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仕事もひと段落つき、今日はここまでと判断したロディマスは、夕食まで休憩する事にした。
そして共に仕事をしていたライルは、ミーシャに明日以降の予定を伝えてくると言い残して退出していった。
それを見届けた後、ロディマスは女性陣について考え始めた。
彼女たちとの関係を真剣に考えると誰にも彼にも言ってしまった以上、可能な限り手を尽くさなければならないと考えたからである。
「女性関係は放っておくと縺れて雁字搦めになって、己の身に返ってくるからな」
ロディマスは前世の記憶にある、女性関係で揉めた挙句に腹を刺された同僚から聞いた格言を思い出して身震いした。
そしてその記憶を振り払うように頭を振って、それから彼女たちについて改めて考えてみた。
「しかし、俺は前世でも女性と付き合ったことなど、三度しかない。それも全部、1か月以内に別れている。こんな記憶が役に立つとは思えんが・・・」
そうして悩み始めたロディマスは、気晴らしに作った木札を手の中で弄び始めた。
その木札は将棋のようなものの駒の一種で、ロディマス考案の新しいゲームの駒だった。
「魔法使いを駒にするのに苦労をしたが、まさか魔法使いを使わないと言う選択肢で解決させてしまうとは、我ながら驚いたものだな。しかし、魔法使いもせめてゲームの中では活躍させたかったのだが、仕方がないか。この盤面に直接干渉できる大魔法札だけでも採用出来て良かったと思うべきか」
そう呟き、今度はゲームについても愚痴り始めた己に嘆息しつつ、ゲーム盤を見た。
目の前にある9×9のマス目を見つめて、なんだかそのマス目が己が思い描いていたゲームのステータス画面に似ているなと考えた。
そして、己は神の加護とやらの【ステータス】をもう一年近く見ていない事に気付いた。
「あんなものが役に立つ訳もないし、どうでいいか。せめてゲームのようなパラメータが見れた・・・ら?」
呟き、そして、閃いた。
「そうだ!!前世の恋愛ゲームのパラメータを参考にして考えてみよう!!ないのであれば、作ればいいのだ」
それを思いついたロディマスは、前世の記憶を掘り起こして、必要な情報をピックアップしていった。
「まずは好感度、だな。好感度か・・・。うむ、今は誰もいないのだ。照れたり恥じたりする必要はない。己が思うままに考えてみよう」
誰もいないのに独り言をブツブツと言い、言い訳を繰り返す己に気付かずに、ロディマスはゲーム画面を思い起こして女性陣を評価していった。
その工程はまるで自画自賛しているようでイヤになるが、真剣に考えるのであれば己の感情は可能な限り排除して、客観的な情報のみを精査する必要がある。
ロディマスは腹を括り、恥ずかしいのを我慢しながら彼女たちの言動を思い起こして評価を紙に書いていく。
ミーシャは若すぎるのと、奴隷と言う身分とそこに至るまでの経緯から、今は依存度がかなり高い。
よって、好感度は2。お友達レベルだろう。
エリスは、ミーシャも含めてになるが、自分の世界が狭すぎて、恋愛感情についていまいちピンと来ていない感じがする。
ただの友達ではなく、親友と呼べるレベルではあるが、男女の仲と言う意味では今一歩足りない。
評価は辛うじて3だろう。
アリシアはさすがに貴族のお嬢様で、その辺りの教育も受けている。
上二人よりも恋愛感情が強めで、しっかりと将来も見据えているのが頼もしくもあり、怖くもある。
評価は3と言いたいが、恐らくは、4。
ベリスは消去法的に己に惚れている感じがする。
男気に惚れ込んでいるのもあるだろうし、恩義を感じているから好意的と言うのもあるだろう。
評価は、2に近い3、と言ったところだろうか。
10段階にすればよかった。
ロディマスは顔を真っ赤にして頭をガシガシと掻きつつも、次々と彼女たちとのやり取りを思い出して、書き留めていった。
「そして出来たのがこの好感度メーターか。ふむ、こんなものか?」
『ロディマス式好感度メーター』
ミーシャ:■■□□□
エリス:■■■□□
アリシア:■■■■□
