第3話「謎めいた男女」
迷宮は一気に!
まるで昼間のように、明るくなった。
松明とは全く違う、煌々とした灯りである。
冒険者はこの灯りを、以前に見た事があった。
今見ている灯りに比べれば、格段に弱かったが、特徴は共通している。
そう、何者かが、魔法で迷宮を照らしているのだ。
声の主であろうと思われる、不思議な男女の姿が……露わになる。
何とふたりは!
……いつの間にか冒険者の目前に、音もなく立っていた。
恐る恐る冒険者が見ると、男は異形ではない。
れっきとした人間である。
闇に溶け込むような漆黒の法衣を纏う男は、巷で見られる魔法使いのような優男ではなかった。
ほど良く日に焼けた小さな顔は、戦士のように精悍であった。
少なくとも外見は……まともなようである。
異形の悪魔ではない……
冒険者は、とりあえずホッとした。
だが油断せず、さりげなく男を観察する。
冒険者が近くで見ると、男の顔が良く見えた。
一瞬、猛禽類の鷲に似た人間離れした頭部が見える。
「え!?」
冒険者はじっと目を凝らす。
改めて見れば、男の顔は人間の顔である。
どうやら今見えたのは……錯覚だったようだ。
近くで見る、男の顔は……
鼻筋が「すっ」と通った彫りの深い顔立ち。
目は切れ長で、ダークブラウンの澄んだ瞳が思慮深いという印象を与える。
締まった口元が、意思の強さも感じさせる。
年齢は、30代半ばを少し超えたくらいだと思われた。
身長は180㎝くらいはあり、結構高い。
しかし覗いた二の腕を見れば、それほど筋骨逞しくはない。
痩躯とまでは行かないが、法衣に隠された身体はバランスの取れた肉体をしているのだろう。
腰から提げた剣は、渋い灰色の鞘に納められた、やや幅広の剣であった。
男の傍らに立つ少女は、もっと不思議な印象を冒険者へ与えた。
こちらも人間らしいので、冒険者はほっと胸をなでおろしたのだが……
一方、少女の出で立ちは異様であった。
凝った装飾のついた黒のワンピース、白いフリルのエプロン、エプロンと同色のフリルのカチューシャを付けたメイド服姿なのだ。
メイド服など、この危険な迷宮において、全く役に立たないのに。
冷たい笑顔を浮かべる少女はシルバープラチナの美しい髪を肩まで伸ばし、端麗な顔立ちをしていた。
ぱっと見は、15歳を超えた位だろうか。
人間族の、美しい少女である。
しかし肌は不自然なくらいの白さであり、深いルビー色の瞳に、真っ赤な唇が人間離れしていた。
発する雰囲気が、少女と思えぬほど艶めかしい。
「俺はバルバ」
と、男が名乗ると、続いて少女も名乗る。
「私はツェツィリア」
冒険者の男は目の前の男女が現実感のない、幻のように思えてならない。
「…………」
圧倒されたように黙り込む冒険者を見て、バルバと名乗った男は面白そうに笑う。
「ふふ、どうした、冒険者。俺達に名乗れぬほど怪我が酷いのか?」
一方、ツェツィリアと名乗った少女は「ぐいっ」と身を乗り出して冒険者を覗き込む。
「どれどれ? ちょっと血が出ているけど、そのくらい大丈夫じゃない? 冒険者なら、つばつけときゃ治るわ」
「…………」
相変わらず言葉が出ない冒険者に業を煮やしたのか……
バルバが表情を厳しく変え、「びしっ」と言い放つ。
「冒険者! さっさと名乗れ!」
迷宮中に響くような、バルバの大声。
凄まじい気迫に押されたのか、やっと冒険者の口から言葉が出る。
「は、は、はいっ、ジャ、ジャン! ジャン・クルーゾーですっ」
「ジャンか、ふうむ、お前は俺達へ聞きたい事がありそうだな?」
「は、はいっ! あなた方は一体誰で、ここで何をしていたのかと」
「ふふふ、分かった、ジャン。お前の質問に答えてやろう」
厳しい表情から一転して、にやりと笑うバルバ。
何か、とんでもない事でもされそうな不気味な笑みに思えて……
ジャンは困惑したような、泣きそうな顔になった。
何故なら、バルバは悪戯っぽく笑っているからだ。
「まず、お前達は誰だ? という質問に対して、名は既に告げた。だから問題ないだろう」
「は、はぁ……」
ジャンが聞きたかったのは、名前だけではない。
肝心なのは、ふたりの正体なのである。
しかしバルバが醸し出す不気味な迫力が、ジャンに質問をする事をためらわせた。
そんなジャンをスルーして、バルバは話を進めて行く。
「うむ、そしてここに居る目的だが、到って簡単だ」
「簡単?」
「ああ、俺達は商品のテストをしていたのだ」
「しょ、商品? テスト?」
ジャンは、ますますわけが分からない。
バルバは頷くと、決意を告げるが如く宣言する。
「うむ、俺達は、まもなくこの国の王都で店を開く」
「ええ、開くだけは開くけど……絶対に儲からない、道楽みたいな趣味の店ね」
すかさず突っ込むツェツィリアに対し、バルバは渋い顔をする。
「いちいち揚げ足取りをするな、ツェツィリア。良いか、ジャン。話を戻すぞ、ここに居る理由とはその店で扱う商品のテストだ」
「…………み、店って?」
この迷宮でテストをする商品?
ジャンには皆目見当がつかない。
バルバは、すぐに教えてくれる。
というか、誰かに教えたくて我慢出来ないらしい。
「ふむ、魔道具店だ」
「魔道具?」
「そうだ、お前も冒険者なら知っているだろう?」
「は?」
「うん! 魔道具は本当に素晴らしいぞ。俺の秘蔵のコレクションを役立てたり、壊れているモノを修理して復活させたり、埋もれている哀れな存在を世に出して、日の目を当てたりするのだ」
バルバは一気に語った。
ジャンが見ると、ダークブラウンの瞳が何かにとりつかれたように熱くなっている。
「…………」
ジャンは、バルバの異様な迫力を感じ、圧倒されたように、黙り込んでしまった。
そんなジャンを見た、ツェツィリアは言う。
「うふふ、バルバ……さっきから、ず~っと呆気に取られているわよ、この子」
ツェツィリアの指摘に対し、バルバは首を振る。
「呆気に? 否、違うな。俺の崇高な志を理解して、あまりの素晴らしさに感動し、言葉が全く出ないのだろう」
「…………」
目を丸くしてポカンと口を開けるジャンは、バルバの言う崇高な意思を理解しているとは到底思えなかった。
とうとうツェツィリアが、我慢出来ずに笑い出す。
「あははははっ! やっぱ、違うみたいよぉ」
ツェツィリアに大笑いされて、バルバは意地になってしまったようだ。
「くっそ~、ならば、俺の持つ魔道具の素晴らしさを意地でも分からせてやるっ!」
「…………」
「むむむ……よし、そうだ、良い事を思いついたぞ」
バルバは腰から提げた剣を外し、いきなりジャンへ突き出したのであった。
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