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道中、特に特筆すべきこともなく、ロディマスと『暁の旋風』の一部である傭兵たち、そしてそれに付随するように同行しているアボート商会の商隊の旅は順調だった。
ただし、商隊にペースを合わせている為、本来三日の道程を倍以上かけて移動していた。
途中の街で休憩を挟み、泊まり、商売をしながら後続の商隊からの補給を行ない、道中の街々に物資を補てんし、儲けを出す。
帰りに優遇してもらえるようにと、そんな根回しを繰り返すこと一週間。
秋の訪れを感じさせる頃、ロディマスはフーリェの街へと着いていた。
「ここがフーリェか。街と言うよりも巨大な要塞だな」
「そうですね。でもこの武骨さがたまんないです」
ロディマスに同意し、興奮するアンダーソンを横目に、ロディマスは腕を組んで考えた。
今回の遠征でやるべきことはたったの三つである。
まず第一に西側に広がる魔物の森にいる悪魔を探して、討伐する。
恐らく生まれたてなので、今の戦力でも十分に勝てるとロディマスは見込んでいるが、キースとライルが不在なのが気がかりだったが、手持ちの戦力でどうにかするしかない。
第二に、エルフたちの確保である。
未来の記憶では魔物のパンデミックが起こった際に、西の魔物の森のエルフたちは絶滅している。
未来ではロディマスは、その跡地にしばし潜伏していたようで、その際に有用な道具をいくつか手に入れている。
ただしそれはあくまで拾い物だったので、使い勝手が悪そうな印象を受けた。
それを今回は正規の依頼で作ってもらおうと考えている。
「そして、レイの件か」
「例の件ですか?はて、どの件でしょうか」
「アンスリウムよ。それではない。この領主の息子の件だ」
「ああ、レイモンド様の件ですか。すでに手配は済ませていますが、どうなんでしょうね。あと、何度も言いますが、アンダーソンです」
「さぁな?それと、アンダーソンだったか」
「そうですよぅ・・・。いえ、なんでもないです。しかし、次期『勇者』かもしれないって、そんなに彼、すごいんですか?こう言っちゃなんですが、ロディマス様がそこまで他人を評価しているのがまず驚きですよ」
アンダーソンのそんな指摘にロディマスは肩をすくませて答えたのみで、具体的なことは一切告げなかった。
未来の記憶の中ではそいつが『勇者』だったのを見たからだ、と言っても何の意味もなかったからである。
「さて、事前の打ち合わせ通り、今日の所は街中に泊まるが、明日からは野宿だ。全員、しっかりと英気を養っておけ」
「はい!!」
全員が力強く返事をする。
その中にはミーシャの姿もあり、その表情は普段の眠そうな顔ではなかった。
「念のために俺はこれから砦の責任者に会いに行く。ミーシャとアンティークは、いや、アンダーソン?はついて来い」
「アンダーソンですよ。さっき正解を聞いていたのにすでに間違った!?」
「はい」
「では行くぞ」
強引にアンダーソンの主張を切り捨てて、ロディマスは街の西にある門と砦を兼任している建物へと向かった。
その道中、ロディマスは街並みをよく観察した。
街は王都よりも更に古く、石畳も不揃いで歩きにくい。
しかも建物の大半が日干しレンガで出来ており、見た目も貧相で頼りなかった。
店も少なく、活気と言う言葉から程遠い場所だと言う印象を強く受けたロディマスは思わずぼやいていた。
「ボロい街並みだな。ここがかつてこの国で最も栄えた最前線の街だったとは到底思えんな」
「10年前、俺が子供だった頃はすごく煌びやかな街って聞いてましたが、ペントラルと比べたら雲泥の差ですね」
「王都と比べても、ボロボロです」
「そうだな。しかし、いくら何でもこれは酷いな。よほどこの街には金がないのか。いや、もしかすると領主に金がないのか?」
「それは両方ですね。やっぱり魔物が活性化してきているんで、どうしても防衛費がかさんでいるんですよ」
「誰だ!?」
「おっと失礼。私はこの砦の副長。実質的なここの責任者のプレリーです」
いつの間にか砦前まで来ていたロディマスは、睨んでくる門番と気さくな挨拶をするプレリーの視線に気付いて、睨み返した。
