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未来からの干渉より一夜明けた朝、ロディマスは自室で状況の確認を行なっていた。
「それで、他には何もなかったのだな?」
「お坊ちゃまがお倒れになっていた以外は何もありませんでした」
「そうか、ならいい」
冷たくそう答え、ロディマスはベッドの上で上半身を起こした状態のまま腕を組んだ。
先日の幻の中で出会った「マリー」と言う女性。
その人物に出会った未来の記憶を、ロディマスは探した。
特徴は、青い髪とローブを纏っている事。
わずかな手がかりを元に何度も記憶を漁り、その結果、該当するものは一件しかない事が判明した。
そしてそのシチュエーションも、確かに幻影で見たものとほぼ一致したので間違いはないようだったが、それ以上の情報は出てこなかった。
あまりにもヒントが少なすぎる状況の中で、しかしロディマスにはそれで十分だと思った。
「捉えたぞ」
ロディマスは小声で呟き、次いでライルを見た。
ライルは昨日、一時ロディマスの元を離れたのを後悔しているのか、普段の飄々とした表情は鳴りを潜めていた。
しかしそんなライルの様子にも一切構わずに、ロディマスは新たな仕事を与えた。
「ライル、貴様に頼みたいことがある」
「はい!!なんなりとお申し付けください!!」
「やる気があるのは結構。ならばこういう女を探せ」
ロディマスは先ほどの特徴をライルに伝える。
そして、それを聞いたライルの行動は素早かった。
「畏まりました。必ずや探し出して見せます」
あまりに情報が少ない中でも探し出すと断言したライルに、普段であればそれを諫め無理をさせないロディマスも、この時は違っていた。
鷹揚に頷いて、ライルに淡々と告げる。
「なら今すぐ探しにいけ」
「はい。しかしお坊ちゃまをお一人には出来ません」
そう言って若干渋るライルだが、それも想定内だったロディマスは、その意見を遮り、命令を優先させるよう伝えた。
そしてついでと言わんばかりにミーシャの件にも釘を刺した。
「探すのが最優先だ。ミーシャの再教育もその次に優先する。俺の事は二の次三の次だ。異論は認めん」
「お坊ちゃまであればそう仰られると思いました。従って、私やミーシャの代わりに一人、メイドをつけさせて頂きます。これは大旦那様からのご命令でもありますので、ご了承ください」
ライルがパンパンと両手を叩いて呼べば、入ってきたのはどこかで見た事のある少女だった。
その少女はロディマス考案のメイド服を着ており、アボート家のメイドらしく優雅な礼をして自己紹介を始めた。
「ロディマス様、覚えておいででしょうか。私、デブラと申します」
「ああ、貴様はあの時の・・・。そうか」
目を閉じて、ロディマスは彼女と出会った当時を思い出す。
とは言ってもかつてミーシャが地下牢に捉えられていた時に廊下で遭遇した人物である。
今の今まで名前を知らなかったが、その顔には確かに覚えがあった。
「何かあればデブラにお申し付けください。それでは行って参ります」
「手がかりが少ない以上、総当たりも覚悟しているが、出来る限り急げ」
「畏まりました。失礼致します」
そして残されたデブラと共にライルの背中を見送ったロディマスは、ベッドから抜け出した。
「ロディマス様!!寝ていなくてはお身体に触ります!!」
慌てたデブラを一瞥し、ロディマスは枕元に置いてあった着替えを手に取った。
そしてデブラを無視して廊下へと出て、まっすぐに一階へと向かった。
いつぞやのように後ろからついてくる少女を無視して辿り着いた先は、風呂場だった。
「貴様は待っていろ」
「お、お背中、お流しします!!」
そのセリフを聞き、ロディマスは怒気を膨らませながら少女に向き直った。
ロディマスのそんな形相に小さく悲鳴を上げる少女を更に一睨みしてから、ロディマスは冷酷に告げた。
「いらん!!・・・、そこで待っていろ。誰も寄せ付けるな」
「は、はいッ」
