第10話「悪政」
次にツェツィリアと、シャルルが来たのは、とある商店街である。
先程の市場と違って、屋台ではなく、店舗として造られた建物が並んでいた。
建物の軒先には、様々な形状の看板が提げられている。
仕立て屋、金銀細工屋、靴屋、肉屋、パン屋……
どんな場所から来た、どのような客が見ても、すぐにその店の商売が分かるように。
だが……
この商店街も、市場と全く同じであった。
閑散としている。
商店街のある通り自体、ほとんど客が居ないのだ。
声を大きく張り上げて呼び込みをしているのは、やはり店の人間ばかりである。
『うふふ、ここも暇そうね。ほらシャルル、見て、あの店主はふらふらして、もう何日も食事をしていないのよ。だから、すぐ死ぬかも……当然、店も一緒に潰れるね』
『ど、どうして! ツェツィリア、どうしてなんだ』
シャルルには、ショックだった。
ラウルス王国に良く似た、この国の王はとんでもない奴だと思うのだ。
騎士の教えに真っ向から反し、英雄とも真逆な存在である。
『うふふ、ここの王様の方針よ』
『王の……方針? どうしてっ! 様々な手を尽くし国を富ませ、勇敢で強い兵を擁し、国と民をしっかり守るのが王の役目ではないのか?』
シャルルの言葉には、力が入っていた。
誠実な王として、国民と共にありたい。
心の底からそう思っていた。
シャルルの思いは間違ってはいない。
ツェツィリアが、あっさり肯定したからだ。
『うん、シャルルは正しいわ』
『ならば! どうして? 市場といい、この商店街といい、何故反する事をするっ』
『ええ、今の結果を見ればシャルルの言う通り。つまり醜い欲に走った愚かな判断ミス。簡単に言えば政策の失敗ね』
『欲? 愚かな判断ミス? 政策の失敗?』
『ええ、この国の王様は無能なの。基本的に政策の立案と実行は宰相を始めとした取り巻きに丸投げ。そして国内の商いの活気が低下したのは、取り巻きが他国から安い商品を買ったから』
『他国から……安い商品を?』
『ええ、他国からモノを買う事自体は害悪ではないわ、異文化の交流もはかれるし、素晴らしいと思うもの。……でも限度がある』
『限度?』
『そう! 宰相達が見境なく他国の商品を買ったの。……国内の産業や仕事など事情を一切考えず。裏でいっぱい賄賂を貰ってね』
『賄賂……汚職か!』
『そう、汚職。ちなみに賄賂は王様にも形を変えて渡された。だから、王様はますます喜んで、外からモノをどんどん買ったわ』
『…………』
『結果、他国の作った安い商品は国内に溢れたけれど、国民は自身が作ったものが売れなくなった。だからお金が入らない。国民にお金がないから、安い商品があっても買えなくなった。誰も買いに行かないから、市場や商店街が廃れる、これが因果関係……簡単な話よ』
『ううう、酷い……な』
『ええ、酷いわ。この国で豊かに暮らしているのは、利益をむさぼる貴族と一部の大商人だけ。いわゆる格差って奴ね』
『な、何という事だ!』
『うん、この国の王様は国民の事なんて奴隷としてしか考えていない。税金さえ巻き上げればいくら死んでも構わない。自分さえ良ければ良い。その上、怠惰で学ぼうとしない』
『酷い……暴君だ』
『うふふ、まさに暴君、その通り。さっき私が言ったけど、この国にとっては寄生虫みたいな王様ね』
『…………』
『これらの悪政は実際には取り巻き達が行った、つまり王にとっては、勝手に家臣が進めた仕事だぞとなるけれども、最終的には家臣の暴走を許した王様の責任になるわ』
『…………』
『この国の王様がやった悪政はまだあるわ。この際……もっと見なくちゃね』
『分かった……行こう……』
力なくシャルルが同意すると、ツェツィリアはピンと指を鳴らす。
その瞬間、ふたりの姿は消え失せていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここは……
ツェツィリアとシャルルの居る王都の、とある一画。
その区画の中にある屋敷……
屋敷の中の、閉め切った部屋の中で、浅黒い男が幼い面影を残す少女にのしかかっていた。……
少女は大声で泣き叫び、拒否と苦痛を訴えていたが、男は全く容赦しない。
執拗に男の欲望を、少女へぶつけていた。
やがて部屋には、男の激しい息遣いと、少女の苦しそうな喘ぎ声が交錯して行く……
少女を犯す男の正体は……奴隷商人である。
卑劣な男は納品前の『味見』と称し、奴隷の少女を無理やり蹂躙していたのだ。
目の前で繰り広げられる光景を見て……
精神体となったシャルルは脱力し、ぺたんと座り込んでいた……
まだ15歳の少年には刺激が強すぎたせいもある。
当然ながら、正義感の強いシャルルは、最初は少女を助けようとした。
しかし……
肉体を持たぬ、魂だけのシャルルには、何もする事が出来なかった。
シャルルは、ツェツィリアにも頼んではみた。
だが、何故なのか完全に無視されてしまったのだ。
このラウルス王国エードラムに似た王都には、奴隷市場があった。
もしも奴隷になれば、人間の尊厳が失われ、単なる物として扱われる。
奴隷制度を全然知らなかったシャルルは、悲惨な現実を目の当たりにさせられたのだ。
ちなみにシャルルが居る、ラウルス王国において奴隷の売買は禁じられていた。
数代前の王が、国の方針として法律を制定したのである。
少女を助けようとせず、経緯だけ淡々と説明するツェツィリア。
シャルルは、自分の無力さも含めて嘆く。
『ううう、ひ、酷い! 鬼畜男め! あの子はまるでモノみたいな扱いだ……』
嘆くシャルルに対し、ツェツィリアは平然としている。
『うふふ、シャルルったら、ちょっとはショックだった?』
『ショ、ショックどころじゃないぞ! そもそも何故助けてやらないのだ』
『だって、私達は違う時空から来た単なる旅人よ。あの子とは関係ないでしょ』
『そ、そんな! つ、冷たいぞ! そ、そもそも! あ、あ、あ、あのような行為が許されるのか!』
『まあ、普通の人間同士ならけして許されないわ。でも、この国の王様自身が奴隷制を認め、自身も奴隷を使っているの。今頃は全く同じ事をやっているでしょうね』
『へ?』
『今の王って自分が跡を継ぐと、禁じられていた奴隷売買をいきなり解禁したのよ』
『奴隷の売買を……』
『ええ、やたら難癖をつけ戦争を起こす好戦的な国があるのよ。結果、負けた国の民を全員さらって来て、奴隷にして売りさばく。その奴隷をこの国は買っているの』
『…………』
『さあてもうひとつ、シャルルに見せたいものがあるわ。もっとショックかもよ』
にやりと笑ったツェツィリアは、ピンと指を鳴らす。
どうやら魔法が発動されたようだ。
ツェツィリアと共に、シャルルの姿は部屋から消え、彼の耳から少女の声は消え失せた。
しかし……
シャルルの心の中には、泣き叫ぶ少女の声が、死ぬまで消える事はなかったのである。
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