なんだ文句あるのか?と、特に門番に対して強く出れば、ふてくされた様子で視線を逸らした門番を鼻で笑った。
「はっ。貴様の所の部下は、教育がなっていないようだな」
「スポンサー様相手に失礼を。教育に関してはお恥ずかしい限りで、手が行き届いておりません。それに、先ほどの財政の話ですが、今回のアボート様からの支援がなければ我々は正直危うい所でした」
「何?」
まだ猶予があると思っていたロディマスが、思ったよりも事態が深刻化していた事実を聞き焦った。
眼光を強め、門の外へと視線を向ければ、プレリーもまた、同じく門の外へと向いていた。
「ここ一か月で爆発的に魔物が増えました。それは二頭頭のオルトロスや、黄金の猪スリーズルグタンニと言った雑魚ではなく、ゴブリンやオークなどの強敵が今の相手となっております。最近ではオーガまでもが散見されるようになり、我々は窮地に立たされています」
スリーズルグタンニとはグリンブルスティと言う猪の別名であり、確か神フレイの乗る神獣の名前だったな、と相変わらず前世の世界の有名どころの名を関する魔物が雑魚扱いのこの世界についてロディマスは不思議に思った。
そして同時に、逆にファンタジーでは定番のゴブリンやオークなどは強敵扱いと言うのも、聞いた当初は驚いたのを思い出していた。
「そうか。ならばもう一刻の猶予もないか。早速明日から俺たちは野外にて拠点を作り、討伐を行なう。いいな?」
「今日到着して、明日からですか?それは構いませんが・・・、大丈夫ですか?」
「構わん。ただ貴様らには俺たちが確保した素材を保管する場所を設けてもらいたい。移送に関してはアボート商会の者が行なう」
「アボート商会の方々には本当にお世話になっていますから、砦横の大型倉庫を格安で貸し出させて頂きます」
「・・・、貴様、商人に転向する気はないか?」
恩義を感じつつもちゃっかりと使用料を求めてくるプレリーに呆れ半分、感心半分でロディマスが勧誘すれば、プレリーは静かに首を振って拒否した。
「砦の総長が戦うしか出来ないのでね。自然とこう言うのが身に着いただけですよ。私の本職は、どこまで行っても騎士です」
「そうか、なら仕事にあぶれたのならうちに来い。傭兵として雇ってやる」
「『暁の旋風』にですか?それも魅力的な提案ですね。ここが私の故郷でなければ今すぐにでも飛びつきたい話ですよ」
「そうか。ならば気が向いたら俺の元へ来い」
「はへー、坊ちゃんの手腕には相変わらず驚かされますな。本当に12歳ですか?」
そんな核心を突いたアンダーソンの何気ない疑問に内心で冷や汗をかきつつ、ロディマスは街を取り囲む外壁と一体化した巨大な砦の中へと入っていく。
プレリーに案内される事およそ5分。
ロディマスたちはこの砦の中で唯一綺麗な扉が付いている部屋の前へと案内された。
「ここが総長のお部屋です。今は少しお偉方の相手をしていましてね。不在なのですが、私もここに常駐していますので、何かあれば遠慮なくお越しください。では、どうぞ」
そう言ってプレリーが部屋の中へと入り、ロディマスたちを招き入れる。
簡素な木製の執務用と思しきテーブルが三つ壁際の三方に置いてあり、壁に取り付けられた王国旗が目に付いた。
次に反対側の壁際には多数の本棚と膨大な量の書籍が所狭しと並べられていたのを見て、一同は少しばかり驚いた。
部屋の中央には応接セットがあり、プレリーが手で座るようジェスチャーをしてきたので、ロディマスは遠慮なく座った。
「総長とやらへの挨拶は、次の機会にしよう」
「ありがとうございます。それで、一つ確認なのですがよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「手紙にあったのですが、干渉をしない、ケガ人などは救援要請をしない限り無視をすべし、等とかなり無茶が書かれていましたが、大丈夫でしょうか?」
「当然だ。俺は俺の都合でこの森へと足を踏み入れるのだ。可能な限り自分のお尻は自分で持つ。俺か、そこのアン・ダーソンが要請しない限りは無視してもらって結構だ。それに」
