第1話「高貴な来店者」
ラウルス王国王都エードラムの中央広場は、いつも人で一杯である。
その中を、ひとりのエルフ少女がふらふらと力なく歩いている。
時折ため息をつくところを見ると、何か悩み事があるらしい。
エルフ少女は濃紺の革鎧を身に纏い、ダークグレーの鞘に納められたショートソードを腰から提げていた。
複雑な刺繍の入った革鎧も、束に綺麗な装飾の入った剣も一見して分かるが、決して安手の普及品ではない。
手が掛かった、しっかりした造りのオーダーメイドで、超が付く、高級装備品である。
エルフ少女は多分貴族なのか、相当身分の高い娘なのだろう。
ちなみにエルフは人間より遥かに長命だが、少女のぱっと見た目は人間で言えば15、6歳にしか見えない
身長は150㎝半ばくらいだろうか。
金髪で長髪。
少し冷たい印象を受けるが……
鼻筋が通り、整った顔立ちで、誰が見てもクールビューティーと言い切って良いだろう。
深みのある菫色の瞳が、憂いを含んでいた。
美しい金髪から、エルフ特有の尖った可愛い耳が覗いている。
「え? ここって、どこ?」
エルフ少女は考え事をし過ぎていて、ずっと周囲を見ずに歩いていたらしい。
ふと気が付いて標識を見ると、『職人通り入り口』と記されていた。
「戻ろう……私ったら、どうしてこんな所へ来ちゃったんだろう……」
と、その時。
佇むエルフ少女の傍らを、「すうっ」と誰かが通り過ぎようとしていた。
エルフ少女が見れば、足早に歩くひとりの少女である。
凝った刺繍付きな黒のワンピース、白いフリルのエプロン、エプロンと同色のフリルのカチューシャを付けた一種独特なメイド服であった。
どこかの貴族屋敷の使用人が、この通りへお使いにでも来たのだろうか?
エルフ少女は、改めてメイド服の少女を見た。
15歳くらいの少女である。
まっすぐ前を向いて冷たい笑顔を浮かべる少女は、シルバープラチナの美しい髪を肩まで伸ばし、端麗な顔立ちをしていた。
一応……人間族のようではある。
しかし肌は不自然なくらいの白さであり、深いルビー色の瞳に、真っ赤な唇があまりにも人間離れしていた。
発する雰囲気も、まだ大人になり切れていない少女と、思えぬほど艶めかしい。
この世の者とも思えない雰囲気を発する、シルバープラチナ髪の少女……
エルフ少女は自分の傍らを通り過ぎ、背中を見せて遠ざかる不可思議な少女を「ぼうっ」として見送っていた。
「何……あの子?」
エルフ少女は今見たシルバープラチナ髪の少女に興味が出て来た。
どうせ……すぐに足す用事などないのだ。
見れば、通り過ぎた少女は職人通り手前の路地へ入って……もう姿が見えない。
どうしてだろう?
