第1話「暗き迷宮の奥深くで……」
この宇宙の、時空と次元のどこかに……
かつての中世地球と、よく似た異世界がある……
アトランティアルと呼ばれる大陸は、地球と同じ真っ青で広大な海に囲まれ、はっきりした四季も訪れる気候だ。
そのアトランティアル大陸中央に位置するのが、ラウルスと呼ばれる人間の王国である。
周囲をいくつかの国に囲まれ、数百年平和は続いていたが……3年前にちょっとした確執が原因で隣国ロドネアとの間に戦争が起こった。
結局、戦争は2年間続いて、去年終結した。
幸い、双方が『本気』を出さなかったせいもあり、ラウルスもロドネアも存亡に関わる致命的な痛手は受けてはいない。
だがこの戦争で、両国は何も利益を得なかった。
相手の領土も奪えず、悪戯に自らの国力を消耗しただけだ。
それ故、戦争を終えたばかりのラウルスは少々疲弊しており、まだ国情が安定しない。
そのラウルス王国の王都近郊には、深い迷宮が存在した。
地下全50層からなる巨大な迷宮であり、いつ頃からあるのか誰も知らない。
一説によると、数千年前に建国されたラウルス王国より遥かに古い迷宮とされていた。
通常、地下迷宮は下層に行けば行くほど、強い高レベルの魔物が出現する。
同時に発見且つ獲得出来る財宝も、レアで高価なものとなって行く。
それ故、冒険者達は自己の鍛錬と財宝の獲得を狙い、最終的に迷宮の最深部を目指すのである。
長い長い、年月が経つうちに……
迷宮の上層部は、魔法の理を使用した半永久的に持つ灯り――魔導灯が完備され、整備されて行った。
今や……冒険者向けの装備品や、携帯食料等を扱う商店もたくさん出来ている。
だが、今見える場所には店どころか、人すら居ない。
上層のように魔法による灯りがないので、何もない暗黒の世界、漆黒の闇である。
誰かがすぐ隣に居て、鼻をつままれても分からないくらい何も見えない。
空気も、酷く淀んでいた。
すえたような臭いを発する大気が、べたつくように立ち込めている。
そう、ここは迷宮の地下40階を超えた下層部なのだ。
気を抜けば、命を簡単に失う危険が一杯な下層部では、魔導灯を設置出来るような余裕はない。
また……わざわざそのように、親切な事をする冒険者も居ない。
上層しか攻略出来ない中級レベル以下の冒険者では、想像する事も出来ないくらい、凶悪な怪物共が出現した。
また、巧妙に隠されたえげつない罠が点在する危険にも満ちていた。
それ故、日々、数えきれない冒険者が命を落としていたのだ。
冒険者達が死ぬのは、己のレベルを過信し無謀な挑戦による原因が殆どであったが、中には全くの例外もあった。
今、ここに居る彼も……そのひとりである。
真っ暗闇の中、革鎧を纏った20代半ばを少し超えたくらいの、若い男が放心したように座り込んでいた。
若い男は、致命傷こそ負っていなかったが出血がひどい……
着ている革鎧は戦いの末、食いちぎられ、引き裂かれ、ぼろぼろになっている……
「はぁ……もう、打つ手はなし……かよ……」
あまりにも古い為、所々ひび割れ、壊れかけた石壁に、冒険者は力なくもたれかかっていた。
彼の口から呟かれたのは、もはや生存を諦めた絶望の声である。
冒険者が嘆くのも……無理はなかった。
『ぼろぼろ』になった彼の四方を、人肉を好む飢えた怖ろしい怪物共が取り囲んでいたのである。
一分のすきもなく取り囲み、冒険者へじわりじわりと迫る、怪物の名はオーガ。
体長はゆうに5mを超え、全身を剛毛と凄まじい筋肉の鎧に覆われている凶悪な魔物だ。
人間の10倍以上の膂力を誇り、低レベルの冒険者など簡単に引きちぎられる。
そして……頭から骨ごと喰らってしまう。
そのオーガが、数十以上もの群れで、冒険者をびっしり取り囲んでいるのだ。
戦って奴等の包囲を突破して行ける可能性は、全くと言っていいほどない。
無理に突破しようにも、冒険者の手元にはもうろくな武器もないのである。
先程から散々戦った末、根元からまっぷたつに折れた古い鉄剣しか。
「まさか地下10階に転移の罠があるとはなぁ……俺はついていない」
……冒険者は嘆いた。
転移の罠……
それは不幸にも引き当てた者を、ランダムに迷宮のどこかへと送る怖ろしい罠であった。
そう、まるで予想もしない場所に……
はっきりいえるのは、冒険者が今居る場所は彼が楽に探索していた上層部とは全く違う。
凶暴なオーガが出るこの場所が、最下層に近い遥かに深い階層という事だけ。
この若い冒険者は、同行していたクランの探索役であるシーフが未熟さ故、宝箱の罠解除の失敗を犯した事に巻き込まれた。
いきなり罠が発動して、クランメンバーと切り離され、たったひとりこのフロアへ転送されてしまったのだ。
結果、階層不明のフロアで、真っ暗闇の中、オーガの群れに遭遇した。
いわゆるモンスターハウスである。
必死に血路を開こうとしたが、相手の数が多過ぎて状況はあまりにも厳し過ぎた。
やみくもに剣を振り回して漸く2体ほど倒したが、集中攻撃も受け全身に深い傷を負ってしまったのだ。
冒険者はフロアの片隅に追いつめられ、死を待つ寸前だったのである。
「くそ、こ、こうなったら、生きて喰われるより……やけっぱちで戦って死んでやる……その後は俺の屍を好きにするが良いさ」
冒険者がそう呟いた時であった。
「ぶちゃっ」という肉が破砕される、派手な音がしたと同時に、
「ぎぃゃあああ~っ」
「ぴぎゃああああっ」
「あひゃああああっ」
それまでじりじりと包囲の輪を狭めていたオーガ共の一角から、凄まじい悲鳴の声が響いたのであった。
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