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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第二部 王都 学園編
98/130

95_お約束と波乱の予感


 目を開けると、ロディマスの眼前には見慣れない天井があった。

 板張りのその天井には年季を感じさせるものの、きちんと掃除が行き届いているのだろう、不思議と年代物(ビンテージ)と言う言葉がよぎるほどに高級感が溢れていた。


「しかし、ここはどこだ」


 無意識に出たその言葉にロディマスはある事をハタと気付き、お約束のように「俺は誰だ」と言おうとした。

 しかし、慌てて口をつぐんだ。


 近くに人の気配を感じたからである。


「だが、前にもあったな、このパターン。確か、その時はエリスの家だったか?さすがに今回はあの硬い筋肉の塊のような太ももによる膝枕はなかったが・・・」


 ロディマスは当時を思い出してげんなりしつつそう呟き、人の気配の元であるこんもりと盛り上がった布団の中、正確に言えば隣の人物が眠るであろう場所に目をやった。

 布団は見事に人ひとり分盛り上がっており、これは実家にいた頃にロディマスがよく見た光景でもあったので、さほど動揺する事もなかった。


「ミーシャめ。俺が倒れたから、久しぶりにまた潜り込んできたのか」


 ある時期までは、ミーシャは夜中にロディマスの元を訪れ、一緒に寝ていた。

 本人は護衛致します等と言い訳していたものの、実家の自室で眠るロディマスに密着した護衛など必要なく、本当はミーシャがただ寂しかっただけだと分かっていたので、敢えて拒否せずに好きにさせていた過去がある。

 だが、ある時増長したミーシャを問題視したライルが再教育を施し、今はそれをしなくなっていた。


 しかしどうにも今回の一件は、ミーシャを大層不安にさせてしまったようである。

 添い寝がぶり返してしまうほどだったのかと、内心でロディマスは驚きつつも、それなら怒る必要もないと考えた。



「ふむ。何か小言を言われるのは覚悟して、ひとまず起こすか」


 毎度毎度、しかめっ面だったり泣きそうな顔だったり、時にはデヘデヘとらしくないだらしない笑顔を張りつかせている百面相なミーシャの寝顔だが、今回はどんな寝顔をしているのかとロディマスは少し不安になりつつも、事情を知っているであろうその人物の上に掛かっている布団と剥いで、次に、硬直した。


 中から出てきたのは、ミーシャとは異なる全くの別人だったからである。


「黒髪の姫が何故ここに・・・」


 ウフ、ウフフフと寝言を呟きながら気持ちよさそうに寝ていたその少女は、昨日ロディマスを騎士団で取り囲み詰問しようとした少女だった。

 そんな存在がどうして添い寝をしているのかと言う新たな疑問が湧いて出てくる中、その姫様は寝言を辞めて、目を開けた。


 その眼はよく見れば琥珀色で、睫毛も長かった。

 そして間近で見れば顔の輪郭もシャープで、鼻筋も高く、まさにロディマスの思い描く欧米人のソレであり、髪が黒い以外はやはりこの世界の人間なのだと、改めてロディマスは感じた。

 その結果、昨日の印象である和人形のようなお姫様ではなく、黒いカツラを被った西洋人形だったのだな、とその少女に対する認識を新たにした。



 ロディマスは、寝起き直後からずっと笑顔で見つめてくるその少女を無視してベッドから降りて、その少女に問いかけた。


「ここはどこで、貴様は何者だ?」


 すると少女は上体を起こした後で右手を自分の頬に添えて、顔を赤らめながら俯いた。


 何、この事後感。


 ロディマスがそう思ってしまうのも無理のない、ごく自然に恥じらうその姿に、ロディマスの顔が無意識に赤くなっていく。

 すると丁度そのタイミングで、ドアがノックされ、返事を待たずにある人物が入室してきた。



〇〇〇


「ゴ主人様、オ目覚メニ、ナリマシタカ」


「あ、ああ」


 部屋に入り、そう声をかけてきたのはミーシャだった。

 しかし口調は丁寧なのに眼光は冷ややかで、顎を少しだけ突き出してまるで見下すような態度を取り、心なしか声色も非難をしているように聞こえた。

 そんなミーシャの態度を怪訝に思いながらも事情を聞こうとロディマスが口を開きかけた時、先に声を出して遮ってきたのは、例の黒髪の少女だった。


「あら、おはようございます、ミーシャさん」


「ハイ、オハヨウゴザイマス、痴女様」


「痴女ではないです!!チヨです!!」


「・・・、チヨ?」


 二人が言い合いを始めそうな険悪な雰囲気の中、ロディマスは今の名前を聞いて、その懐かしい響きに呆然と呟いていた。


 チヨ。

 千代?