「それに?」
ロディマスが一拍の間をあけた所、上手く合いの手を入れてきたプレリーに、ロディマスはどうしたらこいつを自分側に引き込めるか密かに考えつつ、親指を立てた拳を作り、その親指を自分に向けて言い放った。
「俺は、干渉されるのが嫌いだ」
「そうですか。しかし、好き嫌いで人の命を捨てるなど、こちらとしては許容できません」
「そうだな。そうなった際は遠慮なく頼らせてもらおう」
「賢明なご判断に感謝します」
「そうなった場合はこちらが助けられる側だ。そう言うのはよせ」
肩をすくめて、あまりに大げさすぎるプレリーに呆れたと態度で示すも、プレリーは柔和な笑顔から一転して、真面目な顔つきとなり、ロディマスの顔を真正面から見ていた。
そのただならぬ様子にロディマスも気を引き締めて見つめ返せば、プレリーは頭を下げていた。
「あの救援物資の数々で、命を救われた同胞は多いのです。我々がいくら上と掛け合っても、国は何もしてくれなかった。ならば、あなたに死なれるのが今もっとも我らにとって痛手となるのは、ご理解頂きたい。それに、あなたは無茶をすると手紙の主であるライル殿から念入りに書かれていた。だからどうか、ご自愛を」
「爺め、余計な事を」
「なるほど、あなたの爺やさんですか。あの方がいらっしゃる限り、私に出番はないように思いますね」
「ふん。まぁいい。今回はそんな事をする為にここへ来たのではない」
「ええ、存じております。ですが、万が一には我々も協力する旨、ご理解いただきたい」
「分かった分かった。好きにしろ」
投げやりにそう答え、ロディマスは話が終わったと判断して立ち上がった。
なお、ミーシャとアンダーソンは常に立ちっぱなしであった。
以前であればミーシャはロディマスの隣に座りたがっていたので、本来の従者としての姿を見せたミーシャに安心しつつ、ロディマスはその日の予定を終えて宿へと向かった。
「宿もまた、貧相だな。出てくる飯も肉ばかりで味も岩塩のみ。せめて今日くらいはまともな飯にありつきたかったが、仕方あるまい」
「野菜や果物がべらぼうに高いですからね。やっぱり王都から向かって真反対にあるのが悪いんでしょうが、それでも中々に酷い有様ですね」
「本来ならこういう場所でこそ商売の花は開くのだが、すでにそう言う時期を超えてしまっているようだな」
「そうなんですね」
そう言いながら16本目のスペアリブにかぶり付くアンダーソンの食欲に呆れつつ、ロディマスは白湯を飲んでいた。
茶の葉も流通が滞っているようで、ここではもっぱら白湯である。
「とは言っても、ここにアボート商会の支部を構えるのは確定している。今までは年に数度の商隊のみだったが、去年のうちに根回しをしておいたのが功を奏したな。今から準備していたのでは間に合わなかっただろう。それに、現場を見たから言えるが、売れるものに心当たりも出来た。今回の遠征は、大当たりだ」
「さすが坊ちゃん!!まだ来て一日目なのにもう売れ筋の目途が立ったんですか!!」
「当然だ。そもそもここは物が足りなさすぎるからな。兄上も父上も、ここにさえ来れれば絶対に成功する。その程度の話だ」
「さすがアボート家ですね。うちの一家ではこうはいかないですよ」
「そうか」
白湯を飲み終わったロディマスは、何でその辺に生えているハーブを使ってハーブティでも入れないのかと疑問に思っていた。
ペントラルにある喫茶店や王都では普通に飲まれていただけに、かなり疑問だった。
特にレモンバームやローズヒップは肉中心で不足しがちなここの食事に適度なビタミンを与えてくれる。
不健康そうな街人を道すがら何人も見たロディマスは、薬効十分なハーブティを作って売れば地産地消で回る上にボロ儲けだとほくそ笑んだ。
「だが、万が一の事もある。手紙で父上に知らせておくか」
「万が一って。坊ちゃん、今回はそんなにヤバい山なんですか?」
「そうだな。ふむ、貴様はこの後俺の部屋に来い。作戦会議だ」
「作戦会議!?」
そう言って驚きつつも、すでに17本目のスペアリブにかぶり付いていたアンダーソンの食事がいつ終わるのか不安になったロディマスだった。