ベリス:■■■□□
前世でプレイしていた様々なギャルゲーを元に、次々と判断基準を書き込んでいく。
「評価としては、■4つ以上で本気、と言う感じだろう。そして、■3以上の場合は、告白すれば通る、と」
そして、気付く。
「何故、一番攻略難度の高いアリシアが、すでに俺に惚れている事になっているのだ?」
勝気なお嬢様で、更には光属性特有の「闇嫌い」まで発動しているアリシアが、今最も好感度が高いように思えて、ロディマスもさすがにその不自然さに首を傾げた。
こういう所こそが、ロディマスが前世より受け継いでいる「恋愛オンチ」なのだが、当の本人はそれに気づかずに考察を続けた。
「そして、意外と低いミーシャの評価。個人感情を抜いてしまうと、好き勝手やらせていただけだと言うのが良く分かるな。はぁ」
何も恋仲になりたいなどと贅沢な関係を望んではいなかったのだが、そのあいまいな態度が結果的に双方にとって良くない現状を作り出していたようである。
それをロディマスは改めて認め、今回遠ざけた命令がどのように作用するか想定し始めた。
「良く聞く話だが、物理的に距離が開けば、自然と心も離れるらしい。今が近すぎて兄妹のような関係ならば、距離を置けば友人に戻れるのではないだろうか」
そう都合よくはいかないだろうが、と心の中で付け足しつつも、案外に強かなミーシャであればなんとか折り合いをつけてくれるだろうと、ロディマスはミーシャを信じた。
丸投げしたと言い換えてもいい。
「ま、普段通りか。あとは事が動いてから、だな。人の感情など計算づくでは図れまい」
そう呟き、ロディマスはミーシャについてそれ以上考えるのを辞めた。
「アリシアに関しては、魔過症の治療が切っ掛けか。考えてみればありきたりなボーイミーツガールだったな」
そう言う意味ではエリスも同様だろうと考えたロディマスは、こんな分かりやすい手で惚れるのか?と疑問に思った。
「恋愛オンチ」なロディマスにはその二人の心境や心理が良く分からず、ゲームよりも攻略難度が低いんじゃないかと、二人に知られたら不味いことを考えていた。
「他にも色々と手を尽くしたが、くっ、正直こう考えると滅茶苦茶恥ずかしいぞ・・・」
ロディマスは部屋で身もだえしながら、それでも思考を巡らせた。
しかし結局のところ、ひとめぼれと言った憧れのシチュエーションなどなく、普通に好感度を稼いだ結果だと言うのが良く分かった。
今までの自分の態度を嫌悪する要素が増えただけだと、ロディマスは気が滅入る思いをした。
「うーむ、これはあれか。女たらしと責められても文句は言えんのか・・・。遺憾だが、喫茶店での殺気に近い視線もこれで良く分かった。はぁ」
そして、ここまで考え、ここまでしておいて、現状のような関係は己の望んだものではなかったとロディマスは憤った。
「何故こうも思い通りにいかないのだ!!ありえん!!」
自室なので遠慮なく胸の内を叫んだ直後、ロディマスは突如として頭の中がかき混ぜられるような気持ち悪い感覚に襲われた。
「ぐっ、何だこれは!?」
吐きそうで目が回り、動悸も激しい。
ロディマスは明らかに尋常ではない自分の様子に戸惑い、机に手をついた。
すると、突如、目の前にある人物が浮かび出て、次いで声が聞こえてきた。
『君には、好きなものがあるかい?』
「ぐっ、あ!?こ、これは!!」
遠いような近いような、大きいような小さいな様な、そんな声にロディマスの脳が揺さぶられる。
『君の好きなものの中に、私はいるのかい?』
突如白昼夢を見せられた為に狼狽え、更には独特の変わった語尾に心も揺さぶられたロディマスは空中に手を伸ばすが、その痛烈な映像は止まることはなかった。
二重に見えるその姿は、ロディマスの苦しみなどお構いなしに眼前に浮かび上がり語りかけてくる。
目を逸らす事さえ出来ず、目を瞑る事さえ出来ない。
頭を抱えながら、無理やりに映像を押し付けられる。
その奇妙な感覚は、自称神との邂逅の時と同じだとロディマスは気が付いた。
その為に、最初はまた自称神の干渉かと思ったが、しかし今更アレがこのような事をしてくるとは思えない。
