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「貴様がこの街一番の木工職人か?」
ロディマスは店に入るなり一番に目に付いた後姿に声をかけた。
だが、相手は無言。返答はおろか、何のリアクションも示されなかった。
予めライルにより連絡が行っているであろうに、その店主は振り向くことはなかった事に、ロディマスは少し驚いた。
仕方なくロディマスはもう一度声をかけた。
「この街で二番目の木工職人、バイバラで間違いないか?」
二番目に訂正すると言う抵抗を試みたロディマスだが、その程度で無視された心が鎮まる事はなかった。
しかし効果はあったようである。
そんな明らかに怒気を含んだロディマスの声を聞き、やっとその店主は対応をした。
ただし、かなり投げやりな調子であった。
「あー、はいはい。俺っちがバイバラ工房のバイバラですよっと」
男性の割にかなり高い声を発したその者は、そう返事をしたらそれで終わりだと止めていた手を再び動かして木材の加工に戻った。
ロディマスが貴族ではないとは言え、かなり失礼な態度だった。
しかもアボート家は並みの貴族よりも遥かに力を持っている。
そんなアボート家に無礼な態度を取ればどうなるのか。
「おい、俺はアボート家の者だぞ?」
「聞いてるっすよー」
聞いていてこの態度なのかと、ロディマスはバイバラの心境が全く読めずに怪訝に思った。
この街の店、工房はほぼ全てアボート商会の関連店舗である。
そしてこの無礼な店主は、場所を提供してくれたアボート夫妻には敬意を払っていて、多少無茶な注文でも優先して対応している。
ロディマスはライルからそう聞いていた。
しかし、ロディマスはどうやら会いもしていないバイバラを少しばかり見くびっていたようだった。
ドラ息子と評判の10歳のクソガキに払う敬意などない。
バイバラがそう考えているのではないかと、ロディマスは気が付いた。
何せ自分は今、見た目は間違いなく子供である。
ならば舐めて掛かってくるのも仕方がないのかと、ロディマスは次の言葉を冷静に捜した。
ある意味でロディマスよりも傲慢な思考を持つこのバイバラと言う職人には、何を言えばいいのか。
前世の経験、記憶から探り、一つ面白い案を思いついた。
「貴様、何者だ?」
バイバラは、質問の意図を考えたのか、動きを止めて首を傾げていた。
先ほど、バイバラは名乗っている。
なら次のバイバラ的要素はと考えれば、自然と連想される木工職人と答えようと思うだろうが、それは先にロディマスから聞いていて確認済みである。
そもそもこの状況を、この作業状態を見てそれが分からないなんてことはないはず、とバイバラは思うだろう。
ならばロディマスは、一体何を聞こうとしているのか。
彼はきっと、そう考えている最中なのだろう。
そしてロディマスが何故そのような質問をしたのか。
実は、その質問自体に特に深い意味はなかった。
思わせぶりな質問をして、単に揺さぶりをかけているだけだった。
前世の記憶、虚空に向かい居もしない仮想敵に向かって装飾を盛った言葉でけん制したり、ありもしない古傷がうずいたり、そんな記憶を元に適当な言葉を投げかけたのである。
そして、動揺しているバイバラを見て、ソレが今、何となく役に立っている気がした。
前世の記憶はやはりバカにできないなと、ロディマスは黒歴史の記憶を次々と紐解いていく。
「やましい事がないなら、答えられるはずだ。そうだろう?」
人間誰しも知られたくない秘密の一つや二つはある。
例えばロディマスの家で雇っている傭兵団は、元々が隣国である帝国の騎士達だ。しかしそんな彼らは、自分たちの過去をあまり良いものとは思っていない。
恐らくは真っ当な手で傭兵落ちした訳ではないのだろうと思ったロディマスだが、自分の都合の方が大事だと考え、彼らの都合を一蹴して、彼らの訓練に無理やり参加している。
その見事な手腕に傭兵団長は頭を垂れたと言うのが、ロディマスの身勝手な判断だった。
一方、あれは交渉と言う名の脅迫だったと、彼ら傭兵団にはもっぱら不評だったと後にロディマスは聞く事になる。
とにもかくにも、そう言う経験からなんとなく揺さぶりをかけたロディマスは、焦るバイバラの後姿を見て確信に至った。
何かを隠していて、しかもそれを人に知られてはまずいと考えている。
ならばそれを暴いて弱みを握れば、今後このような舐めた真似をしないだろう。
そこまで考えて、さすがにそれは追い込みすぎかと震えるバイバラの姿を見て考えを改めた。
