第11話「戦場」
ここは……
ラウルス王国に良く似た国の遥か北部。
魔境と呼ばれる未開の地との国境線である。
先程まで人間と魔物の激しい戦いが繰り広げられていたが……
戦いは既に終わり、今は無数の屍が転がっていた。
結果は……
残念ながら人間が敗れ、頼みとする粗末な砦へ退却したのである。
「しん」と静まり返った戦場には、無残な屍があちこちに散らばっていた。
人間と魔物が混在しているが、数自体は圧倒的に人間の方が多い。
暫し経ち、静まり返った筈の戦場に、嫌な音が聞こえて来た……
何と、おぞましい事に……
おびただしい数の魔物が汚い音を立て屍をむさぼり喰っていた。
口の周りを血に染め、敵味方区別なく……
シャルルは王都からいきなりこの地へ連れて来られ、戦いの模様と結末をを目の当たりにさせられた。
その後、少し離れた今居る場所まで移動したのである。
『げぇ!』
シャルルはもう我慢出来なかった。
地面に膝を突き、うずくまっている。
そして胃の中のものを吐いていた。
魂だけの筈なのに、不思議な事だが、悪寒がぶるぶると身体を走る……
先程まで見ていた、否、ツェツィリアから無理やり見せられた光景が目に焼き付いて離れない。
そのツェツィリアは、うずくまるシャルルの傍らに、腕組みをして平然と立っていた。
『シャルルは初めて見たのよね。訓練や模擬試合ではなく、本物の戦場を』
『げぇげぇ……うっぷ、お、おぇ……』
……返事はなかった。
あまりのショックに、シャルルは話せる余裕などない。
ツェツィリアは、そんなシャルルを面白そうに見つめていた。
『うふふ、人間って案外、脆いでしょ? 簡単に首が飛び、腕や足が千切れる。身体が柔らかいから、呆気なくばらばらになるの』
『…………』
『オーガやオークなんか、身体能力は人間より遥かに上だから、まともに戦ったら敵いっこないわ』
ツェツィリアはにっこり笑う。
『まあ、人間同士の戦いも同じようなもの……でも却って始末が悪い』
笑顔のツェツィリアはそう言うと、ピンと指を鳴らした。
どうやら、治癒魔法を使ったようだ。
ツェツィリアの魔法は凄まじい。
効果は、すぐ表れた。
体調を持ち直したシャルルは、ツェツィリアの言葉が気になった。
早速、尋ねてみる。
『し、始末が悪い?』
『ええ、オークやオーガは一応、知能はあるけれど……人間が餌だって見る本能に基づいての戦いを仕掛けて来る。いわば捕食行動ね』
『餌……私達は餌なのか……』
シャルルは呆然とし、力なく呟いた。
ツェツィリアはシャルルの言葉を聞き、小さく頷く。
『そうよ、人間は所詮、餌。だけど今みたいな防衛の為の戦いではなく、人間が仕掛ける戦いは、戦いの為の戦いが多い』
『え? 戦いの為の戦い? それは何だ?』
シャルルは、対比させるような物言いに興味をひかれた。
じっと、ツェツィリアの顔を見つめる。
そんなシャルルの期待に応え、ツェツィリアは説明してくれる。
『うふふ、戦いの為の戦いとは……戦う事自体を、殺戮を楽しむ事。相手を征服し、屈服させたい為に戦う事』
『戦い……殺戮……征服……屈服……もしかして?』
シャルルは何かを思いつき、問いかけた。
『そう、当たり! シャルルの考えた通り、因果関係よ。さっきの奴隷を見たでしょ?』
『ああ……見た……酷い事をすると思った……あの子の悲鳴が忘れられない』
『うふ! 戦いとあの奴隷の子の、因果関係は直結している。戦って相手を征服し、屈服させたら勝者がどうするのか、考えたらすぐに分かるじゃない』
『…………』
シャルルは無言であった。
しかしただ黙り込んでいたわけではない。
ツェツィリアの言う事を理解し、自ら考えていたのだ。
無言になったシャルルを見つめ、ツェツィリアの話は続く。
『人間はむやみに戦いを仕掛け、殺しまくる。勝ったら相手の尊厳を突き崩して、破壊し、屈服させ、奴隷にする。同じ人間なのに完全に道具として扱う』
『…………』
『という事よ。ここまで、駆け足で来たけれど、どう? 少しは勉強になった?』
どうやら、ツェツィリアの話がひと通り終わったようだ。
シャルルは、自分の『立ち位置』を完全に理解したようである。
『ああ、……なった。ツェツィリアの言う通り私は籠の中で飼われていた鳥だった』
『確かにね』
『……今の年齢になるまで、私は何という世間知らずだと分かった……王宮でじいや達はこんな事を教えてくれない』
『うふふ、貴方に知られたら後が面倒だから、一切隠しているのよ。じゃあ仕上げの復習をしようか?』
『仕上げの復習?』
『そうよ! ここへ来たのは王様の悪政を知る為じゃない。さっき見た、砦の真実は分かるかしら?』
『砦の真実……』
『砦を造った目的は見て分かるでしょ。あの砦は、魔境と呼ばれる地に棲む、魔族の越境を防ぐ為に作られている』
『そ、そうか……確かにそうだな。あのような魔族が押し寄せれば王都は簡単に蹂躙されてしまうだろう』
『でも、王様は砦に対してほぼ無関心。取り巻きも適当にお茶を濁しているだけ』
『え?』
『砦を守る兵士は、主に傭兵と罪人。王様が予算を割かないから、壊された砦の補修が出来ず、装備もぼろぼろのまま』
『そ、そんな!』
シャルルには信じられなかった。
魔物の脅威は凄まじかった。
下手をすれば王国が滅びると言うのに、無関心とは。
『王様も取り巻きも砦の実態を分かっていないわ。というか現実を直視して対応するのが、面倒くさいだけ』
『面倒? 命にかかわる事なのだぞ!』
『うふふ、でも人間ってそういう人多いわよ。自分の身に実際に降りかからなければそれまで無関心』
『…………』
『かかわりがなければ、単なる感情だけで意見を言って、具体的にどうするのかは何も提案しない。矛盾を指摘されても、知らないから仕方がないとか言って、自分の無知を盾に逆切れ。結局は、人任せだから』
『…………』
『でも、この砦の実態を、国民が知ってもどうしようもない。もし意見しても、王様が、絶対に受け入れないでしょうからね』
『…………』
『ねぇ、ここまで酷い事ばかりする王様を、シャルルは見てみたいと思わない?』
『…………』
『ふふ、興味あるでしょ?』
『……ある。どのように残虐非道な男なのか、見てみたい』
『うふ、じゃあ、行こっ!』
にやりと笑ったツェツィリアは、またもピンと指を鳴らす。
転移魔法が発動され、ツェツィリアと共に、シャルルの姿は戦場から消え失せたのであった。
いつもお読み頂きありがとうございます。