そしてロディマスは一人浴場へと入り、いつかのように水を溜め湯を沸かした。
かけ湯をしてから湯船へと浸かり、一人、考えた。
マリーと己が呼んだ女性。
未来のどうしようもない自分を拾った人物。いや、拾ってくれた恩人。
しかし、ロディマスの本能は、未来の記憶は彼女に対して警笛を鳴らしていた。
「何が、愛していると言って欲しかった、だ。あの性悪め!!」
ロディマスの振り下ろした腕が湯を叩き、盛大にしぶきをまき散らす。
あまりの怒りに血圧も上がる中、ロディマスは叫んだ。
「あああ!!あのうんこちゃんブルーめ!!ヤツが発端の忌まわしい出来事の数々はまだ起こっていないとは言え、思い出しただけでも腹が立つ!!」
二度、三度と腕を振り下ろして湯をぶちまけ、それからロディマスは湯船から出て、引き込まれている水を頭から被った。
季節が夏の為か、ぬるい水がかかったものの、それでも頭を冷やすには十分だった。
「ヤツは俺に『邪気眼布』を渡し、俺を魔物の森へと誘導した。そしておそらく」
未来のロディマスに、【魔王の卵】の存在を教えた人物。
もしくは、その情報を握っているであろう人物の関係者。
次第に興奮していく己を止めきれず、強引に体を洗い始めたロディマスは、今後どう動くべき考えていた。
すでに女性関係についてなど彼方へと吹き飛んでいたロディマスは、己の行く末のみを見つめた。
そして【魔王の卵】について考え始めると、自然と頭も心も冷えていった。
「しかしこれは考えようによっては、目覚めてからずっと探していた人物に、ようやく近づいた訳か。そう思えばこれも悪い事ばかりではない」
未来のロディマスを唆して、ロディマスが魔王となるよう仕向けた人物。
それのヒントに今、ようやく辿り着いた。
己と魔王との関係の決着に、少しだけそのゴールへの道が拓かれた気がした。
「本当なら今すぐにでも神聖国へと出向きたいが・・・、魔物の森の悪魔退治が最優先か」
今から約二年後に起こる西の魔物の森のパンデミック。
魔物の大量発生と、大悪魔の降臨。
しかもすでにその兆候はあるようで、ライルやフルチに調べさせた所、魔物の増加現象がエルモンド領で確認されている。
「このイベントを機にレイが『勇者』へと覚醒していくのだが、事前に食い止めてどうなるのか予測が付かん。それが問題だな」
そしてこれを機に、『勇者』候補としてミーシャの名前もきっと挙がるはずである。
そんなイベントを先に潰すのは、デメリットの方が大きいように思えた。
だが、そのイベントを起こす代わりに西の魔物の森に住まうエルフたちを滅ぼすのは、それ以上のデメリットに繋がる。
それに、とロディマスは思い出したことを口にした。
「マリーの狙いはこの大悪魔と俺との接触だった。そしてそれが孵化の一因ならば、大悪魔に進化する前に叩く!!」
あの性悪の企みを事前に潰す。
ロディマスはそう決意ながら、体中の泡を洗い流した。
「しかし、アリシアが『勇者』になりそうにない以上、レイには『勇者』をしてもらわねば困る」
それはロディマスにとって苦渋の決断であった。
当初の予定では、アリシアとミーシャで『勇者』パーティを組んでもらう予定であった。
しかし現実としては、アリシアは『勇者』の道を選ぶ様子がなく、ミーシャもまた、『勇者』とはならないだろう。
そうなると消去法でレイモンドに『勇者』をしてもらわねばならないが、そこである問題が発生する。
「候補になったレイは、当初無能の烙印を押されていた。理由は、学園での姿を見ていれば当然か」
ただ戦う事しか頭にない戦闘狂。勝つも負けるもお構いなしで、周囲に対する気遣いもない。
本当に好き勝手しているだけのお子様。
それが未来の『勇者』、レイモンド=フォン=エルモンドの始まりの姿だった。
「何が切っ掛けでヤツは『勇者』たる自覚を得たのか。それも同時に調査せねばならんが・・・、人手が足りん!!」
両手をワナワナと上へと掲げて、まるで天へ怒りの一撃を見舞うかのような姿勢を取ったロディマスは、そのまま萎れた。
