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ロディマスが食卓へと着いた頃、丁度エリスとベリスも身支度を終えたのか、リビングへと入ってきた。
そして皆でミーシャが用意した朝食を食べ始めると、ベリスがロディマスに尋ねていた。
「それで、坊ちゃんはこの後どうするんだい?」
「む?そうだな。家に戻って、それから書類整理だな。来週のフーリェ行きまでに済ませねばならぬ仕事が山ほどあるからな」
「ええーー!!そんなのつまんないよ!!今日はお仕事ダメ!!絶対!!」
「いきなり何を・・・、耳が痛いぞ」
エリスの叫び声に一同が耳を塞ぐ中、ミーシャが耳をヘタれたままロディマスに告げた。
「ご主人様」
「な、なんだ?」
「本日のお仕事は全てキャンセルしてあります。これは大旦那様とライル様、お二人の判断です」
「なんだと!?」
ミーシャは事も無げにそんな事を言い放ち、スープを飲んで一息ついていた。
まるでごく普通の事を平然と言うようなその姿に、ロディマスは戦慄した。
先ほどまでのお風呂での気弱さはどこへ行ったのかと、怒鳴りつけたくなったが、ぐっと堪えて睨むのみにした。
「ふう。今日のお料理もいい出来です」
「ぬ、ぬぅぅ。くっ、飯のうまさに免じて許してやるっ」
「やったーー!!ロディ君とお出かけだー!!」
マイペースなミーシャに呆れつつ、もう抵抗するまいとロディマスは諦めた。
それに、ヘタに藪を突いたら今朝の風呂の話を持ち出される危険性もある。
自分に好意的なこの姉妹の前ではあまりしたくない話題だったので、ロディマスはこれ以上ミーシャに突っかかるのは危険だと判断した。
しかし、はしゃぐ妹と対照的に落ち着いた様子の姉を見て、やはり今のベリスは以前とは違うとロディマスは思った。
何が違うのかと聞かれても答えられないが、とにかく違うと感じたのである。
その差は何なのかと考えたが、いまいちよく分からなかった。
「良かったね、エリス。アタイは今日は、掃除だな」
「何言ってるの!!お姉ちゃんも一緒だよ!!」
「え?いや、アタイはいいよ。昨日の片づけも残ってるしさ」
「ダメ!!いいの、一緒に行くの!!それにもう孤児院の皆に後片付け頼んじゃったし!!」
「あいつらも偶には休みが欲しいだろうに、あんまり無茶言うんじゃないよ」
エリスの言葉をほんのり窘めながらも優しく微笑むベリスを見て、ロディマスは今までのベリスと何が違ったのかに気が付いた。
「ベリス、貴様はなんだか妙に優しくなったな」
「え?そうかい?」
「お姉ちゃん、ずっと優しいけど?」
「ああ、いや、そうだな。エリスに対しては常に優しい姉だったか、しかし・・・」
ロディマスもああ言いはしたものの、今の感覚を具体的に言葉に出来なかった。
「ふむ、正直俺も良く分からんが、そう感じたのだ」
「最近はガキ共の相手もしてるからね。怒る機会は確かに減ったかねぇ」
「誰かに雰囲気が似ているのだが・・・、あ!?」
ロディマスが記憶を探り、ある一つの心当たりにたどり着いて声を上げた。
するとその声にベリスとエリスが反応した。
「なんだい?誰に似ているんだい?正直に話さないと、タメにならないよ?」
「ロディ君!!誰!?誰に似ているの!!ねぇ!!ねぇってば!!」
「貴様ら、食いつきすぎだろう・・・」
二人のそんな様子に呆れつつ、どう言い訳したものかとロディマスは頭を悩ませ、適当にでっちあげることにした。
「ヴァネッサが孤児連中を見る目に似ていると思っただけだ」
「そ、そうかい?それはなんだか照れるね」
「なんだ、院長さんか。確かに今って、お店に子供たちが増えてるからねー。なんとなく分かるかなー」
しかし予想外な事に、二人はそれで納得したようだった。
それに安堵し息を漏らしたロディマスだが、ミーシャの半眼に気が付いて固まった。
ミーシャのそれは明らかに、今の嘘は見抜いています、と言う目である。
それに対してロディマスも、いいから黙っていろ、と睨みアイコンタクトで返せば、分かりましたと言わんばかりにミーシャは目を伏せた。その素直なミーシャの反応に喜びつつ、このまま黙ってやり過ごせばもしかすると仕事に戻れるかもと、ロディマスは油断した。
