第15話「希望と別離」
『未来を……あのような王が……愚かな私がもたらした悲惨な未来を……変える事が出来る……のか?』
『ええ、貴方次第で変えられるわ』
『どのように……』
と、言い掛けて、シャルルは黙り込んだ。
シャルルは、あの愚かな暴君が、実は未来の自分の姿だと見事に看破した。
同様に、今感じた疑問も、まずは自身で考えなければならないと理解したのだ……
正しい答えが導き出されるかどうかは、この際、二の次……
決して家臣任せになどせず、まずは自ら考え判断して行かねばならない。
それが王たる者の、責任と義務である。
自分の意思を固めた上で、臣下から意見を求め、軌道修正しながら最終決定をするのだ。
シャルルは、乾いた砂漠の砂がどんどん水を吸い込むように、学習をして行く。
考える幅が広がる。
視野も広くなって行く。
正しい答えを導き出す為に、情報を得る事は必要だろうとも思う。
そう思ったら、聞く事に対して遠慮などしない方が良い。
シャルルは笑顔で、ツェツィリアへ問う。
『ツェツィリア、ひとつだけ聞きたい』
『何?』
『行動によって変わる時間軸とは……うつろいやすいものなのか? たとえばケーキを食べるだけで、この先の運命とは大きく変わるのだろうか?』
シャルルは確かめたかった。
自分の治めるラウルス王国が、あの地獄のような未来にならないように、何か方法を見つけたかった。
考えているうち、ツェツィリアとカフェで楽しくお茶を飲んだ事を思い出したのである。
しかしツェツィリアの答えは、シャルルの予想に反して、とても厳しいものである。
『そうね……時と場合によるの……私が知る限り、途中までの行動は変えられても、最終結果は変わらない場合が多いわ』
『そう……なのか』
やはり運命を変えるのは容易ではなく、可能性も低い。
厳しい事実を突きつけられ、がっかりするシャルル。
だが、ツェツィリアは手を差し伸べてくれる。
『ええ、だけど運命は、変えられないわけではない』
ツェツィリアの言葉に、シャルルは優しさを感じた。
だから、絶対にシャルルは『戦う事』を諦めない。
『そうか……やはりそう甘くはないな。運命を変えるのは簡単ではない……か……』
『うふふ、大変ね、これから』
『ああ、未熟な私では大変だな。しかし、大丈夫だ! 私は諦めない。己を磨きに磨き上げ、打てる手を打つ。そしてこの王国全ての民と共に未来の幸せを勝ち取って見せる』
『ふふふ、シャルル、その意気よ』
『ああ、私は頑張るぞ』
『ご褒美に、貴方へ……私から最後のアドバイスをしてあげる』
『最後のアドバイス……か』
先程の王の醜態を見て、シャルルには分かっていた。
ツェツィリアは、まもなく自分の下を去ってしまう事を。
そして今の『最後』という言葉……
別離という事実が、もう決定的な事を告げている。
しかし、シャルルの心は寂しさと不安に動揺せず、落ち着き且つ晴れやかだった。
『分かった! ぜひ聞かせて欲しい』
『了解! 王とは堂々と穏やかに振舞うもの。だけど世の中にはいろいろな人間が居るわ。話す時は、相手の本音を見極めなさい』
『本音?』
『ええ、人間には誰しも本音と建て前がある。いわば真実と嘘……』
『当然、真実は正しくて、嘘はいけないのだな』
『うふふ、シャルルらしい、真っすぐな意見ね。確かに合っている、正解。でも例外はあるわ』
『え?』
嘘が正しい?
例外?