では一体誰がと考え始めたが、苦痛のあまり思考が鈍くなったロディマスに出来たのは、歯を食いしばり痛みに耐えるだけだった。
そんなロディマスに構う事なく、映像は続いた。
『君は優しい人だね。でも、自分にも優しすぎるかな?そして、臆病でもあるのかい。それは困ったね』
「こんな幻聴など、ありえん!!それに、誰が臆病だ!!」
叫び、目の前の女性の言葉を否定したそのタイミングで、ロディマスがようやくその浮かんだ女性の正体に気付いた。
「そうか、これは前世の記憶か!!ヤツめ、俺にこんなものを見せてどうするつもりだ!!」
幻聴の主は前世の自分の最後の彼女、真奈美だった。
そしておそらくこの幻影を見せているのは前世の自分だとロディマスは当たりを付けて、前世の自分を非難した。
しかしそんな中、真奈美は何故か悲しそうな顔で、まるでロディマスを責めるように、呟いていた。
『私は、ただ』
そして、ロディマスの精神と脳が限界に達しようとした時、輪郭の怪しかった目の前の映像、その話しかけている人物が鮮明に映った。
『「愛している」』
ロディマスの顔を包み込むように差し出された両手に思わず硬直したが、その幻影は顔には触れず、フワリと後退した。
『そう、言って欲しかっただけなのだよ』
言い終わったと思った直後に映像の人物が切り替わり、次にはローブを纏った青い髪の女性が現れていた。
『それだけなのだよ』
過去の彼女である真奈美と全く同じ仕草、同じ表情で悲し気に眉を寄せているその女性を見て、ロディマスは動揺した。
「マリー・・・!?」
前世も今世も受け身であるロディマスを、真奈美もマリーも責めていた。
ロディマスはそう感じ、立ち消える幻影を咄嗟に追いかけようとして、ロディマスは手を伸ばし、直後に腹を机に打ち付けて身もだえした。
「ぐ、ぐぉぉぉぉ・・・。な、何故マリーが・・・」
そう呟くも、今は何も見えず、気色の悪い思いが胸の中に残ったロディマスは宙を見て喘いだ。
息を乱し、その都度一気に肺へと空気を送り込み、咽る。
そんな無駄な行為を何度も行なった挙句に、ロディマスは今の疑問を口にした。
「マリーとは、誰だ・・・!?」
ロディマスは頭を抱え、今の言葉を冷静に考えようとした。
不快感が頭の中を這いまわる中、ロディマスはマリーと今ほどに呼んだ女性を思い出す。
ロディマスは、その女性を知っている。
ただしそれは、未来の記憶の中での話である。
彼女は、神聖国で落ちぶれていた己を拾った人物だった。
しかし、レイモンドの婚約者であり勇者パーティの一人であるスザンヌの名前をロディマスが知らなかったように、本来であれば知らないはずの名前であった。
それなのに己は、その女性の事を良く知っているかのような発言をしていた。
前世の記憶と異なり、未来の記憶はただの映像である。
己の起こしていた行動次第で鮮明だったりする事はあれど、ロディマスは、未来の記憶に対してはただの傍観者である。
しかし、先ほどの女性、マリーは目の前にいた。
それは前世の記憶を探る際によく見るもので、つまり、己はそれを既に体験していると言う事に、他ならなかった。
己は、未来の記憶の内容を、体験済みのロディマス、ではないのだろうか。
それに思い至った途端に、ゾワリ、とロディマスは背中に氷柱が差し込まれたような悪寒を覚えた。
「今の俺は前世と今世の融合したロディマスの、はずだ・・・」
そう呟くも、先ほど己が呟いた言葉を忘れられない。
マリー。
「貴様は一体、誰なのだ」
知らない人物なのに、知っているかのような自分。
精神と記憶が複雑に絡み合い、ロディマスを蝕む。
そしてロディマスは、ある一つの疑問を口にした。
「俺は一体、誰なのだ・・・」
あり得ないはずの未来を体験している自分。
ただ神に理不尽な未来の映像を植え付けられていたかと思っていたものの、実はそうではなかったのではないかと、ロディマスは思い始めていた。
そしてロディマスの意識はそのまま苦悶の海へと沈んでいった。
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