第8話「判断と決断」
ツェツィリアとシャルルは、カフェを出た。
王都は、相変わらず人通りが多い。
目の前の通りも、多くの人が行き交っていた。
自分の住む世界と違う王都とはいえ、シャルルは興味深そうに眺める。
何となく景色を眺めていたシャルル。
ツェツィリアを見て、ハッとした。
いきなり、とんでもない事が起こったのである。
シャルルの少し前を歩くツェツィリアは、通りを行きかう人々の中へすたすた歩いて行った。
そして、人ごみが全く途切れないのに、ためらうことなく突っ込んだのだ。
『ツ、ツェツィリア!? あ、危ないっ!』
叫ぶシャルルの身長は、楽に170㎝を超え、騎士になる為の鍛錬で肉体は逞しい。
片や、ツェツィリアの身長は150㎝を切る。
小柄であり、更に細い。
とっても華奢な少女だ。
シャルルの脳裏には、通行人にぶつかって転倒し、容赦なく足蹴にされてしまうツェツィリアの姿が浮かんだ。
しかし!
不可思議な事に、ツェツィリアは『人ごみ』をするりと抜け、通りの向こう側に立っていた。
そのうえ、シャルルに向かって、笑顔で手まで振っている。
『え? ぶつからずに? す、すり抜けた? ななな、何故だ?』
『さあ、シャルル、早く! こちらへいらっしゃい』
『え?』
さすがにシャルルも、念話には慣れた。
なので、驚かない。
ツェツィリアの声が、いきなり心に響いてもだ。
シャルルが驚いたのは、ツェツィリアの行った奇跡的ともいえる『通り抜け』である
そして、人ごみをまるで無視して来いと言った、ツェツィリアの無謀な指示に対してでもある。
しかし、シャルルの不安な心の内を言い当てるように、
『大丈夫、そんなに心配しなくても、絶対にぶつからないわ』
臆するシャルルを見て、ツェツィリアは安全を約束してくれた。
細い綺麗な指が生えた、小さな手が招いている。
戸惑う幼い子供へ、若く美しい母親が「おいでおいで」をするように。
『…………』
シャルルはごくりと唾を飲み込む。
いくらツェツィリアが言っても駄目だ、躊躇ってしまう。
常識の壁が立ちはだかる。
絶対にぶつかって倒される。
さっきの男みたいに、ぶつかった相手から、酷く罵倒されるに違いない。
『あ!』
シャルルは、改めて思い出した。
よくよく考えたら、ツェツィリアは夢魔だと。
なので、不思議な力を使えるのは当たり前である。
魔法か何か分からないが、底知れぬ魔族の力を使って、奇妙な技を使ったのかもしれない。
しかし、シャルルの予想はものの見事に裏切られた。
『うふ、ぶつからないのは当たり前。さっきのカフェを出た瞬間、私達の肉体は消え失せているから』
今?
何を?
ツェツィリアは、一体何を言った?
驚いたシャルルは、思わず聞き直してしまう。
『え? 何? わわわ、悪いが、も、もう一回言ってくれ!』
『うふふ、もう一回? OK、私達はね、既に肉体を持っていないのよ』
『はぁ!? に、に、肉体が無い? も、持っていない?』
シャルルは、先ほどから驚かされてばかりだ。
慌てて、腕をつねってみた。
「痛い!」
ちゃんと感触がある。
魂だけとは、思えない。
しかし、ツェツィリアは
『そう! 貴方が今迄、五感を持っていた仮初の肉体は外したわ……あれは魔法でつくられたレプリカの肉体なの』
『ににに、肉体を外すぅ? そ、そんな事が?』
『出来るの! 方法の詳しい説明は省かせて貰うわ。貴方に話しても理解出来ないから』
『ううう、分かった。でも、身体がレプリカ? 偽って事か? ど、どうして?』
『うふふ、そんなの決まっているじゃない。貴方と私でカフェのお茶とケーキを、生身の身体で美味しく食べる為よ』
『な!? お茶とケーキを? 私と美味しく?』
『その通り。だけど、これから貴方が私と一緒に行く旅路では、肉体など却って邪魔。だから精神体になったってわけ』
『ええっと、精神体とは?』
『簡単に言えば、今の私達は魂だけの状態って話よ』
『はぁ? 魂だけ?』
『ええ、時間と距離を一気に克服する為にね。肉体という殻を捨て、魂だけになったのよ』
『…………』
『だから、こんな障害物なんて大丈夫って事! さあ、シャルル、こっちへ来なさい』
『…………』
ツェツィリアがいくら呼び掛けても、シャルルは動かなかった。
笑顔のツェツィリアが、徐々に厳しい表情を見せ始める。
『もう! シャルル! いいかげん勇気を出しなさい。こんな小さな決断はたいした事はないし、私が今更嘘を言っても仕方がないじゃない』
『…………』
確かに……
ここでツェツィリアが、シャルルに対し、嘘を言うメリットなどない。
『まずは自分が置かれた状況を冷静に分析し、的確に判断力を働かせて』
迷うシャルルへツェツィリアは言う。
まるで、優秀な教師のように……
『置かれた状況を冷静に分析……的確に判断力を働かせる……』
ツェツィリアは嘘を言わない。
現にツェツィリアは簡単に渡った。
自分も多分、ぶつからないで、道路を渡れる。
だが、もしもぶつかったら……
『王様にはね、分析力、判断力が絶対に必要よ。そして迅速で正確な決断力も必要なの。いずれ貴方が王になったら、もっともっと大変な決定をしなくてはならなくなる』
きっぱりと言い切るツェツィリア。
美しいルビー色の瞳は、呼び掛けるシャルルを見ているようで見てはいない。
彼女の瞳の焦点は、はるか遠い未来へ向けられていたのであった。
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