学園では一部の生徒からの風当たりが強かったミーシャの為に、必要に迫られて会得したアイコンタクトではあるが、しかし学園の生徒の目は欺けても、身近すぎる二人には通用しなかったようであった。
「なーに二人して目と目で通じ合ってんだ?怪しいなぁ」
「ミーシャちゃんの態度からすると、今のは嘘だったって事かな?」
「何!?」
まさかそんな所から己の嘘が発覚するなど思いもよらなかったロディマスは、思い切り狼狽えた。
そしてそんな隙を見逃す姉妹ではなく、見事にロディマスは尋問されてしまった。
しかし結局のところ、未来の記憶の話なのでロディマスもうまく説明が出来ずに誤魔化してしまった。
その結果、わだかまりが出来てしまい、それを解消する為だからと今日のデートを強引に約束させられたのだった。
□□□
朝食後、結局一日の予定を牛耳られてしまったロディマスは、諦めてエリスとベリスと共に街へと向かう事にした。
そして小屋の外で待ち構えていたキース、ライルと合流して実家へと帰った。
家に戻り、父バッカスだけではなく母カラルもペントラル伯爵の館へ行っており不在だと聞き、ロディマスは時間稼ぎが出来ない現実を目の当たりにしてとうとう腹をくくった。
外出用の街服に着替えてから、二人と再び合流して、ロディマス一行は街へと繰り出した。
今回は護衛にライルを連れており、ミーシャもロディマスの隣にいるので以前のデートとは全く異なる様子となったが、エリスだけでなくベリスも気にした様子はなかった。
バイバラの工房をまたも冷やかす等、前回と全く同じコースを進んだ一同は、以前エリスが泣いたあの喫茶店もどきへで休憩をしていた。
「このお店、こんなに美味しかったんだね」
「程よい酸味が悪くないな。だが惜しいかな、甘みが足りない」
「そうかい?これでも十分甘いと思うけどねぇ」
「そうですね。王都で食べたあのお菓子を思うと、甘さが足りなく感じてしまいますね」
「王都のお菓子!?」
率直なミーシャの言葉に食いついたのは、何故かベリスの方だった。
それについてロディマスが疑問に思いエリスを見ると、エリスはロディマスを見て肩をすくめていた。
「お姉ちゃん、甘い物好きだもんね。私はそこまでじゃないんだけど」
「そうなのか?」
「うん。私はどちらかと言うと塩っ気のあるものの方が好きなの。甘いのも好きだけど、今は肉!!って気分かなー」
「いや、アタイも肉は好きなんだけどさ。ほら、傭兵なんてモンをやってたら、どうしても食事が干し肉ばっかりになっちゃってさ。それを二年三年と繰り返していたら、肉より果物、塩気よりも甘い物ってなっちゃったんだよ」
そう言って照れて頬を掻く乙女なベリスに見とれつつ、ロディマスは思ったままの感想を述べた。
「そうか。今の貴様に似合っていてかわいらしい趣向だな」
「はぁ!?今のって、なんだい。ロデ坊ちゃんは時々そうやってキツい所を攻めてくるよな!?」
「はぁー、お姉ちゃんはいいじゃない。かわいいって言ってもらえて。私なんて一度も言われた事ないよ?」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないよ!!」
「ほっほ、若いと言うのは羨ましいですな」
「本当に、いいものですな。孤児院の連中も最近は生き生きとしているし、俺、お坊ちゃんに付いて良かったって思いますよ、本当に。あいつらにもこれを見せてあげたかったですね」
「おいライル、キース。その生温かな視線を送ってくるのはやめろ!!そしてこいつらを止めろ!!」
ロディマスがそうやってワイワイと店内で騒いでいたその時、ドアを蹴破るような音が鳴り響いた。
「ふむ、乱暴な若造がいるようですな」
「扉を蹴って開けるとは、うちの子供たちには見せられない姿ですなぁ」
どうやら本当にドアを蹴破った阿呆がいたようである。
その事にため息を漏らしつつ、ロディマスたちは入り口をそっと覗き見た。
するとそこには、いかにも僕たち不良です!!と言った出で立ちのろくでもない連中がいた。
「おい、この店にベッピンさんが来てるっつー噂じゃねーか?どこにいんだ?出せよ」
「へっへ、俺らでちょいとかわいがってやろうってんだ。感謝しながら出てきな!!」
「この方をどなたと心得る!!時期ペントラル伯爵と名高いポレロ様だぞ!!」
