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目を開けると、ロディマスの眼前には見慣れない天井があった。
いや、天井と言うのはいささか語弊があるだろう。
目の前にあるソレは、ベッドの四つ角から伸びる支柱により支えられている天蓋だからだ。
「この既視感は一体何なのだ?」
そう小さく呟き、己がベッドの上で横たわっているのを確認してから、そっと左に首を回してみた。
「スゥゥ・・・・スゥゥ・・・」
すやすやと眠る美人の横顔が見えた。
一瞬誰かと思ったものの、すぐにそれがベリスだと判明する。
その事実に叫びそうになったものの、ロディマスは口を押さえてなんとか堪えた。
そして落ち着くために無言のまま、また真正面へと向き直った。
見えたのは、見慣れない天井であった。
そこで一度、ロディマスは深呼吸を行なった。
自室とは大きく異なるその匂いに咳き込みそうになりつつも、酸素を取り入れた頭は活動を開始して、働き始めた。
そして今の状況を冷静に分析して、何が起こっているのかを理解しつつあるロディマスは、その分析が正しいのか確認するために右を見た。
「スゥ・・・、スゥ・・・」
そこには予想通り、ほんのわずかな寝息を立てているエリスの横顔が見えた。
その先には銀色の髪も見えたので、恐らくミーシャもいるのだろう。
美人姉妹と美少女メイドに挟まれベッドイン。
前世からすれば理想のハーレム状態であり、幾度となく夢見た光景でもあった。
しかし、空想のものではなくこれが現実となると、途端にその魅力も失われるのだと、ロディマスは気が付いた。
ロディマスは、昨夜の記憶を引っ張り出す。
大勢に出迎えられ、湧いた歓迎会は日が落ちても続いた。
そして父バッカスが追加の傭兵たちを事前に手配していたようで、周囲を傭兵たちが守る中、夜でも安心だと言う事でそれは大いに盛り上がった。
その最中で、ロディマスは今世初の酒を堪能した。
それはもう、たらふく飲んだのである。
幸いにも今世のロディマスは酒精にはそれなりに強いようだったが、それでもそこにいる全員と乾杯し酒を酌み交わしたので酔いつぶれてしまった。
ただし、それだけ飲んだにも関わらず二日酔いの類は確認できなかったのが救いと言えるだろう。
「そして、そのままここに泊まったのか」
こことは、以前ロディマス小屋と呼ばれていた工場横に付いていた二階建ての一軒家のような建物である。
元々、父バッカスとライルが共謀して作ったこの小屋は、要するに今のような状況を作り出す為のものだったのである。連れ込み宿と呼べば分かりやすいだろう。
その気遣いそのものは男としては嬉しいものの、しかし、いくら今世では幸せな家族計画を立てていると言えどもロディマスは当時10歳だった。
さすがにそんなものを利用する気にもなれず、丁度パン工房で働く事になったエリスとベリスのポートマン姉妹にこの小屋を明け渡したのだが、結果はこれである。
「いや、致してはいないか」
王都にいる間に精通しているので、することをすれば子供ももう出来る身体となっている。
それだけに、己が迂闊なことをしていないか不安になったが、自分の状況と三人の穏やかな寝顔から考えると、そう言った事態にはなっていないように思われた。
「12歳で子持ちは、さすがに勘弁だからな」
正確には出来たとしても今からほぼ1年後なので、13歳で子持ちとなるのだが、それはさておき。
「体が汗臭いな。昨日は風呂に入っていないから、汗を流してくるか」
そう呟いてから、ロディマスは布団の中へと潜り込み、ベッドの下方向へと移動した。
「妙に甘い匂いがするな・・・」
そんな感想を口にしながら、ロディマスはなんとかベッドから抜けた。
振り返り、ベッドを見る。
キングサイズの、4人が乗ってもまだまだ場所が余るほどの大きさのベッドが部屋の大半を占めていた。
「何故ここまで大きなベッドにしたのだ・・・」
まるで今の状況を予測して作ったのではないかと思ってしまうほど、ベッドは規格外に大きかった。