「情報が圧倒的に不足している。今はとにかく情報収集だ。来週、エルモンド領へ行ったら傭兵たちの一部に諜報活動をさせるか」
ロディマスは身体を洗い終え、湯船に再度浸かった。
苛立たし気に何度も顔に湯を被り、怒りを堪えた息を吐く。
それを何度も繰り返し、それでも収まりきらぬ腹の内を隠そうともせずにロディマスは風呂から出た。
□□□
「ロディマス様、どうか横になって下さい。このままでは私がライル様やバッカス様に叱られてしまいます」
メイドであるデブラがそう訴えかけてくるも、ロディマスは一切を無視して先ほどから書類の整理を行なっている。
やることが増えた以上、今までよりも多くを素早くこなさねばならないと焦る気持ちを抑えきれず、つい書類に目を通していたのだった。
そしてひと段落着いた段階で、半泣きとなっているデブラに命令した。
「キースかアンダンテを呼んで来い」
「え、えっと?どなた、でしょうか」
「傭兵だ。いいから呼んで来い」
「ヒッ!!わ、分かりました!!」
すっかり怯えて委縮していたデブラが部屋の入り口に駆け寄ったタイミングで、キースが現れた。
ぶつかりそうになったその瞬間、キースはデブラを抱き留めて、次にロディマスを見て険しい表情となった。
「危ないぞ。それと坊ちゃん。安静にしていないといけないと言われていたでしょう?何をなさっているのですかね」
「そんなものは知らん。それに、丁度良かった」
「良くないです。ベッドで横になりましょ・・・う!?」
「いいから、聞け」
怒気を孕んだロディマスのその声と、浮かんだ表情を見てキースが絶句していた。
「フーリェに行くと同時にエルモンド家について調べる。特にレイについては念入りに調査する。必要な人員を確保しろ」
そう告げるも、キースはまるで目の前で話す人物が誰か分からないと言う調子で、静かに首を振っていた。
そして、キースがそんな殺気だったロディマスに忠告してきた。
「坊ちゃん、それは良くない。良くないですよ。事情は知れないけれど、そちらの道は、いけない」
「そうか。貴様の言う事だ、なにがしかの理由があるのだろう。だが、そんなものは関係ない」
「何を焦っているんですか?そんなものは、坊ちゃんらしくないですよ?」
殺気に近い怒気を受け流すキースは、頬に汗を伝わせながらも諭すように静かに告げてくる。
しかしそんな態度も今のロディマスには逆効果で、かえってあおる結果となってしまった。
「俺には時間がないのだ!!いいから言う事を聞け!!」
そう叫ぶと、デブラは腰を抜かしてへたり込み、キースは眼光を強めていた。
そしてキースは、おもむろに近寄り、拳を振り上げ、ロディマスの脳天にゲンコツを落としていた。
「ぐあ!?」
全力とは程遠いその一撃も、ロディマスにとっては一歩間違えば致命傷である。
しかしそれにも構わずに、キースはロディマスの目を見て告げた。
「坊ちゃん。それはダメですよ。人にお願いする態度ではないです。やり直しです」
「な、何を言い出すのだ!?」
ロディマスがそう訴えかけると、キースはヤレヤレと肩をすくめて両手の平を上に向けて呆れたと言うジェスチャーを取っていた。
そんな態度もいちいち癇に障るとロディマスが一層の不快感を露わにしていると、キースが軽くデコピンをしてきた。
撫でるようなその一撃に、思わずロディマスが両手でデコを押さえていると、キースが優しく語りかけてきた。
「人間、追いつめられた時こそ冷静にならなければいけません。そうでなければ、周りが助けられないですからね」
「俺を、助けるだと!?」
「ええ。こちらですべてを解決なんて出来ないし、本人にしか出来ない事はあるでしょう」
「そうだ!!それが分かっていて、何故貴様はそんな事を言うのだ!!」
そう叫ぶロディマスから何を感じ取ったのか、先ほどまでの険しい表情をやめたキースが、そっとロディマスの肩に手を触れた。
その手の温かさに驚きながら、ロディマスはキースの顔を見て、言葉を待った。
「だかと言って、その全てを一人でやらなければならない事は、ないはずですよね?」