そんな事を、周囲の取り巻きは、決して教えてなどくれない。
シャルルは、ツェツィリアの言葉を聞き洩らさないように、改めて気合を入れる。
『家臣の中には貴方の為を思って、危険を冒してまで嘘を付く場合もある。下手をすれば命を失うくらいの危険をね。そんな人は本当の忠臣』
『おお、そうなのか!』
『ええ、シンパともいう……すなわち貴方に忠義を尽くし、バックアップしてくれる信奉者は特に大切にしてね』
案の定であった。
頼りになる『自分の味方』を見分ける決め手、そして味方を持つ意味を、ツェツィリアは教えてくれたのだ。
『な、成る程』
『次! 王とは穏やかで堂々と見せながら、裏ではしたたかに』
『したたか?』
『貴方が名君になったならば、さっきのシンパとは全く違い、反目する家臣も大勢居る。自己の利益に反するから、今迄とは違い、やりにくいぞと考えてしまうのよ。中には言葉巧みに貴方を騙し、命を奪おうとする危険な奴も出て来るから気を付けて』
『分かった!』
『でも疑心暗鬼に陥りすぎては駄目。誰も彼も信じられなくなってしまう』
『ははは、難しいな! 王とは大変だ』
シャルルは、つい泣き言を言う。
ほんの少しだけ、甘えたくなったのだ。
まるで、ツェツィリアは亡き母のようだから。
シャルルの期待に応えるように、ツェツィリアは優しく、励ましてくれる。
『ええ、大変よ、だから頑張って。そしてこれが本当に最後』
『おう!』
『うふふ、良い返事。じゃあ、最後はね、奥様を大切にしなさいって事』
『へ?』
最後のアドバイスだから、もっと自分の為になる訓示が来ると思っていたのに……
シャルルは驚いてしまった。
もう少ししたら、隣国から王女が嫁いで来る。
未来の王妃となるべく……
ツェツィリアからの最後の教えが、「妻を大切にせよ!」とは、どういう事だろう。
『ロドネアから輿入れする王女、つまり貴方の奥様は不安な気持ちでいっぱい……少し前までラウルスとロドネアは仲が悪かったからねぇ』
『そうだ……ロドネアはかつて憎き敵国だった』
『奥様は父親の命令で仕方なく貴方に嫁ぐの。義務感と使命感だけを胸に秘めて……いわば自分の意思など無視された政略結婚……分かるでしょ。もし貴方が逆の立場だったらどんなに不安か……』
シャルルは、考えてみた。
自分が養子として、たったひとり隣国へ行かされたとしたら……
大きな不安が胸をよぎる。
この不安こそが……あの凛とした王女が心に秘め、必死に隠しているものなのだ。
そう思うと、未来の妻がとても愛おしくなって来た。
心の底から、大事にしてやろうと思う。
『ああ、分かる……とても分かる』
『今迄はまったく赤の他人のふたりだから、理解し合うのは大変かもしれない。でも気持ちが通じて、夫婦一体となれば、奥様は必ず貴方の第一の味方になってくれる』
『おお、我が妻こそが最強のシンパという事か?』
『そうよ! 王宮の中で奥様の味方は貴方ひとりだけ、逆も然り。それを絶対に忘れないで』
シャルルは、だんだん分かって来た。
王女を、ツェツィリアに置き換えてみる。
もし妻と、ツェツィリアみたいに分かり合えたら……
味方として心強く、これからの人生も充実するに違いない。
愛するふたりの間に子供が生まれれば、目の中に入れても痛くないくらい可愛がる事が出来るだろう。
『分かった! 私は妻を大事にする! 自分の命に代えても!』
『よろしい! じゃあ、今度こそ……頑張ってね!』
今度こそ……
一瞬、シャルルには『あの王』が治めていたラウルス王国の、悪夢のような姿がよぎった。
しかし「所詮は悪夢だ!」と振り払い、シャルルは強く決意する。
『今度こそか……分かった、今迄ツェツィリアに教えて貰った事は絶対に忘れない! 今度こそ! 私は必死に頑張るぞ』
『うふ! さよなら、シャルル!』
『おお、元気でな、ツェツィリア!』
簡単な別れの挨拶が、お互いに交わした最後の言葉であった。
その後……
シャルルはまた会うどころか、生涯二度と、ツェツィリアの声も聞く事はなかったのである。
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