実家の大広間よりも広い二階部分が丸ごと寝室になっていると聞いた時は正気を疑ったが、現実としてこの光景を見ると、納得していいのか憤っていいのか、良く分からなかった。
「まぁいい、今は風呂だ」
そう呟き問題を先送りにして、ロディマスは部屋を出てすぐにある階段を下りた。
一階にはリビングや台所の他、風呂場もある。
風呂は一階部分に三つも用意してあるが、これは単にロディマスの趣味である。
「やはり仕事上がりには風呂だからな。大浴場も好評なようで何よりだ」
一階部分にはプライベート空間の他に、工場の従業員用に男女別の更衣室、同じく男女別の大浴場、そして仮眠室が存在する。
一階の設備の半分が風呂で、湯を沸かすために一日に費やす燃料はかなりの量ではある。しかし、それを毎日利用できるだけの利益は上がっている。
「食品を扱う以上、衛生管理は徹底せねばならんからな。不潔な格好で人に食べ物を出すなど、言語道断だ」
なお、大浴場はパックらマッチョメンズも利用しており、彼らからは追加で料金を徴収している。
結果、パン工房の利益がなくとも十分に黒字だったので残った利益を増設に当てられているのも、嬉しい誤算であった。
「前は憧れたのだがな。『ジム』帰りの銭湯。まさかこのような場所で、このような形で実現させることになるとはな」
そう呟きながらも着々と大浴場の準備を進めるロディマスは、湯船に水を引き込み、満杯にした後で魔法を使った。
「【マジックブースト】【マジックブースト】【マジックブースト】、からの、【ウォーム】!!」
誰も見ていないので、魔法の威力を増加させる闇魔法【マジックブースト】を使いつつ、物体を温める火魔法【ウォーム】を使用した。
プライベート空間側の個人風呂程度なら【マジックブースト】一回で済むが、伸び伸びと湯に浸かりたかったが為に大浴場を選んだのである。当然、張る水の量も多く、ブーストする回数も増えた。
だが、この程度であればロディマスの魔力は切れないので、呑気な表情で湯の温度を確かめた。
「少し熱いが、まぁ入っているうちに冷めるだろう」
そしてロディマスは脱衣場まで戻り、服を脱いだ。
露わになった左腕に巻かれた赤い布、聖布を解いて腕を擦る。
「大丈夫だな。変な模様も出ていないし、順調だ。だが、外すとまだ倦怠感があるな」
以前襲ってきた教会暗部から奪った戦利品である聖布は、ロディマスの探し求めていた邪気眼布そのものであった。
そしてそれに気付いたロディマスが加工をした上で左手にその布を巻いたのである。
すると、聖布の名に恥じず、ロディマスの不調となった変異を見事に抑えた。
それどころか、今までの体の重さがなくなって、自由に動くようになったのである。
「まさかまた神聖教会に救われるとはな」
また、と言っても前回と言うのは未来の記憶の中の話である。
ロディマスが目覚めて当時、未来の記憶を漁っている最中に出てきた邪気眼布を巻いた自分。それが、神聖教会に拾われた時の自分だと、去年気が付いた。
「ただの格好つけだと思っていたのだがなっと。ふぅ。風呂上りにはこれを羽織るか」
備え付けてある棚から従業員用においてある浴衣を取り出して用意し、ロディマスは裸となりタオル1枚を手に持って改めて風呂場へと向かった。
まずはかけ湯。
そして軽く体を拭いて表面の汚れを落としてから、風呂へイン。
「んあ゛~~~」
あまりの心地よさにロディマスの口から気の抜けた声が漏れる。
「いい湯だな、アハハンっと」
ロディマスはそのまま湯に身を任せて、しばし目を瞑って揺らめいた。
すると脱衣所の方から少しだけ音がした。
「む?こんな早くから誰だ?」
起きた時はまだ日が昇っていなかったが、水が溜まるのを待ち、湯を沸かした頃には日が昇り始めていた。しかし、そんな時間に浴場を利用しようとするなど、己以外にはいないと思っていた。
すると案の定、浴場利用を目的とした来訪ではなかったようだと、ロディマスは自分の勘が当たったのだと知った。
