94_エルフの性別と新たな騒動
魔物との騒動から、実に三時間が経っていた。
今、ロディマスは痛む体に鞭を打ちながら、拠点へ向かい森の中を歩いていた。
ロディマスの背後には、周囲の警戒を一手に引き受けるミーシャと、エルフが総勢48名。
やや女性が多いらしく、男20人に女28人だった。
「エルフが美形すぎて男女の区別がつかんとはな」
ポツリとロディマスがそうぼやいた通り、見た目だけでエルフの性別を判別するのはほぼ不可能だった。
塀の上から最初に声をかけてきた女性と思っていた人物も実は男性で、高台に登る途中ですれ違ったのも、全て男だったと言われて唖然としたのである。
当然、ロディマスを高台へと案内したネメルも男だった。
「ところでロディマス様、お身体は大丈夫ですか?」
「ネメルか。大丈夫ではないが進むしかないのだ。いいから貴様らは黙ってついて来い」
「はい。でもミーシャ様からは、ロディマス様が無茶をするようなら止めて欲しいと頼まれていますので、どうかくれぐれもお願いしますね」
「貴様らは心配しすぎなのだ。俺はそんな事はしない」
「う、うーん。ミーシャ様が心配なさるのも無理はないか」
他のエルフが敬いながらも遠巻きに眺めるだけなのに対して、ごく当たり前のように声をかけてきたネメルだが、実はこの男、バイバラの兄だったのである。
そしてバイバラは、女だった。
「まさか妹の無事が確認出来るとは思わなかったのです。本当にロディマス様には感謝しかありません。だからどうか、ご無理をなさらないでください」
「分かった分かった。そう何度も言うな。しかし、妹、か」
まったくの予想外のバイバラの性別に最初は驚きすぎて固まったものの、言われてみれば素顔は超美形だったので別にいいかと思い、ロディマスは深く触れないようにしていた。
だが、妹語りをしたかったネメルが言わなくてもいいのに話し始めたので、ロディマスはふらつきながらも聞くハメとなった.。
「ご存知の通り、我々エルフは闇魔法に長けた者が時折生まれます。その者は隠匿の魔法を無意識に使うので、里の守り人として崇めて司祭や御子として敬うのですが、あの子はそれを嫌いまして。丁度他に守り人候補もいたので、外の世界を見て回るのだと飛び出していったのです」
「道理でこれほど近い距離にあっても、今まで誰も発見できなかった訳だ。それにバイバラがエルフではない見た目をしていたのも、これで納得だ」
更には、どうしてバイバラが己の正体を明かしてまでこの里の連中を助けて欲しいと懇願したのか。それも分かったロディマスは、今後バイバラにどんな要求をしてやろうかと考えた。
正直な所、ロディマスにとっては、エルフは五人ほどいれば十分なのである。
ロディマスの新たな商売、木製の生活用品を作らせ、なおかつ黒トゥレントの森を管理させる。
それには48名も必要なく、この人数を養うとなればロディマスの負担もかなりのものとなる。
「孤児連中と違ってエルフは表に出せんからな。さて、どうしたものか」
経験上、こういう時は難しく考えなくても周囲がどうにかしてしまうのだが、さすがにエルフの全員が即座に里を捨てる決意をし、こうして大人しく付いてきた以上、あまり無責任な事をしたくないと言うのが、ロディマスの本音だった。
「うーむ、おっと。・・・クッ、体が思うように動かん」
「大丈夫ですか!?いや、大丈夫ではないですよね。ならば、ここで一度休みましょう!!おーい、みんな、ちょっと止まって欲しい!!」
「いやいや、待て待て!!あと30分もすれば拠点に着くのだ!!余計な気を回すな!!いいから行くぞ!!」
魔力を極限まで使った為から、あるいはアンダーソンを直す際に【ミドルブースター】を無意識に使った弊害か、ロディマスの魔力は全く回復していない。
その為に魔力切れ寸前で足取りが重く、木の根を越えられず躓いたロディマスだが、それでもあと少しだからとネメルを諫めて再び前を向いた。
すると、森の中へと入ってくる見慣れた傭兵の姿が見えた。
その男は、帰還組の臨時リーダーだった。もう一人いたが、よく騒いでいた傭兵Fみたいな男だったので無視した。
「どうやら迎えが来たようだ。おい、貴様、アンダーソンはどうだ?」
