79
ロディマスが駆け込んだ工場の守衛室には、何故かライルがいた。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」
「爺!?いや、ライル、何故ここにいる」
「お坊ちゃまであれば、まず真っ先にここの様子を見に来ると思い、お待ちしておりました」
「そうか。ならいい、のか?」
「それに、フーリェへ向かう段取りもしておりました」
「むしろそちらが本命ではなかったのか?」
この場で出会ったのは偶然だろうに、サラリと先読みしてここでロディマスを待っていたかのような物言いをするライルに呆れた。
しかしそれ以上は問わずに、ロディマスは打ち合わせを行なった。
「それで、報告は今出来るのか?」
「口頭になりますが、よろしいでしょうか」
「構わん、話せ」
さすがにここに資料はないだろうとロディマスが思っていれば、やはりなかった。
つまり、ここにいたのはやはり偶然だったのだが、それを一切感じさせずにシレっと話を進めるライルの悪びれなさに肩をすくめつつ、ロディマスは話を聞いた。
「まず、レバノン商会についてですが、従業員は53名となっております。お坊ちゃまがここを出立される前の26名よりも倍増しております」
「ほう。内訳は、やはり孤児が大半か?」
「そうですね。教育の終わった孤児が11名に、予備登録で7名の合計18名が新規に従業員として働いております。こちらはお坊ちゃまが出立前に段取りを立てていた者たちですね」
「18・・・、か。ふむ、全員残ったようだな。なら、残る9人は何者だ?」
「フルチ殿が集めた新たな商人です。身元は確認しており、問題はありませんでした。こちらが名簿となります」
そう言うと、ライルが一枚の紙を差し出してきたので、ロディマスは受け取り目を通した。
身元の確認が取れたと言うので見知った商会の名前が出てくるかと思ったが、しかし誰も彼も聞いたことのない商会から移動してきたようで、ロディマスは思わず首を傾げた。
すると、それを見たライルが補足をし始めた。
「これらは看板だけの架空の商会のようなのです。どうやら彼らはかつての『レバノン商会』を取り戻すべく奮起していたそうですが、現『レバノン商会』を認め、傘下に加わりたいと申し出てきたのです」
「それは本当に信用できるのか?」
「間違いはございません。むしろ、お坊ちゃまを見かけたら感謝の意を込めて靴を舐めてくるでしょう」
「なんだそれ!?怖いぞ!?会った事もない人間にいきなり初対面で靴を舐められるなんて、どんな拷問だ!!一体何が起こっているのだ!!吐け!!」
ロディマスが叫ぶと、ライルにしては珍しい行動を取っていた。
ライルはそっとロディマスから視線を外して、ポツリと呟いた。
「パック殿が、増えました」
「あ・・・」
パックとは元々父バッカスが雇い入れた工場の工夫で、筋骨隆々の大男。そして何よりも筋肉を愛する男である。
ロディマスが作った『ジム』に心を奪われ、いつしかロディマスに絶対忠誠を誓うようになった男でもある。
そんな男が、また増えた。
ライルのそんな一言だけで全てを理解してしまったロディマスは、『ジム』の視察を一番最後にすると固く心に誓った。
しかし、全く見に行かない訳にもいかなかったので苦渋の表情を浮かべた。
「とは言え、『ジム』は俺の留守中に新築したのだ。ドミンゴの弟子たちの様子も含めて、見なければならぬことは多い。顔を出したくはないがな」
「私が代わりにお坊ちゃまのお靴をお舐め出来るのであれば良かったのですが、力及ばず申し訳ございません」
「そこを代わってどうする!?」
いきなりド変態発言をした執事に突っ込みつつ、ロディマスは思い付きで始めた『ジム』について思った事を口にした。
「しかし、『ジム』もまったく予想外の成果を挙げているな」
「本当なら領地の騎士団に貸し出す予定が、まさか有能な商人たちを呼び集める手段になるとは思いませんでした。さすがはお坊ちゃまです」
「さすがの俺も想定外だぞ。むしろ、これを予想できる人間などいるものか」
まるで〇〇ホイホイと呼べそうな『ジム』の現状に、ロディマスはため息しか出なかった。
