第2話「真夜中の出会い」
ラウルス王国王都エードラム。
この国を治める王族が住まう王宮は通常街の奥の高台に設けられる事が多いが、何と街の真ん中、中央広場にそびえていた。
もう夜も更けている……間もなく日付が変わる時間である。
しかし、ラウルス王ジェロームの息子シャルルは中々、寝付けなかった。
シャルルは、現在15歳。
王ジェローム、ただひとりの息子だ。
つまり、王位継承順位の第一位という事になる。
シャルルを生んだ母クラリスは、亡くなって久しい。
だが周囲の反対をはねつけ、父ジェロームは新たな王妃を迎えてはいなかった。
クラリスを深く愛し、妻は生涯ひとりだけ、後継者もシャルルのみと決めていたからである。
内外に大きな問題を抱えながら、運良く家臣に恵まれた王ジェロームは国政に奮闘する日々である。
そして王たる父同様、王子である息子シャルルにかかる重圧も厳しい。
王位継承者といえど、シャルルが過ごす日々も平穏なものではなかったのだ。
そもそも王の配下であるこの国の騎士は、子供の頃から厳しい日々を過ごしている。
僅か6歳か、7歳になったくらいで、すぐ家を出されてしまう。
父の知り合いである他人の家へ預けられ、騎士になる為の修行をする為である。
いわゆる丁稚奉公といえよう。
騎士の修業とは何も剣技や体術、馬術だけではない。
生きる心構えや礼儀作法、語学、音楽、ダンスまで学ばなくてはならない。
他人の家で世話になっているのだから、当然雑用もやる。
金で雇われている単なる使用人と、あまりやる事は変わらないのだ。
数年経つと、いわゆる従士として、その家の主の間近で騎士のイロハを学ぶ。
教養やスキルと共に必要なのはやはり体力である。
騎士とは、所詮戦士である。
それ故、持久力――すなわちスタミナづくりもかかせない。
そして、20歳くらいで正式な騎士となるのだ。
シャルルは王族、それも王子で次期国王。
王子なので、さすがに他家へは預けられなかったが……
多くの教育係が付き、日々厳しく鍛えられた。
そして今日は、ラウルス王国にとって年に一度の記念日であった。
初代ラウルス王ヴィクトルの誕生日なのだ。
特に今年は、ヴィクトルの生誕500年にあたる特別な記念日なので、王族全員が参加した大規模なパレードが催された。
周囲を多くの騎士に護衛されて、父ジェロームと共にシャルルは馬上にあった。
当然ながら、沿道はパレードを見ようとする群衆でいっぱいである。
ゆっくり馬を歩ませながら、シャルルは父の真似をして、何度も手を振っていた。
当然、特定の誰に対してというわけではない。
逆に誰とも視線を合わせずに、手を振る事を、機械的に繰り返していただけである。
その群衆の中に、ひとりの少女が居た。
全身、黒ずくめな服を着ていた
その服はいわゆるメイド服と呼ばれるもの……雰囲気だけは王宮で働く女性の使用人そっくりであった。
手を振るシャルルに向かって、周囲の群衆は国旗を打ち振ったり、彼と同じように手を振ったりしているのに……
皆が、大きな声をあげているのに……
その少女だけが固く腕組みをして、シャルルを見つめている。
口元も、きゅっと強く締められていた。
手を振るシャルルの目に、ぱっと飛び込んで来たのは少女の肩までの髪。
何と、輝くようなシルバープラチナだ。
そして少女の眼差しは、何故か冷たかった。
肌を容赦なく突き刺す、冬の寒風のような鋭さである。
思わずシャルルは馬上で身体が固まり、バランスを崩しかけた。
必死に手綱を握って、態勢を立て直し、再び見ると……
もう、少女は居なかった。
一瞬のうちに、その姿を消していたのである。
少女の眼差しが、シャルルの心の中に、はっきり残っている。
彼女が瞬時に姿を消したのと対照的に、どうしても消えない……
シャルルは寝返りをうって、仰向けになる。
「まったく、私は……どうかしている、何故あのように気になる?」
ぽつりと、シャルルが呟いた。
と、その時。
「そんなの簡単。貴方はね、私の事が気になっているのよ」
「え?」
いきなり低い女性の声が響き、驚いたシャルルの真上……
真っ暗な闇の中……あの黒ずくめの少女が、部屋の天井近くに「ふわり」と浮かんでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「!!!」
シャルルは、大きな声で叫ぼうとした。
ぱっと起き上がろうとした。
しかし……無駄であった。
声は全く出ず、身体のどこも固くなり動かない。
いわゆる、金縛り状態である。
そんなシャルルの心に、いきなり声が響く。
『うふふ、余計な人が来ると嫌だから、静かに話しましょ』
『…………』
『ねぇ、もう喋れる筈よ』
シャルルが吃驚して見れば、空中に浮かんだ少女はにこにこ笑っていた。
真っ暗な中に浮かぶ少女は、黒ずくめのメイド服のせいか、闇に溶け込んでしまうようだ。
『お、お前は何者だっ! って、何だこれは? お前の声が心に響いているぞっ』
『お前だなんて呼び方は嫌よ。私にはちゃんと名前があるわ、シャルル王子』
『…………』
『私の名はツェツィリア。そして今、私と貴方が話せているのは念話を使っているから』
『ね、念話?』
『ええ、私と貴方の……心と心で話す……それが念話』
ツェツィリアはそう言うと、音も立てず、いきなり降りて来た。
信じられないほど、凄まじい速度であった。
このままぶつかっても構わないという雰囲気で、シャルルに向け、まっすぐ降りて来る。
『う、うわ!』
シャルルは、思わず悲鳴をあげた。
だが鼻と鼻がぶつかりそうな、本当にぎりぎりの距離で、ツェツィリアの降下がぴたりと止まった。
数センチしか離れていない、驚くシャルルの顔を見て、ツェツィリアは再び「にこっ」と笑ったのであった。
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