「ぬぅ・・・」
「10あるうちの5が自分でやらなくてはならずとも、残る5は案外人に任せても問題なかったりするものですよ」
「だから俺は、貴様に命令を」
「待って下さい」
ロディマスがそう言い始めた所で、キースが手の平を眼前に突き出して言葉を遮った。
それに眉を寄せて抗議したロディマスだが、自然とキースには逆らえなかった。
そんなロディマスを見て、満足気に頷いたキースは、床に崩れ落ちていたデブラを助け起こした。
「君はちょっとこちらへ行っていようか」
「す、すいません」
「いいよ。それで坊ちゃん。坊ちゃんの急用に失敗は許されるのかな?」
「いいや、ダメだ。失敗すれば、誰かが死ぬ」
ここまで人に話したのは初めてだとロディマスは驚きつつも、腕を組み首を捻るキースを見ながら冷静になっていく自分に少しだけ驚いた。
そして、ロディマスが冷静になったのを見定めたキースが、口を開いた。
「なら、最高の一撃でもって対応しましょうよ。焦らず、迅速かつ的確に」
「焦らず、迅速かつ的確に・・・、か」
家訓である迅速に、的確さを求めた最善の行動で、今のこの事態を打破する。
言うのは簡単だが、やるのは難しい。
そんなシンプルな言葉に、ロディマスの心は震え出す。
ほんのわずかにゴールが見えたからと焦ってしまっては、キースが指摘したように道を逸れてしまう危険性が極めて高い。
その逸れた先こそ、己が最も危惧していた魔王エンドだったと言うのに、何を焦っていたのかとロディマスは反省した。
「そうか。そうだな。俺は一体何を焦っていたのか」
「いやー、最近坊ちゃんも女性問題で大いに悩んでいましたからね。焦る気持ちは分からなくもないですよ」
「俺はそんな事で悩んでいた訳ではない!!」
「またまた、ご冗談を。ああ、年上から助言ですが、中に着るベストは革製の厚いのがお勧めです。ナイフで刺されてもこれなら致命傷にならない」
「何の話をしているのだ!?」
まるで腹に雑誌を入れていたから助かった的な話をキースがし始めて、思わずロディマスは突っ込んでしまった。
「いやいや、ライル殿には新たな女を探させているのだとか。いや全く、さすがはバッカス殿の息子さんですな」
ハハハハと爽やかに笑うキースに、違う意味での怒りが沸き上がってきたロディマスは叫んだ。
「キース!!フーリェでレイの身辺調査をする人員を確保しろ!!ヤツは、『勇者』候補だ!!」
「へぇ、そうなんですね。それで。なるほど、なるほど」
「だが、今のアレは役に立たん!!アレが真の意味で『勇者』となる切っ掛けを掴む!!協力しろ!!」
「真の意味での『勇者』、ですか。それは興味を惹かれますね」
「分かったなら俺に従え!!いいな!!それと俺は女性関係で悩んではいない!!」
「おおー、ついに全員娶ると決心しましたかー。遅いようで、案外に早かったですね!!」
「違うわ!!貴様、ヴァネッサとの件、まだ根に持っているのか!?」
「ヴァネッサはいい女ですよ。今でも感謝しています。坊ちゃんが孤児院の子供らと共謀してヴァネッサ共々罠に嵌めたことは、今でも忘れられない思い出ですが」
「こ、の!!いいからとっとと行け!!」
「はいはい。では失礼しますね」
お気楽そうないつものキースに毒気を抜かれて、ロディマスは呆然とその後姿を見送った。
そして入り口近くにある椅子に座りこんだままのデブラを見て、ため息を吐いた。
「デブラ、今の話は誰にも言うな」
「ドア、開きっぱなしでしたが大丈夫でしょうか?」
「ぐ、ぬぅ。いい、貴様が言わなければ、それでいい」
「は、はい」
「もういい、寝る。貴様も退出しろ」
「そ、それが・・・、今日は夜まで見張っているようにと仰せつかっておりまして」
「何?・・・はぁ、もういい。寝る」
「え?いてもよろしいのですか!?」
「好きにしろ」
そう言ってロディマスはベッドへと頼りない足取りで近づき、そのまま薄地の掛け布団を羽織って、現実逃避するように目を瞑ったのだった。