ちなみに〇〇に入る言葉は「筋肉」である。
ジム本来の意味で言えば間違ってはいなかったので、それが余計にロディマスを悩ませたのだった。
「娯楽の少なさを、正直舐めていたな」
そう呟き、ロディマスは思い浮かべてしまったマッチョメンズを頭から追い出した。
そしてロディマスは、この話により、先ほどのベリス変貌については許容できるようになっていた。
〇〇〇
茶を飲みロディマスが一息ついた頃に、ライルがポットを置いてから続きを話しだした。
「ベリス工房についてですが、現在、従業員16名となっております。この中には、レバノン商会から派遣された孤児は含まれておりません」
「ベリス工房は、実質的にレバノン商会の子商会だからな。俺の部下としての扱いは同じだが、ややこしいな」
「王国は法整備が進んでおりませんから、これも致し方のない事でしょう。帝国では商会間の繋がりをグループ化して税を一括管理していると聞きます。それに、神聖国でも最近はそれに近い流れが出来ているようです」
「王国は選民意識に凝り固まった無能共が多いのも問題だな。その分、俺のような未成年でも疑似的に商会長を出来るのだ。文句は言えん、か」
「法的な穴が多く動きやすくはございますが、後々を思うと憂慮せざるを得ません」
「そうだな」
そしてロディマスは、もう一つの懸念、王国の闇を思い出す。
それは、ロディマスが以前に考えていた獣人の復権である。
しかしそれは、はっきり言えば不可能に近いのだと、学園にいる最中に思い知らされた。
「王都では、ミーシャに辛い思いをさせたな。来年度は違う者を従者に据える必要もある、か」
「なんと。ミーシャにはまた教育が必要ですね」
ロディマスがミーシャを心配しての発言が、文面のどこを拾ったのか、ライルが何故かミーシャに仕置きをしようとしていた。
それに慌てたロディマスが、ライルに釘を刺した。
「いや、待て!!ヤツはきちんと従者として立ち振る舞っていたぞ。ただ関わっていない他の連中が好き勝手言っていただけだ!!だから何もするな!!」
しかしそんなロディマスの言葉に、静かに首を振りライルは告げた。
「いいえ。従者たるもの、主の障害を排除することはあれど、主の障害となってはいけないのです」
「なるほど、確かにそうだ」
ロディマスもそれは正論だと思ったが、しかしミーシャに限っては、その理屈は通用しないのだと眉を寄せた。
そこでロディマスは、それとなく屁理屈を述べてこの場をやり過ごすことにした。
「だが、生まれなど、どうしようもないのだ。それを責めることなど、金の価値を問いただすのと同じことだ。俺は、そんなものは認めん」
なお、この世界では、金は単なる綺麗な金属であり、さほど高い価値がある訳ではない。
ミスリルやヒヒイロカネ、オリハルコンに代表される「綺麗で特殊な効果のある金属」がある以上、「軟らかくて魔力を微妙に通す金」の価値が低いのは、仕方のない事だった。
そしてそんな事情から、よく商人たちが口にするのが、先の言い回しだった。
「剣士のような阿呆共には、金の価値すら分からん者もいる。俺は、そんな無能は認められんし、俺がそうなるなど、到底許しがたい」
「左様でございますか。そうであれば、私から言う事は何もありませぬ」
「そうだな。それに、ライルもアレの価値は分かるだろう?手放すわけにはいかんのだ」
「・・・、そうですね。差し出がましいのですが、処分と言う選択肢は、ええ、ございませんね。失礼いたしました」
「次に同じことを言えば、貴様とてタダでは済まさんぞ?」
「申し訳ございませんでした」
ライルの言葉を聞いて、危うく爆発しそうだった感情を抑え、ロディマスは低い声で忠告した。
しかし、正直な所、ライルにさえ秘密を打ち明けていない自分にも問題はあると、ロディマスも考えている。
だが、以前にも悩んだ通り、どうやって未来の記憶、これから起こる事象について説明すればいいのか分からなかったのである。
「なぁ、爺?」
「なんでございましょうか」
「・・・、貴様はもし、ミーシャが『勇者』候補の一人に、これからなると言ったら、信じるか?」
どう説明したらいいか分からず、ロディマスは率直に聞いた。