「哨戒に出ていた連中が怪しげな集団を見かけたって言ってたから見に来てみればやっぱり坊ちゃんだったか・・・って、そいつらか、新たな被害者は」
「おい、お前!!坊ちゃんになんて口の利き方してるんだ!!すまん、坊ちゃん。そして、無事で何よりだ」
「だからアンダーソンはどうだと聞いているのだ・・・さっさと答えろ」
騒ぐ傭兵に再度問いかけたロディマスだが、見知った者との合流を果たしたからか気が緩み、途端に瞼が重くなってきた。
だが聞くべきことを聞き、出すべき指示は出さなければならないと、今回の責任者であるが故の責務を果たそうと再び己に鞭を打って、前を睨んだ。
己のお尻をペチンと叩きながら、ロディマスは傭兵たちの言葉を待った。
「ぼ、坊ちゃんは大丈夫なのか?」
「いいから黙れ!!ああ、坊ちゃん。アンダーソンは大丈夫だ。まだ目は覚めていないが、いい気なもんですよ。グースカ寝てます」
「そう、か。血が足りないのだろう・・・。そっとしておいてやれ。それでこいつらだが、拠点で匿い、皆が万全の状態となったら即座にペントラルに戻る。傭兵団とこいつらをいくつかに分けて、商隊に見せかけて護送するのだ」
「分かりました。しかし、エルフですか。俺は初めてみましたが耳が尖がっていて、皆似たような顔して、薄気味悪いですね」
「うへぇ、こいつら、くせぇ!!こんなのを護衛すんのかよ!!」
そんなごくごく一般的なエルフへの感想を述べた暫定リーダーと、ありのままの感想を素直に述べた傭兵Fに対して、ロディマスはこの世界の人間はなんとつまらないのだろうと、思ってしまった。
前世において、猫耳娘やエルフなど、崇拝の対象にさえなるほどである。
しかもそれが生となれば、もやは筆舌に尽くしがたいものがあった。
とは言え、ロディマスもエルフは前世でも特に「萌え」の対象ではなかったので、美形ぞろいだな、くらいにしか思わなかったのではあるが、かと言って彼らのような冷めた感情、まるで家畜を見るかのような目で見ることはなかった。
だがロディマスはそれには反論せず、気力の限界が近づいているのが分かったので、彼らのぼやきを無視して無理やり話を戻した。
「どうでもいい。さっさと拠点に戻るぞ。ところで、貴様には他の連中のまとめ役を与えたはずだが、どうしてここにいる?」
そう問いかければ、暫定リーダーの傭兵は、今気が付いたと言う顔をした後で、慌ててロディマスに報告した。
手を振りとても焦っているのが分かるその様子に、ロディマスも拠点で何か問題が起こったのかと考え、落ちそうになる意識を戻す為に自らの太ももをつまみ、思い切り捻った。
「あ、そうです!!実は坊ちゃんに、お客人と言うか、面倒な連中が会いに来ていましてね」
「ぐっ、なんだと?ふむ。・・・、ぬぅ・・・。ああ、ミーシャか。しばらく俺の体を支えていろ」
「はい」
気が付いたらロディマスの体をミーシャがそっと支えていた。
左側から脇の下に手を入れて、腰を抱くようにそっと支えるミーシャを呆然と見ながら、今の自分、もしかして介護されている老人のような姿勢じゃないのか?と阿呆な事を考えたロディマスは、己が相当参っていると改めて自覚した。
「厳しいが、あと少しだ。それで、そいつらは、貴様では判断できないほどの連中か。となると、衛兵か、貴族か?」
「は、はい!!そうですよ、さすが坊ちゃん!!」
「ちなみに、その両方ですぜ」
その答えを聞き、盛大にため息を吐いたロディマスは、一体何が原因で不干渉を約束させた彼らが街の外の拠点まで来ているのか推測してみた。
そして、鬱蒼と茂る森の中、木漏れ日がすでに夕焼けに近い色となった今、悩むだけ時間の無駄だと判断したロディマスは、急ぎエルフたちに指示を出した。
「ネメル。もしかすると今日はこの周囲で一晩明かすことになるやもしれん。護衛に五名ほど傭兵を付ける。魔物や動物に襲われる心配はないが、不便はあるだろう。それでも、いけるか?」
「はい、それはもう。それよりもロディマス様は大丈夫なのですか?」
先ほど失礼な事を傭兵たちに言われたのに、それをおくびにも出さず簡潔な了解の言葉とロディマスを心配する事だけをネメルは聞いてきた。
その従順な様子に、ロディマスはどうにかこのくたびれたエルフたちに屋根のある場所で休ませてやりたいと思った。
