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悪魔☆道具  作者: 東導 号 
裸の王子様編
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第5話「異世界への旅立ち」

 シャルルは、ハッとする。

 先ほどまでと周囲の景色が、一変していたからだ。


 今、自分が居るのは見慣れた王宮の私室ではない。

 何と! シャルルはひとりにぎやかな街中に立っていたのだ。

 時間も深夜真っ只中の筈だったのに、真上には太陽が昇り、燦々と暖かい陽光が送られていた。


「ふふふ、どう? 旅に出た気分は?」


 背後から、いきなり聞き覚えのある声が掛かり、シャルルが振り返ると……

 夢魔と名乗った筈のツェツィリアが、濃紺の法衣ローブを纏って立っていた。


 いつの間にか、ツェツィリアの服装が変わっていた。

 先ほどまで着ていた筈の、独特な黒いメイド服ではない。

 法衣を着たパッと見は、普通の魔法使い風である。


 そして自分はと見れば、シャルル自身の服装も変わっていた。

 シルク製の寝間着を着ていた筈なのに、今纏っているのは光沢のない地味な黒の革鎧なのである。


 わけがわからず、改めて周囲を見たシャルルではあったが……

 忙しそうに通り過ぎる人々の中に、見知った顔は全く居なかった。

 唯一の知り合いといえば、目の前に居るツェツィリアのみである。


「ツ、ツェツィリア!」


 不安になったらしいシャルルに大声で呼ばれ、ツェツィリアは面白そうにウインクする。


「うふ、吃驚した?」


「そ、そりゃ、そうさ! しかし一体、ここはどこだ?」


 シャルルがそう聞いた瞬間。

 どん! と背中を押された。

 同時に吐かれる、容赦ない怒声。

 響いたのは、男の野太い声である。


「馬鹿野郎、邪魔だぁ!」


 男はぶつかった上に、シャルルを睨み付けた。

 エール樽のような、丸々と太った身体をした職人風の男である。


 男の態度にムッとしたシャルルだったが、彼がうっかり立っていたのは、道の真ん中であった。

 ならば、原因は明白だ。

 シャルルは文句なく、通行の邪魔をしていたのだ。


 しかしシャルルは、街中をひとりで歩いた事がない。

 怒りのせいもあって、通行の邪魔をしていた自分に非がある事に、全く気が付かない。


 今にも火花が散りそうになった瞬間。

 すかさずツェツィリアが、睨む男の前に立ちはだかった。

 当然、シャルルの代わりに謝る。


「あら、御免なさい」


 まだ何か文句を言いたそうであった男は、ツェツィリアが微笑みかけると舌打ちをする。


「ちっ、わかりゃいいんだよ」


 男は背を向けると、何故か足早に去って行った……

 腕組みをしたツェツィリアは、シャルルへ振り向くと苦笑する。


「ああ、済まない……」


「いいえ、こんなのお安い御用。それよりここだと通る人の邪魔だし、貴方とゆっくり話せないわ。カフェでお茶でも飲まない?」


「カフェ?」


 シャルルは首を傾げた。

 カフェとは何か店らしい。

 だが、じいやを含めた王宮の教育係からも聞いた事はない。

 なので、全く分からなかった。


「うふ、やっぱりカフェを知らないのね。美味しいお茶を飲みながら、私と貴方のような恋人同士がゆっくり話が出来る場所よ」


「こ、恋人同士って! わ、私にはっ」


 ツェツィリアと恋人同士?

 いや、シャルルにはれっきとした婚約者が居る。

 隣国で、才媛という評判の王女が。


 だがツェツィリアから恋人と言われて、シャルルはどきどきする。

 先に指摘された事はやはり図星であった。

 訓練でも模擬戦でも、男や魔物には臆さないシャルルも女性だけはからきし弱かったのだ。

 反論しようとするシャルルを手で制し、ツェツィリアは言う。


「まあ、良いじゃない。男の子は細かい事は言わないものよ」


 いきなり見知らぬ土地、見知らぬ人達の中へ放り込まれ、反論も封じられ、シャルルはがっくりと俯いてしまったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 シャルルはまだ、ドキドキが止まらない。

 ツェツィリアに手を繋がれ、舞い上がってしまったのだ。


 さすがにシャルルも、女性と手を繋いだことはあった。

 数多居る教育係の中で、ダンスを教える者が40代半ばを過ぎた女性なのである。


 当然ダンスを教授される際に、手を繋ぎ、それどころか身体も密着させる。

 しかし母親のような年齢のダンス教師と、目の前のツェツィリアは全く違う。

 手を繋がれる前に『恋人』などと言われれば、意識するのは尚更だ。


 ……シャルルとツェツィリアのふたりは今、テーブルを挟んで座っていた。

 ツェツィリアのルビー色の瞳が、まっすぐシャルルを見つめている。

 女性に見つめられる事に慣れていないシャルルは、つい目をそらしてしまった。


 大きく目をそらしたついでに、シャルルは改めて『カフェ』の店内を眺めた。

 王宮の大広間より、遥かに狭い室内である。

 狭い部屋なのに、大広間よりずっと多い、小さなテーブルと椅子が詰め込まれていた。


 白い土の質感を生かした壁には、この街の風景らしい絵画が飾られている。


 自分達以外はというと、ツェツィリアの言う通り、殆どの客がカップルであった。

 裕福な客ばかりなのだろう。

 身なりが全然みすぼらしくない。

 そして皆、仲睦まじそうに話している。

 

 中には美しい女も居た。

 しかし、贔屓目かもしれないが……

 シャルルから見ても、ツェツィリアの美しさは群を抜いていた。

 

 数組のカップルからは、逆にシャルル達が見られている事に気が付いた。

 

 やはり自分は、ツェツィリアとカップルに見えるのだろうか?

 シャルルは、少し嬉しくなる。


 やがて頼んだ紅茶が運ばれて来た。

 シャルルがいつも飲む紅茶と違って、淹れたて熱々である。

 王ジェローム唯一の子であるシャルルが、不心得者に害されないよう、常に毒味役が事前確認を行う。

 その為、お茶は勿論、全ての食べ物は冷えたものが運ばれて来るのである。


 店員によりそれぞれカップが置かれ、ツェツィリアが促す。


「うふふ、頂きましょう」


「あ、ああ……」


 恐る恐るカップに口をつけ、紅茶を含むシャルル。

 しかし!


「あち!」


 シャルルは顔をしかめた。

 どうやらいつもと同じように、大目に飲んで口の中を少しだけ傷めたらしい。


「あら……慌てて飲んでやけどしないようにね」


 そんなツェツィリアの注意も、今のシャルルの耳にはあまり入っていないらしい。

 どうやら、淹れたての紅茶の美味しさに感動しているようだ。


「お、おお……」


 目を閉じて唸るシャルルを見て、ツェツィリアは微笑む。


「どう、美味しい?」


「……美味い!」


 熱い紅茶の美味しさが、漸くシャルルに平静さを取り戻させてくれた。

 ツェツィリアの問いかけに対し、シャルルは自信をもって言い切る事が出来たのであった。

いつもお読み頂きありがとうございます。

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