても抜群の切れ味を誇るが、一番の利点はこうして離れた所から魔力波で敵を攻撃出来るのだ」
「魔力波で攻撃?」
「お前もいっぱしの冒険者なら、魔力波を知っているだろう?」
「魔力波? な、何だよ、それ?」
「ったく、嘆かわしいな……知らぬのか? 魔力を様々な力に変換させたものが魔法。そして魔法を発動する際に発するのが魔力波だ」
「そ、そういえば……聞いた事があるような」
「馬鹿者が! この魔剣はな。魔力を魔力波の一種である念動力へ変える力を持っている」
どうやら、バルバは相手に『うんちく』を含めた説明をするのが好きなようだ。
先程話した内容に、更に輪を掛けて話し出す。
手ぶりも入れて、またも熱く語るバルバ。
それを見たツェツィリアは、肩を竦め苦笑している。
しかしジャンにとって、バルバの説明はチンプンカンプンである。
「ね、念動力? なんでぇ、それ? でも俺は魔法を使えない……魔法使いじゃねぇ。だから魔力なんか持ってねぇよ」
ジャンは言う通り戦士であり、魔法など使えない。
というか、知識もからきしだ。
魔法に関しては、今迄全てを一緒に組んだ魔法使いに任せていた。
しかしバルバは、首を横に振った。
「安心しろ。神の子である人間は生まれた時から全て魔力を有している。ただ充分な量があるか、もしくは上手く使えるか、使えないかの違いだ」
「で、でもさ、やっぱり俺には魔剣なんか使えないよ」
魔法と全く縁がないジャンは、魔剣と聞いただけで腰が引けていた。
しかし、バルバは再び首を振る。
「いや、カラドボルグは人間の魔法発動の巧拙は関係ない。魔力を持つ誰もが念動力を使う事が出来る」
「な、なぁ! さっきから気になっているんだけどよ。そ、その念動力って一体何だ?」
「念動力とは、魔力を物理的な攻撃に変える力だ。そもそも古文書にはこう記されておる。カラドボルグを振るえば、虹の端から端まで長く伸びる……とな」
「へ? な、何それ? 大袈裟な」
「まだあるぞ。一回振っただけで、大きな丘を3つも切り取ってしまうとかな」
「でかい丘を3つもだと? う、嘘だろ?」
「満更嘘ではない。俺がオーガをあっさり粉砕したのを見ただろう。あれが魔剣カラドボルグが放つ念動力だ。伝説では刃がどこまでも伸びるなどと言われていたらしいがな、くくくくく」
「はぁ、そうなのか……確かにさっきの威力はす、すげぇ……」
「だろう? さあ、ジャン……俺と同じようにやってみせろ」
「え? お、俺がやるの? あれを?」
「そうだ! ほら、受け取れ」
バルバはそう言うと、ジャンへ強引にカラドボルグを渡した。
「有無を言わさない」という態度である。
ジャンが断るなど、到底不可能だ。
仕方ない……
ジャンは小刻みに震える手で、恐る恐るカラドボルグを受け取ったのであった。
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