ロディマスが指摘したやましい事に心当たりがあるであろうその店主は、本人も気が付いていないのだろう。冷や汗をかきながら、それを拭おうともせずに震える声で答えていた。
「何者も何も、この街一番の木工職人バイバラ、見ての通り一般人っすよ」
「ほう、貴様がそう言うのならそれでいい」
強気に返答するバイバラに突き放すかのような返事をしたロディマスは、それを聞いたバイバラの顔が苦し気に歪むのを見て、少しばかり後悔をした。
もしかするとやりすぎたかもしれない、と。
職人は主に二つの種類に分かれる。
リア充か、コミュ障か、である。
リアル充実型ならこの程度ではヘコたれない。精神的に強く、また、仲間も多いので打たれ強い。
だが、コミュニティ障害型は豆腐のメンタルだ。打てば震え、時に砕け散る。やりすぎれば動く豆腐としてこの街を去ってしまうかもしれない。
さすがにバイバラ以上の職人のツテがない以上、そうされては困るとロディマスは軌道修正を考えた。
バイバラは、何と言うか、友達がいなさそうだと、ロディマスは自分の事には目を瞑って素直にそう思ったのだった。
態度が悪い事を責めていると、単にそう思わせる必要がある。
そう考えたロディマスは、バイバラに何と伝えようかと思案して、そのままバイバラの姿を観察した。
すると目に付いたのは、バイバラの顔の片端、耳がある場所に、いかにも手作りと言う感じのイヤリングがぶら下がっていた。
するとバイバラはその視線に気付いたのか、恐る恐ると言った感じでイヤリングに手を添えて訊ねた。
「このイヤリングに、興味があるんで?」
ロディマスはその問いかけに、思わせぶりに一度、目を瞑り、それから答えた。
「手作りのものだが、粗雑だな。ここの商品とは到底思えん。人からの贈り物か?」
「え?」
「さしずめ、お守りか。そんなものはいらん」
「えええ!?そりゃ田舎の友人に、旅に出るお守りにってもらったもんすが・・・」
そうやって、ロディマスには珍しく比較的マトモな会話が繰り広げられる中、幾分かほっとした様子のバイバラに、ほんの少しだけ嫉妬した。
冗談で言ったのに、まさか本当に友達からのプレゼントなんて、貴様はリア充側かよとロディマスは叫び出したかったのである。
友達がいない少年の、心の叫びであった。
結果、大層イラついたが故にイヤリングを凝視してしまったのも、無理らしからぬ事だった。
そしてロディマスは、先ほどまでの遠慮の気持ちなど吹き飛ばして、徹底的に攻める事にした。
「貴様は、何者だ?」
「え?結局そこに戻るっすか?」
再度同じ質問をしたロディマスに、一度は落ち着いたように見えたバイバラがまたも焦っている。
その事実に、やはりこの部分が弱点なのだと明確に認識したロディマスは、この件を人質に取り交渉をする事にした。
ロディマスのそれは、人呼んで『脅迫』である事を、彼自身は知らない。
-ロディマスは技能【脅迫】を得ました-
-ロディマスは称号【脅迫する者(無自覚)】を得ました-
「貴様が何者であっても問題はない。俺が要求するモノが作れるならな」
まるで何かを確信しているかのようなロディマスの発言にバイバラは慄きつつも、成果を出せば黙認すると言う旨の発言を聞き、少しばかり安堵したように見えた。
そしてそこに付け入る悪魔のような少年、ロディマスは本題を叩き付けた。
「貴様には、これを作ってもらう」
「これを?紙っすか?確かに紙は木屑をさらに砕いて作るっすが、自分、門外っすよ?」
「違う、これは設計図だ。ここに描かれているブツを作ってもらう」
そう言ってロディマスは用意していた図面をバイバラに見せて、その細部を説明し始めた。
「これはこの長さだ。基準はそこに書いてある。紐をその長さに切り取って宛がえば、それがそのまま目安になる」
「てなると、ここは紐5本分、ここは10本分と、そう言う感じっすかね」
「そうだ。中々に物分りがいいな」
「そりゃ、どうもっす」
説明を聞き、設計図を見たバイバラは、初めて図面と言うものを見たためか少しばかり感心していたように見えた。
そして何度か確認をして、両手で図面に描かれた物体を両手で空中に表現をしていく。
ここの曲がりはこうで、ここはこう接続して、と呟くバイバラの手を目で追えば、形が見えてくるほどの的確な動作でバイバラは空中にそれを完成させていた。
それをひとしきり終えてから、バイバラはロディマスに向いた。
「こういう風にすれば、確かに誰でも作れるっすね」
バイバラは三角法によって描かれたその図を指差して、更には縮尺や長さの参照値を見て頷きそう素直な感想を述べた。