 明らかに日本人的な名前である。

 黒髪と言い、その名前と言い、彼女は一体何者なのだろうか。


 そんな疑問が沸き上がり、つい口を挟んだロディマスだが、呼び捨てられたと言うのにその貴族の少女は、目を輝かせていた。


「はい!!チヨにございます!!お加減はいかがでしょうか、ロディマス様!!」


「う、うむ?何だこの小娘・・・」


「小娘だなんて・・・名前でちゃんとお呼びください」


「痴女様、ゴ淑女トモアロウオ方ガ同衾ナド、ハシタナイト思イマセンカ」


「いやですわミーシャさん。あなたからお聞きしたロディマス様の武勇伝!!私、感動しましたの!!あの冒険と知略の数々をお聞きしては、もう我慢なんて出来ません!!」


「・・・、ミーシャ?」


 武勇伝とは一体、とその情報の発信源らしい銀の獣人にロディマスが視線を向ければ、気まずげな表情でツイっと顔を逸らしたミーシャが見えた。


「ミーシャよ。一体何を語って聞かせたのだ?あまり怒らないから正直に話せ」


「それで白状するのはアンダーソン様とベリスだけです」


 問いかけたロディマスに対して、しれっと身近な二人をこき下ろしたミーシャだが、視線は相変わらずロディマスを向いてはいなかった。

 視線の先は、ベッドだった。

 正確には、ベッドで我が物顔をしている少女チヨに向いていた。


「痴女様は、昨日あれほどロディマス様を毛嫌いしていたと言うのに、どういう心境の変化がおありだったのでしょうか?」


「んー、そうね。そもそもお兄様のご学友であるロディマス様にはご興味があったのですわ」


「ん?そう言えば貴様は昨日、お兄様がどうのと言っていたな」


「ええ!!そうなのです!!覚えておいてくださったのですね!!私、感激ですわ」


「そうか。で、ミーシャよ。傭兵たちとエルフ共はどうだ?」


「え、あら?」


「はい、エルフは食事を終えた後で、無事にテントで全員寝れました。傭兵の方々も無事です。アンダーソン様も今朝がたお目覚めになられたと、先ほど一報がありました」


「そうか」


 なんで?どうしてー無視をなさるんですのー?とうるさい黒いアレを放置しつつ、ロディマスは今の情報を簡単に頭の中でまとめ、他に問題がなかったか頭を巡らせた。



 腕を組み、首を捻ってロディマスが考え込んでいる時、今度は壁を叩く音が聞こえた。

 その音の発生源を見れば、開けたままのドアの向こうに人が立っているのが見えた。


「それは私から説明させてもらおう。いいかね?」


「貴様は確か、ん?誰だ?」


「私はこの砦を管理しているハドリヌス男爵である!!」


「なるほど、髭男爵か」


「ほう。残りカスにしてはこの良さが分かるのか」


 かなり失礼な物言いのロディマスにもさして気に留めた風はなく、己の髭をしごいて見せたハドリヌスだが、その言動と態度からはロディマスを見下す気配がありありと浮かんでいた。

 まるでロディマスをアリかミジンコとでも思っているかのような表情のハドリヌスは、ミジンコの言う事など気にするだけ無駄だと言う態度のまま、用件だけを告げた。


「用意が出来たら応接室へ来い」


 一方的にそう告げて、その男は部屋から去った。



〇〇〇


 準備を終えてミーシャの案内の元、応接室へと向かえば、そこにいたのはハドリヌスとプレリーに、何故かアンダーソンとネメルもいた。ただし椅子に着席する事は認められていなかったようで、部屋の隅で棒立ちしていた。