浴場のドアがノックされ、聞きなれた声が届いた。
「ご主人様はお風呂ですか?」
ミーシャの声である。
恐らく主である自分が起きたから、ミーシャも起きて探したのだろうと考え、ごく普通に答えた。
「ああ、そうだ」
「分かりました」
そう言って確認を終えたら、ミーシャは立ち去って行った。
風呂上りに朝食を食べれるようにミーシャが用意しに行ったものだと、ロディマスは予想した。
「朝風呂に、朝飯付きか。ホテルに泊まった時よりも豪華な待遇だな」
風呂はそもそも自分で用意しているのだが、それも苦にならないレベルだったのでロディマスは上機嫌で湯から上がり、体を洗う準備をした。
風呂用の小さなイスに座り、石鹸も用意していざ体を洗おうとなったその時、またも浴場のドアがノックされた。
ゆっくりしていたいのに今度は誰が来たのかと苛立ち、ドアを睨みながら低い声で返事をした。
「何だ?急ぎでなければ後にしろ」
「失礼します」
「は?」
そう言って入ってきたのは、聞いた声の通りミーシャだった。
しかしその姿は真っ裸である。
ロディマスはドアを睨みつけていた都合上、真正面からミーシャを見ることとなった。
「な・・・は・・・?」
「お背中、お流し致します」
「はぁ!?」
ズカズカと男湯に入ってきたミーシャは、そのまま座っているロディマスの真正面にまで来ていた。
そしてロディマスは、ミーシャもアリシア同様に生えているのだな、そしてそちらも髪と同じ色なのだなと場違いな感想を抱いた。
「ご主人様、後ろを向いてください」
「あ、ああ・・・」
衝撃的なその光景にロディマスは頭が真っ白となってしまったので、言われるがままに後ろを向いた。
少しばかり待つと、ロディマスの頭にそっと手が置かれた。
「髪もまだですね。それでは上から行かせて頂きます」
「ああ・・・」
そう言ってミーシャは、優しい手つきでロディマスの頭を洗い始めた。
「お加減はいかがですか?」
「あ、ああ。丁度いい」
「かゆい所はございませんか?」
「大丈夫だ・・・」
まさかの事態にロディマスは何も考えられず、成すがままに洗われていった。
頭が終わり、次は宣言通りの背中、そして前も・・・。
「って、待て!!」
「これが男性の・・・ゴクリ」
「ミーシャ!!前は、前はいい!!」
「遅いです、ご主人様。ササッササッ」
「アヒーー!?」
ロディマスはそんなミーシャの暴挙に、普段は決して口にしない類の悲鳴を上げたのだった。
〇〇〇
「何でこんな事に・・・」
「勉強になりました」
その後、急な刺激にナニがアレしてしまったロディマスは、自己嫌悪に陥っていた。
よもや11歳の少女相手に・・・、とロディマスは落ち込んだ。
そして同時に、その事に対して全く動揺していないミーシャを大層恨んだ。
「少しは恥じらいと言うものを持て」
「なんの事でしょうか」
「む、いや、だから・・・ぐぬぅ」
素っ裸のまま前を隠すことなく、ロディマスから人ひとり分開けて湯船に浸かるミーシャを横目で睨みつつ、ロディマスはため息を吐いた。
人によっては今回の事故は、役得と言えるかもしれないが、ロディマスの精神年齢は40のオッサンである。
しかも貞操観念の強い現代日本を基準に考えているので、早急なこの世界の人たちとは価値観が根本的に異なっている。
生理現象で仕方がないとは言え、小学生相手にエレクトしてしまった事実は、ロディマスを苛んだ。
それを自覚した上で、ロディマスもまた、悩んでいた。
「確かに成人が15歳で、13歳から結婚は可能なのだ。日本も過去には9歳の嫁、12歳の母などいたと聞く。ならこれも当たり前、アタリマエナノダ・・・」
罪悪感に苛まれ、ロディマスが苦悶していると、ミーシャが初めて申し訳なさそうな態度を取った。
「あの、それほどまでにおイヤだったのでしょうか?アリシア様から許可は頂いていたのですが・・・」
「アリシアが?と言うかイヤかどうか、か・・・」
「はい。ご主人様であれば、獣人であっても受け入れてもらえると、そう仰られていたので」