そしてそれを聞いたロディマスは、職人相手に興味を引いたのはいい事だったと、バイバラの反応に確かな手ごたえを感じていた。
大体において、この世界の職人は前世を遥かに凌駕する職人気質な者たちばかりである。
理由はとても単純で、腕のいい職人ほど剣士としての実力も確かなものを備えているからである。
何を作るにしても筋力や体力は必要なもので、それを両方兼ね備えているのが剣士と言うカテゴリーである。
一部、パン職人のような魔法でしか作れないものを作る魔法使いの職人もいるが、それはほんの一握りである。
なお、職人の卵の中には、貴族も決して少なくはない。
剣の才能を持つ貴族の三男四男が、最前線で騎士として戦わされるよりも職人の方がマシだと考えるからである。
だから、持ち込むところに持ち込めば、この図面を作る作法はかなりの値段で売れる。
しかし、それにしても問題はあった。
「誰でもではない。一定の技術、技量がなければ無理だ」
「そりゃ坊ちゃんには無理っすねぇ」
「・・・、そうだな。誰かに師事を仰がなければ、この図面も意味の解らぬ絵に成り下がるだろう」
バイバラはさりげなく挑発するが、ロディマスはその挑発に乗ることはなく、淡々と話を進めた。
恐らくこの不敵な態度こそがバイバラの素なのだと、最初に出会った時の後姿を思い出したので、なんとか冷静に対処できたのである。
しかし、この場面で挑発するとは捻くれたヤツだなと、改めて一筋縄ではいかない相手だと感じたロディマスは、気を引き締めなおした。
「貴様に無理であれば他を当たる。早めに言え」
ここまで話をしておいて、ばっさりと切り捨てる気満々なロディマスの態度に、職人を前に言うべき言葉ではないだろうとバイバラはさすがに憤ったように見えた。
ストレートなロディマスの物言いに眉をひそめた姿を見て、やはりコレがヤツの素かと、バイバラの性根を見たロディマスは返事を待った。
そしてバイバラは何を考えているのかと顔を見れば、確かに自分の態度は良くなかったが、完全に舐めきった態度のロディマスはそれを凌駕するものである、と考えているのだろう。
ロディマスはコロコロと変わっていくその表情を眺めていた。
依頼を受けるも受けないも自分が決めるのにと思っているようなふてくされた顔だと、ロディマスはまるで自分を見ているかのような気分に思わず不快感を募らせていく。
しかし、だからこそ挑発しがいがあるとロディマスは心の中で笑った。
「俺は、貴様以上など知らん。そうなると国内には俺を満足させられる手合いはいないだろうから、貴様が無理なら年単位で職人を探さねばならないだろう。だから今すぐに決断しろ」
さりげなく、それでいて分かりやすいその言葉に「やられた」とバイバラの顔には書いてあった。
街一番と自己紹介をしていたバイバラに対して、散々このやり取りをした後で、実は国一番だと認めていたと白状する。
今までバカにしていたようで、褒める。
上げて落とすのではなく、下げてから持ち上げる。
単純な負けず嫌い相手であれば、それはとても効果的である。
同時に自分にも効果的なんだがと、最近特に下げることが止まらないミーシャをロディマスは思わずチラ見してしまった。
すると俯いていたバイバラの顔が上がり、その目には確かな決意が漲っていると、ロディマスは多彩化にその視線から感じ取った。それほどまでに強い瞳だった。
「やるっすよ。やらせて欲しいっす。職人として、こういう挑戦はやっぱ見逃せないっす」
「そうか、ならやれ」
「あれ?あっさりっすね」
「貴様なら受けると分かっていたからな」
「そ、そうっすか。それはなんだか照れるっすね」
意を決した風のバイバラに対して、冷静に当然だと言う態度をロディマスは取った。それを見て完全に肩透かしを食らったのか、バイバラは指で頬をかいていた。
一方のロディマスは、あまりに胡乱なやり取りが続くので、いい加減に我慢の限界が来ていたのである。本音を言えば、面倒くさいと思っていた。
そんな思いが表に出たのか、コメカミに青筋を立てながら、ロディマスはバイバラに再度問うた。
「それで、作れるのか?」
「なんだか声が怖いっすね。え、ええ、そうそう。そうっすね。作れるっちゃー作れるっすが、あんまり睨まんで欲しいっす」
「なんだ?不満があるなら言え」
「その目が、いえ、なんでもないっす。えーと、これ、完成品は一体何なのかなーって思ったっす」
そう言って空中に、先ほどの図面から思い描いていた物体を表現していく。
その形は、ロディマスが思い描いていた通りの武具、トンファーだった。
