第2話「契約」
ここは、北方砦の指揮官が居る、守備隊長執務室……
人払いをされ、施錠された室内では、ひとりの貴族が頭を抱えていた。
年齢はそれほど高くない。
まだ30代半ばといったところだろうか……
栗毛の短髪で、彫りの深い顔をしていたが、焦燥の色が濃い。
激戦の証なのか、逞しい身体には所々にたくさんの傷を負っていたが、手当もろくにされていない。
先程、魔法鳩の持って来た王国軍の指令書には……
「撤退は許さず、そのまま砦を死守せよ」
……としか記されていない。
自分のみならず部下達も撤退したら、戦いを放棄した敵前逃亡の罪で罰せられる……
全員死をもって、償わされるに違いない。
北の砦の隊長の任に就いた時から、こうなっても仕方がないと覚悟はしていた……
戦うしかないが……戦えば全滅は確実である……
進んでも死。
退いても死。
頭を抱え、貴族は悩む……だが答えは出なかった……
出来れば、死にたくない!
しかし私は……この守備隊の隊長としての立場がある。
砦が落ちた責任を、死をもって取るのは当然と言われるだろう。
だが部下は……このままでは部下は……王国の援軍が来なければ無駄死にだ……
私の『特別な事情』に巻き込まれて……
「出来る事なら……奇跡よ、起きてくれ。もし私ひとりの命で代わるなら……部下全員を、ひとりでも多く部下を救いたい……」
貴族が、そう呟いた瞬間であった。
低いが良く通る、渋い男の声が部屋に響いたのである。
「ほう、それは……本当かな?」
「は!? だ、だ、誰だ!」
「ふふふ、そう驚くな。俺など大した者ではないよ、ベルナール・ゴーギャン男爵」
「お、お前は、誰だ!? ななな、何者だ? どこから入って来たっ」
指揮官――ベルナールは吃驚した。
部屋には自分ひとりしか居ない筈……
執務室の扉にはしっかりと内側から鍵をかけ、こちらから呼ぶまで誰も入って来ぬよう人払いしている。
窓もしっかり閉められ、破られてなどいない。
それなのに、目の前には……
背には弓を背負い、腰から幅広の剣を提げ、腕組みをした男が立っていた。
今迄にベルナールが見た事もない、独特且つ複雑な紋章が入った、漆黒の法衣を纏っている。
立っている男は、ベルナールと同じ、30代半ばくらいの年齢かと思われた。
切れ長の目が面白そうに細められ、男は口を開く。
「ふふ、では名乗ろう、俺はバルバ、魔道具店、放浪の店主だ」
「バ、バルバだと!」
「ああ、そうだ。王都にある、しがない魔道具屋の主だよ、男爵」
「そ、その! ま、ま、魔道具屋が、な、何の用だっ」
「ふふふ……まあ落ち着いてくれ、男爵。俺はあんたの話を魔法鳩から聞いたのでね」
「は? 魔法鳩から……話を聞いた? ば、馬鹿なっ」
魔法鳩とは……ラウルス王国において昔から飼育されている鳩である。
一般の伝書鳩を魔法により強化し、耐久性、体力そして速度を大幅に強化していた。
一番の特徴は基本的には一方通行である伝書鳩の欠点を克服し、指定場所から指定場所へ飛ばせる点だ。
ちなみに外見は一般の鳩と殆ど変わらない。
「馬鹿な話ではない、事実だ。あんたが王都へ送った魔法鳩から事情を聞いた……俺には全ての鳥獣の言葉が分かるのさ」
「ま、まさか!?」
呆然とするベルナールを他所に、バルバは一方的に言う。
「ふむ、俺の力に驚いているようだが、今はどうでも良い事だ。それより話を整理しよう」
「話を整理だと?」
「うむ、この砦が救援を求めた王国軍は来ない。男爵、あんたの『特別な事情』のお陰でな」
「ななな、何だと!?」
「静かに! 黙ってそのまま聞け! ……このままではオークの大群に攻められ砦の守備隊は全滅……だが自分ひとりの命で済むのなら……部下だけでも助けたい……まとめれば、そういう事だな?」
「な、何故? わ、分かる?」
「何故、全てが分かるのか? という問いに答える必要はない。今、必要なのはあんたの決断のみだ」
「私の……決断のみ?」
「そう決断だ。あんたひとりの命で部下は全員助かる。受け入れるか、否か……どちらだ?」
「…………」
「俺の正体を訝しがり、どうするか迷っているのだろうが……最早選択肢は残っていない筈。どちらにしろ、このまま戦えば守備隊は全滅だからな」
言われるまでもなく……
バルバの言う通りであった。
八方塞がりの為、ベルナールはずっと悩んでいたのだから。
「うう……確かにそうだ。明日にはこの砦は落ち、守備隊全員は殺され、オークに喰われているだろう……」
「ならば……答えはひとつしかない。男爵……俺と契約しろ。お前の魂を貰う契約を……な」
「契約? た、魂だとぉ?」
いきなりバルバが切り出した、突拍子もない申し出。
けして聞き違いではない。
バルバは、再び言い切ったのである。
「ああ、魂の契約だ」
「金や地位ではなく……た、魂を欲しがるとは……お、お前……まさか……」
ベルナールはバルバの言葉を聞いてハッと思い当たった。
目の前の男は……まさか!?
怖ろしい想像が浮かび、百戦錬磨な騎士ベルナールは身体がガタガタ震えだしたのであった。
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