第6話「冥界巡り」
「デボラっ」
夫のマチューが駆け寄り、倒れ込んだ妻を抱き起した。
何がどう影響したのか、デボラは完全に気を失っていた。
愛する妻の仇とばかりに、マチューはキッとバルバを見つめる。
「わ、私の妻に何をするっ!」
怒りに満ちたマチューの視線。
だがバルバは、全く気に留めない。
それどこから、冷徹な表情でマチューを睨みつける。
「それはこちらの台詞だ。俺の大切な魔道具を、嘘つき女が壊して貰っては困る。とても高価なモノだからな」
「な、何おっ!」
言い返すマチューであるが、バルバは腕組みをしたまま静かに問いかける。
「わめくな、男……」
「は!?」
「お前にも聞こう……正直に答えろ」
「な、何がだ?」
「お前がこのオリヴィアへ告げた事は、嘘をついていないと誓えるな?」
「そ、そ、そ、そうさ! う、う、嘘などついていない」
マチューは、デボラよりずっと小心のようだ。
バルバに問い質されると、言葉を噛んだ挙句、俯いてしまった。
次にバルバは、自らオリヴィアの『姉』と称するサンドラを見る。
サンドラは両親の醜態に驚きながら、必死に平静さを保とうとしていた。
「最後は娘だ、お前も、けして嘘をついていないな?」
「そ、そうよ! 私は正直よっ」
「ははははは、嘘付きどもめ! ならば……お前達の行き先はここだ」
バルバは高らかに笑い、またもピンと指を鳴らした。
意識を失っているデボラは勿論、マチュー、サンドラの身体がびしっと硬直したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「え? ここはどこ?」
「な、何だ、何が起こった!」
「う、嘘でしょ!」
気が付いたら……
デボラ、マチュー、サンドラの親子3人は肩寄せあって立っていた。
見回すと……周囲の景色が変わっている。
ベルジェ商会の応接室ではない……見ず知らずの荒野である。
草木も殆ど無い砂漠が続き、赤茶けた岩があちこちに転がる肌寒い雰囲気であった。
3人の目の前に大きく広がる空は、白い雲など一切無く、濃い紫一色である。
砂漠にはところどころ、巨大な岩山があった。
「ひひひ、どこかと聞かれれば、ここは異界……お前達が冥界と呼んでいる場所だ」
いきなり、デボラ達へ背後から声が掛かった。
全く、聞き慣れぬ声であった。
老人のような、はたまた少年のような、人間離れした奇妙な声である。
「は、わぁ!?」
「だ、誰だ!」
「め、冥界!?」
3人は叫び、思わず振り向いた。
すると、そこに居たのは……ひとりの異形であった。
身長は小柄で、150㎝くらい。
山羊のような二本の角を生やし、とがった耳が左右に付いていた。
吊り上がった大きな目と、鷲鼻が厳めしい雰囲気を醸し出す。
全身は真っ黒な剛毛で覆われており、衣服は身に着けていない。
そして、何か、槍のような武器を抱えている。
「「「ぎゃあああっ!!!」」」
デボラ達は同時に悲鳴をあげた。
退治されて死体となった、猿のようなゴブリンを王都で見た事くらいはあるが……
今迄3人は、このような未知の異形に会った事はない。
驚愕し、怖れるのは当然の反応であった。
一方、異形は平然としていた。
そして、
「お前達は、デボラ、マチュー、サンドラの3名で間違いないな?」
いきなり3人の名を呼んだのである。
「ひぃぃ………」
「あううううう」
デボラとサンドラは、恐怖のあまり腰を抜かしてしまった。
かろうじて持ちこたえたマチューが、異形へ指をさし、震える声で問い質す。
「き、き、貴様! ななな、何者だぁ!」
マチューの問い掛けに対し、異形は自らを指さす。
「俺か? 俺は悪魔ベリアス。ある御方の眷属だ。お前達を案内するよう命じられている」
悪魔!?