 ロディマスの無事を確認したアンダーソンとネメルは明らかにほっとした態度だったものの、一切口を挟むのを許さないハドリヌスの威圧に無言を貫いていた。

 これは面倒な事になっていると思い、ロディマスは早急に用件を済ませて退散すべく、ハドリヌスが欲しがっていそうな情報を手早く開示した。



 改めてロディマスからの詳細な報告と、今後についての話し合いが行われた。

 もっとも、髭男爵ことハドリヌスはロディマスに対して未だに嫌悪感むき出しで接しており、時折ピリピリとした空気が部屋を流れた。

 その発生源は主に三つ。

 ミーシャと、アンダーソンと、ネメルである。

 ロディマス自身は慣れもあって気にしてはいなかったのだが、三人は口出しこそしなかったものの、険悪な態度を隠そうともせずに終始ハドリヌスを睨み続けていた。


 だが、ハドリヌスは意外にもデキる男だったようで、個人感情とは別にロディマスの話を聞き、情報を精査し、昨日のミーシャの報告との相違点がない事を確認すると、細かな指示をプレリーに投げてから、もう用はないと言わんばかりに横柄な態度のままロディマスたちをおいて、さっさと退出していった。


 その後姿を見送り、大股なあの男が近くにいないだろうと思えるほどの時間が経った後、プレリーがロディマスに頭を下げていた。


「すいません。こういう殺伐とした場所だと、ああいうお方がやはり必要なので」


「構うな。俺が胡散臭いと言うのは、俺自身が良く分かっている」


 前評判は最悪で、しかも実際に見た当人は獣人を側付にして、更に今度はエルフを保護しよと言うのである。

 しかも態度は悪く、口も悪い。

 さすがにこれでは軍人相手に信用を得るのは難しいと、ロディマスも自覚していた。


 それはそれとして、今回の一件が表沙汰になれば、どうあっても世間からは変人と言うフィルターをかけられるなとふと気づき、そして未来でも出会った事のない種族について考えた。

 残るはエルフにドワーフにマーマン辺りだろうかと考えを巡らせた後に、ロディマスは前世でのコンプ欲を掻き立てられた。


「実際にはそんな事をする気はないが・・・、会えると言うのであれば会ってみたいものだ」


「何か仰いました?」


「いや、プレリーよ。ただの独り言だ、なんでもない。ああ、そうだ。そろそろ俺は実家に戻らねばならん。冬が来る前に移動しなければならんのでな。細かな調整は任せる」


「はい。エルフは誰も市民登録をされていないので持ち帰っても結構ですよ。ただ、出入りの記録は残させて頂きますので、その点はご了承下さい」


「そうだな、その辺は任せる。それと俺は、ひとまず今から戻って報告書を作成する。明日には領主と先ほどの髭男爵宛てに出せると思うから、それを見て、改めて必要なものがあれば言え」


「はい、分かりました」


 そう言って困った風な笑顔を崩さないプレリーに、少しだけ恩を売っておこうと考えたロディマスは真面目な顔で語った。


「それと、だ。今回融通を聞かせてもらった返礼に、ここのアボート商会支部に貴様が要望を出せば、すぐ通るようにしておこう。無論、相応の対価はもらうが、こちらに面倒が(・・・・・・・)かからない(・・・・・)ような手筈を整えてもらえるのであれば、割引や最優先処理も検討しよう」


「大商会との繋ぎが取れるとなれば、報酬としては破格ですね。こんな辺境では欲しいものが中々手に入らないので、本当に助かりますよ。それだけに留まらず緊急時にも再び(・・)優遇して頂けると言うのであれば、望外の報酬です」


 言外に込めた「対悪魔の事後処理は全部任せた」と言う内容をしっかりと汲み取ったプレリーのその返答に、ロディマスは仰々しく頷いて応えた。


 今回の一件は、単なる魔物退治だけでなく、悪魔の出現もあった。

 それを一介の商人であるロディマスのみで解決したとあっては、様々な方面、主にプライドばかりが高い貴族様方に対して角が立つから、その予防線として「未だに解決はしていないのを、騎士たちに押し付けた」と言う形を取ったのである。

 それを見事に汲み取り、それだけには飽き足らず、万が一もう一度悪魔が出たらまた対処をお願いするニュアンスを含ませたプレリーの優秀さと抜け目のなさに、ロディマスは感心した。


