第6話「対決」
アールヴの国イエーラの都フェフの遥か上空……
満点の星の下、ひとりの男が空中に浮かんでいた。
闇に溶け込むような漆黒の法衣を纏った男が、冷たい笑みを浮かべながら、遥か眼下を見下ろしているのだ。
法衣姿の男は……バルバであった。
彼が浮かんでいる位置は、フレデリカの婚約者コスティの住む屋敷、その丁度真上なのである。
「くくくくく……これで契約は果たされた」
バルバが、満足そうに呟いた瞬間である。
「お前は何者だ?」
いきなり、バルバへ向けて凛とした声が響く。
バルバが声の方を見やると、10mほど離れた空中にひとり、アールヴの男が浮いている。
どうやらバルバ同様、魔法を使っているらしい。
腕組みをして立つ男は、長命といわれるアールヴの中でも結構老齢な趣きをしていた。
バルバはつまらなそうな顔をし、「ふん」と鼻を鳴らす。
「俺に気付かれずに魔法を使うとはな……」
「…………」
しかしアールヴは、黙ってバルバを見つめていた。
一方、バルバも同じように、じっとアールヴを見た。
そして感に堪えないよう言う。
「ほう! その巨大で独特な魔力波が告げている、お前はソウェルだな?」
ズバリ、バルバが言うと、老齢のアールヴも「にやり」と笑う。
「……いかにも。……お前が、魔力波読みで見抜いた通り、儂はソウェルのルードヴィーグ……ルードヴィーグ・リンドロースだ」
バルバが、見抜いた通りであった。
ちなみに同姓のルードヴィーグは、今回の依頼人フレデリカの祖父にあたる。
バルバがルードヴィーグの正体を見抜いたのと同様……
誰もが気付かない筈のバルバの気配——すなわち魔力波をルードヴィーグは捉えたのだ。
そして瞬時に、転移&飛翔魔法を使い、バルバを追って来たのである。
「ふ! やはり、そうか……俺はバルバ」
バルバがいつも通りに名乗ると、ルードヴィーグは首を横に振る。
「ふむ、バルバか……それは所詮、仮初の名であろう」
「…………」
「お前の本当の名は……バルバトス……冥界に住まう悪魔だ」
バルバは、聞いた事がある。
全アールヴを纏める現ソウェル、ルードヴィーグの力は神にも近い底知れぬものとまで言われていると。
噂通り、ルードヴィーグは、バルバの正体を即座に見抜いたのだ。
悪魔バルバトスは、古の魔法王が使役したとされる72柱悪魔の1柱だ。
本来は大魔王ルシフェルの忠実な配下なのである。
世界の根幹を為す4人の上級精霊、高貴なる4界王とも通じているとされており、絶望、悪意、無慈悲、苦難、損失などの怖ろしい理を担う。
見抜かれたバルバ……いやバルバトスは苦笑する。
「ほう! さすがは、神代から7千年生きたルードヴィーグ……いかにも俺は悪魔バルバトスだ」
バルバトスが名乗ると、すかさずルードヴィーグは尋ねる。
「その悪魔が……わざわざこのアールヴの国イエーラへ、何の用で来た?」
悪魔とは災いをもたらす存在という認識は、人間もアールヴも同じである。
すなわち、『招かれざる客』という意味だ。
「うむ、客から依頼を受けたのでな」
「依頼だと?」
怪訝な表情で聞くルードヴィーグに対し、バルバトスは悪戯っぽく笑う。
「ああ、依頼だ。まあ一種の人助け……いやアールヴ助けだな」
「何? アールヴ助けだと?」
「大事な客との守秘義務があるから、それ以上は言えん。まあ、明日になればはっきりするさ」
「何? 明日になればはっきりするだと?」
「ああ、その時、お前は俺に感謝する筈だ」
「感謝? 一体、どういう意味だ?」
感謝?
意外な言葉が出て来たと、ルードヴィーグは首を傾げる。
しかし油断はならない。
悪魔はこうして、相手をたばかるのが最も得意なのだから。
「うむ、悪いがこのまま失礼させて貰うぞ。俺は結構忙しいのだ」
「儂と……遊ぶ暇はないと、そう言うのだな?」
「ああ、そうだ、ルードヴィーグよ、とりあえずお前と遊ぶ気はないが、どうする?」
ここでふたりが言う「遊ぶ」とは、戦いを意味する。
つまり、バルバトスは戦う気がないと言っているのだ。
ルードヴィーグが見ても、今のバルバトスに戦う意思はないようだ。
だが、ルードヴィーグは警戒を解かない。
「悪魔のような外道の言葉を信じる気は全くないが……お前からは殺気を感じない。この国で誰かが害された気配もない……」
「だから言っている。ルードヴィーグ、お前は俺に感謝すると。何故ならばアールヴの輝かしい未来を、この俺が開いてやったからだ」
「何! 輝かしいアールヴの……未来だと!?」
ルードヴィーグが、バルバの謎めいた言葉に動揺したその時。
「ふっ」とバルバトスの姿が消え失せた。
ほんの一瞬のスキをついて、転移魔法を使ったのである。
だがルードヴィーグは、敢えて後を追わなかった。
悪魔の言った事とはいえ、バルバトスが放つ魔力波は嘘を告げていない事が分かっていたからだ。
「う~む……」
7千年生きたアールヴの長は、バルバトスが消えた辺りを眉間に皺を寄せ、暫く睨みつけていたのである。
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