エルフ少女は、不思議な事に……
謎めいた少女の正体を、確かめたくて堪らなくなった。
迷わずダッシュして、後を追う。
そして、シルバープラチナ髪の少女に続いて路地へ入る。
気が付けば、エルフ少女は一軒の店の前に立っていた。
古ぼけたガーブルタイプの、さえない2階建ての店だ。
1階の店舗の扉は重厚な樫の木で出来ていて、渋い獅子のドアノッカーが取り付けられていた。
そして、そんなに大きくない木製の看板が掲げられている。
看板の表面には、達筆な文字で店名が書かれていた。
魔道具の店『放浪』と。
「え? あの子、この店へ入ったのかしら」
エルフ少女は何故か当たり前のように、獅子のドアノッカーを掴んで「ごんごん」と鳴らしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
すぐに、店の扉が開いた。
顔を出したのは、やはり先程目の前を通り過ぎた、シルバープラチナ髪の少女である。
「いらっしゃいませ」
「あ! あ、貴女」
エルフ少女は、小さく叫んだ。
しかしシルバープラチナの少女は、悪戯っぽく笑う。
「うふ、私がどうかして?」
「貴女……一体……」
「私? 私はこの魔道具の店、放浪の共同経営者、ツェツィリアよ」
「ツェツィリア……共同経営者?」
「そう、ここは魔道具屋……貴女、何か魔道具をお探し?」
ツェツィリアの言う事は、至極真っ当であった。
魔道具屋へ来た者は普通、魔道具を買い求めに来たと相場が決まっている。
だが、エルフ少女は激しく首を横に振る。
「違うっ! 魔道具なんて探していないのよ、私は!」
「ふふ、そうなの? 貴女ったら、相当暇ね」
ツェツィリアは首を傾げ、悪戯っぽく笑った。
馬鹿にされたと感じたのだろう、エルフ少女はムッと来たようだ。
「はぁ!? 失礼ね! 私は断じて暇じゃあないわよっ! 貴女が気になってついこんな店に入ってしまったけど……もう帰るわっ」
エルフ少女が店を後にしようとした、その時。
落ち着いた、低く渋い男の声が発せられる。
「ちょっと待て、エルフ」
「はぁ? 何その口の利き方はぁ! 無礼者ぉ!」
エルフ少女は、柳眉を逆立てた。
呼び止める男の言い方が、酷くぞんざいに聞こえたのだ。
エルフ少女が怒りのあまり、思わず店内を覗くと声の主はいた。
並べられた陳列棚に商品が殆どない、殺風景な店内の応接用の長椅子。
漆黒の法衣を着込んだ男=バルバは入り口に背を向けて座っていた。
エルフ少女から注意されても、バルバは全く意に介していないようだ。
その証拠に顔を向けず、エルフ少女とは反対側を見て話している。
「お前は一体何を言っている。俺は別に失礼とか、変わった言い方はしておらんが」
信じられないくらいのバルバの不作法な態度が、エルフ少女の怒りの炎にますます油を注ぐ。
「お前って何よ! 話す時はこっちを向きなさいっ! そして私には敬語を使いなさいよぉっ!」
「敬語? いや必要ない。この店で俺と客は対等の関係だ」
「何よ! 店と客が対等なんて聞いた事ないわっ! へりくだって、いらっしゃいませって言うべきでしょ! そもそも私は客じゃないしっ!」
「この店ではそういうルールだ、エルフ」
不思議な事にバルバは背を向けたままで、またもエルフと言い切った。
しかし、怒り心頭のエルフ少女は全く違和感を覚えない。
「はぁ!? エルフなんて呼ばないでよおっ」
「ふむ……お前をエルフと呼んでは……駄目か?」
「ダメ! エルフは俗称! 正確にはアールヴよっ。それに私はフレデリカ・リンドロース、アールヴの長ソウェルの孫娘なのよ、恐れ奉り敬いなさいっ!」
「ふむ、そうか? お前はソウェルの孫なのか」
「そうか? って何? きいい~っ」
のんびりペースを崩さずに話すバルバに対して、切れ気味なエルフ――フレデリカの怒りは鎮まる気配がない。
ふたりのやりとりを見ていたツェツィリアが、肩を竦め苦笑する。
「まあ、落ち着きなさい、フレデリカ。バルバの言う通り、この店で私達とお客は対等なの」
「くうう……」
納得出来ず、犬のように唸るフレデリカへバルバは言う。
「ははは! お前がこの店へ来たのは、悩みを解決する為に俺の魔道具を欲しているからだ。ならば、話を聞いてやろう……まあここへ座れ」
バルバは無造作に右手を挙げ、ピンと指を鳴らした。
「え?」
すると……フレデリカは見えない手で引っ張られるかのように、ふらふらと歩いた。
そして、バルバが座っている対面の長椅子へ「すとん」と座ったのであった。
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