相手の怖ろしい正体を聞いた3人は絶叫する。
「「「ぎゃああああっ!!!」」」
再び大声で叫んだデボラ達は、完全に固まってしまった。
悪魔ベリアスは3人を見て、眉を顰めると、大袈裟に肩を竦めた。
「うるせ~な。いちいち騒ぐなよ。お前達は生きたまま、死後に堕ちる冥界へ行くのだぞ」
「あわわ………」
「おおお………」
「ひぃ…………」
「ふん! 重罪人でありながら、お前達は恵まれている。冥界でどのような罰を受けるか、死ぬ前に実地で体験する事が出来るんだ。これはな、ある御方からの特別な取り計らいなのだぞ」
ベリアスは「にいっ」と笑うと、話を続ける。
「面倒だから、お前達から悲鳴を含めた言葉を取り上げる。俺の言う事を黙って聞くが良いや」
ピンと指を鳴らしたベリアスは、更に大きく口を開けた。
口の中は真っ赤であり、無数の鋭い牙がびっしりと生えている。
「ぎゃは! 判決を申し渡す! お前達は邪淫、貪欲、離間の罪を犯している。肉欲に溺れ、不和分裂の種を蒔いたのだ」
「…………」
「…………」
「…………」
デボラ達は大きく目を見開いたまま、身動きが出来ない。
ベリアスの魔法で身体の自由と言葉を奪われているのだ。
ただ一方的に、ベリアスの言葉を聞くしかない。
「そしてお前達がやった最大の罪は裏切り。この冥界において最も重い罪なのだぁ」
「…………」
「…………」
「…………」
「ふひひひ、これから全て体験させてやるぜ。まずは邪淫か、対象はっと……おお全員じゃね~か。デボラとマチューは不倫、娘のサンドラも妻子ある男と不倫しているな。お前達はみだらな肉欲に溺れた罪で暴風に放り込まれ、身体が何度もバラバラになるんだ。肉はぶっ千切れ、骨も粉々。当然、すっげぇ痛い、これお約束」
「…………」
「…………」
「…………」
「おっとぉ、心配するなよ、また身体がすぐ元通りになって、またもバラバラ……ず~っと未来永劫、激痛の繰り返しだからな」
「…………」
「…………」
「…………」
「次の貪欲は悪徳を積んだ罪。これも全員だ。お前達は超重い金貨袋を転がしながら、互いに罵り合う。ふんころがしみたいな事やりながら、大声で怒鳴り合うのもおつなもんだ」
「…………」
「…………」
「…………」
「その次は離間だ。身に覚えがあるよな、マチュー。お前は夫あるデボラを誘い、バッチリ仲たがいさせただろう? 応じたデボラも同罪! おいおい、サンドラもかよ。さっすがふたりの娘、血は争えねぇ。火遊びが、いずれ本妻にばれて相手の家庭は大騒動、家族崩壊。それを結構楽しみに待ってるじゃねぇか」
「…………」
「…………」
「…………」
「離間の罰もえぐいぜ。俺達悪魔が、お前らの身体を好き勝手に裂き、切り刻み、内臓を露出する。人間は皆、痛みで絶叫する。これが阿鼻叫喚って奴?」
「…………」
「…………」
「…………」
「そして最後はお待ちかねの裏切り者への大罰だ。信じられないくらい冷た~い、即座に身も凍る嘆きの川に沈められ、永久にガチガチな氷漬けだ。すっげぇ楽しみだろ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「以上で俺の説明は終わり! 論より証拠! さあさあ、ご機嫌な冥界巡りへと繰り出そうじゃねぇかぁ!」
無言で、恐怖におののくデボラ達を見て……
満足そうに笑ったベリアスは、蛇のような舌を出して、ぺろっと唇を舐めた。
そしてまたピンと指を鳴らす。
瞬間!
ベリアスと、デボラ達の姿はかき消すように居なくなったのであった。
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