第2話「守秘義務」
まだ怒りが収まらず……
頬を、巣ごもり前の栗鼠のように膨らませるフレデリカ。
だがバルバは動じず、穏やかな笑みを向けた。
「さあ、悩みを話してみよ」
「…………」
バルバの問い掛けに対して、フレデリカは無言で答えた。
この状況で、フレデリカが素直に理由を話す筈がない。
まだまだ不機嫌なフレデリカは、口を真一文字に結んでいた。
そんなフレデリカを、バルバは何か探るように眺めている。
暫し経ち、バルバは小さく頷く。
「ふむ……そうか、おおよそ分かった」
「え? おおよそ分かったって、何? わ、私は全然喋っていないのに!」
驚くフレデリカへ、バルバは「ずばり」と直球を投げ込む。
「お前の悩みは既に理解した……はっきり言えば、親が決めた婚約者と結婚したくないのだな?」
「ええええええ~っ!? うそぉ!!!」
目を大きく見開き、絶叫するフレデリカ。
そんなフレデリカを正面から見据えて、バルバは淡々と話を続けた。
「子供の頃に婚約した相手がどうしても好きになれない。それどころか生理的に絶対我慢出来ないくらい大嫌い、いくら大好きな祖父や、うるさい父親の命令だとしても結婚したくない、死ぬほど嫌……そうなのだろう?」
「どどど、どうして!? そ、そこまで分かるのぉ!」
「俺には分かる……フレデリカ、お前がそこまではっきりした魔力波を、強烈に発していたらな」
「魔力波ぁ!?」
「ふむ、悪いがお前の魔力波を読んだ。お前がアールヴの魔法使いなら分かるだろう?」
「まさか! 魔力波読みを使えるの? あ、貴方も魔法使い……?」
「まあ、そんなところだ」
ふたりの言う魔力波とは、魔力から魔法、または行動する際に発せられる波動である。
加えて説明するならば、意思や考えが反映されている波動でもある。
人間だけではなく、他の種族や動物、そして悪魔や魔物などこの世界に生きる者全てが発する。
魔力波読みとは、魔法を用いて波動の形状から、発した者の意思や考えを読み取れる能力を言う。
まさか?
目の前のバルバが魔力波読みの達人で、自分の事情を読み取られてしまうとは……
フレデリカには、とんでもないショックだった。
いきなり目に、涙が溢れて来る。
今日いきなり会った見ず知らずの男に、自分の事情と気持ちが全て知られてしまったのだ。
無理もない。
「ううう~、何で、何でぇ~」
泣き出したフレデリカに対しても、バルバの落ち着いた表情は変わらない。
「大丈夫だ。お前の事情を聞いても、俺は何も感じない」
「うえええ……へ?」
「客のプライベートは一切口外しない……これが店のルールだ、安心しろ」
フレデリカは涙を拭くと、改めてバルバを見た。
思慮深く、落ち着いた雰囲気の男であり、確かに口だけは……堅そうだ。
「おじさん、ほ、ほ、本当?」
「…………」
フレデリカの問いかけを聞き、黙り込んだバルバは、僅かだが眉間に皺を寄せている。
口を不機嫌そうに「きゅっ」と結んでいた。
フレデリカが、不思議そうに再び尋ねる。
「おじさん、どうしていきなり黙ったの?」
「何度も言うな! 俺は、けしておじさんでは」
「え?」
いきなり声を荒げたバルバに、フレデリカは驚いていた。
どうやら全く悪意はないらしい。
バルバは首を横に振って、ため息をつく。
「ふう……まあ呼び方など、どうでも良いか。その代わりと言っては何だが、これも言っておく。お前達客側も守秘義務を負う」
「しゅ、守秘義務? それって何、おじさん」
「やはりおじさんと呼ぶんじゃない、バルバと呼べ…………約束しろ」
「わ、分かったわ、バルバ」
「よし! フレデリカよ、しっかり聞け。守秘義務とはお前はこの店の秘密を知ったら、他人には絶対漏らさない、そのルールを守れという事だ。だが、もし破ったら……」
「や、破ったら?」
話の先を聞こうとするフレデリカは、ごくりと唾を飲み込む。
相変わらず淡々と語るバルバの物言いは、却って迫力があるのだ。
そして、バルバはしれっと言う。
とても怖ろしい事を。
「確実に呪われる……まあ数日中には死ぬだろう」
「呪われる? し、死ぬ!? ひ!」
死ぬ?
この店の話を誰かにしたら?
フレデリカの背筋を、ぞくぞくと悪寒が走った。
普段のフレデリカは、とても気が強い。
2mを超える屈強な戦士に脅されても、けして臆したりはしない。
だが、目の前のバルバには底知れぬ凄みを感じたのだ。
震えるフレデリカを見て、可哀そうに思ったのだろう。
傍らのツェツィリアが、助け船を出す。
「もう、駄目じゃない! バルバったら、この子、とても怖がっているわよ。ちゃんと教えてあげなきゃ」
ツェツィリアから諭されたバルバであったが、少し表情が緩み、面白そうに笑う。
「ふふふ、ちゃんと教えてやっているではないか。時と場合によっては死ぬ、決して嘘ではない」
さりげなく駄目押しをするバルバの言葉を聞いて、「ぶるぶるっ」とフレデリカが震える。
「うう、ひいいっ」
恐怖に我慢出来ないフレデリカの、絞り出すような悲鳴を聞いたツェツィリアが、ぱっと手を挙げる。
「あのね、フレデリカ、お客がウチの店の事を口外しかけたら、言う寸前に記憶が一切飛ぶ、そして二度とこの店には来れず、魔道具を使えなくなる。全く悪意が無い場合はその程度なのよ」
ツェツィリアは、そう言うと優しく微笑んだ。
『補足説明』を聞いたフレデリカへ、やっと安堵の表情が戻る。
「死なないのねっ? ツ、ツェツィリア! そ、それって、ほほほ、本当?」
「うん、だから大丈夫、安心して。でもさっきバルバの言ったルールは必ず守ってよ……そうすれば、私達が貴女の力になれると思うから」
「う! わ、分かったわ、ツェツィリア……絶対にこの店の秘密は言わない」
「OK! じゃあ、フレデリカ、もっと詳しく話してくれない?」
「う、うん……実は……」
フレデリカは数回深呼吸して、気分を落ち着かせると漸く話し始めたのである。
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