第1話「滅びた王国」
時刻は真夜中、日付が少し前に変わった。
そんな真っ暗闇の中……
いきなり!
「ぽっ」と、小さな光の塊が浮かび上がる。
まるでジャックオーランタンと呼ばれる、亡者の魂のような、人間の心を異界へと誘うような妖しい光だ……
真っ当な人間が使わない、闇の魔法の力で呼び出された、半永久的に効果が持つ魔法灯である。
その、ゆらゆら揺れる魔法灯を先導させ、ふたりの男女が歩いている。
法衣をまとった長身の男とメイド服姿の小柄な少女……バルバとツェツィリアである……
バルバ達は、音も立てず歩いていた。
良く見れば、ふたりの足は地についていない。
どうやら特殊な魔法を使っているらしい。
ゆっくり進むバルバ達の周囲は、「しん」として静まり返り、ひとけは全くない。
魔法灯りが淡く照らし出す光景は、見渡す限り瓦礫の山、山、山である。
建物は完全に焼け崩れて崩壊し、廃墟を化していた。
廃墟は、最近出来たものではない。
風雨にさらされ、もう長い年月が経っていた。
そう、ここは遥か昔に滅びた王国の都跡なのである……
ツェツィリアが軽く息を吐き、言い放つ。
「あ~あ、寂しい景色、み~んな死んじゃったんだよね……」
「ふん、そうだな。生きている人間は居ない」
鼻を鳴らしたバルバは、辺りを睥睨した。
長身のバルバに思いっきりしなだれかかり、ツェツィリアが甘える。
「ねぇ~、バルバ、これって自業自得?」
ツェツィリアの質問を聞いて、バルバはにやりと笑う。
「ふむ、自業自得か…… そうだな、確かに自業自得だ。この国は愚かだった王により自滅した、すなわち、これがもうひとつのラウルス王国の成れの果て……だな。くくくくく」
「うん! 人間の運命なんて、ホント呆気ないね、うふふふふ」
寂しい気配に反し、バルバとツェツィリアは面白そうに笑った。
どうやらこの廃墟は、ふたりが普段店を構える、ラウルス王国王都の跡らしい。
しかし何故、王国が滅びてしまったのかは……謎である。
しかし、ここは死の都。
ふたりが明るい口調で会話をするのに反して、周囲にはおぞましい瘴気が立ち上っていた。
無残に殺された人々の魂が、怨念という妄執に縛られ、魂の残滓となって残っているのだ。
すなわち、亡霊の中でも凶悪な怨霊である。
怨霊共は相手が何者なのかなどと考えず、バルバ達へ襲い掛かり、恨みを晴らそうとした。
「もう、うっとうしいっ!」
ツェツィリアが顔をしかめ、「さっ」と手を振る。
何故か亡霊の表情が苦痛に歪む。
立ち昇っていた、魂の残滓は煙のように消え去った。
夢魔のツェツィリアが行使したのは、創世神教の司祭が使う葬送魔法とはまた違う、解呪の魔法だ。
現世と魂のつながりを断ち切り、地の底である冥界へ、残滓を容赦なく送り込む魔法なのである。
「む? あそこに女が居るな」
バルバが顎である方向をしゃくった。
「へぇ? あれって、嘆きの妖精?」
ツェツィリアは、興味深そうに眼を細めた。
ふたりの視線の先には、ひとりの女が瓦礫に座っていた。
俯き、元気がなさそうに座る姿はいかにも儚げで元気がない。
「いや、嘆きの妖精ではない。単なる迷い彷徨う亡霊だ、つまらん、放っておけ……」
「でもバルバ、あの服装、多分王族よ。ちょっとからかって来よう」
バルバの声を無視し、ツェツィリアは女の亡霊に向かい、すたすた歩いて行く。
魔法灯もふたつに分離し、ひとつが歩むツェツィリアを「ほわっ」と照らしている。
もしも女の亡霊が怨霊であれば、人間など簡単に憑りつかれ、即座に殺されてしまう……
しかし、ツェツィリアの歩みは全く躊躇がなかった。
亡霊のすぐ傍まで来て、
「ねぇ、お姉さん、どうしたの?」
ツェツィリアはニッと笑い、遠慮なく亡霊の顔を覗き込んだ。
亡霊は、ツェツィリアの言う通り王族女性らしい。
手の込んだ豪奢な衣装を身にまとっていた。
顔立ちは整っており美しく、品もある。
年齢は30歳手前といったところであろうか。
しかし頬がこけ、酷くやつれていた。
「…………」
ツェツィリアが話し掛けても、王族の亡霊は……言葉を発さなかった。
黙って、ツェツィリアを見たのみである。
「うふふ、お姉さん、名前はクラリスって言うんだ。でもさ、貴女って、そんなにこの世に未練があるの?」
ツェツィリアの問いかけにも、亡霊は反応せず黙っていた。
表情に、何の感情も籠っていない。
「…………」
「今のままでいると、クラリス。あんたは良くて首なしの女騎士、もしくは|嘆きの妖精くらいにしかなれないわ」
ツェツィリアのいうデュラハン、バンシーとも人間の死を報せるという女人外である。
彼女達の正体は誰も知らないが、ツェツィリアには心当たりがあるらしい。
何らかの条件を満たせば、目の前の亡霊は化身するのであろう。
「…………」
相変わらず、亡霊は言葉を発しない。
しかし、夢魔であるツェツィリアとは意思疎通が出来ているようだ。
「へぇ! クラリスったら、そんなに心配なの? もうとっくの昔に済んだ話じゃない?」
ツェツィリアは面白そうに問う。
魔法灯に照らされたルビー色の瞳が、きらりと光った。
「…………」
「ふうん、事情はよ~く分かったわ。可哀そうだから、同じ女として力になってあげる」
「…………」
無表情の亡霊は、僅かに微笑んだように見えた。
そして、最後まで無言で、そのまま「すうっ」と姿を消してしまったのである。
一方、少し離れた場所で、バルバは目を閉じて立ち尽くしていた。
腕組みをし、全く身じろぎをしない。
いきなり!
「ぶわっ」と、ツェツィリアの小柄な身体が凄まじい速度で10mほど飛んだ。
そしてバルバの傍らに、音もなく降り立った。
だが、バルバは何事もなかったかのように言う。
目は、閉じたままである。
「あの女にちょっかいを出せば、運命が変わる」
「いいじゃない、ちょっとだけ手助けするくらいなら、後は本人次第だから。だったら運命神も怒らないでしょ?」
「……さあな」
「もし神様が怒っても平気。いざとなれば、バルバが守ってくれるもん」
「……ふん、物好きな事だ」
バルバは目を閉じたまま、吐き捨てるように言った。
しかし、ツェツィリアは怒る気配を見せない。
却って嬉しそうである。
「へぇ、物好きって……それ、私への誉め言葉?」
「…………」
「物好きなら上等。変人の婚約者ですもの、私」
「…………」
「結局、私達は似た者同士ね、そう思わない?」
「…………」
バルバは、先ほどの亡霊のように答えない。
会話が不毛になるからか、万が一照れているのかは、彼の心の内は不明だ。
ツェツィリアはそんなバルバを見て、悪戯っぽく笑ったのであった。
いつもお読み頂きありがとうございます。




