第1話「不思議な夢」
ラウルス王国王都エードラムの商業街区から一台の馬車が中央広場へ向かって走っていた。
商人用の馬車であろうと思われる車内には、妙齢の美しい女性がひとり。
深く座席へ、座り込んでいた。
肩まで伸ばした綺麗な栗毛が、馬車の揺れと同時に揺れる。
鼻筋が通った端麗な顔立ちだが、鳶色の瞳には不安の色がある。
全身が強張り、酷く緊張していた。
暫し馬車は走り、中央広場の片隅に止まると、女性だけが降り立った。
御者へ何か話していたところを見ると、迎えの時間でも指示していたのだろう。
女性は迷うことなく、職人通りへと向かう。
そして手前の路地を入って、足早で歩いて行く。
到着したのは、さえない古ぼけたガーブルタイプの建物の前だ。
1階の店舗の扉は重厚な樫の木で出来ていて、渋い獅子のドアノッカーが取り付けられていた。
そして、そんなに大きくない木製の看板が掲げられている。
表面には達筆な文字で店名が書かれていた。
魔道具の店『放浪』と。
「ああ! ほ、本当にあったわ……このお店」
女性は小さく頷くと、震える手で獅子のドアノッカーを掴んで「ごん、ごん」と鳴らしたのである。
すぐに扉が開いた。
顔を出したのは、シルバープラチナ髪の少女——ツェツィリアである。
「うふふ、オリヴィア。必ず来ると思って、待っていたわ」
「あ! や、やっぱり! あ、あ、貴女は……実在していたのね、ツェツィリア」
このような会話をするのは理由がある。
今から少しだけ時間は遡る……
まだ、昨夜の事だ。
いろいろな心に負荷がかかる出来事があって、最近女性――オリヴィアは眠れぬ夜を過ごしていた。
それが昨夜はつい珍しく眠り込んだ……
だが、眠りは浅かったのだろう。
奇妙な夢を見たのである。
はっきりと憶えていた……
夢の中で……オリヴィアはひとり、王都中央広場を歩いていた。
この王都はオリヴィアにとって生まれ育った街だし、中央広場は馴染んだ場所だ。
しかし不思議な事に、周囲には自分以外誰も歩いていない。
王都エードラムの人口は約5万人……
普段は、とても混雑しているのに……
やがて自然に足が職人通りへと向き、すぐ手前の路地へ入って右に曲がり突き当ると……古ぼけたガーブルタイプの建物があった。
この路地も子供の頃から良く知っている筈……
だが、目の前にあるのは全く見た事がない店であった。
1階の店舗の扉は重厚な樫の木で出来ていて、渋い獅子のドアノッカーが取り付けられていた。
そして、一度も入った事のない店なのに……
迷わず、オリヴィアはドアノッカーを使う。
ノッカーで叩くと、すぐ扉が開き、出て来た15歳くらいの少女は優しい笑顔を浮かべていた。
美しいシルバープラチナの髪が「ふわっ」と風になびいている。
『私はツェツィリア。この店へ来たって事は……オリヴィアは助けて欲しいのね』
『え? 何故私の名前を?』
『全部分かるわよ……オリヴィアは今、困っていて、とっても辛いんでしょ?』
『…………』
『解決に向けて、きっと良い方法が見つかるわ。対価はしっかり頂くけど』
『…………』
『貴女がもし……助けて欲しくなったら、このお店、放浪へおいでなさい。……来る道順は、分かるわね?』
助ける?
この夢は、まさか正夢?
オリヴィアは……ここでパッと目が覚めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日……
オリヴィアは夢の通りに王都を歩いた……
そして魔道具店放浪へたどり着き、ツェツィリアに会ったのだ。
夢で見た通りとはいえ、不安そうなオリヴィア。
強張った表情のオリヴィアをリラックスさせるかのように、ツェツィリアは優しく微笑む。
「うふふ、遠慮せず、中へどうぞ」
「は、はい……失礼します」
おずおずと店内へ入ったオリヴィアは、殺風景な店内の様子を見て息を呑む。
陳列棚を見ても、碌に商品が並べられていないのだ。
まともに商売をしているとは到底思えない。
「あ、あの……」
戸惑うオリヴィアであるが、ツェツィリアは相変わらず笑顔で誘う。
「あそこで店主が待っているわ。さあ、遠慮せず向かい側へ掛けてね」
「はぁ……」
何という接客であろう。
客が来たと言うのに、店主が出迎えもしないのだ。
ツェツィリアが指し示した方向を見れば、実用的な応接セットがあって、入り口側の長椅子に店主らしき男が座っていた。
背を向けて座っているので、オリヴィアから人相は分からない。
着ているものだけが見えるが、黒に近い色の法衣らしい。
「し、失礼します」
実はこのオリヴィア、王都でも有数の規模を誇るブシェ商会の女主人である。
もしも自分の部下がこの店の店主のような対応をしたら、即刻解雇だと思う。
オリヴィアは長椅子に座り、正対して店主を見る。
店主は男である。
年齢は、多分30代半ばを少し超えたくらいと思われた。
少し日に焼けた、鼻筋が通った彫りの深い顔立ち。
目は切れ長で、ダークブラウンの澄んだ瞳が思慮深いという印象を与える。
締まった口元が、意思の強さも感じさせる。
態度はとっても不作法ながら、パッと見はいたってまともな男である。
「ああ、俺がこの店の主だ」
「初めまして……オリヴィア・ベルジェと申します」
「うむ、バルバだ。……では、早速依頼内容を話して貰おう」
初めて来た店……
初めて会う人達……
不思議な夢を見たから……ついすがりたくなって来た自分……
最早完全に袋小路となって、有効な打開策がなかったから……
だけど……
ここへ……この店へ来れば何とかなる。
ツェツィリアの言った通り、きっと良い方法が見つかる。
おぼろげな夢とはっきりした現実の一致に戸惑いながらも、オリヴィアには妙な確信があったのだ。
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