「そうか。では万が一の時は、おい貴様、その手はずを整えておけ。飯は出せるな?」
「はい、一人二杯分くらいのスープを用意してあります!!」
「なら五名、ここの警護と、三名で配膳だ。ここで飯を食わせて、拠点の騒動が収まるなら収容、無理そうならここで一夜を明かさせる。夜中に交代要員が必要なら、その手配もしておけ。それ以後は、可能な限り拠点に収容できるように手配しろ」
「分かりました」
「なぁ坊ちゃん。こいつら、先に洗った方が良くないか?」
「それは任せる・・・。今は暖かいから水で体を拭くだけでもいいだろう。ネメル、そう言う段取りだ、後は適当にどうにかしろ」
「あいさー!!水汲みに二人、追加しますわ!!」
「分かりました。ロディマス様も、お気を付けて」
「うむ。ではそのお貴族様に会いに行くぞ。さっさと済ませて、安眠するのだ」
そう告げてロディマスが暫定リーダーを促せば、案内しますと傭兵リーダーは答えて先導し始めた。
その後を追いながらロディマスはまばらになってきた木々の合間を抜けて、森から出た。
森から出たその先には、設営した拠点と、それを半分囲むように一個小隊、見えるだけで40人ほど、騎士らしき集団が待ち構えていた。
そしてその先頭にいた、ピンと左右に張ったお髭がクールな騎士が大声で叫んだ。
「代表者は見つかったのか!?」
「はい!!こちらです!!」
暫定リーダーが返事をすると、お髭騎士はズズイと前へ出てきた。
それはロディマス達に二歩近づく行為であり、また同時に影にいた人物の視界を確保する為のものだったようである。
その影に隠れていた人物は、少女だった。
黒髪ショートヘアーに簡素なドレスを纏った美しい少女。
身長はミーシャと同じくらいで、ロディマスともほぼ同じ。
ロディマスは、まるで日本人形が洋服を着せられているような違和感をその少女から感じながらも、誰がこの場で最も偉いのか判別が付かなかったので、様子を伺った。
すると、黒髪の少女が口を開いた。
「お尋ねしますが、何故あのような重傷者をこのような場所に安置しているのでしょうか」
凛と響くその声に、確かな意思の強さを乗せたその少女は、暫定リーダーを少しばかり睨んでいた。
その一睨みで恐縮してしまった暫定リーダーが硬直する中、少女は更に追撃をかけてきた。
「もう一度、お尋ねします。何故、ケガ人を街へと入れないのですか?いくら傭兵と言いましても、人の命に違いはないでしょう。早く街の治癒師に見せれば、後遺症もなく健やかに過ごせるでしょう。それなのに、何故そうも頑なに治療を拒むのですか?」
「え、ええ。それはごもっともです。俺らも生きてるんでね、へへっ」
まるでかつて地下牢で見たアンダーソンのような態度を取る暫定リーダーに妙な懐かしさを覚えつつ、ロディマスは事態の把握に努めるべく黙って見守ることにした。
それに、体力も気力もほぼ尽きかけている中で、中途半端な状態で口出しして話が長引くのを避けたかったのもあった。
「そうですか。ならば早々に街へ入るべきです。森が最近騒がしいと、彼らから報告を得ています。ここは危険なのです」
「あ、あああ、それは大丈夫ですよ。ほら、あれです、俺らが魔物をバシバシ退治しちゃいましたから、へへへ」
「ふざけるでないわ!!心優しい姫様がこうお声をかけて下さっているのだ!!素直に従え!!」
「あ、あひー!!そうしたいのは山々なんですが、俺じゃぁ判断できねーっす!!」
「・・・、何?」
「代表者の方、ではないのですか?」
丁寧に、しかし威圧感を一切引っ込めない黒髪の姫様相手に、暫定リーダーは足がすくんで動けないまま、膝をガクガクと揺らしていた。
すると先ほど怒鳴ったお髭騎士はその様子を見てあからさまなため息を吐いた後で、首を振りながら呆れたような声を出した。
「ロディマスとか言う男、やはり噂通りのロクでもない男であったか。我らを前に、出てくる事さえないとはな」
「お兄様が仰られていたのは、偽りであったのでしょうか?」
「レイモンド様は素晴らしき指揮官の才能を持つ稀有な存在だと仰られておりましたが、随分と大げさに仰られていたようですな」
「そうですか。プレリー副官も褒めていましたが、この期に及んで名乗り出てこないのは困りましたね」