そう言って今度はミーシャの方が落ち込んでいるのを見て、ロディマスは何故ミーシャが焦っていたのか、その原因に気が付いた。
恐らく、最近は特に女性たちからのアプローチが多いロディマスを、誰かに取られてしまうのだと感じたのだろう。
そして、己が結婚してしまったら用済みとなってしまうのではないかと、ずっと恐れていたのかもしれない。
普段の態度からは全く読めなかったが、自分を兄程度には慕ってくれているのが今回で良く分かったと、ロディマスは感慨深く思った。
「なるほど。アリシアが言っていた「責任を取れ」と言う言葉は、そう言う事か」
そして同時に、何故あれほどまでにアリシアが積極的にミーシャとスキンシップを繰り返していたのかも良く分かった。
釣った魚に餌をやらない、なんて言葉が前世にあったのを思い出したロディマスは、結婚後の周囲との関係まで考えて発言し行動していたアリシアに驚いたが、それもどこまで本気なのか理解できていないので考えるのを後回しにして、ミーシャとの関係を先に考えた。
元々、身勝手な理由でミーシャを拘束していた己である。今後も己が生き延びる為に利用するだけと言うのも、悪くはないだろう。
しかし、昨日の歓迎会と言い、もうすでにすっかりとこの世界に馴染んでしまった己に、ミーシャのような近しい人間を切り捨てる事が出来るのだろうか。
そうして考えれば、自ずと「否」と言う答えが己の中から返ってきた。
「あの。申し訳ございませんでした」
「ん?」
「失礼致しますッ」
考えに耽っていたら泣きそうな声のままミーシャが出ていくのを見て、ロディマスは咄嗟に声をかけた。
「ミーシャ!!」
「ッ!?」
「今日は・・・、その、良かった。前は、まぁ、今度はよせ。俺のハートが砕け散る」
「はい・・・」
「湯あみ着があるから、今度はそれを着てこい。次も、頼む」
「!?・・・、はい!!」
とりあえずミーシャとの今後の関係については答えが出ないので、保留して今の話題だけに留めることにした。
ミーシャが出て行った後で、ロディマスは顔に何度も湯をかけた。
「煩悩退散、煩悩退散」
やたらと発育のいいミーシャのお尻を見て、尻尾の付け根はどうなっているのだろうと思ってしまったロディマスは、反省の意味を込めて何度も湯を被った。
そして、気付いた。
「そもそもミーシャは俺の事が好きなのか?」
そう呟いた直後に、違和感に気が付いた。
性の知識はあるだろう。
ライルも侍従長であるメルトランデも、その手の教育に手を抜くタチではない。
では何故、ロディマスの股間を見てさほど動揺していなかったのか。
「俺を異性として認識していないのか。そうなると、今の様子だと依存しようとしているだけに見えるな」
あれが好意による行動であれば、ロディマスももう少し真剣に考えただろう。
しかし、今回の一件から見えてきたのは、ミーシャの弱い心だけだった。
そしてああいった積極的すぎる行動は、今に始まった事ではなかったと、ロディマスは思い出していた。
「特に顕著だったのは、教会暗部との一戦後か」
あの時も、ミーシャはロディマスに縋ってきた。
吹き飛んだロディマスにいの一番に駆け寄っていたり、夜中に唐突に押しかけてきて、ベッドに潜り込んできたのである。
普段のミーシャの態度や行動からは想像も付かないものだったが、それがロディマスに依存していたからと言うのであれば、納得のいくものだった。
「問題は、今回はそれほど劇的な何かがあった訳でもないのに何故こういう行動に出たのか、か」
しかし考えても分からないと、ロディマスは早々に疑問を投げ捨てて、ミーシャの今後について考えた。
「しばらくミーシャとは距離を取るのがいいか。ただ、捨てられたと思わせるような行動はしたくないな。さて、どうしたものか」
そう呟きながら、慌ただしい朝風呂だったとため息を吐きつつ、ロディマスは風呂を後にしたのだった。
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