するとライルの返事は、即答だった。
「信じます。それが、ロディマス様のお言葉であれば、私が疑うなどあり得ません」
「いや、よく疑ったり、からかったりするだろうが・・・」
「そうでございましたでしょうか?」
「こ、このっ!!・・・、クッ、まあいい。忘れろ」
「分かりました。心の内に留めておきます」
「忘れろと言っただろうが、全く貴様らは揃いも揃って言う事を聞かんな。まぁいい。とにかく、事情はそんな所だ」
そう言って、この話はこれで終わりだとロディマスは態度で示して、次の話題へと移った。
「では次に、ベルナントはどうなっている?」
「ベルナントの領は持ち直したと言ってもよろしいかと思います。10年以内には今の借金を全て返済し終える事でしょう」
「そうか」
ベルナント領の財政難の問題は、王都に行く前から順調に解決しつつあったので、ロディマスも経過さえ悪くなければこれ以上手を打つ必要もないと考えていた。
むしろ、そろそろ貸した借りを返し始めてもらおうと思っていた。
「今後はどうするべきか。さすがに連中にはこちらから与えるだけではなく、何か返してもらわんとな。正直、そんな理由でアリシアを押し付けられても困る」
素直にアリシアの好意を受け取れない一番の理由がこれだと、ロディマスは思わずため息を吐いた。
学園でもミーシャのフォローに何かと世話になってはいたが、それでもロディマスはアリシアとの距離を縮めるのに躊躇していたのだった。
「貸しに関しては、ベルナントの者たちも考えている事でしょう。何かご恩返しがしたいと何度も手紙が送られてきました」
辛辣なアリシア不要と言うロディマスの厳しい言葉を華麗にスルーして、ライルが新たな情報を投げて寄越してきた。
「手紙?そんなものが届いていたのか?」
「私宛てなので読ませて頂きましたが、恐らくお坊ちゃまに届いた手紙も似たようなものかと思われます」
「ライル宛てだと?いや、そうか。モンタナ以外はライルが交渉したのだったな。俺が王都にいる間の実質的なトップでもあるし、不思議な点はないか」
モンタナ男爵とは、ベルナント領に入って二つ目の領地の領主であり、巨大なトゥレントの森の管理を任されている人物でもある。
そしてその男爵の妻は、以前にアボート家で散々な仕打ちを受けた女性で、今はもう和解済みである。
今となっては様々に利益を共有する仲ではあるが、冷静になって考えてみればかなり無茶苦茶をしたものだと、ロディマスは当時を振り返り己の大胆さに呆れた。
そしてロディマスは、ベルナントについては手紙を読んでから判断を下すことに決め、次の話題へと移ることにした。
「では次は・・・、む、誰だ?」
ロディマスが次に優先すべき話題は何かと頭の中を探っていると、守衛室のドアがノックされたので反射的に尋ねていた。
すると聞こえてきたのは、先ほど生贄に捧げたアグリスの声だった。
「俺だよ坊主。いい加減、出てこいっての。帰ってきたばかりなんだし、皆にも顔、見せてやれや」
「おや、これはアグリスの言う通りでございますね。思わず私もお坊ちゃまとお話するのが楽しくて、つい独り占めをしてしまいました」
「ヲイ」
真面目な話だったんだけど、と愚痴りそうになったが、小声で漏らす程度に留めたロディマスは、アグリスに確認した。
「それで?騒動は収まったのか?」
「そりゃ坊主がいなけりゃ自然と収まるさ。一年以上もここにいるんだぜ?お互いってモンを分かってるっつーの」
「そうか。ならば他の連中に挨拶をしようか」
「もうすぐ夕方だかんな。ちゃっちゃと済ます為に、店ン前に集めといたぞ」
さり気なく有能さを発揮しているアグリスに感心しつつ、ロディマスは指摘されたもうすぐ夕方と言う言葉に驚き、窓の隙間から差し込む光が赤くなっていたのに気が付いた。
「もうそんな時間か。そして、良くやったぞアグリス。ではライル、話は明日だ。今はベリス工房に戻るぞ」
「畏まりました」
返事をしてドアを開けたライルは、少しだけ動きを止めた後でスっと体を横にずらした。
「準備は整いましたか?」
「ああ、爺さん、バッチリだ!!よく時間を稼いでくれた!!」
「お坊ちゃまが喜ぶとあれば、この私は全力で支援する所存です」