 すると、そんな感心顔のロディマスを見たプレリーは、話はこれで終わりだと表すかのように表情を緩め、優しげな笑顔でロディマスを見つめていた。


「それと、今回はお疲れさまでした。私としても、かつての被害者であるエルフが生きていたと言う事は予想外で、そして、何故か嬉しかったです」


 そう言って苦笑するプレリーに、尊大な態度でロディマスは答えた。


「俺の手に掛かればこの程度大した事ではないし、人間であるかどうかも、利用価値があるならば正直どうでもいいからな」


「ステキ・・・」


 恰好よく決めていたロディマスではあるが、そう呟いたチヨに顔を引きつらせた。

 何故この場にいるのか全く分からない彼女は、結局話に割り込むことはせず、ただ聞いていただけだった。


 そんな不思議なチヨの行動原理を理解できなかったロディマスは、兄妹揃って変な連中だと結論を出した。


「・・・。では帰るぞ、三バカ」


「バカはロディマス様です・・・もうっ」


「三バカ!?」


「本当にとんでもない方ですね」


 愚痴るように小さく反論したミーシャに、叫んだアンダーソンに、何故か感心しているネメルを連れて、ロディマスはさっさとその場を立ち去った。

 何よりもエルフと傭兵の事が気になったのである。


 決してロディマスを見るチヨの目が怖かった訳ではないと、ロディマスは何度も心の中で言い訳しつつ、急ぎ拠点へと戻ったのだった。


 なお、建物を出てすぐに判明したが、ロディマスがいたのはここの領主であるハドリヌスの館だったは意外な事実であった。



〇〇〇


 それから何日か経過した今、ロディマスは順調に書類関係の仕事を終わらせていた。

 そして懲りずに毎日のように砦外にあるロディマスの臨時拠点に護衛付きで赴いていた黒髪の少女チヨだが、相変わらず無視され続けても平然と言い寄ってくる事に、さすがのロディマスも精神を摩耗していった。

 その根性と言うか、病みっぷりにロディマスがドン引きしているのにも関わらず、今日も積極的にアピールしてきているのである。


 何がそこまで彼女を掻き立てているのか分からぬまま、ロディマスは最終手段である「実は公爵家ご令嬢の婚約者がいる」を発動。

 チヨはレイモンドの妹で、エルモンド伯爵家のご令嬢である。

 当然、王家の血を引く公爵家であるアリシアの方が位は上で、この婚約に割り込むことは出来ない。

 だが、チヨは第二婦人でも構いませんと言い放ったので、とうとうロディマスも打つ手を無くしてただただ無視をして飽きるのを待つ事にした。



 だが、それでも食い下がるチヨにもう接点すら持たないのが一番だと判断して、ロディマスは声をかけることなく帰る準備をし始めた。

 すると、事後処理も全てが終わろうかと言う時、なんとチヨは、そんなつれないお姿もス・テ・キ、とすっかりトリップしてしまったのである。


 さすがに身の危険を感じたロディマスは、そんな彼女を置いてさっさと実家へ戻ることにした。



「しかしチヨのヤツは、何だかあのままでは終わらない気がするぞ」


「私もそう思います」


「奇遇ですね、俺もですよ」


「あの娘、心を病んでいるのではないでしょうか?」


 同意したミーシャとアンダーソンはともかくとして、さらっと恐ろしい事を言い出したネメルの言葉はさすがのロディマスでも聞き流せなかった。

 揺れる馬車の中、頭を抱え込んだロディマスは、そう言えば結局名前の由来などを聞きそびれたと、今更になって思い出していた。


「勇者の系譜。黒髪、名前の由来。何故レイモンドの妹があのような場所にいたのか。よく考えれば分からない事だらけだったな。そもそも何故、俺があそこで寝ていたのかも分からぬままだった」


 緊急事態だった為に慌てており、結果としていろいろな情報を取りこぼしたと気付いたロディマスだったが、馬車は既に進んでいる。


 今更戻って聞きに行く気にもなれず、それが結果としてロディマスの今後に大きく左右するとは、今の段階では誰も予想できなかった。



新ヒロイン登場です。

なお、チヨはちょっと病み気味ですが、ヤンデレではないです。

何故ああも必死なのかは三話後くらいに判明しますので、どうか生暖かい目で見守っていて下さい。m(_ _)m

ヒントは彼女の持つ属性です。

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