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「しかし、面白い杖っすね」
「杖であり鈍器であり、盾だ。無論、最優先は杖としての機能だが、可能な限り強度も持たせ、盾としても機能させたい。案を出せ」
「無茶言うっすね」
やはり職人の目からしても無茶だったかと、ロディマスは残念に思った。
しかしそんな中でも尽力しようと言うのか、バイバラは「丈夫な木材はーどこっすかねー」と呟きながら材料棚を確認し、人の腕ほどの太さの一つの木材を引っ張り出してきた。
「これ、トゥレントって魔物の枝がいいんじゃないかなーって思うっす」
そう言って差し出された枝を、端と端を持っていきなり折りに掛かるロディマス。しかし多少たわみはするが折れる気配はない。
ロディマスの腕力で折れるようなヤワな素材ではない事に安堵はしたが、同時にこのたわみ具合がどうしても気になった。
「確かによくしなるが、鈍器としての効果は期待できないな」
だが、とロディマスは考えた。
自分のイメージでは、トンファーはそもそも盾として使うものだ。このしなやかさは己を守るものとしては申し分ないのではないだろうか。
「今の所、これ以上の素材はないのだろう?ならこれでトンファーを数本作れ」
「トゥレントの枝は安いし加工もしやすいんでいいっすけどね。でも杖ってそんな何本もいるっすか?」
己の魔力が通うほど杖は性能を上げるのだから、まるで使い捨てるかのような発言をしたロディマスをバイバラが不審に思っても仕方の無い事だった。
だが当のロディマスは、自分の今の発言がそう言う意図を持っていたと気付かぬまま金貨をテーブルに投げた。
「いいからこれで、明日までに最低1本は作れ。出来たものは使いが取りに来るから、分かるようにしておけ」
「明日までっすか。試行錯誤する時間がないっすね」
「素振り用だから戦闘に耐え切れなくてもいい。2本目以降は、三日でモノに出来るか?」
「三日は厳しいっすね。せめて1週間・・・、いや、そうっすね。それくらい見て欲しいっす。もしかしたら、他にもっといい材料が手に入るかもしれないっす。その時は追加の料金を頂くっすが、それでもいいっすか?」
「ふむ、金の心配ならするな。あとは専門家である貴様の意見を尊重しよう。1週間後に最低限の戦闘に耐える代物を作れ」
「了解っすよ」
そうしてなんとはなしの流れで上手くバイバラに全部を丸投げできたロディマスは心の中で喜んだ。
そして一連のやり取りの後、店を出て行こうとしたロディマスは、足元に転がっている木片に気が付いて、それを拾い上げた。
「おい貴様、これは廃材か?」
「そうっすね。今までの依頼の消化をさっきまでしてたんで、掃除してないっすからねー。明日辺りに掃除してポイするっすね」
「そうか、捨てるのか」
そう呟いてロディマスは、己の腕ほどの長さと太さのあるその木材を眺め、そして床に落ちている更なる木片を見た。
「おい、そこの板とこれと、あれももらうぞ。どうせ捨てるのなら、俺が有効活用してやる。それと、木工用の使いやすいナイフは扱っていないか?」
「ゴミっすからどうぞっす。ナイフは、えーとどこだったっすかね・・・。あった、これがいい感じっすよ。子供用の小さなナイフっすが、刃の加工が少し特殊なんすよ。ほら」
そうして手渡されたナイフは珍しい片刃で、しかも先端部分が日本刀のように反りが付いて鋭角になっていた。
その先端の加工は、イメージとしては大きな彫刻刀。
確かにこれなら細かい作業から大きな作業まで1本でおおよそこなせると、職人に直接良い道具を聞いた甲斐はあったとロディマスは適切な質問が出来た自分を心の中で褒めた。
「これも買うぞ」
「あ、お代はさっきので十分っすから」
「む、そうか」
子供用と言っていたし安い物だろうとロディマスは追加で支払うのをやめ、木片をいくつか拾い上げてそれをミーシャに持たせた。
「後日、使いを寄越す。そいつに出来たものを渡せ」
「了解っすよー、またのお越しをー」
そう言われ店を出ようとしたロディマスは、最後の最後に伝えなければならない事を思い出した。
「そうだ、貴様。先ほどの図面や俺とのやり取りは一切他言無用だ、いいな?」
「職人は客の情報を漏らさないものっすよ。そこは信用して欲しいっす」
ほんとかよ?と言う疑問を胸に、しかしバイバラがそこまで言うのならとその言葉に頷いただけで声には出さず、ロディマスとミーシャは店を後にしたのだった。
3/16 表現を若干変え、余計な文を一部省きました。ストーリーに変更はありません。