「頼もしいねぇ」
何だか通じている様子のライルとアグリスを不審げに眺めつつ、ロディマスはまた何を二人して企んでいるのかと警戒した。
そして新たな情報を得ようと、ライルが退いた事で見えたドアの向こう側を見て、絶句した。
「ん?なんだ?何があっ!?」
「今だ!!坊主を捕まえろ!!」
そう言ってアグリスが指示を出したら、エリスが突っ込んできてロディマスの胴体にガッチリ嵌まった。
驚くロディマスをよそに、周囲は次々と行動していった。
「ロディ君!!観念してね!!」
「ガハハハハ!!楽しそうで何よりですな!!ほれ、行きますぞ!!」
「エリス!?それにパック!?フルチにビオンまで!?それに、その他のマッチョメンズは一体何者だ!?」
「お久しぶりですな、ロディマス殿!!こちらは我が筋肉仲間であり、レバノン商会の新たなメンバーだそうだ。気のいい連中なので、よろしくやって欲しい!!ガハハハハ!!では、運べ!!」
そして〇〇戦隊よろしくパックの後ろで構えを取っていた五人のマッチョメンズに五体を掴まれたロディマスは、エリスが離れたと同時に高々と宙へと持ち上げられ運搬されたのだった。
「何故だ!?」
「暴れると危ないですぞ!!何、怖いのはすぐに済みますので!!」
「その言い回しの方が怖いわ!!離せ!!ぬぅぅぅぅ!!」
しかしロディマスがどれだけ訴えかけようとも暴れようとも男たちの拘束は解けることがなく、この騒動による精神的な疲れと共に旅の疲れが出たロディマスは、諦めてぐったりとした。
そして揺られる事数分、ロディマスの足はしっかりと地面に着いた。
「悪夢のようなひと時だった。帰って早々どうしてこのような目に・・・」
そう愚痴をこぼしながらロディマスが顔を上げると、ベリス工房の野外席には所狭しと料理が並んでいた。
そしてパック達マッチョメンズだけではなく、孤児院の子供たちにヴァネッサの姿もあり、また、バンディエゴ村の面々もいた。
その全員が、笑顔でロディマスを見ていた。
かがり火まで設置してあり、まるでこの場で祭りが行われると言われても不思議ではない光景が、ロディマスの眼前には広がっていた。
「なんだ、これは?」
その光景にロディマスが思わず呆然となりポツリとそう呟けば、前から現れたのは閉店時間を過ぎたのに未だに制服を着たままのベリスだった。
「いやだよロデ坊ちゃん。何って、坊ちゃんが無事に帰ってきてくれたんだ。そのお祝いさ」
「はぁ!?たかだか王都に半年行っていただけなのに大げさだろう!!それに一年以上も帰ってこなかったアグリスの歓迎会もしていなかっただろうが!!どういう風の吹き回しだ!?」
唐突に現れ、唐突な事を言い出したベリスに、思わず動揺してきつい口調となったロディマスが一気にまくし立てた。
しかしそんないつも通りのロディマスに、ベリスは臆する事はなかった。
だが、アグリスの名前が出た事には少し動揺した。
「え?兄貴?兄貴はなぁ・・・」
「ちょい待てヨ、ベリス。そりゃ俺だって坊主が帰ってきたから祝うってのは分かる。だが、なんで俺の場合はそんなだ?アァ!?」
「兄貴、テメェ、アン時何やらかしたんか、忘れたのかよ!!」
「ア、ハイ。スイマセンデシタ」
優し気だったベリスが吠えれば、完全に委縮して平謝りするアグリス。
そんな兄妹のやり取りを見たロディマスは、いつしか冷静になっていた。
「ああ、確かに貴様はベリスだな」
「ハァ!?本気で疑ってたのかい!?さすがのアタイも泣くぞ」
「気にするな」
「気になるっての・・・」
そう言われても困る、とロディマスは心の中だけで思ったが、口には出さなかった。
ロディマスはこう見えて、空気が読める男である。
もちろん、自称ではあるが、今この場に至っては、これ以上野暮なことは言うまいと思った。
笑顔で出迎えてくれる人たちがいる。
自分が積み重ねてきたその光景を見て、ロディマスは右拳を高々を振り上げて叫んだ。
「今、帰ったぞ!!」
「お帰りなさい!!」
大勢に出迎えられ、ロディマスはこのお祭り騒ぎを楽しんだのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。