「臆病風にでも吹かれたのでしょう。何と申しましても、相手はあのアボート家の、残りカス、ですからな。兄のハワードは優秀な者だそうですが、弟のロディマスは」
「ふざけるな!!」
会った事もない人物について好き勝手言い始めたお髭騎士と姫様の言葉に、暫定リーダーの影でヤレヤレと首を振っていたロディマスは、大声で反論する声が上がった事に驚いた。
しかも叫んだのは、普段はロディマスに舐めた態度で接している傭兵Fだった。
「お、お前ら、いえ、あなた様方に坊ちゃんの何が分かるってんだ!!今もボロボロになりながらも、自分の事よりもエルフの事を真っ先に助けるって!!それなのに、あんたら、いや、あなた様方は何なのだ!!ですか!?」
「え?」
「そもそも坊ちゃん、ここにいるんだよ!!いますよ?おられますよぉぉぉ!?」
叫び、暫定リーダーを傭兵Fが押しのければ、視界が開けたロディマスはふらつく身体で、とりあえず挨拶をした。
「このような姿で悪いな。俺が、ロディマスだ」
「え?」
「なんと・・・」
ミーシャに支えられ、やっと二本の足で立っていると言う態のロディマスを見て、先ほどまで騒いでいたお髭と姫様は絶句した。
鎧は大破し肩の部分が辛うじて残っているのみ、下に着ている服はあちこちが裂けている。
一言で言えば、みすぼらしい、と言うのが妥当だろうと、己が貴族の前に立つには相応しくない格好だと言う自覚が、ロディマスにはあった。
だがロディマスはそんな彼らに気を遣う余裕はなく、淡々と己が告げたい言葉だけを口にした。
「見た通り、こちらには今、余裕がない。簡潔に要点だけを頼む。そして緊急以外の問題は、翌日以降としてもらう」
「え・・・え?」
「特に緊急の用件はないようだな。それとケガ人はきちんと処理をしている。死者は出ていないし、出さない。ではこれで失礼するぞ。行くぞ、ミーシャ。貴様らもだ」
「はい。それでは皆様、失礼致します」
ロディマスがそれで言葉を切って、ミーシャと傭兵二人を引き連れて拠点の中で二番目に大きなテントへと入っていく。
すると慌てたお髭が声をかけてきた。
「お主がロディマスか?真か?」
「問答をする余裕はない。俺は魔力切れだ。もうもたん」
「なんと・・・」
「詳細の報告は明日以降書面にて出す。だからもう今日は放っておいてもらおう」
「ぼ、坊ちゃんはさっきまでエルフたちを助けに行ってたんだ!!だからお疲れなんだ!!分かっただろう!!でしょう!?」
「おい、傭兵F、貴様は黙っていろ。あちらはお貴族様だ。面倒になる」
「で、でもよぅ!!って、傭兵エフって俺の事か!?アンダーソンに対してよりも更に扱いが雑ぅぅぅ!!」
何故かこの状況で食い下がる傭兵Fを右手で追い払うように手を振ってから、暫定リーダーに小声で指示を出した。
「あのバカのお陰でエルフの存在がバレた。こうなったら開き直って、エルフ共をテントに入れてやれ」
「では食事と、体を綺麗にさせたらそうします。だから坊ちゃんは、今はとにかく安静にして下さい」
「アンニュイが倒れている以上、貴様らが頼りだ。任せたぞ」
「・・・!?わ、分かった!!それと、あいつアンダーソンですよ」
「どうでもいい」
そしてロディマスがテントの中へと入った直後、慌てたお髭の声が響いた。
「ま、待ちたまえ!!簡潔にでもいいので報告をしたまえ!!」
「ぬぅ・・・。もう話すのも辛いゾ・・・」
目を閉じてしまったロディマスは、今すぐに意識を手放したかった。
だが、辛うじて感じるミーシャの体温と、時折ミーシャが身じろぎするので、意識をわずかに繋ぎとめていた。
煩わしくも暖かなその感覚にフワフワと意識を漂わせていると、その体温が突如離れた。
そして頬に伝わるのは、薄皮一枚隔てた先にある地面の感触。
「分かりました。同行した私からご報告させて頂きます。獣人ですが、私はロディマス様の従者であります。嘘偽りは申しません。それで、よろしいでしょうか?」
「ぬ、そうか。いや、獣人か・・・。うむ。分かった!!とにかく説明をせよ!!」
「それではまず・・・」
そうしてロディマスは床に放置されたまま、ミーシャが話し始めたのを合図に意識を手放したのだった。
ちなみにバイバラはヒロイン枠ではありません。
そもそも彼女、3×歳ですうわなにをするやめr




