第5話「偽りは無駄」
オリヴィアは、デボラの『挑発』をスルーする。
我慢に我慢を重ねているのが、傍から見ても分かる。
「そちらへ…………お座りください」
オリヴィアが自分達のペースに乗らないと分かり、諦めたデボラは夫と娘を促して長椅子に掛けた。
一家3人はやはりというか、目の前の香炉と鏡を物珍しそうに眺めている。
ずうずうしいデボラ一家を見て、ため息をついたオリヴィア。
重い口を開く。
「……では早速お話を始めます。今回、事実関係をはっきりさせたいと思いまして……このバルバさんへお願いしました」
「バルバだ、王都で魔法鑑定士をしている。今日はオリヴィアに頼まれて立会人をする事となった」
座ったままの紹介は、あまりにも不自然なのだが……
これも、バルバの指示であった。
当然、デボラは「何故なの?」という顔をする。
紹介のやり方だけではなく、バルバの職業に関しても違和感を覚えるのだ。
ちなみにバルバは、人間の王国ラウルスの資格試験をパスした、れっきとした国家認定のA級魔法鑑定士なのである。
「へぇ、魔法鑑定士? 魔道具の鑑定人じゃない。でもさ、遺産相続の話し合いなのよ。法律関係の人でもないのに、場違いじゃない?」
しかしデボラの問い掛けも、バルバは一切無視した。
「さて女よ、まずは誓って貰おうか」
「女って何よ! 誓う? 一体何をよ」
「簡単だ。これからお前は真実のみを語るという事をだ」
「お前って失礼な! それに真実? 清廉潔白な私が嘘なんてつくわけがないでしょ」
「ならば良い。お前はオリヴィアの父ジョエルの子を産んだのだな?」
「そうよ! サンドラはジョエルの子よ! れっきとしたね」
「ふむ……だがもしも今言った事が嘘なら……女、お前は冥界の底へと堕ちる。覚悟しておくことだ」
「な、な、何よ、大袈裟ね! はったりを言わないでよ」
「そう思うのは勝手だ。とりあえず女、この鏡の前に立って貰おうか」
「んまぁ! さっきから本当に失礼ね! 女なんて呼ばないで!」
「うるさいぞ、女。わめかずに、さっさと立て……俺に同じ事を言わせるなよ」
「ひ!」
バルバから真っすぐに見つめられたデボラは、顔面蒼白となっていた。
冷たくデボラを見つめるバルバのダークブラウンの瞳は、玻璃のように澄んでいて何の感情も籠っていなかったからだ。
バルバの目力に圧倒されたデボラは、つい「ふらふら」と鏡の前に立った。
すると……
今迄透明な鏡に、何かが映っていた。
映るのが、デボラひとりの筈が違う。
何と、若い男と女である。
「あ、あれは!? わ、私? む、昔のぉ!?」
鏡に映っていたのは30年前のデボラであった。
今の体型とは全く違う、スタイルの均整が抜群にとれていた。
溌溂として、若さに満ち溢れている。
片や男の方は……
「ジョエル!」
「え? お父様?」
デボラの叫びを聞いたオリヴィアも、吃驚して鏡を覗き込む。
鏡に映る男は彼女には見覚えがない若い男ではあったが、確かに亡き父ジョエルの面影がある。
……鏡の中の男女は、何か口論しているようだ。
鏡から、声は発せられないが……何と、いきなり!
この場に居る全員の心に、ふたりの会話が聞こえて来た。
『デ、デボラ! では私の下を去ると言うのか? お前と結婚したばかりだというのに!』
『ええ、もう貧乏はたくさん! 貴方は私を満足させるような暮らしを作れないから』
『そんな!』
『貴方は男として夜も駄目! ベッドの私はず~っと欲求不満なんだもの』
『わ、私は! お前が初めての女だった。精一杯頑張って愛したつもりだったが』
『全然、駄目! 全然、貴方はへたくそ! マチューの方がすっごく上手いわ』
『マチュー?』
『新しい彼よ! お金もたっぷり稼ぐし、エッチは上手い、貴方とは大違い』
『デボラ、お前……私の妻でありながら……浮気をしていたのか?』
『うふふ、私は結婚なんかに縛られない女なの、さよなら~』
鏡の中の女——若き日のデボラは高笑いしながら去って行く。
後には、呆然としたジョエルだけが残されたのである。
若き男女を映していた鏡の表面が一瞬暗くなり、新たに違う男と女が浮き上がる。
こちらはひと目で分かる。
現在の、デボラとマチューである。
ふたりは、何やら相談しているようだ。
『そうか、遂にジョエルの奴が死んだか?』
『そうなの、ねぇ、チャンスだと思わない。あいつは今や大きな商会の会頭なんだって。結構な金づるになるわ』
『だな、離婚した後もお前の事を心配して会いに来ていた事実を利用してやれば良いさ』
『うふふ、サンドラを、貴方との子を……あいつの子に仕立てれば、遺産はがっぽりよ』
何とも不可思議な鏡であった……
映し出されたのはいずれもデボラの裏切り
若き日に犯した、最初の裏切り。
次に映し出されたのは、二度目の裏切り。
そして今行っている行為は、度重なるデボラの裏切りに対して、無償の愛で応えてくれた優しいジョエルに対するとんでもない非道である。
デボラの『罪』は全て明らかになった。
魔道具、浄玻璃鏡の恐るべき力である。
「こんなのインチキ! う、嘘よっ! ああ、ありえないっ!」
自分の悪逆な行為を、全て晒されたデボラは絶叫した。
呆然として、立ち尽くすデボラであったが、ハッとする。
この映像を、これ以上オリヴィアへは見せていけないと思ったらしい。
テーブルの上にあった香炉を鏡へ投げつけようと考えたのか、手を伸ばした瞬間。
バルバの指が「ピン」と軽やかな音を立てて鳴る。
その瞬間、デボラの身体は脱力し、へなへなと床へ崩れ落ちていたのであった。
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