賑わっていた店内が一気に静まり返る中、入り口から丁度死角になっているロディマスたちは顔を見合わせた。
そして口々に好き勝手言い出した。
「かわいいって、エリスかねぇ」
「いや、ミーシャちゃんでしょ。すっごくかわいいよ!」
「私は獣人ですから、恐らく彼らの目的はベリスでしょう」
「いえいえ、私かもしれませぬよ?」
「ライル殿ではないでしょう。もしかすると、ヴァネッサかもしれませんよ?」
「ヴァネッサは今、孤児院だろ。何を言い出すんだこの戯けは」
「あんな頭悪そうなのはごめんだよ。旦那にするなら、そうさね。頭のイイヤツがいいね」
「そうそう、優しくて、お人好しで、放っておけない人がいいね」
「一緒にいてくれるのであれば私は他に何も望みません」
「ほっほ、皆、理想が高いのぉ。これが若さでしょうか、お坊ちゃま」
「いや、違うだろ」
そうやって漫才を繰り広げる最中、いきなりキースが立ち上がった。
「ヴァネッサは渡さない!!」
そう言い残して、颯爽と店の中央へと躍り出たキースを、全員が目を丸くして見送ってしまった。
そして止めるべきだったと気付いたロディマスが、叫んだ。
「何か勘違いしているおバカちんがいるぞ!?ライル、止めろ!!」
「はい!!」
「貴様らはここで待っていろ!!連中の目的は貴様らだ!!」
「あ、ちょっと待てよ!!」
「私は行きます!!」
ミーシャが懐に軽く手を入れて腰を浮かせている所を、ロディマスは押しとどめた。
「どうしてですか!!」
「・・・、貴様はこいつらと自分自身を守れ。いいな?」
「私は護衛です!!」
「いや、キースとライルが出て行った以上、貴様にしか頼めんのだ」
両肩に手を置いてそう告げれば、ミーシャは唇を尖らせてから渋々頷いた。
「よし、いい子だ。少し行ってくる。何、すぐに解決する」
「気を付けてね!!」
「坊ちゃんに何かあったら、あいつら皆殺しだ」
「エリスも狙われているかもしれんのだ、気を付けろ。それとベリス、物騒なことを言うな」
そう言い残して、ロディマスも飛び出した。
「アァ!?テメーは何モンだ!!」
「小悪党に名乗る名などない!!俺の名はキースだ!!」
「ンだとぅ!!しっかり名乗ってんじゃねーか!!」
「ポレロとか名乗られたからな!!ならば名乗り返すのが礼儀だろう!!」
「それ以外にも気にしなきゃなんねーワードがあっただろーが!!」
そんなキースと不良連中のやり取りを見て、この店を利用するとこう言ったイベントでも発生するのか?とロディマスは思わず首を捻っていた。
そのロディマスの隣に、ライルが付いた。
「お坊ちゃま。どうやら本物のポレロ様でございます」
「そうか。それは厄介だな」
「ええ、どうやって始末するか。その方法を絞るだけでも厄介です」
「いや、始末するな!!相手、伯爵家の者だぞ!?」
「お坊ちゃまのお手を煩わせたのです。万死に値します」
「冷静になれ!!おい、ライル?爺!!く、この!!」
ライルの手の平に、周りからは見えないように巧妙に細工された鈍い銀色の光が見えたので、ロディマスは非常に焦った。
袖口から覗いているのは、明らかに暗器である。
つまりライルは、本気でヤる気だった。
「キース殿、助太刀致します」
「ありがたい。これでより長く苦痛を味あわせてやれますよ」
「何言ってるんだ二人とも!?」
キースもキースでヤる気満々である。
伊達にロディマスとミーシャが襲われた時、犯人の首を躊躇なくチョンパしてはいない。
しかし、この世界的には「切り捨て御免」は常識の範疇かもしれないが、前世日本の記憶を持つロディマスには、どうにも私刑で死罪と言うものは、許容しがたいものだった。
まして相手はただヤンチャしているだけなのである。実害は、蹴られたドアと店の中の空気が悪くなった程度なのである。
そのヤンチャの結果が死刑とかあり得ないと、ロディマスは心の中で叫んだ。
「はぁ?オメーら分かってんのか!?ペントラル様だぞ、ここの、領主の、ペントラル様!!その息子のポレロ様だぞ!!」
「何度も聞いたさ。それで、誰から血の海に沈みたい?」
「こえぇぇ!!」
「三男坊が何を仰いますやら。それで、誰から腕とお別れしたいですか?」
「超こえぇぇぇ!!」
「なんだよこいつら!!クレイジーすぎるだろ!!」
「同感だ。貴様らは過激すぎるな。ほら、もっと言ってやれ。このノータリン共、とな」
「は?テメーはテメーで、いきなり出てきて何言ってんだ!!」
サラリと会話に参加しつつライルとキースを責めれば、混乱して噛みついてくる不良Aに、ロディマスは大げさにため息を吐いた。
更に肩まですくめて、ヤレヤレと呟き、挑発した。
「それは失礼。だが、どうだ?かなりキている二人じゃないか?」
「ウッ!!そりゃ、でも、こっちには退けねーワケがあんだよ!!」
「ほほう、何やら深いご事情がおありのようですな」
「あ、バカ!!」
「そうだ!!ここにロディマスっつーガキが来てるはずだ!!そいつを、ブチノメブボァ!?」
言い終わる前に、不良Aがキースの蹴りを受けて空を飛んだ。
さり気なくドアを開けていたライルにより、不良Aはそのまま通りまで吹き飛び、何度も回転してから反対側の店の壁に激突した。
「あれ、死んでないよな?」
「あれで死ねるほど、人間ってヤツはヤワではないですよ」
いや、俺なら死ねるんだけど!?と心の中だけで突っ込みつつ、状況を確認した。
まず、不良Aはリタイア。
不良Bは、伸ばしたもみあげを揺らしながらカタカタと震えている。何をしでかすか分からないが、キースやライルの敵ではないだろう。
不良Cは、手にナイフを持っていた。油断なく周囲に刃先を向けているつもちだろうが、とんだド素人である。多少なりとも武術の心得があるものであれば、まず遅れは取らないだろう。
そして不良Dは、咄嗟にある人物を庇っている。その姿から、恐らくは先ほど紹介されたお貴族のロクデナシのボディーガードだろう。キースやライルの敵ではないが、自分が相手では不覚を取る可能性もある。
最後に、不良Dに庇われているポレロは、何と言うか、丸かった。
明らかに走るのが苦手そうなその姿に、ロディマスは顔をしかめた。
「あのブタが、俺を狙った?」
ブクブクと肥え太ったその男に、ロディマスは嫌悪感しか湧かなかった。
そして己を狙っていた理由を考えた。
「何しやがるんだ!!テメェ!!あ、ラメェ!?」
「鍛錬が足りないね。ほら、もう少し行ってはいけない方向に曲げるよ?お前の肩はどれだけ持つかな?」
「あひぃぃぃ!!折れ、折れちゃうぅぅぅ!!!」
「あらよっと」
ロディマスが悩む間に、三人目が場外へと吹き飛ばされていた。
「はぁ!?早すぎるだろ!!何やってるんだ!!」
ほんのわずかに考えていただけなのに、事態がもう行くところまで行ってしまった感があった。
その事にロディマスは頭を抱えながら、ボディーガードの裏で怯え固まっているポレロに話しかけた。
「はぁ。こうなったら自棄だな。おいポレロ。貴様、俺のツレに手を出そうとしたな?」
「はひぃ!?だ、誰だなもし!!」
「妙な話し方をするブタだな・・・。俺は、貴様が探していたロディマスだ。ロディマス様と呼べ」
「はぁぁ!?き、キサマこそ僕をポレロ様と呼ぶんだなもし!!」
「良かろう、ポレロ様。それで、貴様は何の用でここへ来た?」
様付けしているのに、何故か聞くものに真逆の印象を与えてくるロディマスのその言葉に、しかしポレロは何一つ気にかけた様子もなく、平然とロディマスに要求してきた。
「お、女を出すんだなもし!!僕が可愛がってやるんだなもし!!そ、それと税だなもし!!税金をもらうんだなもし!!」
「つまり、女と金か。実に下らんブタだな」
「な、なんだとなもし!!」
あまりにテンプレート、お約束すぎる目の前のポレロに、ついロディマスは興が乗ってしまった。
その結果、顔の半分を片手で隠しつつ、かっこよく決めてしまっていた。
「そんなものよりも大切なものが、この世にはある!!」
「な、なんだなもし!!」
「それは!!・・・!?」
そしてロディマスが更に恰好を付けようとして身体を捻ったところで、後ろの角から覗いていたエリス、ベリス、ミーシャの三人と目が合った。
冷静になったロディマスは、静かに前へと向き直り、静かに告げた。
「金だな・・・」
「結局金だなもし!?」
最後の最後で恥ずかしくなり、締まらない決め台詞となったロディマスは羞恥の心でいっぱいいっぱいになっていた。
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